第百五十八話・緊急事態、暗中模索もいいところ(果報は寝て待て、そんな無茶な)
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永田町・衆議院議員会館。
その一角、燐訪議員の部屋では、国憲民進党の幹部たちが一堂に集まっている。
結界特化型妖魔による空間結界を施し、その中で対策を考えているところである。
「問題は、あの水晶柱よ。あそこにゲートが発生して異世界に行けるのは分かっているのよ。それが、どうして開かないのよ‼︎」
「燐訪さん、うちの子飼いの妖魔に聞いたところ、賢者クラスの術式により保護されているそうです。ありゃあ、術式を組んだ人間か、それ以上の妖魔じゃないと解除不可能だそうです」
「そうそう、うちもそういう報告を受けましたぞ」
「おのれ乙葉浩介、どうしていつもいつも私たちの邪魔をするのよ……」
忌々しそうに吐き捨てる燐訪だが、彼女以外の議員は素知らぬ顔をしている。
(そりゃあ、あんたのミスだよ)
(ああいう輩は、懐柔策に出るのがいいんだがなぁ)
(燐訪さんの初手がまずかったよなぁ)
誰しもが思う。
そして一人で腹を立てている燐訪の横では、小澤も腕を組んで考えていた。
「問題は、水晶柱を使えるようにできるのかどうか。正直言うとだな、あの場所はまずい」
「小澤さん、それってどう言う意味ですか?」
「この前の進軍、ありゃあフェルディナント聖王国だ。あのターミナルの向こうがフェルディナント聖王国だとすると、こっちからの進撃は危険すぎる」
「軍隊を送りつけても?」
「あそこの騎士は、一人が10式戦車一台と同等の戦力と考えてもいいかもなぁ。それだけ強くて、素手で金属の扉程度なら簡単に破壊できる……って、ちょっと待て燐訪、この前捕らえた騎士たちは何処にいる?」
話の途中で、小澤も気がつく。
先の説明の騎士は隊長格であり、下っ端騎士たちにはそこまでの力はない。
余りにも人数が多すぎる為、一時的に東京拘置所に収容されているものの、この日本の拘置所の鉄格子や金属扉度なら力任せにひん曲がることはできるだろうし、実力行使で拘置所を破壊して逃走するぐらいはできる。
「何処って、犯罪者は拘置所に決まっているでしょう? 本当なら各所轄警察の留置所に送りたいのですけど、あまりにも人数が多過ぎますから」
「あれから三日だよな? そろそろ魔法使いの施した拘束術式が解けてきるんじゃないのか?」
「いくらなんでも、あの鉄格子を曲げることなんて無理ですわ」
「それをやるのが、あいつらなんだ‼︎ いいか人間、俺たち妖魔の力はこっちの世界の人間を軽く凌駕できる。その俺たちと五分にやり合うのが、フェルディナント聖王国の騎士だ‼︎」
咄嗟に電話の方を見る燐訪だが、特に反応がないのでホッとしている。
これが、大きな間違いである。
今いる場所は空間結界内であり、電話が繋がることはない。
空間結界の効果を今ひとつ理解しきれていない燐訪は、この会議中に現実世界ではひっきりなしに電話が鳴り続けていたことに、後から気がつく。
拘置所を破壊した騎士たちが、街中に逃走した。
全員ではないものの、約100人近い騎士たちが一斉に街中に、東京都内に散っていったのである。
さらに、収監されている犯罪者たちも一斉に逃走、周辺は厳戒態勢に突入している。
非常線が張り巡らされているものの、今の東京近郊は緊張に包まれ始めていた。
まだ、この事実を、燐訪は知らない。
この会議が終わった直後に、彼女は現実を知る事になる。
「……まあ、それは可能性でしかないわよ。それに小澤さんの話では、彼ら異世界の騎士は、私たちよりも強者だって言っているように感じますが、それは違います」
「ほう? 盟約の関係上、私は君に対してあまり強く物を言うことはできないが、ことと次第では、こちらも勝手に動く事になるが?」
「話は最後まで聞いてください。彼らが妖魔ではなく人間と同じ肉体を持つと言うのなら、同じような弱点も保有しているのでは? スタンガンや催涙弾、暴徒となった彼らを止める術など.いくらでもありますわ」
ターミナルからの進軍の際、ドラゴンやサイクロプスを見てビビりまくった特戦自衛隊。
その後の近接戦では、最初のうちは善戦していたものの、中盤以降は包囲網が突破されかかっていたのを、この場の議員たちは知っている。
その直後、陸上自衛隊の即応機動連隊が到着し、その場を鎮圧していったという事実も。
あくまでも銃器を使わない特戦自衛隊に対して、即応機動連隊は躊躇いもなくスタンガンを、ゴム弾による鎮圧を開始した。
そもそもの目的が違う。
特戦自衛隊は『妖魔を殲滅するため』の力であるのに対して、自衛隊は『国を、国民を守る』為の力である。
その為ならば、自衛隊はためらわない。
それが、国防の要である、自衛隊だから。
「……まあ、今の言葉は忘れないように。我々魔族サイドとしても、あの国と事を構えるのは得策ではないと考えているからな」
「かしこまりましたわ。では、私たちとしては異世界の開発という大義名分を変えることはできませんので、別の場所から異世界に行く方法がないか、それを調べる事にします」
「それで構わんじゃろ。国会前のターミナルの処分はどうするつもりだ?」
「どうにかして解析チームを派遣し、可能ならばあそこからも異世界に向かいます。相手は人間、話せば理解してくれますし、そもそもの技術力が違いますわ」
だめだ、この女は何を話しても自分の都合しか考えない。
その場の議員たちが心の中で呟くものの、立場上は逆らうことはできない。
「乙葉浩介とその仲間たち、第六課に協力している妖魔群。私たちの力にならないのなら、鎖で繋ぐ必要があります。国家運営に非協力なら、それなりの対応をするだけですので」
「……好きにすればいい。それじゃあ、これで失礼するよ」
「どうぞ。私たちは、まだ議題が残っていますので」
えええ?
まだこの女と話をしないとならないのか?
議員たちの心がざわつく。
ここ最近、いや、国憲民進党が野党だった時代から、彼女の強権ぶりには目にあまるものが多い。
それは、国憲民進党が与党第一党になり、彼女が代表になってからも続いている。
国家政策を自分たちの都合の良いように組み替えたり、他政党からの批判に対しては全力で否定し、噛みつき返す。
今の国憲民進党が与党でいられるのは、彼らに追従している妖魔による洗脳行為であることは、この場にいる議員の誰もが分かっている。
それでもなお、妖魔という後ろ盾を持つ彼女に逆らうことは許されていない。
この沈みつつある泥舟からどうやって脱出すればいいのか。それが、今の議員たちの考えの大半を占めている。
………
……
…
結界から外に出た小澤は、電話が鳴り響いていうのに気がつく。
「ふん。先ほどの話が実現でもしたのか?」
すぐに電話を取り、対応をする。
報告は極めて単純、留置所に収監されていた騎士たちが力ずくで鉄格子を破壊、詰めていた警察官たちを襲い脱走したと。
「……こちらは忙しい。鷹川総理に判断を尋ねるがいい」
そう告げて、小澤は電話を切る。
彼も、今の燐訪に付いていても、それほど美味しい話はないと判断した。
「鷹川総理なら、うまく話をまとめられるだろう。さて、メモだけ置いて、帰るとするか」
机の上に連絡があったことを書き留めると、小澤は部屋から出て行った。
そもそも、この結界は一旦外に出ると、中に入ることができない。
侵入者排除に特化した結界である。
ちなみに燐訪がこのメモを見たのは、ここから2時間後。
すでに非常線によって、普通の犯罪者が再逮捕され始めたものの、騎士たちは堂々と隊列を組んで国会議事堂へと向かい始めていた。
そこに、水晶柱があるから。
次にターミナルが開いた時のために、彼らはそこを死守しなくてはならなかったから。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
のんびりとした学校。
次の襲撃の対策については、未だ答えが見えてこない。
忍冬師範からも連絡があったのだが、次回は最初から即応機動連隊が対応に当たるとの話で進んでいるらしい。
「そんなこんなで、のんびりと部活です」
「何が、そんなこんななのか分からないのですけれど。そろそろ現実に戻ってきてください」
新山さんが真面目な顔で、俺に話しかけてくる。
いや、分かっているよ、でも現実逃避したくなるよね。
部活を始めた直後、祐太郎が真っ青な顔でタブレットを見せてくれたんだけど、あのフェルディナント聖王国の騎士たちが、拘置所を破壊して国会議事堂に集結を始めたって。
ついでに凶悪犯罪者が大量に逃走し、東京都内が騒然としているって。
「さて、俺は、どうしたらいいんだ?」
「さすがのオトヤンでも、ここは考えるよなぁ。インターネットで生配信しているやつの動画では、騎士たちは堂々と水晶柱の周りに集結して、円形に取り囲んでいるらしいぞ」
「武器とかは……ああ、誰かアイテムBOXのスキルを持っていたのか」
確か武器防具の類は回収されていたはず。
でも、画面の向こうの騎士たちは、真新しい装備を装着して待機している。
「画面越しだから、鑑定もできない。まさか高校生を戦闘に巻き込むはずもないから、ここに連絡が来るはずもない……」
──ピンポンパンポーン‼︎
『二年の乙葉浩介、至急、事務室へ。繰り返す、二年の乙葉浩介、至急、事務室へ』
「行かねーよ。どうせあの燐訪議員だろう?」
「可能性としても、それしかないよなぁ」
「でも、もし間違っていたら大変だよ?」
「その場合は、大抵はスマホに連絡が来るはずなんだけどなぁ……もしそうなら、切ってくるわ」
居留守を決めるのも大人気ないので、電話には出る。
職員室ではなく事務室に電話ってことは外線で、俺を呼び出したパターンなのが目に見えるわ。
「ちっす、乙葉浩介です」
「議員さんから電話だぞ」
「……やっぱりかぁ……もしもし」
覚悟を決めて、電話に出る。
『随分と待たせるわね。乙葉浩介くん、日本政府代表として、国会議事堂外にいる暴漢たちを取り押さえてください』
「断ります。自衛隊に出動要請して、スタンガンなりネットなりで対応してください」
『奴らは、捉えることはできても長時間の拘束が無理なのは分かっているでしょう? それを貴方がやりなさい』
「……断る。なんであんたは、いつもいつも上から目線で話してくるんだよ? 俺は、もう戦わないからな‼︎」
『貴方がやらなくて、誰が奴らを始末できるっていうのよ?』
「あんたの部下の妖魔にやらせたらいいだろうが。国会所属議員配下の妖魔が、国会議事堂外の暴漢を取り押さえましたって。ほら、俺たちを洗脳しようとした妖魔が居たでしょうが」
『国会議員として、妖魔と繋がりがあるなんて悪い印象しかないわ』
知らんわ‼︎
なんでそこまで、俺たちが対応しないとならないんだよ。
自分たちの権利を守るために、俺たちを手駒にしようって魂胆がはっきりと見えたよ。
「あ、すいません、俺、魔法が打ち切りのようなので、もう電話しないでください」
──チン
あとは知らんわ。
腹が立ってしょうがない。
ついでに腹も減ってきたから、部室でマッド・ティーパーティーだよ。
………
……
…
腹ただしく部室に戻ると、すぐさま新山さんが紅茶を入れてくれた。
「はい、ご機嫌ナナメのようですね?」
「ナナメどころか、急降下だよ。ちょっと待ってて、お茶菓子探すから」
すぐさまカナン魔導商会の画面を開くと、スイーツ欄を開く。
おや?
今日のお勧めに『天使のクリームブリュレ』というものがあるじゃないか。
これを購入、ポチッとな。
──コトッ
テーブルに四つのクリームブリュレ。
木製の器に収められたいるから溢れなくて安心。
「さて、一つは空間収納に収めておいて、瀬川先輩に……」
──ニョキッ
ニャンコの手が伸びて、一つを掴もうとしている。
「乙葉先輩‼︎ リナちゃんも食べたいです‼︎」
「お、おおう、いつの間に来たの?」
「さっきです‼︎ 築地ブーストキャンプの帰りです」
「ブーストしないぞ、ブートキャンプだし、そもそも俺は今日は参加していないんだが?」
「有志で頑張った‼︎」
そりゃそうだ、祐太郎もさっきまでは、俺たちと話ししていたからな。
仕方ないから追加購入、ポチッと。
──コトッ
「ほら、沙那さんもくるんだろ?」
「掃除当番です、終わったら来ます」
「それなら、来るまではしまっておくか。新山さん、お願いします」
「はーい」
すぐに新山さんがルーンブレスレットの収納バッグ能力でクリームブリュレを仕舞ってくれる。
そしてのんびりとティータイムを楽しみながら、さっきの電話の顛末を話ししたんだよ。
「……ということで、堂々と魔法は使えませんって宣言してやったよ」
「使えないの?」
「まっさか。むしろ全開‼︎」
ぼうっと手の中に光球を作り出して、天井に向かって放り投げる。
すると天井に触れた瞬間に、ピタッと固定された。
「しかし、またすぐに連絡が来るぞ? 蛇みたいにしつこいからなぁ」
「そこなんだよ……それで、対応策を考えることにした」
「「対応策?」」
二人のその質問に答えるように、空間収納からミスリルと市販品の発動杖、魔石をとりだす。
カナン魔導商会からはバインドツリーって言う植物の雫を購入して、魔法陣を発動して収める。
「さてと。ちょいと高度な術式だから……」
──シュンッ
魔導書を取り出して術式の記されているページを開くと、ゆっくりと詠唱を開始する。
俺の言葉、魔力に呼応するかのように、全ての材料が混ざり合い、一つに変化していく。
「……完成。これは『拘束の杖』といって、指定対象を二十四時間、拘束することができるんだよ」
「また、とんでもないものを作るなぁ。それって、誰でも使えるのか?」
「まさかでしょ。魔力吸収回路は組み込んでいないから、魔力値が30以上の人にしか使えないよ」
「それじゃあダメなんじゃ……そうか、燐訪の配下の妖魔に使わせるのか」
「ハズレ。これは第六課に貸し出す。あそこの退魔官なら、何人かは30ちょいあるからさ。出向ということで頑張ってもらうよ。ついでに魂登録で俺に登録しておくから、紛失されても回収可能」
ちなみに無料奉仕なんてしない。
しっかりと代価は払ってもらうよ。
今から第六課詰め所まで持っていって、要先生にでも手渡せばいいや。
本当に、勘弁してくれよ。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
 





