第百十六話・飲水思源、和を以て貴しとなす(第一部、完‼︎)
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三月上旬。
乙葉浩介、未だ意識が戻らず。
自宅療養という事で学校は休校し、今は治療に専念という事になっている。
「本当に、いつ起きるのやら。いくら反魂香を使って彼女を蘇生しても、この子の器なら一度ぐらいは魂の崩壊を免れることができる筈なのですけど」
私がお腹を痛めて産んだ子、浩介。
お父さんは普通の……少しだけ感覚がずれている人間ですけれど、私は魔族。
階位は公爵級妖狐、領民からは玉藻と呼ばれていました。
もう少し古い時代には初代魔人王が八卦衆、幻惑の妖狐の名で呼ばれていたこともありますが、現在の人としての姿の時の名前は陽子と呼んで頂けると幸いですね。
それにしても、いつのまにかうちの息子が、あの面倒くさい破壊神の残滓に狙われ、命が奪われていたとは予想外でした。
しかも統合管理神によって蘇生された挙句、あのババァ創造神の加護まで『無理矢理植え付け』られ、私の加護を一時的に封印したことは、絶対に忘れませんわよ。
「それで陽子、浩介はいつ目が覚めるんだ?」
「分からないわ。今の浩介の体は、小春ちゃんが定期的に活性化してくれているから持ち堪えているようなものなのよ」
ええ、うちのバカ息子には勿体無いぐらい献身的な子ですから。
三日に一度、ベッドで眠ったままの浩介をお見舞いに来てくれるたびに、身体活性化の術式を唱えてくれるなんて、いつでもうちにお嫁に来てくれて良いのよ。
「成る程なぁ。それで、浩介の魂は、まだ修行中なのか?」
「そのようね。まさか、うちの子が神化の儀式を受けているとは思わなかったわ。あれって、人と魔の融合体が、複数存在する自我に押し潰されて人格破綻する前に、二つの魂を一つに融合する儀式のはずなのに」
浩介には、二つの魂があった。
一つは人間・乙葉浩介としての魂。
そしてもう一つは、魔族・妖狐・乙葉としての魂。
私たちは、浩介に対して精一杯の愛情を注いで育てて来ました。
もしも魔族の魂が覚醒したら、乙葉の血は人を餌として求めてしまうから。そんなことのないようにと、人として大切な事を学ばせて来ました。
けれど、浩介が小学生の時。
幼馴染の祐太郎くんが魔族に攫われた時。
浩介は偶然、攫われた祐太郎くんを発見し、攫った魔族を『分解』したのです。
その時の浩介は、間違いなく魔族の魂に支配されていました。
ですが、すぐに魔族の魂は人間の魂の中に閉じこもり、普通の人としての生活に戻っていったのです。
あとにも先にも、その時の浩介の破壊衝動は紛れもなく『破壊神の残滓』の影響を受けているのが理解できたのです。
その日から、私と夫は陰陽府で浩介の『魔族の魂』の封印方法を探しました。
あれは、いつか必ず災いになる。
その恐怖から、私たちは必死に古い文献や口伝を頼りに、『魂魄分割術式』を探したのです。
そして浩介が中学生の時、長年の研究成果として術式を発見し、浩介の魂を『人の魂』と『魔族の魂』に分割することができたのです。
ですが、その術式の発動により、私は魔族としての力をほとんど失ったばかりか、浩介の『人の魂』の中に少しだけ『魔族の魂の欠片』を残してしまったのです。
ですが、それも杞憂に終わり、浩介は真っ直ぐに成長してくれました。
そして、高校生になって、皆さんと出会って、現在に至るのです。
………
……
…
いつものように乙葉君のお見舞いに行った私たちは、乙葉君のお母さんから話を聞きました。
普通では死んでいるはずの乙葉君が、いまも元気でいられる理由。
「これは仮定なのですが、乙葉君が反魂香を使った時、普通なら一つ分の魂全てが消滅しているところ、その魔族の魂の欠片分だけ、魂の容量が多かったのではないですか?」
「先輩の話だと、オトヤンの魂の総量は1じゃなく1.1とかで、反魂香の代償に必要な1を持っていかれたけど、まだ0.1とか残っていたから、生きているっていうことか」
「それで、今は魂の『再生』っていうことですね?」
乙葉君の家のリビングで、私たちはお母様にそう尋ねました。
すると、お母様はニッコリと笑っています。
「おそらくは、瀬川さんたちの仰る通りですね。私には人の魂の形を見ることはできないので、どれぐらい再生したのかなんて分かりません。けど、日に日に浩介は元気になっているような気がします」
「はい。私もそう思います」
「先輩、新山さんの『お母様』っていう呼び方、もうあれじゃないですか?」
「はぁ。恋人宣言の前に良妻宣言とは」
「な、な、な、な、なんですか、先輩も築地くんも、私たちは、そんな関係じゃなくてですね」
私は、きっと真っ赤な顔になっている。
まだ、乙葉君からの告白も聞いてないし、私も返事なんてしていない。
けど、多分だけど、乙葉君が目を覚ましたら、私は最初は『おはよう』って言ってあげる。
「はいはい。お互いに命をかけた間柄なんですからね。新山さんの彼氏になるためのハードルが、また上がったようですわね」
「先輩‼︎」
そんな私たちのやりとりを、乙葉君のお母様はくすくすと笑って見ている。
早く、この中に乙葉君も混ざってくれたら良いのに。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
話によると、乙葉浩介が死にかかってから、もうひと月になるのか。
体は朽ちていないらしいから、恐らくは『時間凍結術式』によって魂と肉体をリンクしたまま不活性化しているんだろうなぁ。
あいつが転移門を封印してくれたおかげで、俺の商売も少しだけ変化したし。
今は殆ど存在していない魔術師相手の商売じゃなく、一般の民間人相手に妖魔から身を守る護符や、下級妖魔の嫌いな匂いを放つ『忌避香』を販売したり。
たまに第六課からの依頼で、妖魔特区内部の調査にも駆り出されちまったけど、乙葉浩介の匂いは全くない。
何処かで治療しているのか、はたまた転移門と共に封印されちまったのか。
「ちっ……折角、彼奴に高額で売りつけようと思ったんだがなぁ」
大雪山系にある金庫番の元から入手した退魔法具、俺自身にはあまり意味がないんだが、奴になら使いこなせるような気がするから。
まあ良いか、そのうちひょっこりと戻ってきて、俺の前にも姿を表すだろうからなぁ。
……
…
真っ白な世界。
うん、俺はここを知っている。
以前にも来たことのある、神界だよね?
身体を起こしてまわりを見渡すと、真っ白な空間が果てしなく広がっている。
『ん? 乙葉浩介、ようやく修復が終わりましたか』
この脳裏に響く声は、魔導神アーカムですか。
俺は死んで、ここで転生待ちですか?
『まっさかぁぁ。貴方の魂がかなり抉られましてね、それを修復するためにこの場に留まってもらっただけですから』
ほうほう、なるほど。
やっぱり反魂香で、俺は死んだのですよね?
『死んだね。それはもう、見事に。でも運が良かったんですよ? 消滅するはずの魂の欠片が残っていたので、特例措置で魂の再生を始める許可が出たのですからね』
特例措置?
それって何やら。
『これからいう事をよく聞くんだよ。乙葉浩介君、君の魂は一段階の神化を完了しました』
進化ねぇ。
人を超えて獣を超えたのか?
『そういう事。なので、君の現在の種族は亜神。まあ、種族名に神がついているけどね、人間とは全く変わらないから』
へぇ。
俺って神様なのか。
「って、ちょっと待ったぁぁぁぁぁ、ネルトンばりに突っ込ませてもらうぞ、なんだよ亜神って」
『だから神様候補なんだけど、君は残念ながら神にはなれないから亜神のままで余生を過ごしてザッツオーライ?』
「軽くいうのやめてください。その亜神って、特殊な存在だよね?」
『いや、それほど特殊でもないんだけどね。乙葉君の世界ってさ、結構な数の亜神が存在するのですよ』
そこから細かい話を聞くと、歴史的英雄と呼ばれている人々の中にも、そこそこに亜神は存在していたらしい。
彼らは常人を超えた体力だったり知識だったり、はたまた人外と見える能力を持っていたりするそうで。
そんな人たちは一律に『亜神』に昇格するそうで。
でも、何か変化があるかと言うと、実はそれほどないらしい。
「あの〜、俺の知っている限りでは、亜神って誰がそうなの?」
『軍神だったり英雄だったり、神話の世界の住人で神じゃない人たちですね。あ、ネットで見る神絵師とかにもいますよ? あとは、ベレー帽を被った漫画家の「ストォォォォップ」あ、そうなの?』
あっぶねぇ。
そうかそうか、さらに細かく話を聞いていたら、その道を極めたものが、知らず知らずのうちに亜神化していることもあるらしい。
「成る程納得ですけど、なんで俺?」
『まあ、加護を得ているっていう理由もあるけど、君の行った行為は英雄的行動として認可されたんですよ。大切な人を救うために、まさに命を賭けて。さらに世界の危機を未然に防いだことも評価対象ですね』
あっそ〜ですか。
それで、なんで俺はここにいるの?
『さっきも説明しましたけど、魂の欠損部分の再生処置ですね。それも終わりましたので、とっとと帰ってください』
緊張感ないわぁ。
帰れってどうやって?
いきなり俺の目の前に、空から光るエスカレーターでもやってくるの?
俺、猫担当? ネズミさんに見送られるの?
『あはは、それも懐かしいですねぇ。貴方が帰りたいと思えば、もう帰れるはずですよ?』
マジか。
それじゃあそろそろお暇しますか。
『そうした方が宜しいかと。あ、あのですね、できればあと二分ほどお待ちくださいね。その方が、貴方にとっては幸せですから』
ん? 何その歯に物が挟まったような言い方は。
俺の本体に何かあったの?
それなら、すぐに俺は帰るぞ。
『そうですか。では、乙葉浩介の帰還を認証しますね。あと、もうここには来れないので、次に来る時はマジ死にしていると思ってください』
物騒すぎるわ。
そう叫んでいると、俺の体も意識もス〜ッと消えていった。
………
……
…
ん。
体が重い。
と言うことは、俺は戻って来たのか。
ゆっくりと目を開けると、目の前に新山さんの顔。
──パチクリ
はい、目が合いました。
「あ……乙葉君?」
「俺ちゃんだよ〜」
──ガバッ
そのまま力一杯抱きしめられたので、俺もそっと抱きしめるよ。
「……おはよう……」
「ああ、おはよう……ただいま……」
これ以上の言葉は必要ないよね。
涙を浮かべている新山さんの頬をそっと拭ってると、ゆっくりと彼女は瞳を閉じた。
わかっているよ。
俺も瞳を閉じて、そっと唇を近づけて……。
──ギイィッ‼︎
「オトヤン無事か、先輩からバイタリティが戻ったって聞いたからすまん俺が悪かった、一度出るから続きをどうぞ‼︎」
「できるかぁ‼︎」
「つ、築地くん、私は大丈夫ですよ、はい、乙葉君が元気になったので驚いていてね、それでね」
真っ赤な顔で必死に否定している新山さん。
さらに親父とお袋も駆けつけて来て、阿鼻叫喚の世界が広がったけれどね。
「ユータロ、俺が死んでからどうなった?」
「あ〜、それを説明するのは瀬川先輩が来るまで待った方がいいだろうさ、深淵の書庫で一発説明だ」
「それもそうか。そんじゃあ風呂でも入ってくるわ……因みに、俺、どれだけ死んでいた?」
「今日は3月5日だ。ほぼ一ヶ月だが」
「え? 俺の出席日数足りている?」
「そこかよ‼︎」
力一杯の突っ込みののち、俺は一旦、風呂入って着替える。
新山さんたちはリビングで待機し、関係者各位に俺の意識が戻った事を伝えてくれた。
結果として、今日の夜は関係者が集まって、祐太郎の家でパーティになった。
その場で瀬川先輩から深淵の書庫を通じての結末も教えてもらったし、俺は意識不明ということで公表されていたのを初めて知った。
第六課の忍冬師範をはじめとした人たちも心配そうにやって来てくれたので、しっかりと頭を下げたよ。
井川巡査部長が気を利かせてさ、マスター羅睺やチャンドラ師範、計都姫の御三家も連れて来てくれたのでまた一悶着起きそうになるかと思ったけど、そこは流石の上級魔族、しっかりとカモフラージュかけて人間として遊びに来てくれたよ。
「それで、俺、補習受けたら進級できるの?」
「欠席日数については問題ないそうですわ。けれど、遅れていた授業分は取り戻すようにとの事です」
先輩、大切な情報あざっす。
これで、堂々と魔法使いを続けられる。
ってちょい待ち、自分を鑑定するの忘れていたわ。
「ちょいと失礼……鑑定っ」
…
……
………
◾️乙葉浩介
名前:乙葉浩介
年齢:16歳
性別:男性
種族:亜神?(神化処理済み)
職業:高校生/賢者
レベル:1
体力 :201
知力 :202
魔力 :0(亜神化により、神威値と同)
闘気 :0(同上)
神威 :12500
HP :1000
MP :32500
・スペシャルアビリティ
カモフラージュ(種族及び全てのステータス)
破壊神の神威++
ネットショップ・カナン魔導商会+++
空間収納++
自動翻訳 (初期セット)
鑑定眼+++(初期セット)
・固有スキル
一般生活全般 レベル16
神威制御 レベル5
魔導体術 レベル8
魔力循環 レベル15
魔力解放 レベル15
魔力操作 レベル15
魔力変異 レベル17(レベルMAX)
錬金術 レベル17(レベルMAX)
属性融合術 レベル6
第一聖典 レベル10
第二聖典 レベル8
第三聖典 レベル5
第四聖典 レベル7
第五聖典 レベル0
………
……
…
「はぁ?」
待て待て、どこに消えた俺の魔力。
慌てて体内の魔力回路を確認したら、あったわ。
右手を前に出して魔力玉を念じると、いつも通りに綺麗な魔力玉が浮かび上がった。
「あ、問題なかったわ、普通に魔法も使えたわ」
「びっくりさせるなよ、何かあったかと思ったわ」
「そ、そうですよ、もう驚かさないでください。そうですよね、先輩」
新山さんがそう話しかけているけど、先輩の頬が引き攣っている。
これはあれか?
貴腐神ムーンライトの加護がある先輩には、俺のステータスがまともに見えているのか?
「そ、そうですわね。まあ、乙葉君も今日ようやく意識が戻ったようですから、あまり無理をしない方が良いですわね」
「そ、そうっすね。もう少ししたら寝ますのでご安心を……」
ああ、久しぶりに笑えたなぁ。
楽しい時間が戻って来たよ、これで転移門の問題も終わったし、ようやくのんびりとした学生生活に戻ることができるよ。
花の高校生生活万歳だぁぁぁぁ‼︎
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。