第百八十二話・温厚篤実、初心忘るべからず(エルフが、来たぁぁぁ‼︎)
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深い深い森の奥。
人の息吹も感じない。
さすが異世界ファンタジーの大森林。
そう驚いているんだけれどさ、これってものすごい恐怖なんだよ?
よくニュースでやっているじゃないか、山菜取りに山の中に入った行方不明になる話。
今の俺の心境が、まさにそれだよ。
「はぁ。ここまで人里も何もないと、本当に心が折れそうになるよ」
カナン魔導商会経由、ウォルトコで購入したプロテインバーを齧りつつ、俺はゆっくりと箒に跨って移動を続ける。
上空と周囲に気を配りながら、魔法による敵性感知センサーを使い続けているんだけど、そろそろ魔力が限界。
「いてててて……くっそ、魔力回路の損傷で頭痛もしてくるわ。回復薬じゃ効果がないのかよ」
──シュゥゥゥゥ
空間収納から強回復薬や病気治療薬を取り出して、一本ずつ飲んでみる。
この間、ステータス画面を開いて状況が変化するかどうかも確認してみたんだが、『魔力回路の回復』には、どちらも効果がない。
「はぁぁぁぁ。こりゃあ自然回復するのを待つしかないか。カナン魔導商会は使える、翻訳スキルも問題はない。女神から貰ったチートスキルは魔力回路の損傷によるペナルティがないのは幸いだったなぁ」
ちょうどいい切り株に腰掛けて、空間収納からチョコバーとサイダーを取り出し、軽く腹ごなし。
疲れた時には甘いものは常套手段だよね。
──グーキュルルルルルル
うん、食べても食べても腹の虫が治らない。
「いやいや、俺の腹の音じゃないから‼︎」
慌てて周りを見渡すが、人の姿も何もない。
「……敵性感知……も反応ないか。って、騙されるかぁ‼︎」
そもそも、綺麗に伐採された切り株があるんだぞ、人か何かがいるのは当然だろう。
そして、切り株においてあったチョコバーがフワフワと空中に浮かぶと、バグバクと端から消えていく。
「うんまぁぁぁぁぁい、何これ、こんな食べ物、初めてよ‼︎」
「うわぉぉぁ、だ、誰だよ、誰かいるのかよ‼︎」
慌てて敵性感知を使っても反応がない。
いや待て落ち着け俺、適性感知は殺気とかに反応するから、この場合は生命探知だ‼︎
「我が目に宿れ、命のレンズ。生きとし生けるものよ、その姿をってうっはぁ‼︎」
──シュンッ
俺の魔法が完成する前に、目の前に金髪の女性が姿を表した。
身長は俺よりも高い、祐太郎よりも少し低いぐらいだから175cmってところか。
腰まで伸びる金髪と、ちょっと先が尖った耳。
フリューゲルさんから聞いた、エルフの特徴に間違いはないだろう。
「あ、あの、ひょっとしてシルヴァンさん?」
「あら、私たちの種族名を知っている只人って珍しいわ。私はルミニースの民よ。この先に私たちの隠れ里があってね、10年ぶりに帰るところなのよ」
「へぇ。ルミニースってことは、確か……精霊の加護を持つ、植物しか食べられないエルフ種ですよね?」
そう問いかけてみると、目の前のエルフさんは目を丸くしている。
「へぇ。シルヴァンとルミニースの違いなんて、よく知っているわね。それじゃあハイエルフの種族名まで分かるのかしら?」
「エルヴァンですよね? フリューゲルさんからある程度の話は聞きましたから」
正確には白桃姫からなんだけどさ、ここは敢えてフリューゲルさんの名前を出してみる。
すると、目の前のエルフさんは嬉しそうに小躍りを始めていた。
「凄いわ、貴方、大樹の護人のフリューゲルを知っているなんて……私でも一度しか会ったことがないのよ?」
「はぁ、まあ、色々とありまして、ラナパーナ王国では懇意にしてもらいました」
「そうそう、あの方は、今はラナパーナ王国の筆頭宮廷魔導士なのよね。うんうん、貴方のことを信じます。私はマイア。ムリダーナの氏族、カナリの娘。マイア・カナリ・ムリダーナよ」
「俺は、乙葉浩介。こっちの世界の呼び方だと、コウスケ・オトハになるのかな。よろしくお願いします」
ほっと一安心。
近くにエルフの隠れ里があることを教えてもらったし、敵対するような素振りもない。
「よろしくね。それで、お願いがあるんだけど」
「ん? なんでしょうか?」
なにやら顔を赤くして、モジモジとしている。
これはあれか?
愛の告白か?
一目惚れか?
「さっき、勝手に貴方の食べ物を食べちゃって」
「ですよね〜。そうじゃないかって思っていましたよ。それは別に構いませんよ、お腹が減っていたのでしょ?」
「そ、それはごめんなさい……あの、あのですね」
あ〜。
わかった気がするから、急ぎカナン魔導商会経由ウォルトコで、チョコバーとサイダーを購入、空間収納から取り出して差し出す。
「足りなかったのですよね? どうぞ」
「あ、はい、ありがとうございます‼︎ 代価は後ほどお支払いしますので‼︎」
そう告げてから、嬉しそうにチョコバーを開けて食べ始める。
さてと。
俺としても一人で孤独を愛しているよりも、騒がしい方が助かるからなぁ。
「さっき、この先のエルフの隠れ里に向かうって話してきましたよね? 宜しければ同行させて欲しいのですけど、大丈夫ですか?」
「構いませんよ。貴方は私が空腹で倒れそうなところを、助けてくれたのですから。いわば命の恩人ですから」
「そう言ってもらえると、助かります」
これで話はついたので、今はマイアさんが食べ終わるのを待つことにしよう、そうしよう。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「10年ぶりに帰るのですか」
「そうなのよ。こう見えても私は冒険者でね、精霊魔法の中でも風の術式が得意なのよ」
隠れ里に向かう途中。
マイアさんから色々な話を聞いた。
彼女はランクAの冒険者で、『風の伝承』というギルドに所属しているそうだ。
ここでいうギルドとは、冒険者ギルドや商人ギルドといった公的ギルドではなく、いわば巨大なチームのようなものらしい。
ルミリア魔導王国がホームグラウンドらしく、主な依頼はフェルデナント聖王国側からやってくる魔獣の討伐とのこと。
「風ですか」
「ええ。エアーコントロールからの派生魔法、それが私の得意分野なのよ。特に探知系の風が得意でね」
そう説明してから立ち止まると、両手を左右に水平に伸ばし、トランス状態に入る。
体が淡く輝き、両手から風が吹き出していく。
それが俺の肌を掠め、森の中に浸透していった時、マイアさんは顔を顰めてしまった。
「……どうして、この森にオークの集団が住み着いているのよ。精霊樹の【守りの結界】に包まれているから、悪しき魔獣は森に入らないはずなのに」
「あ〜。俺も見ましたよ。鎖帷子を着込んだオーク」
「鎖帷子!」
俺の説明に驚いたらしく、マイアさんは両手を下げて俺を見た。
「ちょっと待ってちょうだい。オークって、そんなものを作り出す技術は持っていないのよ? 冒険者から奪ったにしても、大抵は食べる時に引きちぎったりするから使えなくなるのが一般的なのよ」
「でも、確かに着込んでいましたし。こうやって、斧を振り回して飛ばしてきましたから」
マイアさんはますます険しい表情になる。
え?
あのオークっておかしいの?
「コンバットアーツを使う、知識の高いオーク……ねえ、顔はみた?」
「しっかりと。牙を生やしていましたから」
「やっぱり。そのオークは亜種よ。普通のオークがなんらかの形で進化した種族、ハイオークに間違いはないわね、それもジェネラル種ね」
「ハイオークですか。やっぱり強いのですよね」
「そりゃあそうよ。普通種とは、強さも賢さもちがうわ。単独だったの?」
「ええ」
「ふぅん……偵察が斥候といったところかしら。急いで里に向かった方が良いわね。匂いで追跡されたりしたら、あっという間に捕まるわよ」
こりゃあ大ピンチ。
それなら切り札を出しますか。
──シュウン
空間収納から魔法の絨毯を取り出して、魔力を込めて浮かび上がらせる。
「こいつで行きましょう、さえ、乗ってください‼︎」
「乗って? え? 浮いている? 重力魔法?」
「飛行術式を付与した、魔法の絨毯です。さあ、早く‼︎」
俺がそう告げた時。
──ビキィィィィィィィン
空目掛けて、何かが飛んでいった。
「あれはオークの伝令矢。不味いわ、見つかったみたい」
「うわ、それこそ一大事ですよ、早く乗って乗って」
グイッとマイアさんの手を掴んで絨毯の上に引き上げると、そこから一気に加速開始‼︎
──シュトトトトトトッ‼︎
すると、俺たちがいた場所に無数の矢が突き刺さった。
──フガァァァァォァァァ
そして森の中にオークの雄叫びが響くと、あちこちからも呼応するように声が聞こえてくる‼︎
「囲まれる‼︎」
「まっさかぁ。上昇開始、か〜ら〜の、絨毯下部に効果十倍の力の盾っっっ‼︎」
一気に高度を上げた時、真下からも矢が飛んでくる。
だが、その程度は想定済み、全ての矢は力の盾に突き刺さり、弾かれて落ちていく。
そして森の高い木々を越えて空に舞い上がると、マイアさんにどの方向に向かったら良いか尋ねてみた。
「隠れ里って、どっちですか‼︎」
「左手にある、あの丘に向かって。あれは丘に見えるけど、精霊樹の結界なのよ」
「いや、そもそも丘が分かりません」
「それじゃあ、あっちに向かって‼︎」
俺の後ろから、マイアさんが左斜め前を指差している。
よし、それならわかるということで、一気に加速してマイアさんのいう隠れ里に向かうことにした。
「こ、これって、空を飛んでいるの? あの伝説の飛行術式なの?」
「まあ!! そんな感じです。あまり高く飛べないので速度はあまり出せませんので」
「どうして? 高く飛べば障害物はないわよ‼︎ お願い、もっと高く飛んでくれる?」
「もっと……って、来たぁぁぁ」
──ゴゥゥゥゥゥゥッ
真後ろから飛んでくる火球。
そう、俺を追いかけていたドラゴンライダーが、俺を発見したらしい。
「いたぞ、速やかに投降しろ‼︎」
「い、や、だ。投降したら、俺はゲートを開くための生贄確定だからな。だから逃げさせてもらうよ‼︎」
魔力を込めて速度を上げる。
──ズキッ
いててて。
駄目だ、魔力を込めようとすると魔力回路に響く。
これは予想外にピンチだわ。
「コースケ、森のギリギリまで高度を下げて‼︎」
「ギリギリ? なんで?」
「良いから早く‼︎」
マイアさんにも何か作戦があるのだろう。
そのまま木々の高さギリギリを、縫うように飛ぶ。
すると、俺たちの少し上後方を、ドラゴンライダーも追跡してきたので。
──キィィィィィン
「森や森、古き盟約により、力を授けて……かのものは脅威なりや、汝を燃やす、炎の使い手なりや」
俺の後ろで、マイアさんが詠唱を始める。
するとあちこちの木々が一斉に伸び始め、飛んでいるドラゴンライダーを捉える。
──ゴギメギョッ
ドラゴンの脚が、胴体が絡め取られ、そのまま森の中に引き摺り込まれていく。
背中にのっていた騎士も蔦に絡められて、そのまま地面へと引き摺り落とされていった。
「うわあ。でも、木を取り払ったらまた飛んできそうだよな」
「それはないわ、ほら‼︎」
ふとマイアさんが耳をすます。
それに釣られて俺も耳をすましてみると。
「フゴォォォォォォォォォォ(ディナーだぁ)」
「フガフゴフゴォ(今宵は焼肉だぁ)」
「フガウガァァァァ(朝まで飲むぞぉぉ)」
「うわやめろなにをする貴様はなぜゴフッ‼︎」
あ、オークの歓喜の声と、騎士の絶望的な悲鳴。
そうだよなぁ、下にはハイオークの軍勢がいるんだよなぁ。
「ナムナム……」
思わず手を合わしたけど、こっちの世界ではこれは日常なんだよなぁ。
弱肉強食、死が隣り合わせの世界か。
はやく、緩くて緩い地球に帰りたいよ。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。