第百七十七話・舌先三寸‼︎ 運根鈍が足りませぬ(話し合いは、ど付き合い)
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──ヒュン
「ただーいまっと、ってジンギスカンかよ‼︎」
おおう、帰還した大通り二丁目が、いつのまにか大通りビアガーデン状態に突入している。
首相官邸の緊急対策室での一件には、流石にキレそうになったけどさ。
その場を、安倍緋泉さんが上手くまとめてくれたので助かったよ。
そして範囲型・強制転移術式で無事に札幌に帰還、待っていたのは。
「おうオトヤン、ビールと肉の追加を頼む」
「はぁ? 帰ってきていきなりかよ。俺の肉は?」
「そっちのストッカーに入っているから安心してくれ。その代わり、冒険者の飲み食いレベルがシャレにならなくてな」
「私と築地くんは、ずっと接客モードなのですよ」
ヘトヘトになっている新山さんも、俺に泣きついてくる。
しかも、沙那さんとリナちゃんまで肉や野菜の乗った大皿を手に東方不敗、いや東奔西走状態。
「乙葉先輩、魔法でメイドを出してください」
「リナちゃんもそろそろ食べたいです‼︎」
「待て待て、いくら俺でも魔法でメイドは出せないぞ?」
「それじゃあ、メイドゴーレムを作ってください‼︎」
「あ〜、汎用人型ゴーレムか? サーバントとか名前つけてか? 無理だわぁ」
完全人型ゴーレムなんて、使ったこともないよ。
まあ、上級錬金術教本には作り方一式書いてあったけどさ、まだ俺のレベルじゃ完成まで時間がかかり過ぎるんだよ。
「オトヤン、四番テーブルのビールが切れた‼︎」
「これいけ、これ‼︎」
──シュンッ
カナン魔導商会経由ウォルトコで購入しました、業務用4リットルウィスキーと業務用焼酎『悪鬼羅刹殺し』。
どちらも度数が高いから、冒険者には良いんじゃないか?
「乙葉くん、お肉を出してくれたら私と新山さんで捌きますよ」
「よろしくお願いします、ノッキングバードのモモ肉とチェストプレスバッファローのロース、あとはオージービーフとそれのホルモン。タレはこれを使ってください‼︎」
──シュシュシュン
次々と取り出す食材の山。
これには近くで見ている井川さんと忍冬師範も、腕を組んで唸っている。
「しっかし、浩介の魔法は相変わらず常識がないな」
「魔法でウィスキーや焼酎、お肉が作れるなんて……魔力さえあったら、一生飢え死にすることなんてないわよね。それ、国際連合児童基金が知ったら、飛んでくるわよ」
「俺のオリジナル魔法は、誰にも教える気はありませんよ。まあ、初級魔法とかは、教えても構わないかなとは思ってますけど」
まあ、それでも素質があるやつだけだし。
本当に魔法を教えてあげるとすると、今度は魔法を使った犯罪その他の抑止力としての法整備も必要になってくる。
銃社会と同じ現象を起こしかねないからね。
「ほらよ、取り敢えずこんなもので良いか。こっちはうちらの分な、スコップケーキと特大ティラミス、レアチーズケーキ。あと、肉、とにかく肉‼︎」
──ドサドサドサッ
大量の食材を出す。
ここから先の給仕は、第六課の人に任せる。
これでようやく俺たちも一息つけたので、みんなでかんぱーい‼︎
「……今日のところは、これでゆっくり出来るか。明日からの対応が面倒だが、これも仕方なしというところだな」
「まあ、そうなりますね。事件を起こした元凶の騎士団をどうするか、それは日本政府が話し合いをしたいって言ってますから、好きにさせれば良いと思いますよ。俺は知らんわ」
「あのあと、何かあったの?」
新山さんが質問するので、緊急対策室での出来事を全て説明。
まあ、近くで食べていた井川さんは、口をパクパクしているけどさ。
「え、叔父様が居たのですか?」
「いたのですよ。まあ、挨拶程度しかしてませんけどね」
「それで浩介、ここの冒険者たちは、明日帰すのか?」
「そういう契約ですから」
「事情聴取とかが必要になる可能性があるが」
「帰しますよ、そういう契約ですから」
「そうか、なら、その辺りは上手くやっておくよ」
「よろしくお願いします。もうね、法律違反だのなんだかんだとうるさい連中を相手するのは御免ですから」
どうせあれだろ、異世界の冒険者相手に『入管法違反』だの、手引きした俺たちになんだかんだと罪を着せて、挙げ句の果てに今回の件は目を瞑る代わりに……とか、交渉材料を用意するに決まっているわ。
「まあ、面倒くさいから、何もかも忘れて食べようじゃないか‼︎」
「「「「かんぱ〜い‼︎」」」」
何度目かの乾杯。
まあジュースだけどね。
それで楽しかったひとときはおしまい。
明日になったら、良いことあるかなぁ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
翌日。
朝一番で妖魔特区を訪れた俺たち一行。
いつもの祐太郎と新山さん、瀬川先輩に加えて、今日は有馬さんとリナちゃんもいらっしゃいます。
「なんじゃ、随分と早かったのう」
「まあ、早めに手を打っておきたいので。それでは、今から皆さんを鏡刻界に帰還させます」
──ブゥン
異世界へと向かう鍵を取り出し、静かに術式を唱える。
強制転移術式を鍵に乗せて、ターミナルを開く。
──ガッキィィィィィン
銀色の巨大な門が現れたので、このままラナパーナ王国城下町に接続‼︎
すると、門の向こうに王城前街道が映っている。
「……しっかし、この魔法があったら、俺たちの世界とこっちの世界を自由に行き来できるな」
「フレックスさんのいう通りですが、まだ俺たちの世界には、異世界との外交なんて早すぎますよ」
そういうのは、漫画や小説だけにして。
突然異世界からやってきたどっかの女王さまが、異世界大使館を開くとかそういう話もあったよな。
あれ?
そういえばあの小説の主人公も、聞いたことあるような名前だったような気がする。
「ま、まあ、今回の依頼についてはこれで完了です」
「それじゃあ、この書類にサインを頼む」
しっかりと、フレックスさんは依頼完了証明書を持ってきていた。
ここに俺がサインをして、任務完了。
「よし!それじゃあ帰還だ。戻り次第、ギルドカウンターで報酬を支払うからな」
「「「「イェーイ!」」」」
「俺は、こっちの世界の買い物でも構わねえぜ」
「むしろ、こっちの世界の方が平和で良いわ、俺、こっちに住みたいぜ」
「お前らがここに残っても、仕事なんてねぇからな。近くの山も森も、魔物一匹いやしない。空気はまずいわ魔素は薄いわ‼︎」
「それもそうだな」
そんな楽しそうな話をしつつ、一人、また一人と門を越えて帰っていく。
「楽しかったぜ、また何かあったら声をかけてくれ」
「あんたのおかげで、片腕を失わずに済んだよ、ありがとうな」
「フェルデナント聖王国の奴らに一発かませたからな、実に爽快だったぜ」
そんな楽しそうな話をしつつ、最後に残ったフレックスが、改めて頭を下げる。
「あちらの世界のやつが迷惑かけちまった。あの監獄にいる奴らの引き渡しの時は、すぐにくるから」
「その時はお願いします。流石に、あの人数をいつまでも養えませんから」
「違いない。こっちの人間と俺たちの体の作りが、根本的にちがうようだからな。それじゃあ、またな」
「はい。お気をつけて」
「お酒の飲み過ぎに注意してくださいね」
「またな」
「では、またどこかでお会いしましょう」
皆が挨拶を終えると、静かに門が閉じていく。
門の魔力カウントがゼロになったので、自然に閉じる仕組みにしてあるんだよ。
「ふう、これで俺たちの仕事はおしまい」
「あとは第六課と日本政府の仕事です」
「そんじゃ、帰って一休みするか」
「そうですね」
「ストッカーの魔力玉の補充を頼みたいのじゃが」
おっと、白桃姫がいたわ。
え、もう魔力玉がないの?
「もう空っぽかよ、早すぎないか?」
「魔族に支払う賃金も、全て魔力玉にしたからのう。お陰でしっかりと働いてくれるわ」
「働くって、ここで魔族さんたちは、何をしているのですか?」
思わず問いかける新山さん。
すると、遠くからリヤカーを引いた魔族がやって来る。
「白桃姫さん‼︎ スプリンターオニオンの収穫が終わりましたぜ‼︎」
「こっちは爆裂コーンですぜ、あとはスイートメロンも完成でさぁ」
次々と持ち込まれる野菜の数々。
え?
どういう事?
「ここの魔族はな、そこのショクブツエンとかいう場所で畑を耕しておる。みよ、このみずみずしいスイートメロンを、甘くて最高じゃぞ。爆裂コーンは茹でて食べるとな、口の中でパチパチと弾けるのじゃ」
「そしてスプリンターオニオンか」
祐太郎が一本掴んで、プラーンとぶら下げる。
ちっちゃい腕と脚のようなものをバタバタと動かしているご、どう見てもごんぶと下仁田ネギだよなぁ。
大根みたいな太さだこと。
「美味しいのですか?」
「うむ。ここに住む人間は、たまに買いに来るぞ?」
「はぁ? 貨幣流通しているのか」
「当然じゃよ。まあ、お主らなら多少は持っていっても構わんぞ」
という事なので、少し分けてもらいました。
ちなみに、このスイートメロンも爆裂コーンも、さらにスプリンターオニオンも、全て空間収納には入りません。
なんでや?
此奴ら生きているのかい‼︎
………
……
…
同日、正午。
札幌妖魔特区内・監獄結界前。
大西官房長官と人魔・小澤、そして警備代行として特戦自衛隊の隊員数名が、この結界前にやってきた。
案内しているのは井川巡査長と、魔族の白桃姫。
最初に紹介された時、小澤の顔がヒクヒクとしていたのは、無理もないだろう。
「話し合いをしたいのだが、そちらの責任者はいますか?」
「m'api&m.gd'g@m43…あまはap607からまそt」
「……言葉が分からない。小澤さん、通訳をお願いして良いですか?」
「まあ、そうじゃろうなぁ」
そのまま小澤が通訳を担当。
井川は乙葉から『翻訳の指輪』を借りてきたので、彼らの言葉は十分に理解できるし、白桃姫については問題なしという状況である。
「そちらの責任者はいますか?」
『騎士団長のアスフートだ。話し合いと言っていたが、どういう事だ?』
「この度の異世界からの侵攻について、そちらが正式に謝罪し賠償に応じるなら、皆さんの身の安全は保証すると」
『賠償? 我々は、我らが新天地にやってきただけだ。何を賠償する必要がある? 貴様ら野蛮人に、太陽神の素晴らしさを教えてやるのだ、光栄に思いたまえ』
「では、謝罪する気は無いというのですか? まあ、それについては了承です。ではそちらの国に直接出向いて、今後のことについて話し合いをしたいのだが」
『今後のこと?』
「ええ。この国は、我々日本人の領土です。ですから、無償で土地を差し出すと言ったことはできませんが、貸与という形でなら可能です」
『ふん。我らが世界の水晶柱があるだろうが。あの場所から120キリールの土地は、我がフェルデナント聖王国の領土だ。マイオスが宣言したであろう‼︎』
全く話し合いにもならない。
フェルデナント側は、自らの侵攻を神の名の下に正当であると主張。
そして日本政府側は、どこかで妥協点を見つけたいのに必死である。
どこまでも平行線な話し合いが続いているため、通訳の小澤もそろそろ疲れてきている。
精神生命体である魔族も、こっちの世界では受肉しなくては姿を表すことができない。
古くからこの地にいる人魔はその辺りを重々承知しているため、普段から実体化しているものが大半である。
また、実体化することで精気以外の食料を取ることもでき、肉体の維持がそれほど困難ではない。
もっとも、定期的に精気を取らないと消滅するので、その辺りはうまくやっているようではあるが。
「ふう、大西よ、そろそろ疲れたが」
「待ってください、まだ話し合いは終わっていません」
「……無駄じゃよ。お前たち人間が言う『外交術』など、彼らには一切通用せん。今日の話し合いで、なんとなく理解できたであろう?」
「で!でも、陣内の思考誘導があれば」
「騎士団の精神抵抗力は高い。まあ、無駄じゃよ」
「せめて、彼らの本国に同行して!責任者と話ができれば」
「どうやっていくと言うのだ? 異世界に向かうための門などないぞ? 我らが魔族の作り出す大転移門は、あと五百年は無理じゃからな」
完全に打つ手がない。
「そうだ、乙葉がいます、奴に異世界へ向かう門を作らせればいいのですよ‼︎」
「お前らは、あの現代の魔術師たちに嫌われているじゃろうが。昨日のやりとりを忘れたのか? 自分たちの都合だけを押しつけて、相手を追い込むやり口。それが通用しない相手じゃろ」
淡々と冷静にツッコミを入れる小澤。
これには大西も怒りを露にするものの、真実ゆえに拳を振り上げられない。
「そうだ、お前たちの中にも魔法使いがいるのだろう? 異世界に向かう門を開けるものはいないのか?」
『そんなものがあったら、苦労はしない』
「だが、お前たちはこの世界に来れたじゃないか‼︎ あの巨大な水晶柱が必要なのか? それなら、そこに連れていくから開いてくれ‼︎」
『はぁ……本当におめでたい人間だな。それを行うためには魔力が足りないんだよ』
「魔力さえあればいいのだな、どれぐらい必要だ?」
魔力が何を示すのかなんて、大西は知らない。
国家公安委員会からの、魔法についての報告書をしっかりと見ていたならば、そんな質問はなかっただろう。
『儀式に必要な魔力量は、おおよそ500万マギカスパルだ。そんなものを用意できるほど巨大な魔石も、真遺物も存在しないだろうが』
フード姿の魔法使いが、大西に向かって叫ぶ。
500万マギカスパルを現代人で補うとするならば、約百万人分の命が必要。
つまり、現代世界で開くとするなら、札幌全域を巨大な魔法陣として形成し、市民全てを生贄とする必要がある。
「井川、その500万マギカスパルを集める方法は?」
「はぁ。それぐらいは勉強してきなさいよ。乙葉くんに提出してもらった魔法についてのレポートを参考にすると。人間一人の平均的な魔力量は5前後ですから、百万人の魔力が必要ですよ?」
「ひゃ、百万人だと?」
「ええ、それを全て繋ぎ合わせる必要もありますので、実現はほぼ不可能ですね」
「そ、それなら、なんで乙葉浩介は、好き勝手に異世界に行けるのだ‼︎」
「知りませんよ、そんな事は」
知っていても教えるものですかと、心の中で舌を出す井川。
そして大西も、ようやく異世界に向かう手段が一つしかないと言う事実を理解した。
乙葉浩介による門の作成。
ここ最近、マスコミが妖魔特区内にて取材をしている理由。
乙葉たちが異世界に出入りしているため、その手段を知ろうとしている。
あわよくば異世界に同行して、何かしらの恩恵を受けようと画策しているらしいが、そんな事は知るよしも無い。
「くっそぉぉぉぉ、どうしていつもあいつなんだ、そんなに魔法使いが偉いのか? あんな化け物のどこが凄いんだ、俺が魔法を使えたなら、もっと有効活用してやるのに‼︎」
「はぁ……妾はそろそろ帰りたいのじゃが。腹が減ってきたぞ」
大西の魂の叫びなど興味もなく、白桃姫がそうひとりごちる。
「まあ、立会人ですので、もう少し我慢してくださいな」
「ふむぅ、仕方ないのう」
そう不満そうな顔で呟くと、肩から下げている水筒を開けて、中に収めてある小さな魔力玉を取り出して口にほうばる。
──ゴクッ
その様子を見て、小澤が思わず喉を鳴らした。
(な、なんじゃあの魔力玉は? 人間何百人分の魔力が含まれているのだ? 芳醇で、濃厚そうで、まさに至高の魔力では無いか‼︎)
今にも涎を垂らしそうな小澤をチラリと見て、白桃姫はうまそうな表情で魔力玉を舐めていた。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。