第百七十六話・飛揚跋扈? 順風満帆じゃないよなぁ(戦いは、これで決まりだ‼︎)
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首相官邸・緊急対策室。
今回の騎士団と冒険者の抗争について、大西官房長官が第六課の関係者に事情を聞き出そうとしている。
すでに祐太郎や新山さん、リナちゃんと沙那さんといった面々は転移術式で札幌に帰還してもらったので、ここからは俺と忍冬師範、瀬川先輩のターンである。
「さて、事情を説明してほしいのだが」
大西官房長官が腕を組んだまま、俺たちを凝視している。
相変わらずの上から目線だが、そんなことは一切気にしないで、簡単な説明を。
「フェルデナント聖王国の騎士団と特戦自衛隊の戦闘に介入しただけですが?」
「あの鎧を着た人々は、どこから来た?」
「異世界じゃないですか?」
「乙葉くん、君が連れて来たという情報もあるが」
「そうですよ? だって、特戦自衛隊では解決しませんから、わざわざ向こうに出向いて、頼んできたのですから」
淡々と説明すると、大西官房長官が額に青筋を建て始める。
「君は、なにをしたか理解しているのか?」
「最低限の被害で、フェルデナント聖王国の騎士団を、退けましたが?」
「あの騎士団については、我々政府が交渉を行い、外交テーブルに着く予定だったのだよ? それを君が、君が呼んできた冒険者とかいう輩がぶち壊したんだが‼︎ どう責任を取るつもりだね?」
「話し合いで解決するなら、自衛官と騎士団の最初のぶつかり合いの時点でやっていたのでは? それに、自衛官が捕まりましたよね? その時に話し合いはできていたのでは?」
──ダン!
力一杯テーブルを叩く大西。
「話をすり替えるな‼︎」
「俺は事実を申しただけですが? それとも、あのターミナルから出てきたミノタウロスやケンタウロス、話し合いで解決できましたか?」
「当然だ。我々の交渉力を舐めてもらっては困るな」
「成る程。それでしたら、現在、札幌の妖魔特区内に騎士団は隔離していますので、もう一度こっちに転移させますよ……勝手にしろ‼︎」
うん、キレたわ。
たしかに俺たちは、最前線に出ていたよ?
それもこれも、フェルデナント聖王国の侵攻を止めるためだよ。
それを、余計なことだと?
はぁ、成る程わかりましたわ。
もう付き合いきれないわ。
「忍冬師範、瀬川先輩。俺、もう帰っていいですか? あとは俺たち抜きでやってくれるそうですから」
「そうですわね。確かに、日本政府からの打診もなく、こちらで勝手に戦闘行為を行なったことについては謝罪します。ですが、緊急時でやむを得ないということだけは、ご了承してもらえますか?」
軽く頭を下げてから、瀬川先輩がそう告げる。
ただ、いつもの優しい口調ではなく、言葉に魔力を感じるのは気のせいだろうか。
そして、その気迫に大西官房長官も押され気味になっている。
「ふ、ふんっ……最初からそう紳士的ない態度だったら、よかったのだよ」
「少し黙りたまえ、大西くん」
ふと、部屋の片隅に座っている人物が立ち上がり、大西官房長官に告げている。
すると、大西はその男を睨みつけると、一歩だけ下がった。
「すまない。彼はまだ若く、大局を見る目が養われていなくてな」
おおよそ、その場に相応しくない服装。
紺色の狩衣に袴姿の老人が、ゆっくりと俺たちの方に歩いてくる。
「あ、あなたは安倍緋泉さんではないですか、どうしてここにいるのですか?」
「なあに、ご意見番として出頭を命じられていただけじゃよ。大西の無礼な振る舞い、誠に申し訳ない」
そう告げてから、安倍緋泉と呼ばれた男性が深々と頭を下げる。
思わず俺も先輩も頭を下げてしまったけど、この人はどなた?
「自己紹介が遅れたな。私は安倍緋泉、日本最後の呪符師の直系に当たり、君たちの知っている井川綾子の叔父にあたる」
「井川さんのおじさん‼︎ はじめまして、乙葉浩介です。井川さんには色々と」
「瀬川雅です。よろしくお願いします」
思わず知り合いの名前が出てきてテンパった俺と、丁寧な挨拶の先輩。
いやぁ、もう少し俺は大人にならないと。
「良い、綾子からも色々と話を聞いていてな。今日、私がここにいるのは、政府から依頼を受けてのことなのだよ」
「安倍殿、その話は秘匿です‼︎」
「なにが秘匿なものか。わしの持つ『心意操術』で、騎士たちを制御できないかという相談を持ってきたのは、お前たちだろうが。そんな裏で姑息な手を使っているから、今のような事態になったと何故わからん」
「ぐっ……」
大西がそっぽを向く。
だが、そんなことは無視して、安倍緋泉は話を続けてくれた。
「彼らは、妖魔に頼み込んで騎士たちを操り、異世界へ向かって半ば侵略に近い条件で国交を結ぼうとしていたのでな。だが、妖魔からの協力が得られなくなったので、私のところに依頼をしたのだよ。可能かどうか、見て欲しいとな」
「……その最中に、俺たちが冒険者を連れてきて、何もかもぶち壊したということですか?」
──コクリ
笑顔で頷く安倍と、逆に俺を睨みつける大西。
あんたは、どんだけ俺が嫌いなんだよ。
「お前たちが余計なことをしなければ、今頃は捕虜となった騎士たちを懐柔し、話を進めるはずだったのだ。それを、こんな実力行使で邪魔をしやがって」
「お主は少し、黙っておれ」
──ペタッ
懐から一枚の符を取り出し、大西の額に目掛けて投げる。
それはピッタリと大西の額に張り付くと、それまで険しかった表情が少しずつ穏やかになる。
「そ、それはなんですか?」
「心穏やかに。洗脳でも思考誘導でもない、心の緊張をほぐすだけの呪符だよ。さて、さっきの君達の話を聞かせてもらったが、フェルデナント聖王国とは、そこまで危険なのか?」
「俺たちは異世界に直接行って、あの国の被害にあった国の女王からも話を聞いています。そもそも、一番最初にマイオスが姿を表した時の言葉が、全てを物語っています」
安倍さんは、ふむふむと顎髭を撫でながら話を聞いてくれる。
さっきまでの限界ギリギリの緊張感は室内にもうない。
「燐訪くんがどこに行ったのか分からぬが、彼女なりの対策を考えているやもしれぬ。さて、私は彼らの話を信じるが、君たちはどうするかな?」
「そ、そんな……安倍さまは、我々よりもそんな気持ちの悪い魔法を使うガキどもを信じるというのですか?」
「私に言わせれば、妖魔から力を得ている君たちの方が化け物だがね……」
そう言い返されても、大西をはじめその場の議員は反発しない。
「少し、考えさせてください。いずれにせよ、話し合いは行います。それが我々の柱でありますから」
「それなら、私は構わぬよ。でも、ここまでやってきて、危機を最小限にとどめてくれた彼らに対して、ねぎらいの言葉もないのかの?」
そう笑いながら告げると、大西官房長官たちが俺たちに軽く頭を下げた。
「このたびは、ご助力感謝します……その上で、後日だが騎士団の代表とも話し合いがしたい」
「それは、俺ではなく第六課を通してください。できるならなるべく早めにお願いします。結界内で、餓死されても面倒なので」
「そういうことですので、この後の交渉は第六課を通していただけると、助かります。安倍さま、この度は御助言感謝します」
「別に、間違いを正しただけに過ぎないからな。このあとはなにがあるのか?」
そう安倍さんが大西官房長官に問いかけると、額から吹き出した汗を拭いつつ。
「い、いえ、あとはなにも」
チラチラッと部屋の片隅を見ながら、そう呟いている。
そこに何かあるのか?
──ブンブン
ふとそちらを見ると、腕を組んで困った顔の陣内が立っている。
なるほど、俺たちをこの場で洗脳なり思考誘導しようと考えていたのかよ。
「……本当に、懲りないんですね。俺たちには洗脳も隷属も、思考誘導も効きませんからね」
「では、これ以上の話がなければ、これで失礼してよろしいでしょうか?」
そう先輩が切り出すと、大西官房長官は頷く。
「そ、そうだな、お時間を取らせて申し訳ない」
「では、失礼します」
「この度は、ありがとうございました」
そう安倍さんにも告げて、俺たちは緊急対策室から出る事にした。
──バン‼︎
「……まあ、予想通りなんだけどさ。あの人たちは、今の状況を理解していないでしょ?」
「鷹川総理の乱心、燐訪総理代行の不在。さらに40日後には衆議院選挙だ、ここで票を集められないのなら、もうあとはないと思っているんじゃないか?」
「それに加えて、今の国憲民進党の掲げている政策が、異世界外交ですから。なんとしても話し合いで解決っていう道を、進みたいのでしょう」
なんともなや。
そんな事で、次の選挙に勝てる見込みがあるとは。
まあ、俺にはどうでもいい話だわ。
「それで、力を借りようと安倍さんにきてもらったという感じだしたよね? あの人って何者なの?」
「元・陰陽府の最高責任者で、神楽さまの側近だ」
「「えええ‼︎」」
マジかよ。
しまった、そうと知っていたら、謁見の申し込みをすれば良かった。
「……浩介、何かよからぬことを企んでないか?」
「なにも……さあ、なんとなく溜飲も下がったことだし、ごきげんな状態で帰るとしますか‼︎」
そんなこんなで、このまま首相官邸から出ると、範囲型強制転移術式で札幌市にリターン‼︎
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
緊急対策室では、部屋から出て行った乙葉たちのことなどなかったかのように、話し合いを始めていた。
「明日にでも、札幌市の妖魔特区に向かうとしよう。そこで囚われている騎士団の解放を条件に、交渉を始めたいと思うが、協力してくれるか?」
大西官房長官が、部屋の片隅で立ったまま話を聞いている陣内に問いかけている。
だが、陣内は頭を軽く振ると、大西に向かって一言だけ。
「さっきの話で、まだ俺たちに協力して欲しいって……どれだけ面の皮が厚いのですか」
「君の持つ妖魔能力があれば、交渉のテーブルなど自由にコントロールできるだろうが。さっきはああ話したが、どうしてもこの件だけは譲れないんだ」
「ですから、俺はお断りしますって。魔族領との交渉ならまだしも、相手は侵略国家のフェルデナント聖王国ですよ? 話し合いなんてはなから無理なんですって」
「それは、君がそういう経験がないからだろう? 我々は話し合いについては百戦錬磨だからな」
「はぁ……乙葉たちの話を一切聞かないとは、呆れてなにも言いたくなくなりますわ。まあ、この件については、我々魔族は、フェルデナント聖王国が関与する限りは人間に対して力を一切貸しませんから」
それだけを告げて、陣内は霧散化して消える。
「なんだなんだ、乙葉といい陣内といい……そんなにフェルデナント聖王国というのは、強大国なのか?」「さて、私はそこまでは関与できないな。騎士たちの精神の動きも見ていたが、そもそも彼らを術的に支配するのは不可能だな。諦めることだ」
安倍もそう告げて、部屋から出ていく。
そして扉を閉める前に、一言だけ。
「君たちが妖魔の力を借りて何かをするたびに、あの方が心を痛めていることを忘れないように。今はまだいいが、度が過ぎると、いたいしっぺ返しを受ける事になるからな」
──ガチャン
安倍が部屋から出て行ってから、少しの間、沈黙が続いた。
「忠告は痛み入りますが、ここから先は、与党である我々の仕事ですから……明日にでも、私が直接、話し合いをしてくる事にしますか」
そう呟いてから、傍で待機している彼の警護官をチラッと見るが。
「もしも札幌に向かうのでしたら、我々とは別の警備を数名つけてください。我々は魔族です、今回は同行しませんから」
「君たちは、私の護衛だろうが‼︎ なんのために盟約をしたと思っているんだ」
「盟約の条文には、『異世界からの侵略」については触れていません。俺たちは、この件については拒否できますから」
「勝手にしろ」
それだけを吐き捨てて、大西が部屋から出て行く。
それを見て、他の議員たちも一人、また一人と部屋から出ていく。
そして、ずっと気配を消していた人魔・小澤も、頭を振りつつ部屋から出ていく。
「奴らは、力の使い方を間違ったな……人間にできることだけをやっていればよかったものを……何故、二つの世界が繋がっていないのか、全く理解しようとしない」
それは乙葉に向けられたのか、それとも大西に向けられたのか定かではない。
ただ、人気のない部屋から出た小澤もまた、霧散化して消えていった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
札幌市・妖魔特区内、大通り二丁目。
大量のテーブルとガスコンロ、そしてジンギスカン鍋が理路整然と並べられている。
「……これで予算ギリギリだ。先に忍冬師範からお金を預かってきて良かったわ」
「そうですね。でも、本当に使えたのですね」
新山さんのいっているのは、俺が、カナン魔導商会経由でウォルトコから食材その他をまとめ買いした事について。
オトヤンの到着を待ってから、ジンギスカンパーティを始めようと思ったのだけど、すでに冒険者たちは腹ペコ限界マックス状態。
それ故に、人生初めてカナン魔導商会を使ってみたんだ。
必要なものは全てバスケットに入れて、最後にまとめて精算。
あとは札幌の第六課の皆さんにも協力してもらい、宴会の準備も完璧だ。
「まあ、これが普段から制限なしで使えるのは、洒落にならないことは理解できた。しかも、預かっていた予算一束、まともに使い切ったからな」
忍冬師範から預かっていたのは50万円。
封筒に収めてあったのをそのまま支払いに回し、少しだけ足りなかったのは俺が出した。
「築地先輩、もう食べていいですか‼︎」
「リナちゃん、今回は冒険者さんの慰労会ですよ?」
「戦った人全て等しく、お腹が減ってます‼︎」
「分かったわかった。リナちゃんと沙那さんはそっちのテーブルで。俺たちは隣のテーブルだな」
「フレックスさんに声をかけてきますね」
新山さんが芝生で寝転んでいる冒険者たちに声をかけに向かう。
やがてフレックスさんが冒険者たちを連れてやってきたので、いよいよ宴会のスタートである。
皆、適当な席に着いたので、第六課の人たちがカセットコンロを着火‼︎
これには皆が驚いていたが、まずは食べて飲んでもらおうじゃないか‼︎
「え〜、主催のオトヤンがいないので、この俺から、皆さんに一言お礼を言わせてください」
立ち上がってそう話しだすと、皆が俺の方を向く。
「今回のフェルデナント聖王国の裏地球侵攻、それを阻止できたのも、みなさんのおかげです。本当にありがとうございました」
──パチパチパチパチ
拍手があちこちから聞こえてくるけど、まだ話を少しだけ続ける。
「このあとは、楽しく食べて飲んでください。後ほど宿泊施設にも案内します、明日には鏡刻界に帰れるようになりますので、今日は思いっきり楽しんでください‼︎」
声高らかに、ジュースの入ったジョッキを掲げると、向こうの世界にも同じような風習があるらしく、俺に続いて皆がジョッキを掲げた。
「乾杯‼︎」
「乾杯‼︎」
──パチパチパチパチ
そして一気に飲み干すと、拍手喝采の中、宴会がスタートした。
「オトヤン、早く戻ってこないと、ジンギスカンがなくなるぞ‼︎」
北海道民にとっては、ジンギスカンは日常の一つ。
花見も海水浴も、キャンプでも。
それだけジンギスカンは道民食として、親しまれている。
なお蛇足ではあるが、国産羊肉の自給率は、わずか『0.5%』しかなく、その殆どは北海道産である。
つまり、日常的にジンギスカンを食べている北海道民だが、実はオーストラリア産の羊を食べているという事実は、ここだけの話としておこう。
どっとはらい。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
・今回のわかりづらいネタ