第百五十四話・一寸丹心、男は度胸、女は愛嬌(女の戦い、そのあとに)
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ターミナルが光り輝き、異世界と接続してから。
戦闘は始まりました。
私がいる場所は後方、特戦自衛隊の救護班の隣にある、内閣府の救護施設です。
「……まあ、基本的なことはこちらに任せてもらって構いません。特戦自衛隊の救護班もありますので、こちらでは緊急を要する患者を優先的に処置するだけです」
医療班責任者の方が、私と井川巡査長に説明してくれます。これだけでも、肩の力が少し抜けて楽になります。
「私は呪符による治療を行うので、新山さんは私が無理な患者をお願い。トリアージが緑と黄色は私が受け持つので、貴方は赤と私が間に合わない黄色をお願いね」
「トリアージ……はい、大丈夫です」
医師に渡されたリストには、応急手当ての手順とともに、傷病者治療優先順位の一覧が記されている。
私が受け持つのは【至急治療しないと死に至る赤】と【二、三時間以内なら問題ない黄色】。井川巡査長の緑は【しばらくは問題ない】を意味しており、他の医師でもなんとかなるレベル。
そして黒。
「あ、あの、トリアージ黒の方はどうするのですか?」
「あ、ああ、黒は、別室に移動してもらうだけだ」
治療しても命を救うことができない【黒】。
でも、普通の医療行為なら不可能でも、私になら、助けられる可能性はある。
「……新山さん、貴女の魔力量を私は知らないけれど、黒判定の患者を助けるのに膨大な魔力を消費するのなら、その分だけ赤判定の患者を救いなさい。魔力は有限なのを忘れないで」
まるで、私が黒判定の人を助けに向かうのを止めるかのように、井川巡査長は私にキツく言い含めてきます。
分かっています。
けれど、それは、理屈ではそうかもしれませんが、助けられる命を捨てて、他の人を救うのは、違うような気がします……。
感情が、追い付かなくなってきましたが、そんな事は頭の中から吹き飛んでいきました。
──ドダドダダダダ
外に救護班の車両が次々ときます。
向かいの建物に搬入される人、こちらに送り出される人。
血の匂いが周りを包み込み、ここが戦場であることを思い知らされました。
「トリアージ赤、お願いします」
「は、はいっ、こちらにお願いします‼︎」
私の前に運ばれできた患者。
右大腿部欠損、および左脚損傷。
麻酔で意識はなさそうですので、すぐに治療を始めます。
──ブゥン
収納バッグから魔導書を取り出すと、それを目の前で開きます。
何もないところに魔導書が浮かんでいるのは奇妙かもしれませんが、神聖魔法の魔導書は、両手がフリーになるように術者の前に固定されるのです。
さらに【神装白衣】を装着して、魔力を増幅。
MP消費軽減効果により、いつもよりも魔力を多く使えるようにします。
「癒しの神シャルディよ。その加護で、かのものの傷を癒し給え‼︎」
──シュゥゥゥゥ
患者の体が淡く輝き、ゆっくりと傷が閉じて欠損部分が再生する。
その光景には、その近くの医師や担架で患者を運びこんでいる兵士も固唾を呑んで見入ってしまう。
そしてわずか五分で患者は元の姿に戻った。
「輸血をお願いします。まだ傷が塞がって足が再生しただけです」
「引き受けます、貴女は次の方を」
看護師がベッドを移動させる。
そして次の患者が運び込まれてくる。
「一人でも多く助けます‼︎ 乙葉くんたちは前線で戦っているんですから、私はここでやるべきことを成します‼︎」
さあ、次の患者さんはどこですか‼︎
………
……
…
戦局がある程度落ち着きました。
救護施設に搬入される患者さんの中で、トリアージ赤と黄色の方は、もういません。
「……あ、あなたの魔力ってどれぐらいあるのよ。私はとっくに限界なのに」
ソファーの上で、目元に濡れタオルを当ててぐったりしている井川巡査長が話しかけてくれました。
「とっくに尽きていますよ。でも、乙葉くんから、魔力回復薬を預かっていましたから」
それでも、すでに十本は消費しました。
トリアージ赤の患者が複数の時は、中回復ポーションを傷口に振りかけて緊急処置を施し、トリアージ緑まで回復させる。
そんなことを、この数時間の間に幾度となく繰り返してきました。
「ご苦労だったね。本当に魔法というのはすごいな。あとは我々に任せて、少しやすみたまえ」
労いの言葉をかけてくれるのですが、私には、まだやらなければならないことがあります。
「お願いします。トリアージ黒の方の部屋に案内してください」
「駄目よ。まだ戦局は変動するかもしれないのよ。そんなことに貴女の魔力を消費しないで」
「人の命が掛かっているんですよ! そんなことではないです‼︎」
思わず井川巡査長に反論しました。
分かっています、でも、同じ建物で、死んでいく人たちがいるなんて、耐えられないんです。
──ツツッ
涙?
あれ、私、泣いている。
「分かった。でも、無理はしないようにな」
「だめよ、ドクター、彼女を止めてください‼︎」
「彼女は第六課の人間じゃない、民間のボランティアだ。それを止めるわけにはいかない」
そう告げて、私は奥にある大きな倉庫のような部屋まで案内されました。
──ツン
部屋に入った途端、私には理解できます。
この部屋には、死の香りがする。
でも、まだ、間に合う。
「広域術式展開……診断……」
よかった、間に合う。
すぐさま魔導書を開き、詠唱を始めます。
「治癒神シャルディ。私に、彼らを救う力を……神の祝福‼︎」
──キィィィィン
神の祝福。
これで、死の手前の人たちも、少し、ほんの少しだけ生きながらえます。
そして生きてさえいてくれれば、あとは私の出番です‼︎
「癒しの神シャルディよ。その加護で、かのものの命を救い、全ての傷を癒し給え……完全治癒‼︎」
──シュゥゥゥゥゥゥゥ
室内全ての患者の傷が塞がり、呼吸が落ち着いていく。これで、ここは大丈夫ですね。
──クラッ
今ので、体内の魔力がほとんど尽きましたか。
それなら、魔力回復薬を一気に飲み干して、魔力を回復します。
「ば、バカな……こんなことがあるなんて……」
私を案内してくれた医師が、後ろで見ていたのですね。
「もう、この方たちは大丈夫です。私は向こうの部屋で少しやすみますが、トリアージ赤と黒、黄色の患者さんが運ばれてきましたら、呼んでください」
「あ、ああ、わかった」
驚愕しているようですが、この程度、乙葉くんたちの方が全然すごいですよ。
「うん、私は、まだ戦えるから‼︎」
腕をグルグルと回して体の負荷を確認して、私は部屋に戻ります。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ターミナルを停止してから、俺と祐太郎は新山さんを迎えに治療施設までやってきた。
最前線のターミナル近辺ほどではないが、ここも戦場のように大量の車両と大勢の人が集まっている。
「第六課の場所は……と、オトヤン、あの奥の建物だ」
「オーライ‼︎」
すぐさまそっちに飛んでいくと、玄関で箒から飛び降りて建物に突入。
廊下まで簡易ベッドが並べられており、さながら野戦病院のような感じになっている。
そして入り口近くのロビーで、椅子に座ってぐったりしている新山さんと井川巡査長の姿を確認、ゲット‼︎
「新山さん大丈夫か‼︎」
走りながら魔力回復薬を取り出して、弱々しく手を振る新山さんに手渡す。
「大丈夫。乙葉くんのいつものやつだからね」
「魔力欠乏症かよ‼︎ 早く呑んでくれ」
「うん……ありがとう」
新山さんは、そのまま俺に抱きついてくる。
少し体が震えているのがわかる。
本当に怖かったんだね、おつかれさま。
「もう大丈夫。あっちはケリをつけたから、もう鏡刻界からの侵略はない……筈」
「別の場所に出る可能性はあるんだよね。でも、そうなっても、私は怪我人を治すからね」
「無理はしないようにな……」
うん、ラブシーンは突然に。
「「ゴホン」」
突然終わったよ、ちくせう‼︎
「あのね……私も魔力がないんですけど」
「はい、これ呑んで」
すぐさま空間収納から魔力回復薬を取り出して手渡す。
ようやく新山さんも落ち着いたのか、俺から離れて魔力回復薬を飲み干した。
──ゴクッゴクッ……
「ぷはー。ようやく落ち着いたわ。魔力欠乏症って、本当に精神的にも落ち込んでくるみたい」
「わかるわかる。それじゃあ井川巡査長、俺たちは帰りますので」
「ええ、報告は受けているわよ、おつかれさま。彼女、かなり頑張ったから褒めてあげてね」
「わ、私はやる事をやっただけですからね。でも、井川巡査長もおつかれさまでした、ありがとうございます」
丁寧に頭を下げる新山さんに、井川巡査長も軽く手を振る。
そしてこの施設の担当医師たちにも挨拶してから、ようやく俺たちは帰還することになった。
………
……
…
「うわぁ……」
「す、スッゲエ‼︎ これ、動いたのか」
「オトヤン、これ作れるか? 自家用で欲しいんだが」
「俺も欲しいわ……鑑定……あ、理解できたけど材料が足りないわ」
一旦、指揮車両の場所まで移動して、瀬川先輩を迎えにきたのは良い。
その真横に、こんな巨大なロボットがあったら、欲しくなるよね。
「それじゃあ、みんなで戻りましょうか。忍冬警部補、私たちはこれで失礼します。後始末、よろしくお願いします」
「ああ、あとは任せろ。と言ったはいいのだが、こいつはどうするんだ? トレーラーに剥き出しのままで帰るのか?」
忍冬師範が笑いながらトレーラーをコンコンと叩くと、有馬沙那さんが俺の元にやってきた。
「乙葉先輩、これ、収納できますか?」
「楽勝。空間収納、範囲指定でトレーラーごと収納してくれ」
──シーン
何も起こらない。
え? どういう事?
「沙那さん、中で誰か寝てませんか?」
「ええ、りなちゃんとお父さんが寝てますけど。起こさないとだめですか?」
「あ〜、ナイス先輩。あのですね、俺の空間収納スキルは、生き物が居たらダメなんですよ」
「それでしたら、すぐに起こしてきますね」
沙那が二人を起こしに行ってる間に、こっちは車割のチェック。
「乙葉くん。私の絨毯でりなちゃんと沙那さんは預かれますよ」
「それじゃあ新山さんの絨毯で二人をよろしくしてあげて。俺の方で有馬親父さんを預かるから」
「俺と先輩は箒で単独で良いのか?」
「俺の予備の絨毯はナンバープレートも登録してあるからさ。絨毯で親父さんとタンデムで帰るわ」
──ブワサッ‼︎
魔法の絨毯を空間収納から取り出して広げると、りなちゃんと有馬親父さんが眠そうな顔でやってきた。
「もう帰るのか?」
「りなちゃんに……暖かい布団をください」
「まあ、もう帰りますので、有馬さんはこっちの絨毯に乗ってください。沙那さんとりなちゃんは、新山さんの絨毯に同乗願いします」
そう説明して二人を新山さんの方に促す。
ちなみに新山さんの絨毯は、クッションが大量に搭載されている優れものである。
「ふむ、これは実に興味深い。飛行術式を組み込んでいるかとは思うが、ここまで精巧な術式は初めて見た。解体して調べたいのだが?」
「帰れなくなるわ‼︎ いいから早く乗ってください」
どうにかこうにか乗るように頼んで、これで準備完了。
「俺たち第六課は、暫くはこっちの後始末で帰れないかもしれん。まあ、要くんが向こうに残っているから、何かあったら彼女に連絡してくれ」
「了解しました。それでは、我々『魔術研究会』は任務完了につき、帰還します」
「おつかれさまでした。また何かありましたら、お声がけください」
「師範、それじゃあまた」
「ありがとうございます。もしも、怪我の調子が悪い方がいらっしゃいましたら、ご連絡ください」
俺たちがてんでバラバラに挨拶を終えたら、有馬さんたちも挨拶をして撤退開始。
──フワッ
ゆっくりと高度を上げてから、交通法規を守りつつ帰還する。
まあ、道中のサービスエリアなどでお土産を買ったり、少しだけ遠回りして観光したりしていたせいか、札幌に戻ったのは夜の十一時。
先に有馬さんたちを送ってきて、ついでにトレーラーとロボットを置いてから、俺たちは自宅へと帰った。
ふう、本当に疲れたよ。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。




