第百六十三話・高材疾足? あっちは鳥尽弓蔵(新しく得たもの、何かを失ったもの)
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ミスティ魔導商会。
この一風変わった魔導商会がラナパーナ王都にあるということは、魔導の世界に足を踏み込んだものは理解している。
だが、それがどこにあるのかは、誰も知らない。
ミスティ魔導商会は、定住しない。
魔力によって構築された建造物は、ある日突然、姿を表す。
昨日までは空き地だった場所などに、忽然と現れたりするのである。
その程度は序の口であり、ある日など通りに15軒並んだ商店街に、16軒として発生する。
雑貨屋と呉服屋は隣り合わせなのに、なぜかその間に姿を表す。
物理的に不可能であるのだが、彼女の魔導はそれを実現化する。
結果、ミスティ魔導商会を求めるものは、それを探すのに膨大な時間をかけなくてはならない。
「……っていうのが売りなんですけどねぇ」
冒険者ギルドの隣にあったミスティ魔導商会にやってきて、俺たち三人は魔導商会が何故見つけづらいかを教えてもらった。
単純明快、泥棒よけ。
あとは押し込み強盗などから犯罪者を守るためらしい。
「どうして犯罪者なのですか?」
「それはねお嬢ちゃん。うちの警備用ゴーレムは、手加減できないからさ。さて、ルンバから話を聞いた限りでは、あんたたちが織田くんの友達だっていうのは本当らしいねぇ。彼は元気にやっているのかしら?」
「まあ、そんなに元気じゃないですね」
「あらま。何かあったのかい?」
まあ、あまり深く踏み込むのもなんなので、俺たちの世界の魔法事情について説明はしておいた。
その上で、話を逸らすために『大規模転移術式』について、何か知らないか聞いてみることにした。
「……ということで、織田には伝えておきます。それと、転移術式を探しているのですが」
「転移術式ねぇ。マスターニンジャの縮地とか、精霊使いの精霊の旅路とか、そんな感じだよね?」
「俺としては、縮地に興味があるんだが……あとでいいや」
「二つ目は多分だけど、精霊使い用ですか?」
「そういうことさ。さて、転移術式といっても、そんなに簡単じゃないんだよ? 二つの場所を転移門で繋げるのも転移術式には存在するし、本人が見た場所に瞬間移動するのも転移術式さ」
「後者で、できれば範囲のもの全てを転移させるものは?」
「そんな都合のいいものはないよ」
転移術式の研究は、意外と盛んに行われているらしい。
そして範囲型だと、誰か一人でもレジストすると起動失敗となるらしくて、そこで皆頓挫しているとのこと。
何事も、そんなに簡単じゃないらしい。
「そうですか……あ、それでしたら、魔導書はありますか?」
「術式の書いてある方? それとも発動媒体?」
「術式の方を、お願いします」
「ちょっと待っててね……」
そういいながら、ミスティさんは店内の書架から数冊の本を取って来た。
分厚くて豪華な装丁の魔導書らしく、しっかりと封印が掛けられている。
「中の確認は?」
「術式だけを盗み出す人がいるから無理だね。そもそもこいつは、エミリオ・サガノの残した魔導書さ。写本だけど、とんでもない魔力が込められているから」
まあ、物は試しで買い取ってみたいところだけど。
当然、お金なんてない。
「ちなみに、お値段は?」
「レベル3アーティファクトとの交換。お金じゃないんだよ」
「レベル3アーティファクト。うう、どれがそうだか理解できない。ちなみにどんなものですか?」
「インテリジェンスソードとか、完全防御の鎧とか。あとはそうだね、失われた飛行術式によって作られたという噂の、魔法の絨毯とか。あ、空間拡張のバッグなら、今でも遺跡から発掘できるけど、あれも含まれるね」
ほうほう。
そう来ましたか。
それならばありますが、なんで飛行術式は存在しないんだろう?
これほど魔法が発達している世界において、飛行ができないなんてことはないよなぁ。
「ちなみに、どうして飛行術式は失われたのですか?」
「遥か昔は、空は真竜族、飛竜族、天翔族の領土だったからね。その時代には、飛行魔法はあったらしいんだけれど、さっきの三つの種族が管理していてね」
さらに詳しい話では、一定の高度以上を飛ぶと領空侵犯として撃墜されていたらしく、段々と飛行する人たちが減っていったらしい。
その代わり、地上で場所とかの重力を軽減する『重力制御術式』や、『浮遊術式』が発達したらしい。
今の時代は、馬車に『浮遊術式』を組み込み、馬たちの負担を軽減するのが当たり前になっている。
その代わり、飛行術式は完全に歴史から消滅し、かろうじて遺跡からの発掘物などでそれらしいものを見つけては、魔導アカデミーで研究が続けられている。
「ということさ。だから、さっき話した魔法の絨毯なんてものは、見つかったら三代遊んで暮らせる金が手に入るってね」
「ほい、こいつが魔法の絨毯です。これで3冊ともください、おまけもください」
──ドサッ
普段使いの魔法の絨毯からナンバープレートを取り外しててわたす。
「これが魔法の絨毯だって?」
「ええ。起動のためのキーワードは……で、移動方法は……です」
「……まさかでしょ?」
俺は魔法の絨毯を床に広げると、ミスティさんに乗るように促す。
動かし方は教えたので、あとは彼女の魔力次第で。
──フワッ
ほら、浮かんだだろう?
「こ、こんなバカなことがあるなんて‼︎」
「ミスティさん、それを買い取ったらウチで買うから売ってくれ」
「なんだと、それはマカデミア商会で買い取るから、ガルダン商会は下がっていてください」
「いやいや、ここは穏便に間をとって……我がウルティモ商会で買い取ることにしましょうか」
あ〜。
仕入れに来ていたらしい商会主たちが喧嘩を始めたぞ。
「ストーップ‼︎ まず、これはうちで買い取る、これは決定な。その上で、これを他の商会に売るかとかは考えてない‼︎」
「いくらミスティ魔導商会でも、その支払いに必要な金なんかないだろうが‼︎ うちが立て替えてやっても構わないんだぞ?」
ニヤニヤ笑っている商会主だけど、ミスティは俺の前の三冊の書を指さす。
「支払いは魔導書三冊、あとは店内の商品で好きなものを持って行ってもらう‼︎」
「よし、売った‼︎」
俺とミスティがガッチリと握手したのを見て、商会主たちが絶句する。
「そこの君、まだ魔法の絨毯はあるのかね?」
「あるなら買い取る、どうだ?」
「まあ、売るものがないのでさーせん」
そう話しをすると、商人たちは諦め切れないらしく、店の隅で俺たちをじっと見ている。
「乙葉くん、この魔導書に転移術式が書いているの?」
「それはどうだろうなぁ……と、表紙の文字配列から察するに、こっちは古いコンバットアーツの魔法版。こっちが神の奇跡とはって書いてあるから神聖魔法に関するものだな」
──ポンポン
コンバットアーツは祐太郎に、神聖魔法は新山さんにパス。
するとミスティさんが、またしても複雑な顔でこっちを見ている。
「その表紙の文字は、かなり古い魔導王国の碑文なんですけど……読めるの?」
「俺に読めない文字はないのです。では、ありがとうございました‼︎」
俺が頭を下げると、祐太郎と新山さんも頭を下げる。色々と付き合ってくれて、ありがとうございました。
「それはそれとして、ミスティさん、織田でもわかる魔導書ってありますか? それと、調査や解析系のやつも」
「40マギカスパルだと、この辺りですかねぇ。調査系はこちらかな? どちらも持っていって構いませんよ」
「それじゃあ、ありがたく貰っていきます」
織田用に受け取ったのは、子供向けの魔法書。
貴族が自分の子供たちに魔法を覚えさせるためのテキストのようなもので、各ページに一つずつ術式魔法陣が組み込まれている。
これを解読して発動するところから、貴族は魔法に触れていくらしい。
そしてもう一つは瀬川先輩へのお土産。
深淵の書庫をより効率よく使えるようにするためのもので、俺じゃあわからなかったんだよ。
それを受け取った俺たち三人は、一旦は王城へと向かうと、迎賓館で地球に帰ることにした。
グッバイ異世界。
割と簡単に来れたので、次からはもっとゆっくりとしたいものですなぁ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
東京・永田町。
国会議事堂前の水晶柱では、周辺を取り囲み防戦体制の騎士たちと、特戦自衛隊の睨み合いが続いてい
る。
最前線で騎士たちを囲んでいた即応機動連隊は、燐訪総理代理の命令で後方に撤退、暴動鎮圧用のスタンガンなどを装備した特戦自衛隊が前に出ている。
本来なら、昨日の時点で騎士たちを捕縛すべく突撃命令が出るはずだったのだが、突然の内閣総解散でそれも停止。
現在は睨み合いが続いているところである。
そこから離れた場所にある『第六課移動指揮車』では、忍冬修一郎指揮のもと、情報収集が行われているところである。
「……これが、乙葉くんが作った拘束の杖ね。使えるメンバーはいたのかしら?」
長さ1.5mの杖を手に、井川が集まっている第六課メンバーに問いかける。
だが、誰も頭を縦に振るものはいなかった。
必要魔力量は、魔力を示す新単位で30マギカスパルであるのに対して、この場のメンバーは40から50マギカスパルを保有している。
それにもかかわらず、誰も扱うことができなかったのである。
理由は簡単で、体内保有魔力を高める訓練はできていても、それを外に放出するための訓練はまだまだ未熟である。
この辺りの訓練については、特戦自衛隊の方が一長あるのだが、彼らにこれを渡すことはできない。
誰でも使えるということは、最悪は悪用されかねない。
それに、この拘束の杖は乙葉浩介が、第六課のために作ったものである。
おいそれと貸し出すようなことはしない。
「いえ、発動条件が厳しいのです。構えてから発動するまでの魔力循環が、よく理解できないもので」
「はぁ……乙葉くんたちに魔術講習をお願いしたくなるわね」
「魔力回路の循環レベルなら、お前たちも理解できたのだろう?」
「はい。ですが、それを体外放出する段階で散ってしまいました。一箇所にとどめるとか、物質に循環させるというのは無理です」
そんな話し合いをしていると、指揮車両の横に自衛隊の車両がやってくる。
82式指揮通信車、通称『シキツウ』。
現時点で即応機動連隊の指揮を務めている車両であり、対騎士団戦力に特戦自衛隊が出ている以上は、即応機動連は後方待機となっている。
──ガタッ
そこから姿を表したのは築地晋太郎議員と、防衛省の北山防衛大臣。
現地の状況を見るためにやって来たらしい。
「こっちの様子はどうじゃ?」
「築地議員、わざわざ危険な場所まで来なくても宜しいのでは?」
「現場の状況を知るのも、仕事のうちだからな。今動いているのは特戦自衛隊であって、俺たち陸上自衛隊の出番はない……」
「燐訪総理代理の人気取りか。どこまでも自衛隊の出番はいらないといいたいらしいが、いつまで続くことやら」
「井川くん、忍冬くん。異世界の騎士たち相手に、ガムスタンや催涙ガスが効くのは理解できるが、捕まえたところでまた逃げられるだろう? 何か対策はないのか?」
北山防衛大臣が二人に問いかけると、井川が手にした杖を見せる。
「この杖は『拘束の杖』といいまして、対象者を丸々一日、身動きが取れなくできます。捕獲した騎士たちから自由を奪うことができますが、使うタイミングが難しくてですね」
「即応機動連隊が動いていたら、すぐに北山さんに連絡して使う予定でした。ですが、特戦自衛隊が燐訪議員の命令で動いている以上は、協力体制を取るのが難しくてですね」
「拘束の杖を、取り上げる可能性があるということか。あのババァは、本当に碌なことをしない。自分たちの支配下にある妖魔を使えば、もっと早く動くことができたはずなのだがなぁ」
井川、忍冬の言葉を受けて、北山防衛大臣が吐き捨てるように呟く。
そして築地晋太郎は、北海道にいる羅睺ら初代魔人王配下たちの協力を得ることができないから、腕を組んで考えてしまう。
だが、未だ三代目魔人王配下が暗躍している可能性があるため、迂闊に表に出すわけにはいかない。
かろうじて白桃姫配下の妖魔たちは、第六課に協力的な動きを見せている。
「北山くん、特戦自衛隊ではなく妖魔による自衛隊のような組織を作ることはできないか?」
「それも可能性の一つとしてありますが。今の政権では無理ですね。次の総選挙で圧勝すること、そうすればまだ可能性はありますが」
「妖魔による洗脳や思考操作が横行している以上、うまく対応していかないとならないということですか」
「忍冬くんの言う通りだ」
それならすでに対応している。
洗脳解除装置を搭載した、第六課の車両が全国各地を走り回っている。
限界集落や地方の山奥などはまだであるが、大都市の選挙区についてはほぼ回り尽くしている。
あの装置により、洗脳と思考誘導は解除できたので、この後の選挙については正々堂々と勝負することができる。
「まあ、ここの鎮圧が成功すれば、国憲民進党の評価は多少は上がるでしょう。流石に鷹川のような議員を総理に仕立てることはないでしょうが、そうそううまくはいかないでしょうからね」
「もしも騎士たちを捕らえたなら、無人島なりに隔離して、島の周辺を護衛艦で監視するしかないだろうなぁ……」
それが得策なのだが、そうそう条件が合う場所はない。
それこそ完全な無人島に収監施設を作り、そこに閉じ込めるレベルで監視しなくてはならない。
「自衛隊を毛嫌いしている、今の政権ではなぁ」
「まあ、我々もできる限りのことをしますよ。特戦自衛隊が動き、包囲網が破られた場合はこちらの仕事ですからね」
「それはうちの仕事だ。第六課は、俺たちが捕らえた騎士たちを拘束してくれると助かる」
「了解です」
これで話し合いは終わり。
築地議員は北山防衛大臣とともに即応機動連隊の待機場所へと戻っていく。
そして井川たちも監視を強化しつつ、騎士たちの動きに対して最大の注意を払うことにした。
………
……
…
京都。
とある山の奥にある寺院。
そこに燐訪はやってきた。
あまりにも山奥すぎるので参拝客などほとんどなく、時折、好奇心に駆られた観光客がちらほらと訪れる。
そこの奥の院では、燐訪が寺院の責任者と会談を行なっている。
「ふぅむ。下界では、そのようなことが起こっておるのか……」
「はい。愛染さまはご存知ないかと思われますが、異世界のフェルディナント聖王国というところの騎士が、空間を超えてやって来ました。彼らを捉える術を、私たちに授けてください」
人魔・小澤の上司にあたる、色欲の統括。
その愛染娘々の元に、燐訪は訪れていたのである。
これが彼女の切り札でもあり、最後の手段でもあった。
「代価は?」
「は、はい……全国の刑務所に収監されている重犯罪者、その魂全てでは?」
「犯罪者の魂など、もう食べ飽きたわ。今はそうじゃな、無垢なものたちが良い。まだ汚れを知らない、純真無垢な子供の魂。そうじゃな、手付けで100人ほど用意したまえ」
「ひ、百ですか? それも子供を‼︎」
「妖魔との取引というのほ、そう言うものじゃよ。子供の命100人、それで、其方は国を手玉に取ることができる……容易いではないか」
燐訪は悩む。
流石に子供の命となると、話は別。
犯罪者なんて、自分の理想の国家には必要はないのだが、子供達は未来がある。
それをいきなり100人も減らせというのである。
「か、考えさせてください」
「構わぬよ。もしも用意できたなら、其方と直接、盟約を結んでやろうぞ」
「盟約をですか‼︎」
妖魔との盟約。
格が高い妖魔との盟約ほど、強い力を手に入れることができる。
それが十二魔将クラスの妖魔となると、恐らくは、あの忌々しい乙葉浩介をも上まわる力を手に入れられるのではないか?
燐訪は考える。
その力が、たかが子供百人の命で手に入る。
「少々、お時間をいただきたい。必ず、子供の魂を100、用意してみせます」
「堕ちたのう……では、妾は待っておるぞ」
カンラカンラと笑う愛染娘々。
そして燐訪は、無表情のまま、山道を降りていく。
この時点で愛染娘々の術にはまり、魂に『強制術式』が刻まれたなど、彼女は知らなかった。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




