第百十八話・泡沫無限は語るに落ちる(大掃除は突然に?)
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札幌市・妖魔特区。
未だ、妖魔特区を覆う対物理障壁は破壊不可能であり、この区画の入り口となっているのは、大通り十三丁目ゲートと呼ばれている正門のみ。
そこから中に入ると、対妖魔結界によって守られている大通り十二丁目、十一丁目の『大通りセーフティ』がある。
ここには特戦自衛隊の詰所や、内閣府国家公安委員会『第六課』の事務所、そして報道用の中継センターなどが作られている。
セーフティ区画に出入りできるのは、特戦自衛隊員及び関係者、第六課退魔官、報道許可を得た報道関係者及び国から許可を得たものたち。
そして、現代の魔術師率いる『魔術研究部』の部員のみ。
「……俺が死んでいる間に、ここの管理ってしっかりと行われるようになったんだなぁ。以前なら、十三丁目ゲートの出入りのみ監視されていたけど、大通りセーフティは誰が出歩いても自由だったからね」
「転移門が消滅してから、白桃姫さんが忍冬さんと話をつけたそうですよ。その時期あたりから、妖魔特区内で魔族の管理も始まったようです」
「俺と新山さんは定期的に巡回を兼ねて来ていたし、先輩だって内部調査のアルバイトで来たことあるから」
ほほう、それはまた日本も剛気ですな。
妖魔特区を、しっかりと管理する方向に舵取りしたのか、重畳重畳。
それでこそ、魔族と人間の共生だと思うけどね。
因みに、俺の中では人間に害を与えるものは妖魔。
共存を望んでいるものや、危害を与えないものたちは魔族って使い分けるようにした。
俺が使っているからかもしれないけど、うちのメンバーはこれで呼び方を統一し、第六課でも『犯罪を犯した魔族は妖魔』って区別する事にしたらしい。
この辺りの呼び方も法整備して欲しいんだけど、特戦自衛隊は一まとめに妖魔っていうからなぁ。
まあ、古い言い方だし、これで浸透しているからなぁ、仕方ないか。
──キィィィィィン
超高音。
これは何かが飛んでくるって、多分白桃姫だよなぁ。それ以外いないよなぁ。
「乙葉浩介‼︎ 甘露じゃ、甘露をよこすのじゃ‼︎」
「久しぶりだな。俺がいない間は、祐太郎や新山さんからも貰っていたんだろう?」
「新山小春の魔力玉はピリッとする四川中華味じゃ、築地祐太郎のはまったりとバターとクリームの効いたフレンチじゃ。其方のはあっさりしていてしつこくなく、それでいて芳醇‼︎」
何処のグルメ評論家だよ?
そんなに、魔力によって味が違うのか?
「はぁ、それって加護を得ている神々の違いなのかもしれないなぁ。そんなに違うのか?」
「違う、断じて違う‼︎」
「では、私のはどうですか?」
瀬川先輩、初の魔力玉。
ゆっくりと虹色に輝く魔力玉を作り出すと、それを白桃姫に差し出している。
「な、なんじゃこれは?」
「先輩の魔力玉だよ。先輩のは凄いぞ? 貴腐神ムーンライトの加護だ」
──ゴクリ
口から溢れ出している涎を飲み込みつつ、白桃姫が恐る恐る虹色の魔力玉を手に取ると、ゆっくりと口の中に放り込んで。
──ガクッ
膝から崩れて痙攣している。
意識はあるようだが、口からは言葉にならない何かを呟いている。
「なんだなんだ?」
「……イッたか。恐るべしムーンライトの加護、魔族をエクスタシーに叩き込んだとは」
「……ここまでとは思いませんでしたわ。まあ、放置しておいても、白桃姫さんはお強いですから大丈夫ですよね?」
「うわぁ……うわぁ……」
冷静な祐太郎と先輩と違い、新山さんは真っ赤な顔で語彙を失っているようで。
まあ、ムーンライトでこれなら、神威の塊の俺の魔力玉は危険だろうが。
「よし、移動開始‼︎ ニンニキニキニキ〜」
放置しておくのもアレなので、白桃姫は静かな木陰に眠らせておく。
そして10分後、魔法の箒と魔法の絨毯で移動していた俺たちは、無事に何も変化なく結界によって守られているティロ・フィナーレに到着した。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
埃まみれ。
流石、三ヶ月以上放置していると、埃も積もりますなぁ。
「うわぁ、何処から手をつけて良いのやら、さっぱり分からんぞ?」
「最初は換気からです‼︎」
「スリッパは何処ですか?」
うん、そうなるよなぁ。
取り敢えずは、俺が全ての部屋の窓を開いてから。
「風よ、我が呼びかけに答えて、力を示せ……」
──ゴゥゥゥゥゥゥ
風を操る魔法、風装術で室内の埃は全て窓の外へ。
埃の取れた床と壁には生活魔法の清潔化で拭き掃除。
新山さんと先輩は家具を拭き掃除しているし、祐太郎は風呂とトイレの清掃。
うん、かーなーり早い。
「オトヤーン、トイレに妖魔だが、どうする?」
「今度は誰だ、何処のドイツだジャーマンだ?」
また出たな、トイレの妖魔。
しかし、毎回変わらずイケボなのはどうよ?
トイレに向かってハリセンを構えると、流石に何が起こるのか理解したらしいトイレの妖魔が話しかけてきた。
「……ジェノサイド、ブゥルゥェェェェフベシッ‼︎」
──スパァァァァァン。
何だ、この若本ボイスは。
前にもいなかったか? いやもう、しょっちゅう来るから忘れたわ。
「いつものトイレの妖魔かよ。ほら、女子もいるからやばいだろ、とっとと出て行ってくれないか?」
「ほ〜う。この俺様に出ていけと言うのかぁ。天井大君である、このわたぁしぃにぃぃぃ」
「うむ。流石に女子も使うトイレに憑依されておるとまずい。それぐらいはわかるだろう?」
「知らぬ‼︎ 我は己に問う 汝は何ぞや!!」
あ、イラッときた。
「人間だよ、に、ん、げ、ん。ここはお前たち魔族の世界じゃない、俺たち人間の世界なんだ、共存するなら、人間世界の倫理を学べよ」
「悲しいなぁ。ああ、人間は、我々魔族の世界のルールを知らないのか。鏡刻界を覚えているものは幸せである。人間は、その記憶を記されて、この地上に生まれてきたにも関わらず、 思い出すことのできなフベシッ‼︎」
──スパァァァァァン。
ああ、真面目に相手すると不味い妖魔だ。
ということで、いつものように適当にあしらってから、ハリセンで叩き出す。
そして封印術式を唱え始めたら、一目散に霧散化して逃げていった。
「全く。ここにも対妖魔結界装置を配置しておくか……って待て待て、このマンション、外部から妖魔が入り込むことができない筈だぞ。あの妖魔は結界中和能力者かよ」
しまった、鑑定すれば良かった。
いつものトイレの妖魔だと思って油断したわ。
まあ、結果オーライで良しとしておこう。
………
……
…
夕方までには、片付け大掃除は完了。
ふと気がつくと、うちのマンションの他の部屋でも、掃除をしている音が聞こえてきた。
「転移門が消滅してからは、少しずつ人が戻ってきているみたいだぞ?」
「え? ユータロ、それほんと?」
「ああ。オトヤンが死んでいた間にな、ジャングルを一部伐採して道も作っていたからなぁ。ライフラインの回復はまだだけど、ほら、ここのマンションと道庁、市庁舎は結界に守られていたから」
「ほんの数ヶ月、人がいなかっただけでしたから。それに、市庁舎には、妖魔特区内で逃げられなかった人も逃げ延びていたのですよ」
なんてこったぁ。
まあ、今日の掃除でも、拭き掃除の水は俺が魔法で作り出したものだし。
まてよ、それなら、水を生み出す魔導具を作れば良いんじゃね?
ついでにトイレも魔導化するか。
水洗だけど、トイレから流れていったら、何もかも浄化するように。
地球に優しいトイレを作ろう。
「それじゃあ、俺はちょいと魔導具作るから」
「私たちはお昼の準備をしますね。といっても、あらかじめ作ってきていますから、収納バッグから取り出して……あら?」
「先輩もですか? 私のも冷めているんですよ」
テーブルの上に、あらかじめ用意してきてくれたらしいおかずが大量に並ぶ。
並ぶんだけどさ、冷めているんだよ。
「乙葉くん、収納バッグって、中に収めたものや時間は止まるのですよね?」
あ〜、俺のやつ以外は市販品だからなぁ。
それじゃあ、電子レンジでチンして……って、電気、普通に来ているのか?
「あ、あれ? 掃除機って使えているよね? 電気は来ているのか……なんで?」
「非常用電源でも、あるんじゃないのか?」
いや、祐太郎の言うことが正しいとしてもさ、三ヶ月以上も持続する非常用電源設備ってなにもの?
「ハンディ掃除機を持ってきたのですよ。バッテリー式ですから、乙葉君の家の電気は使っていませんよ?」
「コンセントは確認したのですけど、通電してませんでした」
「あ、そうだよね.と言うことはだ、お昼を温める魔導具を作る必要があるんだよなぁ」
そりゃあ、作るさ。
速攻で魔導書を開くと、新しく追加されたページがあるのだよ。
今までに覚えた錬金術の術式、巫術の術式などが、項目別に記されているんだよ。
以前なら、頭の中に入っていたんだけどさ、魔導書を開いて術式を唱えると消費魔力が十分の一に軽減されるんだ。
緊急時に、魔力が足りないことで失敗しないように、普段から魔導書を開くように心がけるようにしたのさ。
「術式ナンバー、錬金術の二十五、熱変換の八。付与対象は『ランチョンマット』、それいけ、レッツゴー‼︎」
錬金術なので、詠唱はない。
ランチョンマットに術式を魔力で刻印して、あとは魔法陣を起動させる。
──ブゥン
すると、魔法陣が輝き、ランチョンマットの刻印が定着し始める。
ものの五分もすれば、加熱処理効果を付与したランチョンマットの出来上がり。
「ほほう、前よりも術式が綺麗になったんじゃね?」
「そうでしょうそうでしょう。無駄を省き、美しさを追求した刻印。さあ、新山さんと瀬川先輩、ここに持ってきたおかずを置いて、魔力を注げば温められますよ」
「へぇ。これがそうなの?」
「魔導電子レンジ? いや、魔導だから魔導レンジ?」
「さぁ? どちらでもオッケー。それじゃあ、もう一つ作るから、先にそれ使っていて」
俺はリビングで、魔導式ランチョンマットを追加製作。そして三十分後には、温め終わった美味しいランチにありつけましたよ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
──コンコン
インターホンの電源もアウトでしたか。
夕方、室内には俺の光球がいくつも浮かんでいる。
お陰で室内は、昼間のように明るいのだが、こんな時間にお客とは、どちらさんでしょうかねぇ。
「あー、ここのエレベーターって、いつ稼働できるようになるのかしら?」
はい、玄関開けたら、汗だくになっている要先生でした。
「あれ? 今日は何かありましたか?」
「いいえ、貴方たちがマンションの掃除をするって聞いたので、様子を見にきただけよ。どう? 電気が通ってないから大変でしょう?」
そんなとを話しているので、とりあえずリビングまでご案内。掃除はとっくに終わって、今は祐太郎や新山さんが、うちの蛇口を交換しているところです。
「あ、要先生、こんばんは」
「お客さんって、要先生かよ。ばんわ‼︎」
「あのね、私はもう教師じゃないのよ? 先生ってつけなくて構わないのよ?」
「いゃあ、それこそ、今更なんだよなぁ、要先生は、そのままでいいんじゃないか?」
その通り。
なんだかね、先生つけた方が呼びやすくていいんだよ。
ちなみに、祐太郎たちが交換していた蛇口は、俺が錬金術で作った『水生成』『温度変化』の二つの術式を組み込んだ魔晶石が内蔵しているのよ。
蛇口を握って魔力を注げば、誰でも簡単に水とお湯が出ます。
──ジャ〜
「ふぅん。これって便利よね。乙葉君、これはいくらで販売するのかしら?」
キッチンでは、瀬川先輩が洗い物タイム。
朝は拭き掃除のために、俺がバケツに水を作っていたんだけどさ、今はこの通り。
「魔晶石の代金と、あとは蛇口の金額で……一万円ぐらいかな? 予備に多めに作ってありますから、今日のお礼も兼ねて二つずつぐらい持って帰っていいですよ」
「お、いいのかオトヤン」
「ありがとう。これ、お風呂場につけてみるね」
いいってことよ。
部屋の掃除をしてくれたんだからさ。
だから、要先生も興味津々に蛇口を回さないように。精霊使いになって魔力コントロールができるようになったのが、うれしそうですね。
「こ、これは便利よね。市販しないの?」
「水道局を、敵に回していいの?」
「これって、上水道だけでしょ? 下水道までは流石に……」
──ニヤニヤニヤニヤ
俺たち四人の笑顔。
そうだよ、うちのトイレは『浄化術式』を組み込んだので、汚物は全て消毒か〜ら〜の消滅。
流れていくのは水のみ。
シンクの排水溝にも組み込んだので、我が家からは汚水は流れていかない。
「まさかでしょう?」
「その、まさかですわ。乙葉君が上下水道のどちらも、錬金術で改造しましたわ」
「流石に水は流れていくけどさ、水だけなんですよ」
それでもさ、下水道料金だけなんだよ、安いんだよ。
シンクのやつは、排水溝に設置するネット部分を錬金術で作り直して、『魔力吸収装置』を組み込んであるので、どこの家庭にでもはめるだけで自動的に発動する。
これも量産して、みんなには一つずつ渡してあるんだよ?
「はぁ。この現代世界では、乙葉君の錬金術って本当にチートスキルなのね。どこの国でも、喉から手が出るほど欲しい人材なのは理解できたわ」
「また、そんなこと話している国があるんですか?」
「ええ。外務省が、それを抑えるのに必死なのよ。一度でいいから、我が国に来て欲しい。我が国で、魔法の講習を行って欲しいってね」
うわぁ、面倒くせえ。
しかも、俺だけ指定かよ。
「まあ、現代の魔術師はオトヤンだけだからな、ガンガレ」
「ユータロはアトランジャー派じゃなかったか?」
「どっちかというと、タマゴッチだけどな」
「タマゴッチでも、カール・ゴッチでもいいわ」
そんないつもの漫才に、新山さんたちもクスクスと笑っている。
「まあ、今のところは、諸外国で来て欲しいって声が多いのは、乙葉君と新山さんの二人だけね。瀬川さんはペンタゴンからのご指名がきていたわ」
「要先生、俺は? 築地祐太郎指名は無いのですか?」
祐太郎の自己アピール。
まあ、来ていたら来ていたで、面倒くさいくせに。
「中国、台湾、韓国の武術連からのご指名はあったわよ?」
「そっちかぁ。まあ、魔闘家の立場って、そういうものだよなぁ」
ポリポリと頭を掻いている祐太郎。
嬉しいくせに。
「あ、あの、要先生、私を指名しているのは、どちらの国ですか?」
「バチカン市国ね。あなたの持つ、癒しの力。聖人認定レベルだそうよ?」
「そ、それは……」
まあ、驚くよね。
「でもね、貴女を聖人認定するには、新山さんがキリスト教に改宗しないとならないのよ」
「あ、無理です。私の癒しの力のみなもとは、キリストではありませんから」
キッパリと言い切る新山さん。
そこは、譲っちゃダメだよね。
「そこまでハッキリと言えるなら大丈夫ね。まあ、もしもあなたたちが不当にスカウトされたら、いつでも連絡を頂戴ね」
そう言葉を締めくくって、要先生は帰る支度を始める。
「さて、そんじゃ、俺たちも帰りますか」
「そうですわね。また、ここに集まって色々とできるようになりましたから」
「それでは要先生、お疲れ様でした」
玄関まで見送る俺たちだけど、要先生はキョトンとしている。
「そうよね。若いから、階段を四十階分ぐらい降りても大丈夫よね」
「いえ、ベランダから空飛んで帰りますけど」
「来る時も、空飛んで来ましたから」
「要先生、若いですね、それじゃあ、お疲れ様でした」
あ、要先生が呆然としている。
「先生も、私たちと一緒に空飛んで帰りますか? 確か、魔法の箒はお持ちですよね?」
「そ、その手がありましたかぁ〜」
あ、膝から崩れた。
それから十分後、俺たちは全員、ベランダから空を飛んで帰宅することにした。
まあ、大通り十三丁目から外に出ないとならないんだけどね。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
・今回のわかりづらいネタ
アトランジャー
ガンガル
ロボダッチ
 





