第百九十八話・九夏三伏 、あなたの選択水入らず!(夏休みが始まる……)
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──朝〜‼︎
快適な目覚め……昨日とは違って、悪夢を見ることもない。
昨日の出来事については、できるなら無かったことにしてもらいたい。
そう考えながら、ソッと太腿の内側を見る。
そう、昨日見た痣。
あとで調べようと思っていたのに、気がつくと記憶からなくなっていた。
「やっぱりある……これが王印だと仮定して、どうしてこんなところに?」
目立つところにできるよりはいいけれど、人に相談するにしても、太ももの内側など、そうそう見せられるものではない。
「ふぅ。深淵の書庫、私の中の王印について説明できる?」
『……継承不完全により、解析不能』
昨日から、同じ答えが返ってくる。
乙葉くんから聞いた話、深淵の書庫が弾き出した結論。
この二つと、セレナさんが探しているという王印。
全てが繋がりを見せてきたのはいいのだけれど。
どうして私に?
そういう思いが、頭の中をグルグルと駆け巡る。
「深淵の書庫。王印は、魔人王が所有するもの。王の証であるというのは、正解ですよね?」
『是。王印は、魔人王の印です』
「それじゃあ……王印が存在するということは、魔人王は死んだのですか? それとも何らかの理由で、王印だけが外れたとか?」
『否。瀬川雅の所有する王印からは、先代魔人王フォート・ノーマの力を感じ取ることはできません。王印には、歴代魔人王の力と記憶が封じられていますから』
「……え? それじゃあ、この王印は、鏡刻界にいたはずのフォート・ノーマのものではないの?」
『是。瀬川雅が所有する王印は、オリジナルです。フォート・ノーマの所有していた王印は、彼が魔人王に就任した時に神から与えられた新しい王印です』
ふう。
一度、頭の中を整理する。
王印は二つあり、一つがオリジナルで私たちの世界にあるもの、もう一つが新しく与えられたもので、それは鏡刻界にある。
王印は、魔人王となるものに与えられる。
先代魔人王フォート・ノーマは死去もしくは王印を奪われた可能性が高い。
こっちの世界に存在するオリジナルの王印は、私が所有している。
「最初の二つは分かったけれど、どうして私の体の中にあるの?」
『情報不足により、解析不能』
「王印は、魔族にしか継承されないのよね? 私は魔族ではないわよね?」
『是。瀬川雅は、種族的には人間に分類される』
「そうよね、それじゃあ、この王印は何か間違って私の中にある、もしくは一時的な宿主として私の中にある、このどちらかよね?」
『情報不足により、解析不能』
ふぅ。
最後の質問の答えがないのは残念ですけれど、そのどちらかの可能性しかありませんね。
私は人間で、魔族ではないのですから。
『雅〜、起きているの?』
あ、お母さまの声が。
慌てて時計を見ると、もう家を出なくてはならない時間。
「嘘でしょ? そんなに長い間、考えていたの?」
『雅さまは、深淵の書庫に籠ると時間を忘れる兆候にあります。確率的には75.96%』
「う……そ、それは認めるわ。でも、深淵の書庫って面白くて……」
『雅‼︎』
「はい、すぐにいきます‼︎」
ここからは猛ダッシュ。
普段は使わないようにしている魔法の箒を取り出して、大急ぎで大学へ。
王印のことについては、信頼できて、それでいて事情に詳しそうな人に相談する必要がありますわね。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
いつもの朝。
日課を終えて学校に行く準備をしていても、昨日親父と母さんから聞いた話が、頭の中をリフレイン状態。
王印があるってことは魔人王が死んだわけで、つまりそれは次の魔人王を選出する何かが起こる可能性があると。
いや、それよりも王印どこにいった?
無くなるはずはないから、誰かが奪っていった可能性がかなり濃厚。
そうなるとあれだよね、王印がないために何かの手段で王位継承の儀式が行われているところに、王印を持った正式継承者が現れるパターンだよね?
「お前の企みもそれまでだ‼︎ この私こそが、次代魔人王の正式継承者の云々だ〜」
とか叫んで、そこから熱い展開になる奴だよね?
少年誌でよくある『勇気』『友情』『努力』の三本柱が火を吹くパターンだよね?
「……浩介、朝っぱらからなにを並列思考してヘラヘラ笑っているんだ?」
「お味噌汁が冷めるから、早く食べなさい‼︎」
「ハッ‼︎ おおっと危ない‼︎」
どうやら、ご飯を食べながら考え込んでいたようで。
並列思考さんが仕事していて、ご飯も食べていたんだよ? けれどオリジナルの思考ほど早く動かないから、味噌汁が冷め始めていたわ。
「昨日のことでも考えていたのか?」
「まあ、そんなところだけどさ。俺には関係ないから、あまり深く考えないようにするよ」
「その方が良い。もしもお前に王印があったとしたら、小さい時に気がついて何らかの処置をしている。それがないということは、そういうことだ」
「あ、俺は魔人王の継承権争奪に巻き込まれなくて済んだということで、一件落着‼︎ いってきます‼︎」
まあ、一応は忘れないようにメモを取って、無くさないように空間収納に収めていざ、学校‼︎
明日からは夏休み、今年も行くぜよ聖地巡礼の旅‼︎
………
……
…
「……うわぁ」
「おおう」
「ひょえええ」
一学期の通信簿を見た、新山さんと祐太郎と俺の反応。
三人とも英語や古文は完璧。
新山さんは全体的に上がっているので、ぐっと小さく拳を握っているし。
祐太郎は体育も五段階の五。おまえ、闘気使ったろうと思わず突っ込みたくなるけれど、俺も魔導体術使ったからなにも言えない。
「私は全体的に上がりました‼︎」
「俺はまあ、プラマイ0。それでも平均よりは上だろうなぁ。オトヤンは?」
「英語と古文と体育以外はオール三。三つは五だから、悪くはないが。見事な平均値だわ」
これは素晴らしい……って言って良いのかなぁ。
まあ、うちのクラスは進学組も就職組も混ざっているから、通信簿を見たクラスメイトたちも悲喜こもごも。
「乙葉くん。悲喜こもごもは、一人に使う言葉だからね」
「へ? また声に出ていた?」
「うん」
「ああ。小声でだけどな」
「あうち。また昔の癖が……」
これは気をつけよう。
ということで、終業式も終わったので、一学期最後の部活に向かいましょうそうしましょう。
………
……
…
「新山先輩‼︎ 今年の魔術研究部の合宿先が異世界で確定って本当ですか?」
部室に到着すると、有馬沙那さんが嬉しそうに新山さんに問いかける。
あー、声がでかい。
まだ俺も祐太郎も部室に入っていないのに、扉開いたままでその質問はギルティ。
「え、乙葉たちは夏休みに異世界旅行?」
「異世界で合宿?」
「はぁ?」
──ガラガラビシャッ‼︎
はい、手遅れ。
「沙那さん落ち着いて‼︎ たしかに合宿をラナパーナ王国でやっても良いかなぁとは話したけれどさ、スケジュールの調整があるんだよ」
「乙葉くんの言う通りですよ。夏のコミコンにも行きたいですし、それを考えても」
「八月の一日から七日まで、六泊七日の合宿ってところがいい感じだろうな」
俺と新山さん、祐太郎の説明で、沙那さんもようやく落ち着きを取り戻す。
「美馬先輩と高遠先輩にも話を通さないと」
「瀬川先輩には、わたしからLINEで連絡します。あとは……」
「セレナさんかぁ。入部してすぐに合宿……まあ、旅のしおりじゃないけど、注意書きは用意しないと」
「そこな。それでだけど……と、遮音結界‼︎」
──ブゥン
部室内に結界を張り巡らせる。
セレナさんは職員室に呼ばれて行ったので、今がチャンス‼︎
「祐太郎のスキルで、女の敵ってあったよな? セレナさんはどんな感じだ?」
「ん? 何か隠し事しているのは事実だし、それで俺たちに危害を加える気があるかないかまでは不明。女の敵スキルの危険度センサーは、五段階の四ってところだな」
「な、な、なんですかそのスキルは‼︎」
あ〜。
新山さんと沙那さんは、このスキルの説明は初めて知ったかぁ。
「あ、俺のユニークスキルだな。対人観察スキルで、女性専用。ある程度の表層思考なら、イエス、ノーで判別することができるんだけどさ。普段はカットしているから安心してくれ」
「いきなりそんな爆弾宣言されたら、安心するものもできなくなりますよ‼︎」
「築地先輩……私のも見えるのですか?」
「ん? 沙那さんのは見えないが? それで君が普通の人じゃないって理解できたんだから」
うん。
便利なことこの上ないんだけどなぁ。
「危険度センサーの四って、結構危険だよな?」
「う〜ん。危険といえば危険だけど、命に関わる事かどうかとなるとなると、判断に困る」
「その危険って、具体的には分かります?」
「それも、もう少し深い付き合いにならないと無理。あ、ちなみにだけど、今は女性関係は綺麗なものだからな‼︎」
さすがは、一時期『とっととハメ太郎』の異名を持つ祐太郎である。
その言葉は、自爆だ。
──ガラッ‼︎
「おはようございます‼︎ お昼ご飯にお好み焼きを食べたいです‼︎」
うん、リナちゃんもやってきた。
相変わらずのスーパー食いしん坊でいらっしゃること。
「ヤット解放されました、おはようございます‼︎」
「セレナさんもきたか。それじゃあ、夏休み期間の、部活動についての説明を始めるとしますか」
「三時に待ち合わせですから、二時半がタイムリミットですね」
「お昼はそれまでお預けですか?」
「そういうと思ったよ。全長1.2メートルのバームクーヘン‼︎」
──チャラララ〜ン
どこかの万能青色猫型ロボットのような音を出しつつ、洋菓子の老舗から取り寄せた一本バームクーヘンを取りだす。
「全部食べていいの?」
「良い訳あるかぁ‼︎ ちゃんと食べる分だけ切りなさい。なお、端っこだけ切り残して、真ん中のでかいのを食べるのも禁止な」
「うっ‼︎」
うっ……って。
リナちゃんや、何故に口の形は『あ』なのに『うっ‼︎』て発音ができるのか説明してくれるか?
「まあまあ、ここは均等にスラッシュです‼︎」
「沙那さん、よろしく」
「では、私が……コンマ一ミリの誤差範囲内で切り分けます」
「そこまでの精密作業は求めてないからね? 普通でいいからね?」
とまあ、会議が始まる前のひと騒動はあったものの、部活動については去年と同じ。
部室を使いたい場合は三日前までの申請、時間帯は朝10時から午後三時まで。
学食は部活がある日は空いているけれど、メニューは定食のみ。
運動部の連中は、夏休みもなんのそので学校に来るからね。
ちなみに、この時点で高遠先輩と美馬先輩からは合宿不参加の返信が届いた。
同じ時期に、家族で海外旅行する高遠先輩と、九州の田舎のばあちゃん家にいくらしい美馬先輩。
流石に家族旅行となると、抜けることができなかったらしく、冬合宿は絶対にいくと気合の入ったメールが新山さんに届いたそうだ。
「合宿ですか? それはなんですか?」
「え? セレナさんは学生の時に合宿に行ったことないの?」
「そもそも、それが何かわかりません。それに何故、夏休みに学校の宿題というのが存在するのですか?」
あ、カルチャーショック。
詳しく話を聞いてみたら、セレナさんのハイスクールは六月から八月までが夏休みだそうで。
三ヶ月も夏休みがある上に、宿題もない。
夏休みの間は、学校からは課題も宿題もなにもなく、生徒を縛り付けるような行事もない。
つまり、部活の合宿というのも存在しない。
「それじゃあ、夏休みってなにをするの?」
「私は、一ヶ月ぐらいはアルバイトデース。そのあとはサマーキャンプに出かけたり、海外へバックパック旅行シテマシタ」
「「自由すぎるわ‼︎」」
思わず祐太郎と突っ込んだんだけど、それがアメリカでは当たり前らしい。
そもそもハイスクールが四年制だったらしいから、そこからもう違いがありすぎる。
そこからは、日本の高校の夏休みについての説明。
宿題については、理解不能で職員室にねじ込んだらしいから、そこからルールの違いがありありと見えていた。
合宿はまあ、部員たちで行うサマーキャンプ、そこでみんなで勉強するって説明したら、ガールスカウトのようなものと聞き返されてしまった。
「……ということで、大体は理解できた?」
「小春の説明ナイスです。それで、合宿はどこにいくデスカ?」
「あ、鏡刻界のラナパーナ王国に向かいます。旅のしおりは急いで作るので、親御さんに許可をもらってきてくださいね。明日、同意書をメールで送りますので」
そう淡々と説明するんだけど、セレナの目が点になっている。
「ホワイ? ラナパーナ? どこの国ですか?」
「異世界だな。オトヤンが転移門を開くから、それでみんなで移動する」
「今日の夕方にでも、先方に行って話をしてくるからご安心。それじゃあ、今日はこれぐらいにして、出掛けますか‼︎」
セレナさんの王印の件も、白桃姫に聞けばわかるかもしれないからね。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。