第百八十七話・一意専心、我が身を抓って人の痛さを知れ(まだ帰れない、いや帰る)
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なるほど。
スパイダーマンの気持ちが、よく分かる。
異世界・鏡刻界に無理矢理連れてこられて、生贄になりそうなところをどうにか逃げてきて、エルフの里に招かれて。
滅びかかった里を救って、新しい里長をフリューゲルの元に連れてきて。
「それで、今度はラナパーナ南の大森林に、新しい里を作る手伝いかよ‼︎」
「オトハ卿、早く精霊樹を根付かせることが大切。そのためにも、里の場所は厳選しなくてはならない」
そう。
ここはラナパーナ南方にある『ライネック大森林』。
古くから多くの精霊が住まう地であり、必要以上の資源採取が禁止されてある地域。
そのためか、ランクの高い魔獣やSランク希少植物などの宝庫でもあるため、平時は許可なきものが勝手に侵入しないように、『迷いの術式』により保護されている。
この『迷いの術式』は、許可証を持たないものが指定区域に侵入した際、自動的に森の外周にある『騎士団詰所前』に強制転移させられるらしい。
なんでも、フリューゲルたちエルヴァンの失われた秘技の一つとかで、現在、この術式が使えるのは全てのエルヴァンの中でも片手に余る人数らしい。
『ピッ……迷いの術式を解析。魔導書に記載しました。なお、発動には【エルフ式魔力循環】を必要とします』
相変わらず、見ただけで自動解析できるんだよなぁぁ。
ゲームの中でも、そういうのあったよね?
ラーニングっていう能力で、自分が受けた攻撃や魔法を瞬時に習得するやつ。
あれの下位互換みたいな感じだよ。
「それで、俺はここでなにをすれば良いので?」
「護衛。私はともかく、マイアにはこの森は危険すぎるから」
「い、いえ、こう見えても、私も冒険者の端くれです。魔獣程度なら、対応できます」
やや声が震えているマイア。
そりゃそうだ、俺だって怖いわ。
あちこちから咆哮のようなものが聞こえているし、道順だって油断したら獣道が変化するんだよ?
しかも、森の向こうからチクチクと視線も感じる。
「それじゃあ、あれの相手をお願い」
「「あれ?」」
おもわずマイアさんとハモったけどさ。
──ブワザッ、ブワザッ‼︎
翼を羽ばたかせつつ、俺たちの目の前に着地した存在。
ライオンの体に立髪に埋まりそうな老人の顔。
サソリの尻尾に、羽毛に包まれた巨大な翼。
マンティコアかと思ったが、あれは翼を持たないから別種。
「マンディアス‼︎ Sランク討伐対象‼︎ 無理無理、あれは無理です‼︎」
マイアが下がりつつ防御姿勢を見せる。
そしてフリューゲルもまた、目の前に守りの結界を張り巡らせたので、俺はすぐさま魔導紳士モードに換装‼︎
──シャキーン‼︎
「あ、あの、あれって人間が呪いで変化したとか、元は人間だとか?」
「ない。古い時代の、狂った魔導師によるキマイラ実験の成れの果てが繁殖しただけ」
「動物でしたか」
「そう。ただし、繁殖期には人間を襲う。それ以外は動物を食べるけど、繁殖期には人間の脳を食べる」
討伐確定‼︎
地球ならば猟友会の出番だよ。
それでこっちじゃ冒険者の出番なのか。
「オトハ卿、戦う‼︎」
「殺さないから、捕獲する。あとは任せるから‼︎」
──キィィィィィン
高速で魔力を循環させる。
組み替えられた魔力回路と魔導体術との組み合わせで、複数の魔力が体内を駆けめぐっても体の負荷は予想外に軽減されている。
「魔力3闘気7、十式・拘束の矢」
更に魔法を放つイメージ。
弓を引くスタイルがイメージを高められるのだけど、セフィロトの杖は、俺の発動媒体としてのイメージを高められるように、その形状を変化させられる。
──チャキッ!
右手に構えた魔導リボルバー。
中折れ式四連装マグナムの形状が、俺の手の中に生み出される。
──ドゴォォォォォッ
そこから放たれる拘束の矢は、一瞬でマンディアスの身体を穿つ。
外傷はなく、命中時に拘束術式が全身に広がっていく。
しかも、闘気を練り込んだので相手の経絡にまで浸透、内部からも優しく拘束。
──グゴォァォォ‼︎
ズシーンと音を立てて倒れる。
「す、凄い……あのマンディアスを一撃で」
「えーっと、後の処理はお任せします。やっぱり、生きているのを殺すのはどうも……」
それなら、落とし穴に落としたオークはどうだとか言われそうだけどさ。
直接手を加えて目の前で殺すのと、間接的に目に見えないところでというのは、何というか、罪悪感が違う。
だからといって、殺していいのかどうかという問題もあるんだけど、郷にいれば郷に従え。
こっちの世界じゃ弱肉強食、弱いものは死に、強いものが生きる世界。
魔物や動物を殺すのは、冒険者にとっては日常茶飯事なんだよなぁ。
「そうか。そんな事では、一人前の冒険者にはなれないぞ?」
「地球に帰るので、冒険者になる必要はありませんよ。ということで、どうぞどうぞ」
「そうか、それじゃあ」
マイアさんは、あっさりとマンディアスの急所をナイフで一突き。
そのまま肩から下げていたバッグにマンディアスを収納した。
………
……
…
半日ほど、のんびりと歩いている。
そしてようやく目的地にたどり着いたらしい。
森の中にある、ぽっかりとひらけた場所。
小さな湖の辺りにある草原。
「マイア、ここに苗を植える。あとはわかるか?」
「はい。それでは」
早速、マイアさんが儀式を始める。
草原の真ん中に精霊樹の苗木を植えると、そこを中心に魔法陣を形成し始める。
「我も手伝う。最初が肝心だから……オトハ卿、エルフ式の魔力をここから注いでくれるか?」
「やっぱり魔力が足りないのですね?」
苗木に繋がる魔法陣を見て、どう見ても発動に必要な魔力が足りないことが理解できた。
いや、普通の魔力ならそこそこの冒険者で補えるんだけど、エルフ式の儀式術式には、エルフの魔力でなくてはならない。
どう見積もっても、儀式に必要なエルフの魔力は二十四人分。
フリューゲルだけでも補えるらしいが、それだと魔力に偏りが出てしまい、フリューゲルが管理者となってしまう。
たがら、部外者の俺がエルフ式魔力を注ぐことが大切らしい。
「コウスケさん、お願いします」
「あなたの魔力が必要」
「了解。魔力回路開放、魔導体術によりエルフ式に変換……それいけ‼︎」
──ブゥン
両手に集まった魔力を、指定された場所に向かって叩き込む。
──キィィィィィン‼︎
すると、魔法陣が瞬く間に光り輝くと、苗木が根付き、十メートルほどの木に成長した。
「おおう、さすがは精霊樹。儀式でここまで大きくなるとはなぁ」
俺は目の前の精霊樹を見て、感極まりつつ呟くのだけど。
「う!うそ……100年分の成長が、こんなにあっさり」
「やっぱりオトハ卿はおかしい。さっきの魔力、我の百人分。さすがはオトハ、百人分でも大丈夫‼︎」
「人をどこかの物置のような言い方しないで‼︎」
力一杯突っ込む。
けど、俺にもわかるよ。
俺の魔力はきっかけにすぎない。
儀式が始まってから、俺たちの周りには、聖霊が集まってきたんだからさ。
──チラチラ
成長した木々の枝葉から、知っている聖霊を感じる。
うん、みんな、ここにいたんだよな。
無事に、また会えるよな。
「じゃあな、今度こそ、リバーシで勝ってやるから」
『約束、だよ』
『ネクタリンも忘れないで』
聞こえたよ。
なんだろう、このやり遂げた感。
おもわず精霊樹に向かって手をあげて、ニイッと笑ってしまったよ。
「お前たちが勝ったら、またネクタリンをやるから。それじゃあ、またな‼︎」
挨拶は大切。
さて、これで俺の仕事は終わったよな。
「それじゃあマイア、そしてフリューゲル。俺は地球に帰るので、あとはよろしく」
「うむ。最後に王城まで送ってくれると助かる」
「私はここでいいわ。この辺りには精霊樹の加護が広がったから、ここに小屋でも立てて住むことにするから」
そっか。
それじゃあ、特別サービス。
「それなら、これを使うといいよ」
──シュルッン
空間収納から、俺が里で使っていた小屋を取り出して設置する。
「え、なにこれ?」
「俺が里で使っていた家だよ。あのちびっ子たちも遊びに来ていたから、安心だろう?」
そう説明すると、俺とマイアの周りを光の玉が飛び回っている。
「そうね。この子達が教えてくれたから、安心ね、ありがとう」
「どういたしまして。そんじゃ、帰るとしますか」
──ブゥン
再び鍵を使い、この地とラナパーナ王城を繋ぐ。
そしてフリューゲルを王城に送り届けると、俺は急いでラナパーナをあとにした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
一方。
フェルデナント聖王国王城は、大混乱状態であった。
突然、謁見室の天井あたりに魔法陣が開いたかと思うと、大量の騎士やオークの軍勢が落下してきたのである。
「な、何事だ、どこの国の襲撃だ!」
謁見室の傍らで、のんびりと身体を休めていたエドワード王が何事かと飛び込んできたとき、入れ違いに燃え盛る騎士やオークが飛び出してくる。
更に謁見室の内部は炎により燃え上がり、貴重なタペストリや装飾品が、次々と燃え朽ちていった。
「……あのガキ。まさか二重神威による魔力回路破壊術式を克服したのか‼︎」
エドワードの傍で、マーカス宰相が拳を握る。
よもや、魔力回路を潰した乙葉浩介が、このような暴挙に出るとは思ってもいない。
「いや、我が力は残滓といえど破壊神。その我の破壊の魔力を修復するほどの力など存在しない」
もう一度頷いて、すぐさま駆けつけた騎士たちに指示を飛ばす。
一刻も早く怪我人の救出と、炎を制御する術式持ちを集めよと。
「マーカス、これはどういう事かわかるか‼︎」
「はっ。聖王さま……おそらくは、あの乙葉浩介が放った最後の足掻きかと。すぐさま第二陣を用意しますので、ご安心を」
「またあの男か。ええい忌々しい……」
「ご安心ください。全て、この私が取り仕切りますので」
マーカス宰相が、言葉に魔力を注ぎ込んでエドワードに話しかける。
すると、先ほどまでのイライラが収まり、エドワードは穏やかな顔つきになる。
「そうか、そうだな。ではマーカス、ここは任せるぞ」
「かしこまりました」
それだけを告げて、エドワードはその場から離れる。
まるで、今、目の前で起こった惨劇など、風に乗ったタンポポの綿毛が流れていくかのように、脳裏から抜け落ちていった。
そして入れ違いに魔法使いや城詰めの技師たちが集まり、火事を収めて部屋の修復を開始する。
そかな細かい指示を出しながら、マーカスはこれからのことを考える事にした。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




