第百四十八話・焦心苦慮って、過ぎたるは猶及ばざるが如し?(機は熟した)
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はい、お久しぶりの妖魔特区です。
対フェルデナント聖王国戦について、あと織田の救出について、ちょいと白桃姫からアドバイスを貰いにやってきたのですが。
「……ラナパーナからフェルデナントか。エッゾ大山脈の向こうにあるが、その山脈を越えることができないから、大抵は海路を使うしかないからのう」
ビーチベッドに横たわったまま、白桃姫が気怠そうに説明してくれる。
まだ五月なんだけど、寒くないのかなぁ。
「白桃姫さん、まだ五月ですけど寒くないのですか?」
「ナイスだ新山さん。俺もそう突っ込みたかった」
「ん? この程度の気温など、気にもならんわ。肉体構成していても、元々は精神体じゃからなぁ。擬似体温というか、熱は感じるが……寒いのか?」
「寒いよな。まあ、俺は突っ込みたくないから無視していたが、普通は寒いぞ」
「ふむ、そうか」
──パチン
みんなで寒い寒いいうから、白桃姫が指パッチンで服装を変更した。
なんでも魔力で衣服を構成することができるらしく、今は普通のスカートにブラウス。それでも涼しそうだけど、さっきのビキニ姿のお嬢さんよりはマシか。
「話を戻しますわ。その山脈を越えられない理由はあるのですか?」
「険しく高く、雲まで伸びる山脈でな、ついでに竜の巣じゃな。あんなところに向かうのは、ドラゴンスレイヤーの称号を得ようとする厨二病拗らせた冒険者だけじゃよ」
「海路では、どれぐらい掛かる?」
「さあなぁ。妾の国の魔導船でも、七日は掛かると聞いておる。沿岸には蛮族の国があって蛮族が住んでおるから危険じゃよ」
「魔導船の速度が分からないが、それって何ノットで航行するんだろうなぁ」
魔導技術で動く船か。
「ん? 魔導船は空を飛ぶのじゃが」
「「「「なん(ですって? だって?)」」」」
そうかぁ、とうとう、そんなものまでお目にかかれるのかぁ。
いや、ちょい待ち、それって俺でも作れるんじゃないか? 飛行ユニットは作ったから、あれを大型化して出力を上げれば、空も飛べるさ。
「ちなみに、あと何日でフェルデナント聖王国はくるのじゃったか? ああ、あと二日じゃな」
スタスタと水晶柱に近寄って、触れて確認している白桃姫。便利だよなぁ、その能力。
「あの、二日で海路で移動して、あっちの水晶柱を破壊するのは?」
「いくら乙葉たちが空を飛べるとしても、そんな短期間には無理じゃよ。そもそも、向こうの国の水晶柱は、大聖堂の結界内じゃよ? 乙葉や、結界中和術式は?」
「ぐっ‼︎ まだ覚えてないです、はい」
「そうじゃよなぁ。あれは空間魔法の中でも上位じゃからな。今度、れくちゃあしてやるぞよ」
「ありがたい‼︎」
しかし、ここで当初の作戦のいくつかは不可能になった。
となると、残りは……。
「俺が織田を捕まえて帰ってきてから、みんなで東京に移動。あとは様子見して都度、手を貸すっていうのが、一番犠牲が少なくて俺たちの負担にならないってところか」
「織田を捕まえるのはそれでいいと思う。オトヤンが戻ってきてからの移動でも間に合う。ただ、依存されるのはお断りだから、うまく帳尻を合わせる必要があるな」
「……あの、ふと思ったのですが、お二人とも戦う前提ですわよね? 先に水晶柱を破壊するという選択肢はないのですか?」
瀬川先輩、ナイスです。
そうだよ、すっかり忘れていたよ。
「……これを破壊するか。まあ、できるものならやってみるが良いぞ。時間と空間を守る女神ア・バオア・ゲーの加護の塊じゃ、破壊できるのは破壊神もしくは創造神のみじゃ」
パンパンと水晶柱を叩く白桃姫。
それなら試しにと、祐太郎が身構えて。
「そこまでいうのなら、試しますよ? ブライガァァァァア」
──ガシュンッ
素早くブライガーの籠手を装備し……あれ?
ブライガーの籠手どころか、腕全体と肩を護る防具になっているんだが?
「せいやぁ‼︎」
──ガギィィィィーン
透き通ったガラスのような音。
そして水晶柱には傷ひとつ付くことなく、祐太郎が一歩下がる。
「おや? オトヤン見てくれ、またブライガーの籠手が進化したようなんだが、理由はわかるか?」
「まあ、俺にはわからんなぁ。だから安心しろユータロ。そして全く傷がついていないなぁ」
「当たり前じゃ。ブライガーがどこの神様だか知らぬが、時間と空間を操る女神じゃぞ?」
「そんじゃ、次は俺な」
「オッケ、任せたオトヤン。しかし、なんで進化したのか……」
──パーン‼︎
手を叩いて交代すると、俺もゆっくりと体内の魔力を高めていく。
待てよ、祐太郎はブライガーの加護で籠手を授かったんだよな?
それなら俺も、何かあるんじゃね?
ええっと、俺の加護は破壊神マチュアだよな?
「ふぅ。偉大なる神よ、破壊神マチュアよ。我に答えて、力を授けたまえ‼︎」
──シュンッ
突然、俺の右手にミスリルのハリセンが姿を表した。
「あ、空間収納が誤作動したのか、これはしまっておいて……何も変わらんな」
「ん〜。まあ、強いてあげるとするのなら、いつもの魔導紳士の零式ローブを身につけているぐらいだな。ド派手な銀色のローブだけど」
「色が変わりましたね。でも、デザインはいつも通りですから、特段変化したとは思えませんし」
「……魔導強化外骨格の名前が変化していますわね。『イーディアス』となってますけど?」
ふむふむ。
つまり、装備がバージョンアップしたのか。
「困った時の天啓眼発動‼︎ どれどれ」
『ピッ……魔導強化外骨格『イーディアス』。従来型のローブ形状も零式形状もそのままに、魔力伝達術式を強化。主兵装は両拳に装着される『フィフス・エレメント』。これにより属性術式が強化される』
あ、なるほどなるほど。
「よし、理解した。フィフス・エレメント‼︎」
──ガシャッ
両拳に綺麗な籠手が装着される。
これは打撃用というよりも儀式用だね。
それも、発動媒体として使用できるタイプで、魔力強化とMP強化の効果も付与されている。
外見的には、真っ赤な籠手で爪が長いのが特徴と。
「うわぁ、悪の大魔導士かよ」
「お褒めに預かりありがとうよユータロ。そんじゃあいくか‼︎」
【コマンド・神威開放を習得】
え? なんか聞こえたけど。
「目標は目の前の水晶柱。威力のみ上昇、神威開放125式、焔の槍っっっっ」
──キィィィィィン‼︎
俺の目の前に、見たことのない魔法陣が展開する。
そして真っ赤に燃え盛る槍が放出されたかと思うと、今度は水晶柱の前に青く輝く魔法陣が展開した。
──バヂビヂバジバジッ‼︎
俺の魔法と水晶柱の前に現れた結界がぶつかり合い、音を立てて消滅する。
「な、な、な、な、なんじゃぁ‼︎ 乙葉ぁ、今の魔法はなんじゃ、あの威力はなんじゃ‼︎ 水晶柱の自己防衛障壁がなかったら、柱は爆散しておったかもしれぬぞ‼︎」
うん、なんとなく理解したわ。
そして俺の魔力が一撃で枯渇したわ。
──フラッ
意識が消えていくのと、みんなが俺を呼ぶ声がするのはほぼ同時。
いやぁ、洒落にならないわ、神威開放術式。
一発で魔力全て枯渇するなんて、極限状態でも使えないよなぁ。
………
……
…
「……」
意識が戻る。
うん、まあ、俺が悪かった。
まずは様子見で、普通にやればよかったんだよ、そこをいきなり125式は不味かったよ。
「おう、オトヤン、気が付いたか」
「どうですか? 魔力付与を行いましたから、魔力枯渇は回復したと思いますが」
周りを見ると、瀬川先輩が白桃姫と何か話をしているところである。
周りは薄暗くなってきているので、もう6時を過ぎた頃だろう。
「新山さん、俺、どれぐらい意識がなかった?」
「一時間もたっていませんよ。そろそろ帰ろうかなと思っていたのですが、乙葉くんを置いていくわけには行かないので、のんびりと待っていましたよ」
「そっか。それで、話はどこまで進んだんだ?」
「乙葉くんに、先に織田くんを連れて戻ってきて欲しいのです。その間に、私と瀬川先輩と築地くんとで、東京の第六課本部に向かい、万が一のために待機することになりました」
その作戦でいくのか。
まあ、一番無難と言えば無難だよなぁ。
「それでな、水晶柱が起動したら、妾が札幌の柱から干渉することにしたぞ。うまくやれば水晶柱は安定しなくなるから、こっちにやってくる兵士の数を抑えられるかも知れぬ」
「それは助かる。そんじゃ、明日の朝イチで行ってくるわ」
「オトヤン、学校はどうする? 俺たちは放課後に東京に向かう予定だったんだが」
「時間が足りない可能性があるからな。こっちは任せる、向こうが終わったら速攻で帰ってくるからさ」
織田がごねるようなら、麻痺術式ぶちかましてでも、連れて帰る。こっちは時間が足りないし、最悪でも織田の無事を確認して後から回収っていう方法も考えられるからな。
という事で、今日のところは解散。
明日の本番のために、皆、身体を休めることにしたよ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
言葉のわからないメイドさんに案内されて、織田は王城横にある建物へと案内される。
そこは遠方から来城した貴族たちのために作られた建物であり、王城ほどではないものの、かなりの贅が尽くされた作りになっている。
「はぁ、此処が今日からの俺の家か。そして君が、俺のために付けられたメイドってことか、よろしく頼むよ‼︎」
にこやかに挨拶すると、メイドも言葉は理解できないものの織田に害意がないことが理解できた。
『それでは、夕食時にはまたお呼びします。それまでは、どうぞごゆっくりお過ごし下さい』
「うんうん、呼び出すまでは、ここで自由にしていいってことだな、サンキュー」
奇跡的に意思が疎通した。
まあ、これは偶然であり、メイドが部屋から出ていくと、織田も部屋から出て建物の探索を開始する。
基本的には貴族が居住するためのものなので、調度品などにも拘りがある。
「ふぅん……なかなかの名品だな。しかし、俺はどんなチートスキルが手に入るんだ? それとももう手に入ったとか?」
そう考えてから、周囲を見渡す。
今いる場所は大きな居間。暖炉のある談話室のような作りになっていて、近くのテーブルにはチェスボードのようなものが置いてある。
「どれ……ステータス、オープン‼︎」
──シーン
何も起こらない。
まあ、加護を受ける以前の話であり、織田は一切の加護を受けていない。
かろうじて、向こうの世界で散々と乙葉に絡んでいたせいか、体内保有MPだけは、一般人より高い。
魔力も現在は25と、あと少し頑張れば黄色まで到達できる。
それでも、この世界では子供程度の能力確か保有しておらず、織田がこの世界で勇者になることは120%ありえない。
──ガチャッ
すると、部屋の扉が開き、フリューゲルがやってきた。
「お、いよいよか? あんたはここの宮廷魔導士で俺を召喚したやつだろ? 俺のスキル継承はどうなっているんだ?」
『まだ言葉がわからない。でも、この薬を飲むといい。君のために調合した、勇者のための薬』
──グイッ
フリューゲルが織田に手渡したのは、かつて勇者召喚の時に用いられたという『霊薬』。
これにより勇者は、顧問との心を通わすことができるようになったという。
その調合についての知識は、マリア女王から渡された文献になってあったので、すぐに調合してきたのである。
「ん? これを飲めばいいのか?」
──ゴクゴクッ
そして、疑うことなく織田は飲んだ。
すると、霊薬はゆっくりと織田の体内に浸透し、やがて『全ての言葉を司る精霊』の力により、コモン語を理解できるようになった。
「おおおお、俺の体が光った‼︎ なあ、この力はなんだ? 俺は勇者として認められたのか?」
「あ、言葉がわかるようになった。君は手違いで来た。だから、帰る方法が見つかるまでは、此処に住んでいて構わない。3食は保証されるけど、あとは働いて頑張る」
淡々と説明するフリューゲル。
だが、織田は頭を捻るだけ。
「まあまあ、待て。俺は、勇者としてこの世界に召喚されたんだろ?」
「違う。私が召喚しようとしたのは乙葉浩介。君は、多分、間違って魔法陣に飛び込んだのではないか?」
「お、お、おおう、そうだとも。だけどよ、魔法陣に乗って異世界に来たということは、その時点でチートスキルを授けてくれるのは当たり前なんじゃないか?」
「その当たり前は、あなたの世界のだと思う。そもそも、使えない人間を召喚して、チートスキルでブーストするぐらいなら、こっちの世界のSランク冒険者に授けた方が強い」
この一言で、織田が硬直する。
ひょっとして、自分は取り返しのつかないことをしたのではという疑問が、頭の中をよぎる。
「で、でも、異世界の人間ってことは、なんらかの力があるはずだよな?」
「いや、そんなことはない。君のステータスは、この街の子供達よりも少し強いか同じくらい。冒険者になるのなら、まずは訓練学校からスタートする」
「訓練学校? いきなり冒険者ギルドに登録に行って、素行の悪いベテランに絡まれるのをやり返すってのがお約束だろう?」
「君が冒険者ギルドに行っても、能力不十分で登録は不可能でおしまい。君に絡む人はいないどころか、嘲笑されるのがオチ。だから、ここでのんびりとすることをお勧めする」
絶望。
こうなると、どうにかして認められたいのか織田。
すぐさま胸ポケットからメモを取り出すと、それを開いてフリューゲルに再度、話しかける。
「そ、それなら、俺の知識はどうだ? マヨネーズも手押しポンプも作れるぞ、それに、料理のレシピだっていっぱい用意してあるぞ?」
「……なるほど。そういう点では、君は便利かもしれない。でも、王城では必要ない。君は、その知識をどうするのか考えるといい。何か考えがまとまったら、私を呼んでくれるといい」
「そ、そうか……わかった」
「では、失礼する」
フリューゲルは軽く一礼してから、部屋から出ていく。
そして織田もまた、失意の底に沈んだまま、とぼとぼと自室へと戻っていった。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
・今回のわかりずらいネタ
異世界ライフの楽しみ方 / 著者、わし。
実に、わかりやすい人の名前が出ています。