第二百十四話・孤軍奮闘、窮鼠伯狼を噛む(敗北、いや、引き分けだな)
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瀬川雅が、地下駐車場に到達する少し前。
地下駐車場では、激しいバトルが展開されていた。
──スッ、スッ
ゆっくりと歩調を乱すことなく、俺は相手の出方を伺う。
伯狼雹鬼の名前は、前から聞いていたし、その実力もかなり上であることは知っている。
それでも、話を聞いただけなのと、体感する感覚は全く異なる。
「闘気使いか、また面倒くさいやつだな」
「俺が闘気使いだとわかるのがすごいな。さすがは伯狼雹鬼というところか」
「ほう、やはり俺を知っているのか。誰から聞いた?」
「さあな? あちこちで名前を聞いているだけで、聞いた話と体感では全くちがうというのがわかったよ」
──ピクッ
奴の右手に魔力が凝縮するのがわかる。
何か、とんでもない一撃が飛んでくる、それがわかる。
「そうか、それなら少しは楽しませてくれるかな? お前が聖徳王にどれだけ近いか、教えてくれるか?」
──シュンッ
伯狼雹鬼が右腕を振る。
その爪から三本の衝撃波が飛んでくるのが、俺にはハッキリと見える。
だが、飛んでくる衝撃波のあまりの高速ぶりに、回避行動するにも体が追いつかない予感がする。
「ちっ!」
──ゴギガギガギッ
それなら拳だ。
機甲拳四の型・ 広範囲拡散拳で飛んでくる衝撃波を撃ち落とす。
だが、全てを落とすことなど不可能だったらしく、最も早い斬撃が俺の左肩を抉り取った。
「……ほう? これを躱すのではなく正面から受け止めたか。しかも、機甲拳使いとはな。チャンドラの弟子か何かか?」
「はぁはぁはぁ。まあ、そんなところだな」
すぐさま闘気を循環させて、左肩の傷を塞ぐ。
出血はすぐに収まり血管や神経の修復も始まるが、抉られた部分の細胞の活性化までは今は無理。
そこに闘気を割くだけの余裕なんて、今は存在しない。
目の前の敵、伯狼雹鬼を相手するのに、回復と攻撃を同時に行うなど不可能だから。
「よく練り込まれた闘気だが。これならどうだ?」
──シュシュンッ
今度は両腕から、爪の衝撃が放たれる。
これはまずい、時間差で到着する爪の衝撃など、機甲拳では防ぎきれない。
技と技の間のタイミング、その僅かな隙間に後発の斬撃は届いてくる。
「こうだな!」
──シュンッ
すかさず縮地で伯狼雹鬼の背後に飛ぶと、そこで渾身の一撃を打ち込んだ!
──ドッゴォォォッ
「一の型、振動衝撃拳」
「という技か。チャンドラの通背拳の改良型ということだな!」
俺はたしかに、渾身の一撃を叩き込んだはず。
だが、それを伯狼雹鬼は腰を落として肩越しに躱すと、右腕を捻り込んで俺の腹に向かって一撃を打ち込んできた!
──ゴブッ
口から血が噴き出す。
この攻撃は、まさかだろ?
「ふぅ。これが、お前の技だ。一の型・振動衝撃拳とか言ったよな?」
「グボはわあっ……な、なんで俺の技を使えるんだよ」
「見たらわかる。相手の体の動き、闘気の流れ、技のタイミングもな。それがわかるなら、俺にできない道理はない……そもそも貴様は、伯狼雹鬼という名前しか知らぬだろう?」
内臓が張り裂けそうな衝撃波。
爪の斬撃を、右手掌底に集めた打撃技。
それも、俺の技をそっくりそのままコピーしたのかよ。
「な、なんだよ……まだ、何かあるのかよ」
──ダン!
ゆっくりと闘気を循環し、体内の破壊された部位を修復する。
だが、それよりも先に、伯狼雹鬼が震脚! そこから背中ごと俺に向かって渾身の一撃が飛んできた!
たった一撃。
それで俺の体は壁に向かって弾き飛ばされる。
硬気功で身体を守らなかったら、俺の体はミンチになっていたよ。
「我が字は、【瞬修の伯狼】。相手の使う技を瞬時に『継承』し、己の技とする。この技は、三代目魔人王フォート・ノーマの配下の技だ。そして‼︎」
──ドズッ
俺の体に、伯狼雹鬼の手刀が突き刺さる。
「魔障使いの伯狼とも……終わりだよ」
──プシュゥゥゥゥ
伯狼雹鬼の放った一撃。
それは俺の右胸に深く突き刺さる。
そして体の中を、大量の魔障が侵食していくのがわかる。
これはまずい、魔障中毒が起き始めている。
「いや、終わりじゃないな……」
──ドスッ
左手で右胸を押さえつつ、闘気を一気に注ぎ込む。
体内に侵食した魔障を、俺の闘気で押し返し体から放出する。
──プシュゥゥゥゥ
体のあちこち、汗腺から黒いもやが吹き出すのを見て、伯狼雹鬼がこれまで見たこともない笑みを浮かべたじゃないか!
「面白い、貴様は本当に面白いぞ! ここまで我が攻めを受け止め、あまつさえ魔障を体から放出できるとは‼︎」
「はぁはぁはぁ……あいにくと、鏡刻界の勇者の力も継承しているのでね。この程度の攻撃で死ぬことはないさ」
そう呟いたものの、全ての魔障を放出することなど不可能。
せめて、この後で治療魔法を受けるときの難易度が下げられたらと、回復に全力を尽くす。
──ガクッ
膝から力が抜けるが、まだ上半身は動く。
構えをとって、伯狼雹鬼を睨みつける。
よし、これで負けは回避できた。
あとはオトヤンに任せる、俺の仕事はしっかりと果たしたからな。
「伯狼雹鬼、時間だ……俺は、お前の攻めを三分持ち堪えた……俺の勝ちだ」
そう笑いながら呟く。
だめだ、目の前の光景が歪んできた。
傷から流れた血の量を考えると、生きているのが奇跡かもしれない。
魔法で傷は治るが、失った血は再生しない。
それは魔法薬でも同じであり、とにかく血が足りなくなるのだけは、魔法ではどうしようもないらしいってオトヤンが話していたからな。
──ジャラッ
懐から懐中時計を取り出して、伯狼雹鬼が確認している。
「そうだな。時間だ、お前は見逃すし、俺はこの件から手を引く。次に会うときは……と、邪魔な奴がまた一人増えたか。それじゃあな!」
──シュンッ
縮地か。
俺の技をここまでアッサリと奪うとはなぁ。
「築地くん、大丈夫? しっかりして‼︎」
「お、あ、ああ。瀬川先輩か……助かります、あとは任せますので」
意識が消えていく。
あとは任せます、ここはもう、安全ですから。
………
……
…
地下駐車場に到着して、目の前で築地くんが倒れていくのが見えます。
その向こうに伯狼雹鬼らしき男が立っているのも。
──ザワッ
体の中で、何かが動きます。
これは怒り、それとも破壊衝動?
それよりも、今は築地くんを助けないと!
「……と、邪魔な奴がまた一人増えたか。それじゃあな‼︎」
──シュンッ
一瞬で目の前の伯狼雹鬼が消えました。
え!どういうことなの?
『ピッ……範囲内から伯狼雹鬼の魔力が消滅したのを確認』
「深淵の書庫、そのまま自動モードで伯狼雹鬼の魔力反応をチェックしてくれるかしら」
『リソースが足りません。相手が最上位魔族ゆえ、自動チェックを行なった場合、本来の深淵の書庫の能力が1/8まで低下します』
それはまずいわ。
サポート能力の大半を失うことになるし、そうなると今後のバックアップとしての活動にも支障が出ます。
「了解。自動モードから定期チェックに切り替えてくれるかしら? 二時間に一度で構わないから」
『三時間に一度のチェックならば、活動に支障が出ることはありません』
「了解、それでお願い。それと築地くんの容態は?」
『魔障中毒、および失血症の予兆あり。急ぎ輸血を伴う治療が必要となります』
急がないと。
まずは新山さんの元に向かって、治療魔法を受けてもらわないとならないわね。
「浮遊石版の術式を発動承認」
──ブゥン
これは、王印の中に封じてあった魔術。
巨大な石板を作り出して浮かべる魔術です。
これに築地くんを乗せて、急いで新山さんと合流しましょう!
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。