第百九十話・往古来今、紺屋の白袴(少しの間だけ、昔話をしよう)
『ネット通販で始める、現代の魔術師』の更新は、毎週日曜日と火曜日、金曜日を目安に頑張っています。
話は少しだけ戻る。
創造神が作りし世界の一つである『ネイルアース』世界に存在する、二つの世界のうちの一つ。
二つの世界は表裏一体であり、その存在は表と裏、月と太陽、光と闇のように表現されている。
もっとも、どちらが表の世界かというとどちらでもなく、二つの世界を知るものに言わせるならば、どっちもどっちということである。
その鏡刻界にある大陸の一つに、『ウィルスプ大陸』がある。
世界を知る者が作りし地図によると、その位置は遥か西方にあり、他の大陸とは、海を真っ二つに分断している巨大な『海裂』により分断されている。
この『海裂』により、他大陸からウィルスプ大陸へと向かうことは不可能とされていた。
それゆえに、ウィルスプ大陸の生命体は他大陸とは違う進化をおこない、生命体としては全く異質な存在となっていた。
………
……
…
ウィルスプ大陸中央、メルキド帝国。
この大陸の知的生命体の九割を占める『魔族』の直轄地であり、全ての魔族の王である魔人王が統治する国。
このウィルスプ大陸には、全部で十三王国があり、それぞれを支配する王が存在する。
帝国を除く十二の王国を統べるのが、この魔人王である。
──メルキド帝国・帝都ブラウバニア。
その中央に聳え立つ帝城ドミニオンの謁見の間では、魔人王フォート・ノーマが部屋の中をうろうろしている。
──イライライライラ
「報告はまだか、いつになったら水晶柱に魔力が集まり終えるのだ?」
魔人王は待っていた。
この帝都の西にある大平原、その中央にある、円形に広がる水晶柱。
その中心こそが、異世界である裏地球と鏡刻界を繋ぐ巨大な転移門が発生する場所である。
水晶柱の周囲には、夥しい程の生贄の死体と、大勢の魔族の魔術師が集まり、祈りを捧げている。
水晶柱の魔力が限界まで高まり、儀式が終わると、裏地球へと続く巨大転移門ゲートが現れる。
500年に一度、鏡刻界と裏地球の太陽が同時に欠けていき、全て消えたとき。
その日が、二つの世界を繋げることができる日。
フォート・ノーマは待ち続けた。
「まだか……あと数年、その日が来るまで、我は500年、待ち続けたのだ……」
前回、今から約500年前の大転移門ゲート開放の時、そのときは、転移門は裏地球から開かれた。
フォート・ノーマは門が開かれたと同時に進軍を開始したが、残念ながら、裏地球侵攻とまではいけなかった。
忌々しき、初代魔人王の手により、裏地球に向かった魔族は、ことごとく返り討ちに遭ってしまう。
虎の子であった十二魔将の半分が、各々の軍団を引き連れて裏地球へ向かったものの、その六名の魔将たちは帰還することはなかった。
大転移門が安定するまで、フォート・ノーマは裏地球の地を踏むことができない。
大転移門が完全活性化し、二つの世界を繋ぐ道が安定しなければ、魔人王の持つ膨大な魔力に道が破壊されてしまうから。
だから、道が完全に繋がるまで、彼は裏地球に向かうことはできない。
──ドダダダダダダッ
一人の人魔が、血相を変えてフォート・ノーマの下に駆けつける。
「なんだ? 吉報か?」
「誠に申し上げにくいのですが……」
「なんだ? 遠慮なく話すが良い」
吉報であれ訃報であれ、王たるものは、全てを受け入れなくてはならない。
「申し上げます。柱の森において、全ての水晶が活性化を始めました」
「でかしたぞ‼︎ それで、転移門はどうなった?」
「ハッ‼︎ 計算よりも早く、転移門が姿を表しました。ですが、その直後に水晶の林すべてが砕け散り、同時に転移門が消滅しました」
………
……
…
え?
待って、今、なんて言った?
転移門が消えたっていったか?
なんでまた?
「そ、それで、魔術師たちは無事なのか? 彼らは生きているのか?」
「ハッ。残念なことに、全ての魔術師が霧散化しました。魔人核の破壊は免れましたものの、皆、1000年の眠りに……」
儀式失敗による弊害。
魔術師たちは体内の魔素を全て奪われ、実体を保てなくなり、霧散化する。
そもそも、我々魔族は精神生命体ではあるが、この世界で生きるためには、仮初の肉体を得なくてはならない。
それが失われると、魔人核に魔力が蓄積するまでは、眠りについてしまう。
だが、この眠りを回避する方法がある。
それが、裏地球の人間に憑依すること。
そうすることで、人間から生命力を吸収しつつ、効率よく魔人核を覚醒させられる。
最も、裏地球では、我々魔族は肉体を作り出すことすら難しい。
鏡刻界では、逆に肉体を構成していないと、精神生命体のままでは、世界に散ってしまう。
しかし、裏地球では逆。
肉体を構成するのが難しく、その肉体を構成しなくては、本来の力を発揮できない。
そのペナルティを補ってもなお、裏地球の人間たちの持つ生気、精気は、我々には格別なエネルギーである。
一度でもあれを食べてみるがいい、こっちの世界の獣を食べて得る生命力とは、比べ物にならないぞ。
「……そうか。わかった、魔人核だけになった魔族たちは、皆、霊廟へと丁重に連れていくがよい。再び目が覚めて肉体を取り戻すまでは、霊廟にて安全を保証してやるのだ。それが、我からの臣下に対する礼だ。下がって良い」
「はっ‼︎」
一礼して、人魔は退室する。
それを見届けてから、我は玉座へと座り込んだ。
「はぁ〜。またか、これで二度目だぞ? 前回の大侵攻の際にも、こっちで転移門ゲートを作ろうとしたら、勝手に向こうの魔族が無理やり開いたんだぞ? 挙げ句の果てに安定しなかった転移門はいくつにも分解して、小さく再構成されて酷い目にあったことだし……」
フォート・ノーマは苛立っている。
なぜ、こうも自由にできない?
どうして我には、転移門を自在に操ることができない?
そう考えていると、ベランダに一人の魔族が姿を表した。
「なんじゃ、随分とイラついておるのう。おやつでも食べそびれたかや?」
「ふん。誰かと思ったら、ピグ・ラティエか。なんで俺が、おやつを食べ損ねた程度で、機嫌が悪くなるんだ?」
「まあまあ、話は聞かせてもらったぞよ。転移門が消滅したのじゃろ? そこで、妾がいいものを見せてやろうぞ」
玉座の前に一旦跪づいて一礼すると、ピク・ラティエは立ち上がって両手をゆっくりと回し始める。
その中に銀色の結界を生み出すと、さらに魔力を込める。
──ブゥン
結界が虹色に輝く。
その向こうには、見たことのない風景が広がっていた。
「魔人王さまや、これが転移門の外じゃ。このように、我が作りし『次元の鏡』と転移門を接続することで、向こうの世界を見ることができますじゃ。ご覧の風景、この鏡の向こうが、転移門のある世界じゃよ」
そこに映っているのは、裏地球の風景。
巨大な、そして奇妙な建物の群、見たことのない雑木、そして、見たことのある、胡散臭い男が一人。
「なあ、ピク・ラティエ。この鏡に映っているのは、俺の気のせいじゃなければ、我が部下だったと思うのだが?」
鏡に写っているのは、アホづら下げて困り果てている『暴食のグウラ』その人である。
『怠惰のピク・ラティエ』と並ぶ侯爵級上級魔族であり、500年前の大侵攻のさいに、裏地球に向かい、そして帰らぬ者となったはず。
それが、顎に手を当てて、何か考えているような素振りで鏡を見ている。
正確には、妖魔特区内に発生した転移門を見て、どうしたものかと思案しているのであるが、ピク・ラティエの力では、まだ風景だけしか映し出すことができていない。
「さようじゃ。500年前の大侵攻のさいに、人間の退魔師によって封じられたはずのグウラじゃ。このアホつら、妾もよく覚えておりますぞ」
「……なるほどなぁ。先程、水晶の林に発生した転移門は、なんらかの理由で消滅した直後、どうやら、裏地球へと流れ着いて、向こうの世界で再構築したということか」
「おお、さすがはフォート・ノーマ、叡智あふれるお言葉でございますじゃ」
「……俺よりも強いお前に褒められてもなぁ……」
大袈裟に褒めまくるピク・ラティエだが、フォート・ノーマは目を細めてピク・ラティエを眺める。
「して、本音は?」
「まあ、その程度の答えなら、妾にもすぐできましたじゃ。問題は、その再構築の原因じゃないのかえ?」
「まあな。しかし、我を相手に辛辣な話をするのは、お前だけだな……同期ゆえに、というところか」
「元は、同じ侯爵位じゃからなぁ。それで、どうするのじゃ? そこに映っておるアホうに、転移門でも開かせるのか?」
「それが最良か。ピク・ラティエ、鏡の向こうに連絡はできるか?」
ピク・ラティエにグウラと連絡をつけてもらう。
そののち、裏地球で生贄を集め、ゲートを開かせる。
それが最良の道筋であり、奇しくも前回、500年前と同じく裏地球から転移門ゲートを開くことになる。
それでも、転移門ゲートが開けばいい。
「のう、フォートや。先の報告をこっそりと聞いておったのじゃが、転移門が現れる水晶の林が破壊してしまったのなら、この地には開かぬのではないのかや?」
「お?」
………
……
…
一瞬の沈黙。
向こうで転移門を開いても、こちらに道をつなぐべき受け皿がない。
こちらから開いた場合は、転移門の接続先は向こうにランダムに開くから好き勝手に侵攻することができるのだが、今回は話が別。
向こうで転移門が開いた場合は、水晶の林の中心に大転移門が姿を表す。
その水晶の林が、存在しない。
先ほど、全て砕け散ってしまった。
「なぁピク・ラティエ。貴様の空間系魔術で、転移門を開くことはできぬか?」
「畏れながら……無理じゃのう。なんで魔族が500年も掛けて開く転移門を、妾があっさりと開けるという発想になるのじゃ?」
「で、あろうなぁ。そうなると、水晶の林を探すしかないか」
鏡刻界でも、天然の水晶の林というのは中々お目にかかれるものではない。
そもそも、天然の水晶の林は、魔力溜まりに発生するというのが定説であるが、それを証明したものは存在しない。
「よし、魔人王フォート・ノーマが命じる。ピク・ラティエよ、大陸を旅して水晶の林を見つけるのだ!」
「嫌じゃ!」
「え? ちょっと待て、普通、魔人王が命じたら、ありがたく拝命するんじゃないのか? 俺、魔人の王だぞ?」
「妾は怠惰のピク・ラティエ。七大罪の冠を持つ、怠惰の氏族の主であるぞ。妾たちの氏族の力は『何もしないをする』。動くことや調べ物など、伯爵位の他の魔族に任せるが良いぞ」
魔人王の命令を堂々と断り、何もしないと宣言するピク・ラティエ。
これにはフォート・ノーマも頭に手を当てて考え込んでしまう。
「わかったわかった。それではピク・ラティエよ、次元の鏡を使い、向こうの世界を監視するのだ。そして、暴食のグウラとなんとかして連絡を取り、向こうの世界から転移門ゲートを開くように連絡するのだ‼︎」
「はっ。怠惰のピク・ラティエ、御命、たしかに拝命しました……では」
一礼してから、ピク・ラティエはスキップでベランダに向かう。
そして翼を広げると、青空高く舞い上がった。
「ふぅ。本当に疲れる。あれで魔族の強さでは第一位だというのが、理解できんな……」
ピク・ラティエが侯爵級に甘んじている理由はひとつだけ。
地位が上がると、責任が生じる。
侯爵位という爵位にあり、領地を収める上位魔族であるにも関わらず、面倒なことは配下の魔族に押し付けて、日夜、怠惰を楽しんでいる。
これが公爵位となると、王城付きの役職も与えられてしまうので、あえて侯爵位を楽しんでいるのである。
フォート・ノーマ曰く、俺が何故、二代目魔人王なのかはひとつだけ。『ピク・ラティエがやらなかったから』。
最古の魔族であり、伝説の『神魔族』とも噂されるピク・ラティエ。その正体は、ただ日夜、惰眠を貪り、好きなものを勝手に食べて暮らすのが趣味な、面倒くさい魔族であった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「……はぁ。どうしたものか」
フォート・ノーマは考えている。
転移門が消滅し、さらに裏地球に存在していた大転移門すら、異世界の魔法使いによって完全に封じられてしまったのである。
それでも裏世界へとピクニック……もとい、大侵攻を始めるためには、どうしても異世界と鏡刻界を繋ぐ門は必要。
そのため、書庫に納めてあった古い文献を持ち出し、より上質なハイエルフを生贄に捧げた儀式を行おうとしたのだが、そのハイエルフも姿を消してしまった。
ここにきて、フォート・ノーマは完全に手詰まりとなってしまう。
「我が君。何をそんなにお困りですか?」
王城謁見室に姿を表した十二魔将第一位、憤怒のマグナム・グレイスが、片眼鏡をグイッと上げつつ問いかけている。
金髪の美男子、他の魔将とは違い知力を好む彼は、常日頃から力任せのフォート・ノーマのことが好きではなかった。
「誰かと思ったら、マグナムか。いや、次の裏地球進軍についての策を考えていたところだ」
「策を……ですか? 先日、私が提案した『エルフの魂を用いた、巨大転移術式』はどうなされましたか?」
「ああ、あれは失敗した。まさか贄が水晶柱に引き込まれてしまうなど、予想はしていなかったからなぁ」
──ピクッ
マグナムの眉根が動く。
あの計画の立案はマグナムであり、全てのお膳立ても彼とその配下の魔族が取り行っていた。
しかも、まだ計画の実行までは時間があった。
裏地球と鏡刻界、二つの世界が重なる時期、それに合わせて行わないと、まともな転移門など作れない。
「予想……外ですか? 陛下、私はこう申しましたよね? 二つの世界の刻が重ならなくては、儀式の成功率は格段と下がると」
「下がったからといって、ゼロになるわけでもあるまいし。我の運の良さはお主も知っているであろう? ほら、次の計画を考えるが良い」
全く悪びれる様子もなく、フォート・ノーマはマグナムに向かって追い返すように右手を振る。
「……畏まりました。それでは、次の案を考えることにします。では、失礼します」
「ああ。確実に成功する案を提示するように。それ以外は必要ないからな」
そのフォート・ノーマの言葉に、マグナムは頭を下げる。
そして振り向いて謁見室から出ていくのだが、部屋の外で待機していたマグナムの側近たちは、憤怒に包まれたマグナムの顔を見て、寿命が550年は縮まってしまった。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
・今回のわかりづらいネタ
太陽の子エステ◯ン
鋼鉄ジ◯グ