第百九十六話・天涯比隣じゃ漁夫の利はねぇ。(王印、王印? 君の痣だよ)
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それは古い記憶。
どこか和風な建物の前で、一人の平安貴族風な男性と、一人の魔族が戦っている。
周囲には、身体のどこかに呪符を張られて身動きが取れなくなった妖魔の群れ。
貴族と魔族を囲むように、弓を構えている兵士たち。
「貴様もここで終わりだ……魔人王。人と魔族の永きにわたる因縁、私が終わらせます‼︎」
貴族は素早く印を紡ぐと、右手に握られた二十四枚の符を魔人王へと投げ飛ばす‼︎
貴族から放たれた符は、綺麗に風を切るように飛び交うと、魔人王の身体を次々と切り裂き、そこを封じるように張り付いていく。
「ぐ、ぐぐっ、なんだこの符は!」
「招来御霊二十四卦、魔を滅する神世の術なれど‼︎」
身動きの取れない魔人王めがけて、貴族は高速で駆け寄ると、右手を振るう。
手刀を形作ると、それで魔人王の身体に直接、破滅の術式を刻み込んでいく。
「や、やめろ聖徳王、我が負けだ、それを認めようではないか‼︎」
「断る‼︎ 貴様は悪だ、そして異界の存在だ。この太平の世を乱す貴様を、私は決して許さない‼︎」
さらに高速で韻を組み込んでいくと、魔人王の身体が霧のように分解され、その身体に張り巡らされた呪符に吸収されていく。
「魔封の術式、霧雨二十四式……破っ‼︎」
「くっそぉぉぉぉ‼︎」
──ブワサッ‼︎
勢いよく魔力を込め、魔人王の体の中心めがけて掌底を叩き込む聖徳王。
その瞬間、魔人王の背中から金色に輝く玉璽が飛び出す。
「それだ‼︎ 魔を操る王印だ‼︎」
素早く王印を拾い上げようと、聖徳王が駆け寄っていくのだが。
──シュンッ
彼よりも早く、三体の魔獣が王印の前に飛び出す。
「悪いな。我が王の悲願は達せられなかったが、いつの日か、王の意思を継ぐものがこの世界に現れる」
「これは、そのものに与える。決して人に授けて良いものではない」
「黒狼焔鬼、銀狼嵐鬼、ここは俺が止める……王の意思を継ぐものを探せ‼︎」
「「兄者‼︎」」
二頭の魔獣は王印を咥え、その場から忽然と姿を消す。
「兄弟を逃したか。まあいい、貴様を滅してから、王印を探すことにしよう。あれは、この世界にあってはいけない。厳重に封印させてもらう」
「断る……我が名は伯狼雹鬼、貴様の心臓を喰らうものだ‼︎」
メキョメキョと姿を変化させる伯狼雹鬼。
そして鋭い爪の生えた右腕を振るうと、聖徳王の立っていた位置に三本の鋭い爪痕を刻んだ。
──クン‼︎
さらに横にも一閃。
空間を引き裂く伯狼雹鬼の爪を、聖徳王は躱すのが精一杯であった。
いや、躱しつつも、聖徳王は伯狼雹鬼の攻撃を見ていた。
そして。
「……見切った‼︎」
──クン‼︎
右腕を開き爪を立てて、聖徳王が腕を一振り。
その一撃で、伯狼雹鬼の立ち位置の地面に、五本の爪痕が刻まれたのである。
「なんだと‼︎ 貴様は、まさか魔族の血が流れているというのか‼︎」
「違うな……我は聖徳王‼︎ 一度でも見たことのある魔術は、全て我が力となる‼︎ 貴様はすでに、私の前に姿を表した時点で敗北者である‼︎」
──バババババッ
すかさず十二枚の呪符を手の中に生み出すと、それを伯狼雹鬼目掛けて、力一杯放り投げた‼︎
………
……
…
──ムクッ
「……変な夢を見たようなきがしますわ」
いつもの朝。
夢見が悪かったような気がしたものの、目が覚めてからはいつもと変わらない朝。
目覚ましが鳴る二分前に目を覚ましてからの、朝の深淵の書庫。
これで雅が寝ている間に起こった、魔族絡みの事件についての検索を行う。
そのあとは日課のシャワーを浴びて、爽快な目覚めと共に朝食を取るのだが。
不思議なことに、昨晩見た夢が、思い出せない。
──シャァァァァァ
「あら? こんなところに痣があるなんて。魔法の箒で擦れたのかしら?」
身体を洗っているときに、ふと太腿の内側に小さな痣ができていたのに気がついた。
「わたしの鑑定スキルは弱すぎるし、必要魔力が大きいから……あとで深淵の書庫で確認してみますか」
そう呟きつつ、雅は朝の身支度を全て終えると、大学へと向かった。
そうして家を出たときには、まるで、痣のことなど何もなかったかのように、頭の中から消えていた。
………
……
…
「うんまぁぁぁぁあい‼︎」
朝の妖魔特区内、札幌テレビ城。
その下にある広場のテーブルでは、十二魔将第十一位のクリムゾン・ヴェーラが朝食を取っているところである。
鏡刻界では、魔族は野菜や小動物などから精気を吸収するので、このような調理されたものを取るのは『嗜好品として』でしかない。
火を通したり加工することで、含まれている精気は半分以下になるのだが、それでも殆どの魔族は、人間と同じように調理された食事を取る。
そして、クリムゾンも白桃姫が用意させた朝食をとって、絶叫しているところであった。
「な、最高じゃろ?」
「なんだよこの、これ、ウッマ‼︎ 語彙がなくなるわ」
「野菜のほとんどは、妾が畑で育てたものじゃな。その他の食材や調味料は、エキチカ遺跡から回収してきたものじゃよ」
旧札幌駅。
現在は蔦が生い茂るダンジョンに変化している。
大通り公園地下のオーロラタウン、ポールタウン、札幌市地下歩行空間、そして札幌駅地下街は迷宮化し、数多くの魔獣が住むダンジョンとなっていた。
幾度となく警察官や第六課、そして特戦自衛隊が地下街を開放すべく突撃し、ほうほうの体で帰ってきた。
特に札幌駅を中心とする区画は『エキチカ遺跡』と呼称され、どこからともなく住み着いたコボルトたちの居住区と成り果てていた。
「なあ白桃姫、お前が十二魔将を辞める理由って、この飯か?」
「まさかじゃよ。そろそろ食べ終えたな? デザートタイムじゃ」
──パチン
軽く指を鳴らす白桃姫。
するとシェフ姿の人魔が、プリンを持ってきた。
「むっほ〜‼︎」
「……な、なんじゃこりやぁ‼︎ この香りはなんだ?」
「これこそが、妾がこの地にとどまる理由じゃ……」
──パクッ
大胆にスプーンを突き刺し、そのまま口の中に放り込む白桃姫。
まるで着ていたゴシックロリータ服が破れ去り、全裸のままで蕩けた顔を晒しつつ食レポを始めそうな勢いである。
「はぁ。お前を見ていると、なんというか……体に悪そうだな」
「嫌なら食うでない」
「こんないい匂いがして、食べるなってか‼︎」
慌ててクリムゾンもスプーンでひと掬いすると、恐る恐る口の中に放り込んで。
──ザワジワザワッ
全身の鱗が逆立ち、筋肉が悲鳴をあげる。
口元がカッカッと熱くなり、そして灼熱のブレスを吹き出す‼︎
そしてクリムゾンは、今、自分の身に起こったことを理解した。
「お、俺の格が上がっただと? 進化の実? いや違う、これは、人の魔力か‼︎」
「左様。これこそが、妾がこの地にとどまる理由じゃよ」
「確かに、こんなものが食べられるなら、十二魔将を辞めても構わないよなぁ。この土地の人間の精気をどれだけ集めたら、こんなに芳醇になるんだよ? それに熟成も完璧だ……恐怖か? それとも快楽か? 教えろ‼︎」
「阿呆が。これはな、妾が頼み込んで作ってもらったのじゃ」
作ってもらった?
そう言われてクリムゾンも気がついた。
「そうか、これが話にあった、魔術師の魔力か。欲しい、俺もこれが欲しい」
「やらぬぞ。妾はしっかりと仕事をして、その代価に貰ったのじゃからな」
現在の白桃姫の仕事は、主に野菜の出荷。
それ以外には、定期的に第六課の退魔官たちに戦闘レクチャーをおこなったり、妖魔特区内の巡回を行なっている。
その報酬として、乙葉浩介たちから魔力玉を定期供給して貰っているのである。
「辞めた」
「ん? どうしたクリムゾン?」
「俺も十二魔将辞めた。もう【魔人王継承の儀】なんて糞食らえだ。俺もここに住み込んで、魔力玉を食べる‼︎」
「阿呆。そんなに簡単にできるはずがないじゃろうが」
「良いんだよ。どうせ十二魔将だって種族代表として、穴埋め的に入ったようなものだからな。こっちに住み着いて俺も魔力玉を貰う」
短絡的なクリムゾンに、白桃姫はハァ。とため息をつく。
「それで、どこに住む気なのじゃ? 妾の城には住まわせぬぞ」
「そんなの適当に奪うだけじゃねーか」
「仕事は?」
「適当にあぶねー奴をぶっ倒して摘出すれば良いんだろう?」
「この脳筋トカゲが。お主には、こっちの世界のルールとかを叩き込む必要があるようじゃな。ちょうど良い、午後からは友達がくる。そのものにいろいろと教えてもらうが良いぞ」
そう告げてから、白桃姫は指をパチンと鳴らす。
──シュンッ
一瞬で作業着に着替えると、鍬を担いでクリムゾンを見る。
「まあ、午前中はバーンナッツの収穫じゃ、手伝え」
「あ〜、そんなものまで育てているのかよ……まあ、一宿一飯の恩があるからなぁ。それ以上に働いたら、報酬はあるのだろう?」
「うむ。一日働いたら、7000ペリカ支払ってやろうぞ。カイジの倍じゃ」
「カイジ? ペリカ? あ、ペリカは通貨か。よくわかんねーけど、力仕事には自信があるからな」
クリムゾンも立ち上がって、白桃姫の後ろをついていく。
そしてしっかりと午前中を、そして休憩を挟んで午後三時まで、畑仕事に精を出していた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──北広島西高等学校
はい、放課後です。
いや、真面目に授業は受けていたよ。
もうすぐ夏休みだからね。
それに、今日は瀬川先輩が久しぶりに学校に来るんだよ。
魔術研究部の会合に参加するために、しっかりと許可を取ってきて貰う約束なんだよ。
「ということで、こちらが瀬川雅先輩です。こちらは新入部員の……キャロライン洋子さん」
「ちっがいマース。そもそも、その人は誰デスカ!」
「オトヤン、俺もわからないわ。芸人さんが誰か?」
「いや、俺も詳しくはわからない。親父がボケるときに使っていたネタらしいから」
そもそも、ボケるときのネタにも旬がある。
まあ、俺はそういうのを無視してボケるけどね。
「はじめまして。OGの瀬川雅です」
「こちらこそ‼︎ セレナ・アンダーソンです。どうぞ宜しくお願いしマース‼︎」
ブンブンと握手するセレナと瀬川先輩。
そのまま各自で魔法の訓練を始めるかと思ったら、セレナがいきなり、瀬川先輩に質問をした。
「あのです、私、瀬川先輩の魔法が見たいデス‼︎」
「私の魔法? 別に構わないわよ……深淵の書庫」
──シュンッ
一瞬で深淵の書庫が起動する。
それを見てセレナは感動のあまり、その場に座り込む。
「これが、噂の魔導コンピューター……先輩、実はお願いがアリマス‼︎」
「お願い? この深淵の書庫で何かを調べと欲しいの?」
いきなりのお願いに、瀬川も驚いている。
だが、セレナはペコペコと頭を下げると、カバンの中からノートを取り出す。
「このイラストと同じものを探してマース」
「これは何かしら?」
「王位継承に必要な証で、王印とイイマス」
「王印? 玉璽のようなものかしら?」
「ハーイ。父の仕事の関係で、それを探しているのです‼︎ けれど、いまだに手がかりアリマセン」
なるほど。
セレナさんは父親の仕事の手伝いで、瀬川先輩に力を借りているのか。
よし!
ここは俺も一肌脱ぐとしますか。
ちょうど瀬川先輩が、王印を探すのに深淵の書庫に閉じこもったことだし。
「セレナさん、俺も力になりますよ。ノートを見せてください」
「OK、よろしくお願いしマース」
机の上にノートが開かれたので、それを写メ撮って親父のスマホに送る。
同じヘキサグラムで働いていたかもしれないけど、何か知っている可能性があるからね。
『親父、この王印を探しているんだけど、何か知らないか?』
──ピッ、送信。
「親父もヘキサグラムの関係者だから、まずはそっちに聞いてみるよ。俺もあちこちで聞いてみるし」
「助かりまーす。それで小春は、どうして膨れてますか?」
「べ、別に膨れてなんかいません‼︎」
セレナと俺が仲良くしているので、新山さんはヤキモチを焼いているのかな?
うーん。
こういう時は、なんて話しかけたら良いんだ?
「オー、小春、大丈夫デス‼︎ 乙葉は小春のラヴァーでしたか。大丈夫でーす、私は乙葉はフレンズです」
「ら、ラヴァーって、いえ、その、はい」
──プシュゥゥゥゥゥ
あら、新山さんが真っ赤な顔で轟沈した。
そして瀬川先輩も、深淵の書庫に籠ったまま、頭を抱えているんだから。
………
……
…
──ピッピッ
王印について調べてみたところ、今から1000年以上も昔の文献に、それらしいものがありましたわ。
王印とは、魔人王が王位につくための証の一つだそうで、それを持つものこそが、魔人王としての正式継承者となることができるそうです。
また、全ての魔族を統る印であり、同時に歴代魔人王の知識と記憶も受け継ぐとか。
第二次大叛乱の時、聖徳王が二代目魔人王を滅したときにも、この王印が現れたとか。
でも、それは側近である三体の魔獣が持って逃げてからは、消息が不明だそうで。
「はぁ。これはまた難儀なものですわね。深淵の書庫、この文献だけで、王印が何処にあるかわかりますか?」
『ピッ……王印の位置確認。瀬川雅の体内に封じられている確率、99.985%』
「……え? それってどう言うこと?」
『ピッ……不明。不明。不明。理解不能』
「ちょっと待って、落ち着いて私。私は人間で、王印なんて持っているはずがないわ。でも、深淵の書庫は間違った情報を伝えてはこない。これはどう言うこと?」
それよりも、これはセレナさんに伝えてはいけないような気がします。
何故かわかりませんが、こう、危険な空気が流れてきましたから。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
・今回のわかりづらいネタ
君の朝 / 岸田敏志




