第百八十六話・雨過天晴‼︎ 虎に翼(復讐する、いや、違う)
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──ゴゥゥゥゥゥゥ
エルフの里が、燃えている。
フェルナンド聖王国の騎士とオークの軍勢が、里を燃やした。
燃え盛る炎の向こうで、騎士が、オークが、エルフたちを殺している。
精霊魔術を行使して、フェルナンドの軍勢が進まないように幾重にも結界を張り巡らしているものもある。
だが、圧倒的な暴力が、結界を破壊する。
オークの振るう巨大な槌の一撃で、結界は破壊されていった。
「宰相殿の話していた通りだ‼︎ この里のエルフどもは肉体を失った、ただの意識の塊でしかない‼︎ 怯むな、奴らは所詮は亡霊だ‼︎ 思い出せ、半年前の進軍で、この里のエルフは滅んだのだ‼︎」
猛々しく叫びながら、騎士団長らしき男が剣を振るう。
その凶刃がエルフの身体を貫くと、エルフは一瞬で霧のように散っていった。
──シュゥゥゥゥ
霧……聖霊は周囲を漂うと、真っ直ぐに俺の方に飛んでくる。
そして俺の体をすり抜けて、祠の中へと消えていった。
『このような、辛いことを託して申し訳ない……だが耐えてくれ……』
ウワァァァァァ‼︎
涙が溢れる。
俺が、俺がこの森に逃げてきたから、隠れ里が襲われたんだ‼︎
俺が来なければ、こんな悲劇が起きるはずがなかったんだ‼︎
目の前の悲劇が、死して霧となった聖霊が次々と俺の中を通り抜けていく‼︎
『それは違う……マイアが戻ってきた時、我々は運命を感じた』
『マイアに全てを託す為にも、君の力が必要だった』
温かい気持ちが流れてくる。
優しい言葉が聞こえてくる。
『私たちは聖霊だから、死なないから』
『肉体なんて、以前の襲撃の時に失ったから』
頭の中に情景が浮かぶ。
それが半年前の、彼らの記憶。
フェルナンド聖王国は隠れ里の結界を破壊し、里のエルフを皆殺しにした。
しかも、聖霊として生きるのも許さないかの如く、聖王国の騎士たちは里を焼き払い、精霊樹をも燃やしたのだ。
脳裏には、燃え盛る精霊樹から溢れ出す聖霊の光が見えている。
それを騎士たちは、手にした壺に吸い込んでいった。
何百もの聖霊が吸い取られ、そして燃え落ちた精霊樹と里を後に、聖王国の騎士たちは立ち去った。
だが、新たな精霊樹が、この祠の中で芽吹いていたのは、騎士たちにも気付かれていない。
俺がこの里に来てから見たエルフは、20名ちょっと。
あまり人前に出ない種族なのかなぁと思っていたけど違う。
この20名ちょっとだけが、新しい精霊樹に逃げていたエルフなんだ。
『これが、この里の記憶。あとは私が最後、これで儀式は終わるから……』
『今度会うまでに、リバーシに強くなってね』
『お兄ちゃん、騎士たちをやっつけて!』
最後のエルフの子供の声。
その声の子が、俺に何かを手渡した。
「これは……」
芽吹いたばかりの、ネクタリンの種。
あの広場にあったなら、もう燃え落ちていた。
それを、この子は持ってきたのか。
「いたぞ、コウスケ・オトハだな‼︎ 聖王エドワードさまの勅命だ、貴様を拘束する‼︎」
黒い六脚の馬に跨った騎士が、俺の目の前にかけてくる。
「コウスケ‼︎ 儀式は終わったから‼︎」
マイアが祠から飛び出して、俺の背中で叫んでいた。
そうか。
体内の魔力回路、それがエルフたちによって新しく『組み替え』られている。
魔力回路は修復するんじゃない。
新しく、作り替える。
治療が効かない理由は、ここにあった。
俺の魔力回路は、もう修復不可能だった。
だから、エルフが、聖霊たちが、俺の中の魔力回路を組み替えてくれた。
「……魔導体術、術式変換……」
体の中を巡るのは、魔力と闘気、そして新しい力。
俺の新しい魔力回路は、複数のエネルギーが並列に使えるようになっている。
それなら、今、みんなが教えてくれたこれも使えるよな。
「エルフ式、十七式・雷撃波っ‼︎」
──ピシャァァァァァァ
弓を射るかのような構えから、稲妻を打ち込む。
それは一直線に騎士団長に突き刺さると、後続の騎士たちの身につけていた鎧に向かって一斉に広がっていく‼︎
稲妻の連鎖を受けた騎士たちが、麻痺状態になって馬から崩れ落ちる。
その背後からは、異変を察知したオークたちが走ってくるが、あんなものを相手にしたくはないよ。
「この糞野郎共がぁぁぁぁ‼︎ 範囲拡大、六十四式・氷の槍‼︎」
──バラバラバラバラッ
俺の周囲三百六十度全ての方向に、氷の槍が生み出される。
それは一瞬で敵の騎士やオークに向かって飛来していくと、次々と体に突き刺さり、その場で全身を凍結させた。
それでもなお、騎士たちは後から後からやって来る。
「怯むな‼︎ 奴を捕らえれば爵位が得られる‼︎ それに太陽神の思し召しだ、やつは生贄となる運命だ!」
「巫山戯るなっ、なにが太陽神だ、なにが運命だ‼︎ そんな勝手な理由で、大勢の命を無慈悲に奪って良いわけがないだろうが‼︎」
──ブゥン
何かが、俺の中で目覚めた。
そうだよ、以前、俺がこの命を燃やして新山さんの命を救った時に残っていた【魂のかけら】。
その後は長い時間をかけて、神域で魂の修復をした。
その時に残っていた俺の魂は、半分が魔族で半分が人間。
そこに破壊神の加護が芽吹き、今の俺、亜神化した俺がいるんだよ。
『その通りだよ。君の中の枷はとっくに外れている。
ただ、君の人としての倫理観が、
君に歯止めをかけていただけなんだ。
感情は抑えるな。
それは、君が腑抜けているだけだ。
傷つくことを恐れるな。
こんな事は、よくある事さ。
私は、必要な死を容認する。
守れるものも守れなくて……』
声が響く。
女性の優しい声。
俺は、魔法を使っていながら、魔法を恐れていた。
簡単に手に入った、とんでもない力。
暴力的に使えば、これは簡単に命を奪う。
そうだよ、今だって、目の前で。
大勢の騎士やオークを、俺が殺した。
──プッッ
「うわぁぁぁぁぁぁ、殺した、俺が魔法で人を殺した‼︎ こんなに簡単に、こんなにあっさりと‼︎」
右手を大きく振るうと、石壁が生み出される。
ちょうど俺に目掛けて大量の矢が飛来していたらしく、俺は無意識のうちに防御発動を行った。
──ガギガギギガギギギギギギギギ
飛来した矢が全て壁によって弾き飛ばされると、反対側からはオークの軍勢がこちらに向かって走ってくる。
くるな
今の俺に敵意を向けるな‼︎
無意識のうちに左手が動く。
高速で印を紡ぐと、左側に雷撃波が生み出され始めたので。
「勝手なことをするな‼︎ エルフ式、十七式・落とし穴‼︎」
──ガボッ
俺に向かって走っていたオークたちの足元が、突然消滅する。
俺の感情に合わせて、左手にフィフスエレメントが生み出される。
まるで俺の中の破壊衝動に反応するかのように自動詠唱を始めたので、根性と意思で止めて術式を変換した‼︎
直径十七メートル、深さ十七メートルの落とし穴だ、出られるものなら出てみやがれ‼︎
「ぐ、ぐっ……この、たかが一般人如きが、この騎士である俺に……第三騎士団長のジオラルド・クラウスさまに逆らうと言うのか‼︎」
「知るかぁ、お前が騎士団長なら、俺は……勇者だ‼︎ 魔導強化外骨格改め、魔導鎧・零式起動!」
──シュンッ‼︎
魔力回路の組み替え、さらに体内で目覚めた『破壊神の芽』により、魔導強化外骨格も進化した。
いや、それってどうなのよと思ったけれど、装着して初めて分かった。
これが、本当の姿なんだと。
「フィフスエレメント、おまえの主人は俺だ‼︎ 俺に従え!」
俺の叫びに、両腕に魔導籠手が装着されると、セフィロトの杖が浮かび上がる。
いやぁ、どこをどう見ても悪役だ。
「ゆ、勇者だと‼︎」
「そうだよ。魔導の勇者・乙葉浩介だ。お前たちが殺した命、貴様たちの……」
杖を構える。
まだ殺すのか?
もう、俺は散々殺した。
それでも、奴らは俺を捕らえにくる。
それがどういうことか分かっている。
敵の中には、俺の姿を見て戦闘を放棄し始めたものもあるじゃないか。
それでも、俺は殺すのか?
そう考えた時。
──ツン
誰かが、服の裾を引っ張る。
そうか、そうだよな。
わかっているよ、命乞いをする者を殺してはいけない。
聖霊の意思が伝わる。
憎しみの連鎖はダメだと。
殺戮の本能に、囚われてはいけないと。
「ここにいる全てを、無理やり返してやるわぁ。神威解放、強制転移術式‼︎」
──ブゥン
それは、里全域を覆い尽くすかのような巨大な魔法陣。
「な、なんだこれは‼︎ まさか勇者の力だと‼︎」
「イエス‼︎ お帰りの時間だ、お前らまとめて没シュート‼︎」
──シュンッ
俺が叫ぶと同時に、里に広がっていた騎士が、オークの軍勢が、ついでに里を焼いていた炎も纏めて、フェルナンド聖王国の王城に飛ばしてやったわ‼︎
──シュゥゥゥゥ
残った光景。
燃え落ちた里、燻っている木々。
綺麗だった森が、村が、里が、見る影もない。
「クッ……ゥゥゥゥゥゥ……」
だめだ。
涙が止まらない。
「ありがとう、コウスケ。貴方のおかげで、世界中に散っていった全ての聖霊が、ここに集まってこられたわ」
「散って……」
「ええ。聖王国に囚われて、水晶柱を起動するために使われた聖霊も。私たちは、聖霊としての姿を持っていたら、死ぬ事はないわ。ただ、精霊樹に戻らなかったら、やがて力を失い、小さな宝石の姿で眠りにつくの」
そう告げながら、マイアは懐から小さな袋を取り出し、俺に見せてくれた。
そこには、米粒ほどの様々な色の石が入っている。
「聖霊の一人が、里の異変を教えてくれたのよ。だから私は戻ってきた。長老不在の精霊樹を受け継ぐための儀式を行い、世界に散った聖霊を集めるためにね」
でも。
俺は、何もしていない。
ただ、里で儀式が終わるのを待っていただけ。
いや、俺が来なかったら、ここは襲われることはなかった。
「……貴方は、この里の聖霊たちに、感情をくれたのよ」
「感情?」
「ええ。一度肉体を失った聖霊は、精霊樹の中で過ごす。幾百、幾万の魂が溶け合い、一つになって。そうなると、感情は失われ、どんな事にも心をゆるがされることはないのよ」
でも、俺が里に来る事で、ただ里を守っていただけの聖霊が、普通のエルフに戻っていったらしい。
もしも感情がなかったなら、騎士団が襲撃してきた時、彼らは何も考えずに祠に逃げてきた。
そうなると、騎士たちは一直線に祠にやっ出てきて、儀式中のマイアを殺し、精霊樹の苗木を持ち去ったに違いないと。
「でも、そうはならなかった。貴方を見て、貴方と心を通わせる事で、エルフたちは立ち上がったのよ。私を守るために、精霊樹を守るために……そして、貴方に恩を返すために……だから、もう悲しみで泣くことはないからね」
よかった。
マイアさんの言葉に、俺は救われた。
「貴方は、エルフの加護を得たから。もう魔力回路も組み替えで新しいものになったから、帰ることができるはずよ」
「……はい。でも、せめてこれだけはやります、やらせてください」
セフィロトの杖を大地に突き刺す。
「大地の恵みに感謝を……全ての聖霊に感謝を……大地創造」
──キィィィィィン
燃えてしまった花芽に力を。
木々に活力を。
大地は再生し、森は蘇る。
エルフの術式、植物育成。
燃えて黒々とした光景が、緑溢れる森になる。
その一箇所、俺がいた広場に戻っていくと、そこに芽吹いたネクタリンの種を植える。
「こ、こんな事って……」
マイアさんも、驚いている。
そりゃそうだ、以前の俺なら、こんなことできるだけの力はない。
魔力コントロールだけでは、到底超えられない壁を、俺はエルフのみんなの力で、ひとつだけ越えることができたんだよ。
「マイアさん。あとは、里の結界を作り直せば、この場所は保存されます……どうしますか?」
そうすれば、ここに精霊樹を植える事で、この地がエルフの里として蘇る。
けれど、マイアさんは頭を軽く振っている。
「私がエルフの新しい長だから。ここは思い出の地として、森の皆に解放するわ。新しい土地に、新しい里をつくるだけ……森が里じゃないわ、精霊樹が里なのですからね」
にっこりと笑いながら、マイアさんが呟いた。
それなら、ここはこのまま。
「それで、こらからどうするのですか?」
「そうね。精霊樹の護人、フリューゲルさまのところに向かうわ。長い道のりだけど、これも里長としての使命ですからね」
「了解です。フリューゲルさんの所ということは、ラナパーナですよね」
クルンと右手の中に『鏡刻界の鍵』を取り出す。
「鍵よ、新たな道を開き給え……」
エルフ式魔力解放。
鍵と俺が一つになり、大地から力を借りて術式を起動する。
自然から魔力を、力を得るのがエルフ式。
ならば、この大地から少しだけ魔力を借りる。
──ブゥン
すると、目の前に大理石の両開き扉が生み出された。
といっても扉はなく、枠だけ。
そして扉の向こうは、ラナパーナ王城・謁見室。
「……勇者オトハ、一体どうしたのですか?」
王座に座っていたマリア・カムラ・ラナパーナが、驚きの表情で俺たちを見ている。
「そこのエルフは知っている。フェルナンド南方ムリダーナの氏族、カナリの娘。確か、マイア」
「はい。マイア・カナリ・ムリダーナ、新たに里長となったことを、ご報告します」
扉を挟んで中と外で、話が始まった。
「まあ、まずはここに来て。ムリダーナの里は滅ぼされたと聞いていた、詳しい話が聞きたい。オトハ卿にも、説明をお願いする」
「はいはい。それじゃあ、行きますか」
フリューゲルに促されて、俺はマイアさんと一緒にラナパーナ王城に歩いていく。
そして扉を閉めると、今までに起こった出来事を、一つ一つゆっくりと説明する事にした。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。