第百二十二話・蓴羹鱸膾、胸襟を開けるか?(エルフさんと邂逅する)
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鏡刻界からやってきたエルフを助けるべく、日本政府の罠から逃れて転移門の術式を発動。
そして、俺と祐太郎、新山さんが白い光に包まれたかと思うと、今までとは雰囲気のちがう場所に立っていました。
はい、今ココね。
暗いというか、なんというか。
よくあるアニメの宇宙空間? そんな場所だけど足元にはしっかりと地面がある。
そして、この空間のあちこちには大量の扉。
古いタイプだと障子扉だったり、木製の簡素なやつだったり、あるいは、巨大な大理石の二枚扉だったり。
とにかく、あちこちに無数に扉があるのよ。
地面に生えていたり、地面に埋まっていたり、空に浮かんでいたり。
まさに、不思議空間キタコレって感じだよね。
「ここはどこなんだ?」
「さあ。確か、白桃姫は、ここに管理人がいるって話していたよな? オトヤン、それらしい存在はどこかに感じるか?」
「いや、見当たらないんだよ。新山さん、なにか……子犬?」
振り返ると、新山さんの後ろで、子犬が尻尾を振っている。
「え? 乙葉くん、子犬って……あらら? どうしてここにワンコがいるの?」
自分の後ろにいた子犬に気が付いたのか、新山さんが振り返ってしゃがんだ。
「待った、その子犬、普通の犬じゃないぞ?」
祐太郎が子犬を鑑定したらしく、俺もすぐに鑑定しながら新山さんの方に走っていく。
『ピッ……亜神・ホワイトウルフ。空間と時間を支配する統合管理神『ア・バオ・ア・クゥ』の眷属であり、水晶柱の支配者』
「新山さんストォォォォォップ‼︎ その子犬がここの支配者だわ」
「え? そうなの?」
慌てて数歩下がり、身構える新山。
すると、ホワイトウルフは寂しそうに『クゥ〜ン』と鳴いている。
「え、ええ、どうすれば良いの?」
「分からん。けど、害意はないようだから、話しかけてみるか。よーしよしよし‼︎」
新山さんとホワイトウルフの間に入り、しゃがんで手を差し出す。
すると、ホワイトウルフは鼻をヒクヒクとさせながら俺に近寄ってきて、差し出した手をそっと。
──カプッ
噛んだ。
そりゃあもう、がっちりと。
甘噛みじゃなく、明らかな敵意剥き出して。
「大丈夫……怖くない……わけあるかぁ‼︎ 俺が怖いわ、痛いわ‼︎」
ブンブンと振り回すが、ホワイトウルフはガッチリと俺の手を噛んだまま、離そうとしない。
『オマエハテキダ、オネーチャンヲ、ボクカラウバッタ』
なんだなんだ?
今の思考は、このワンコからか?
「お前か、俺に話しかけてくるのは」
『オマエハテキダ‼︎ オネーチャンハ、ボクノオネーチャンダ』
「そんなわけあるかぁ‼︎ よし、話し合おう、10数える前に手を離せ‼︎」
『イヤダ、ボクノオネーチャンダ、オネーチャンハワタサナイゾ』
「上等だ‼︎」
──キィィィィィン
噛まれた右手に魔力を集める。
その様子に気が付いたのか、ホワイトウルフも噛む力を強くして……。
──スパァァァァァン
俺とホワイトウルフ、同時に祐太郎の放ったハリセンの一撃で吹き飛んだ。
その衝撃で俺の右手を離したホワイトウルフは、クーンクーンと鳴きながら新山さんの方に近寄っていった。
「おおう、ごっつい傷跡になったぞ……『細胞活性』」
──シュゥゥゥゥ
右手に魔力を集めて、細胞を活性化させる。
これで大抵の傷は塞ぐことができるのだが、どうやらホワイトウルフの噛み傷は治癒速度が遅い。
「乙葉くん大丈夫、いま、癒すからね……治癒の神シャルディさま。かの傷を癒したまえ」
──キィィィィィン
俺の右手の上で、新山さんが手をかざす。
すると、先ほどまでついていた傷が、ゆっくりと塞がり元に戻っていった。
「ふぅ。これでもう大丈夫だね。それよりも君、だめだよ、乙葉くんに噛み付いたりしたら‼︎」
ヒョイとホワイトウルフを抱き上げて、新山さんが説教している。
すると、ホワイトウルフも目を背けたりうつむいたり、しまいには新山さんの手をペロペロと舐めている。
「うん、反省したんだね。もうしたらだめだよ?」
「へ? 新山さんって、犬と会話できるの?」
「うちにも北海道犬がいるのよ。小さい頃から飼っていてね、犬の仕草はわかるから」
「あ〜。そういうことか。まあ、新山さんのいうことは聞くみたいだから、ついでにセドナにある水晶柱の場所を聞いてもらえるか?」
ナイスだ祐太郎。
本当に、俺の出番がないぞ?
適材適所だけどさ、なんというか、俺って噛まれ損じゃないか?
「はい。あのね、ワンコくん。私たちは、セドナに行きたいのよ。どうしたらいけるかしら?」
そう問いかけながら、新山さんがホワイトウルフを地面に置く。
すると、ホワイトウルフは尻尾を振りながら歩き出し、一枚の扉の前で立ち止まった。
銀色に輝く扉。
ドアノブはなく、どうやって開いていいのかわからない。
「この扉がそうなの?」
「ワン‼︎」
いや、ホワイトウルフよ、お前は犬じゃないんだからワン、はないだろう?
そんなことを考えた刹那、銀色の扉が虹色に輝く。
魔力が循環して、空間結合術式が発動したらしい。
「そうなの、ありがとうね」
しゃがみこんでホワイトウルフの頭を撫でる新山さん。うん、絵になるなぁ、このクソワンコが相手じゃなかったらさ。
「さて、それじゃあ行くか。ここを出てからが大変だろうけどな」
「応さ。軍隊がいたら祐太郎に任せるわ」
「俺の屍を越えてゆけ……じゃねぇよ」
「ほらほら、急ぎましょ?」
新山さんが俺たちの漫才にツッコミを入れてくれたので、俺たちは扉の前に並ぶと、三人同時に扉に手を添えた……。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
アメリゴ合衆国・アリゾナ州。
セドナ地区にそびえ立つ、巨大な水晶柱。
エアポート・メサに急遽作られた『ヘキサグラム・メサ研究施設』からも、その荘厳な姿は一瞥することができる。
そのメサ研究施設には、水晶柱から出てきたエルフの少女が軟禁されている。
軟禁というよりも、個室に案内されて監視員が見張っているだけの状況なのだが、現在はかなり衰弱しており、ベッドに横たわった状態で眠りについている。
「日本政府からの返答はまだなのか? あの少女のバイタルは下がる一方なのだよ?」
ヘキサグラム・メサ研究施設所長のトーマス・ヴェスプッチは、少女のバイタルが下がったという報告を受けて、思わず叫びそうになっていた。
「先ほどの連絡では、日本の魔術師は体調不良のため、すぐに派遣することができないとか」
「そんなわけあるかぁ。魔術師の近くには聖女もいるのだろう? それを体調不良だなどど、あの国の政治家はなにを企んでいるんだ?」
「そ、それでですね、別の方からも連絡が入っているのですが」
そう説明しながら、所員が書類を差し出す。
そこには、『ヘキサグラム・ニューヨーク本部』の紋章と代表であるアナスタシア・モーガンのサインも入っていた。
ヘキサグラム統括にして、日本の御神楽から直接、妖魔についての教えを得た女性。
そのサインが入った書類など、誰も疑うことなどない。
「ファーストセクション統括、プロフェッサー・オトハの息子が、現代の魔術師で、まもなくここに来るだと?」
アナスタシアからの連絡は簡単。
日本政府の妨害を切り抜けて、現代の魔術師がエルフを助けに来るので、便宜を図るようにとのことである。
そして、求められるなら、エルフの身柄を『日本ではなく、『彼自身に』委ねても構わない』との一筆も記されている。
「あぁ。これは参った……けど、命には変えられないか。急いで州警察にも連絡を入れろ、乙葉浩介を名乗る日本人を発見したら、丁重にお迎えしろと、ここまで案内しろと」
「はいっ‼︎」
わずか数分の間に、セドナ地区は緊張に包まれることになった。
………
……
…
スッ。
虹色に輝く扉を越えて。
たどり着いた先は、燦々と輝く直射日光の世界。
背後には、巨大な水晶柱、といっても、妖魔特区ほどの大きさはない。
あたりには、さまざまな研究設備が所狭しと並べられ、大勢の研究員らしき人々が作業をしていた。
そう、突然、水晶柱が輝いて、そこから俺たちが出てきたのだから、作業の手は止まるわな。
「自動翻訳……いけるかな? どーもどーも。俺の名前はおとは、日本の魔術師だ。彼は築地祐太郎、彼女は新山小春、俺の友達で仲間だ」
「誰か話のわかる人はいないか? エルフの少女の件でここに来たんだが」
「自動翻訳……できてまふよね?」
あ、新山さんが噛んだ。
慌てて口を押さえているが、研究員たちは呆然とした表情で、俺たちを見ている。
──ガヤガヤガヤガヤ
すると、彼らの後ろに喧騒が広がったと思うと、二人の人物が俺たちに向かって歩いてきた。
「はーい。お久しぶりですね、マスター・浩介。それとお友達も初めまして。魔導セクションのキャサリンです」
「同じくマックスだ。元気そうだな、三人とも」
おおう、機械化兵士のキャサリンとマックスじゃないか。
二人とも元気そうで安心したよ……って、魔導セクション? なにそれ?
「よう、体の調子はどうだ?」
「お陰様で、聖女様に感謝だよ。ようやく、本人にお礼を伝えられるな」
そう告げてから、キャサリンとマックスは新山さんの前に向かうと、その場で跪いた。
「聖女・コハル。我々の命を助けてくれて、感謝します」
「一度は死を覚悟したこの身、再び命を授けてくれたことに感謝します」
突然のことに、新山さんも動揺を隠せないらしい。
両手を前に突き出してブンブンと手を振っている。
「頭を上げてください。私は、人として当然のことをしただけです。
「女神よ……」
「ああ、聖女さま……感謝します」
それだけを告げて、キャサリンとマックスは立ち上がった。
丁度、二人が手配してくれたらしい車が迎えにきたので、俺たちは、この地にあるヘキサグラムの研究施設へと案内してもらうことにした。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
壮大な……というほどでもない、急遽作られたらしい二階建ての研究施設。
州警察に厳重に警備されているその敷地内に案内されると、正面玄関から一人の老人が姿を表した。
そして車から降りる俺たちに向かって近寄ってくると、丁寧に頭を下げた。
「ようこそ、ヘキサグラム・メサ研究施設へ。私がここの責任者のトーマス・ヴェスプッチです。プロフェッサー・オトハにはセクションワンの時代からお世話になっていました」
「乙葉浩介です。こちらは友人の築地祐太郎と新山小春です。早速で申し訳ありませんが、こちらをどうぞ」
親父から預かった手紙。
それをトーマス氏に手渡すと、すぐさま開封して内容を確認し始めた。
「ふむふむ……了解しました。早速ですが、こちらへどうぞ」
そのまま、厳重な警備の中を、俺たちはエルフの少女のいる部屋へと案内された。
………
……
…
私は、生贄だった。
魔人王フォート・ノーマの配下に捕らわれ、異世界へと向かうための転移門を開くために必要な魔力の供給源として、水晶柱に捧げられるはずだった。
そして儀式の日。
私は水晶柱に磔となり、その心臓を生きたまま抉られるところであった。
けれど、突然、水晶柱が輝いたかと思うと、私は見たことのない世界に立っていた。
そこで、私の記憶は一度途絶えた。
次に気がついたのは、豪華なベッドの上。
見たことのない装飾品に包まれた部屋、豪華な調度品。
どこかの貴族の屋敷かしら?
それよりも、私は生け贄にされそうになって、そして知らない土地に立っていたはず。
私の意識が戻ったのを察したのか、屋敷のメイドたちが部屋に入ってくる。
だけど、私の言葉がわからないらしい。
エルヴィンの言葉がわからないのか?
それならばと、大陸のコモン語を使ってみたけど、それでも話の言葉は理解できないらしい。
やがて貴族らしき人がやってきて、食事を勧めてくれるのだけど、私たちは物理的な食事は行わない。
光魔力があれば、もしくは精霊の加護を受けた水があればいい。
そう説明しても、私の言葉は理解されない。
やがて、私がなにも食べられないことを理解したのか、水を持ってきてくれた。
透き通った、綺麗なグラス。
これだけの精度のグラスなど、早々お目にかかれるものではない。
この屋敷の主人は、かなりの権力を持っているらしい。
差し出された水を一口飲んだが、飲めなくはないが光魔力も精霊力も感じられない。
でも、水分だけでも摂取しないと、死んでしまう。
毎日、水だけを摂取していた。
けれど、一向に私の言葉は通じず、この屋敷からも出ることはできない。
身振り手振りから、外には危険なものがいることだけは理解した。
大気からも精霊の力は感じない。
このままでは、私は、もうすぐ死んでしまう……。
………
……
…
──ガチャッ
トーマスさんに案内されて、俺たちはエルフの少女のいる部屋に案内された。
部屋の外には、屈強無比な警備員。
そして、エルフさんの身の回りの世話をしていたらしいメイド。
え? メイド?
思わずトーマスさんにツッコミを入れたくなるが、今はエルフさんの容態を確認してから。
『ピッ……極度の飢餓状態、衰弱状態、魔力欠乏症により、生命の危機です』
「新山さん‼︎」
「了解です……診断、からの、生命力付与っ」
──プシュゥゥゥゥゥ
生命力付与は、新山さんの生命力を対象者に分け与える魔法。
新山さんの失った生命力は、すぐに軽回復薬で補えるので、こういう時の緊急時用の魔法らしい。
『ピッ……飢餓状態の一時的回復、衰弱状態の軽度回復。ただし、魔力欠乏症は変わらず』
うん、まあ、生命の危機についてのアナウンスは消えたから、ヨシ。
「オトヤン、これからどうする?」
「新山さんの生命力付与でも一時凌ぎだよ。意識が戻ったら、話をしてみるさ。その上で、どうするか解決策を考えるしかないよね?」
「そうだよなぁ。それじゃあ、トーマスさん、俺たちにも部屋を貸してくれますか?」
祐太郎が話しかけるけど、トーマスさんは、今の新山さんの魔法を見て呆然としていた。
まあ、なにが起こったのかなんて理解はできないだろうけどさ、少なくとも『ヘキサグラム』では聖女認定されている新山さんが何かをしたっていうのは理解したらしい。
「は、はいっ、すぐに三部屋、ご用意します。この部屋の向かいと左右でよろしいですね、では、今すぐ取り掛かりたまえ‼︎」
トーマスさんの号令で、メイドたちが行動を開始。
このあたりの統率力の高さは見事だよなぁ。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




