第百十二話・堅忍果決は釜を抜かれたぁ(ヤバい、状況が動いた)
五月に、書籍化が決定しました。
『ネット通販で始める、現代の魔術師』の更新は、毎週日曜日と火曜日、金曜日を目安に頑張っています。
はい、前回の問題の答えはひ、み、つ。
石投げないで下さーい。
だってさ、まだ解析が終わっていないんだよ?
忍冬師範もギブアップして井川巡査部長にも手伝ってもらったらしく、今では第六課の精鋭たちが石板の解析に全力になっているらしいからね。
俺と祐太郎、瀬川先輩は相変わらず頭を捻る毎日、特に、最初の部分が何が何やらさっぱりですなぁ。
……………
●その一
長くたなびく明けの明星、魔力溢れて辰星は歳星と交わる
●その二
右の腕に魔術、左の腕に闘気を合わせるべし
●その三
全ての丘を合わせ、辰星に向かいで広げよ。
さすれば望むものが与えられん
……………
「まず、その二については無理だが? 俺は魔力回路に特化しているために闘気は練り上げることはできない。祐太郎は俺の逆で、闘気回路だから魔力は無理だよな?」
「ああ。これってつまり、一人で魔力と闘気をコントロールしろって言うことなんだよな?」
はい、この時点でお手上げ。
人間の体では、魔力も闘気持っていう器用なことはできませんぜ。
「辰星は水星を表し、歳星は木星を表します。そして、中国の伝承では、歳星は太歳星君を表す……」
「辰星は?」
「五星の一つではありますが、特に変わった伝承などはありませんね。と言うことは、これは素直に木星と水星を表しているのではないでしょうか?」
うむ、頭脳労働は苦手である。
このあたりは、さっきから祐太郎と瀬川先輩が様々な意見を出し合っているので、それをじっと聞いてあることにした。
「明けの明星は金星か。長くたなびくっていうのは、どう言う意味なんだろう? 金星が流れる?」
「素直に解析したら、金星が流れて魔力を注ぎ、木星と水星が混ざり合う?」
「右腕に魔力、左腕に闘気を集めなさい。か」
「全ての丘ってなんだろうなぁ……オトヤン、丘に何か聞いたことがあるようなものはないか?」
丘……岡じゃなく丘。
北海道なら羊ヶ丘も丘だよなぁ。
全ての丘って、そんなに丘がある場所が存在するのか? しかも全て合わせるのか。
「わ、分からんわ。辰星に向かっては、水星に向かって……だよな。冬の水星の位置ってどっちだ?」
「日の出前なら東、日没後なら西だ。地球よりも公転軌道が内側だからな」
「ふむふむ。日が沈んでから日が登る前に……か」
「いえ、日が沈んだあとの30分、日が登る前の30分ぐらいですわね。そのあとは水平線から下になりますから」
え?
なにその面倒臭い星は。
全ての丘を合わせてから、水星に向かって広げる?
丘って合わさったり広がるものなのか?
ますますもって分からん。
「……あら?」
「先輩、どうしましたか?」
「いえ、これは偶然なのでしょうけれど、わかったかも知れませんわ」
「「 な、なんだって? 」」
はいお約束。
そして瀬川先輩から聞いたヒントを元に、一か八か試してみることにしたんだけど、これで成功したら凄いわ。
………
……
…
そして日没後。
星空の広がる場所を使うために、俺たちは学校のグランドの真ん中に立っていた。
水星の位置は先輩が深淵の書庫で確認済みなので、俺と祐太郎はその方向に向かって正面を向く。
──バババッ‼︎
先輩に指摘された所作を行い、俺は魔力を、祐太郎は闘気を練り上げる。
そして所作の三番を行い、俺たちは両手を広げたとき。
──ゴゥゥゥゥゥゥ
俺と祐太郎の間には、虹色の石板が浮かび上がった。
そこに記されている術式は、『二つの属性を一つに組み替える』ことで、新たな属性を生み出すことのできる禁呪術式。
名前は、属性融合術
これはまた、とんでもなくマイナーであり、それでいて一人では到底制御することのできない術式ですなぁ。
──シュゥゥゥゥ
やがて石板は音もなく消滅する。
宿題の記されていた石版もまた、静かに霧のように消滅した。
「こ、これは難しいわ。タイミングも合わせないとならないし、何よりも一発勝負。おまけにこんな恥ずかしいことやらされるとは、思ってもいなかったぞ」
「オトヤンに同意だが、先輩、なぜに鼻血を?」
「い、いえ、続刊が捗りますわね」
「「 捗らせないでください‼︎ 」」
そんなことを呟きつつ、寒いから一旦は解散となり、後日、土曜日にでも転移術式を使ってみることになった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
一方、大雪山系・金庫岩内部では。
「……まさか、一番早く石版の解析を終わらせるとはな。人間も大したものだよ」
金庫の番人である上級妖魔・蛙老君は、目の前で石板を掲げているジェラール・浪川を見て頷いている。
「一番難しかったのは、文字の解読だけだ。あとの高難度飛翔術式なんて、俺がガキの時には理解していたからな。まあ、俺は魔力が細いので使えなかったが」
「一番難しい石板であったか。まあ良い、お前は石板の試練をクリアした。何を望む?」
そう問われると、ジェラールは腕を組んで考える。
欲しい退魔法具なんざ幾らでもある。
けれど、ここにしか存在しないもので、一つだけって言うのは中々選択の難易度が高い。
「一つ教えてくれ、ここにきた乙葉浩介は、何を欲していた?」
「彼は、本来のこの場所の存在意義を知っていたから、欲するものは一つだけ……五芒星封印宝珠だ」
──ゴクッ
思わず喉が鳴る。
この世界の如何なるものも、たとえそれが神威を伴う神であろうと、五芒星封印宝珠には抗うことができないと伝えられている。
もっとも、その退魔法具を制御する為には、対となる封印杖がなければならないんだが。
どうせ乙葉のことだから、杖の方はとっくに入手しているんだろう。
それなら、俺が奴らより先にこいつを手に入れて仕舞えば、あとはあいつから大金なり高額な退魔法具なりをぶんどることができるんじゃねぇか?
「それじゃあ……」
俺の欲しいものを告げ、それを手に入れたから、俺はもうここには用事はない。
とっとと札幌に戻って、雲隠れするとしますか。
………
……
…
侵食度87%。
ここまで侵食されたなら、あとは扉に組み込むだけで良い。
さて、この娘をどうやって引き摺り出すか。
それに、あの忌々しいガキの邪魔が入らないようにしなくてはならない。
いや、そうだな。
それも陣内に任せるとするか。
『封魔の枷』さえ嵌めて仕舞えば、あの女は無力化するからな。
と言うことだ、陣内、すべては手筈通りに。
あと数日、それで全ては終わり、新しい世界が始まるのだからな。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
場所は変わって、札幌・妖魔特区内。
「ひゅ〜。ここまで植生が鏡刻界と同じになってくると、俺としても体の調子がいいなぁ」
俺、陣内がここにきた理由は一つ。
ちょいと神父の命令で、共同戦線という名目で百道烈士たちに協力を求める為なんだけどさあ。
はあ、正直言って面倒くさいわ。
──テクテクテクテク
へぇ、まだ時期は早いけれど、目の前をスプリンターオニオンが列をなして歩いている。
あっちから来たということは、北大植物園か。
株分けも終わったので、肥沃な土地に引っ越すんだろうなぁ。
「……と言うことなので、すまんが周囲の部下を下げてくれないか? 百道烈士さんよ」
俺の今立っている場所は、テレビ塔正面、巨大転移門前。
ダーク神父の命令で、ここを根城にしている百道烈士と話をつけるためにやってきたんだけどさぁ。
「上級魔族のBJ……ブレインジャッカーか。滅んでいなかったとは驚きだが、お前を喰らうと、あの力が俺のものになるはずだよな?」
「おっと。今日の俺は伝令でしかないぞ。ダーク神父からの勅令だ」
そう説明しつつ、恐る恐る懐から小さな水晶玉を取り出して、百道烈士に放り投げる。
それを受け取り、じっと眺めている百道烈士だけど、何かを見終わった後に高笑いを始めた。
「クックックッ……そうか、楽しい、楽しいぞ、まさに愉悦。貴様は、彼の方から直接命令を受けているのだな?」
「まあ、そんな感じですね。それで、勅令の方はご理解頂けましたか?」
「うむ。星辰が揃う日というと、ちょうどあと数日後ではないか。その日までには、その巫女とやらを連れてくるのだな?」
ゲスいなぁ。
なんでダーク神父は、こんな魔族も計画に組み込んだんだろうなぁ。
「ああ、時間的には間に合うが。それでどうするんだ?」
「決まっているだろうが、俺は暴食だ、駆けつけてくる乙葉浩介の前で、巫女を犯し、嬲り、孕ませてから引き裂いてやるわ。そして穢れた巫女の命を転移門に捧げれば良いのだろう?」
「いや、まあ、そこまでしなくてもいいんですけどねぇ……」
「いいや、やってやるさ。あいつは精神的に脆い、そこを突けば奴も崩れるだろうからなぁ……ああ、今から楽しみだわ……奴の一番大切なものを奪い、目の前で破壊する。ゾクゾクするではないか」
ゾクゾクなんてしないよ、全く。
これだから、大罪の魔族ってのはタチが悪い。
そして、今の俺たちの話を転移門の影で聞いている白桃姫、お前が一番ヤバいんだよ。
はあ、とっとと週末が来ないかなぁ。
早く終わらせちまいたいよ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
本日は土曜日。
午後から金庫番の元に向かい、石板を納めてくる日でございます。
因みに忍冬師範は石板が解析できず、未だ五里霧中状態なので、今回は俺と祐太郎の二人で行ってきますわ。
万が一の時のために、新山さんの近くでは瀬川先輩も待機しているし、どうせ手に入れたらそのまま転移門の封印に向かうから。
「よし、準備オッケー。フライトレコーダーはないから安全運転でいくとしますか」
「そういえば魔法の箒って、墜落するのか?」
「魔力持ちが乗っている時点で飛んでいるしセーフティも働いているから落ちないはずだよ?」
それがカナン魔導商会から購入した魔法の箒の性能で、俺が作る廉価版とは一味も二味も違う。
俺には精々、方向器と風除け結界、衝突防止結界しか組み込めなかったよ。
まあ、箒を掴んでいる限りはロックされて落ちないようにシートベルトならぬフォースベルトは組み込んであるけどね。
「そっかそっか。この前、忍冬師匠が量産して売らないのかって言っていたけど、実際に量産なんてできるのか?」
「その気になればね。まあ、材料だってさ、ぶっちゃけるとその辺のやつでもなんとかできるものだよ、俺の魔力消費量が半端ない上に、おそらく一発で魔力酔い起こすだろうけど」
そんな話をしつつ、一時間の空の旅を堪能して無事に金庫岩まで辿り着く。
あとは前回と同じ手順で内部に入り、カエル侍に習得した属性融合術をもう一度披露した。
「見事なり。まさか人間の身で、それを習得するとは天晴なりや」
バッ、と扇子を広げて高らかに告げるカエル。
それって、失敗することが前提だったのかよ。
「一つ聞いていいか? 宿題の石板ってよ、全て同じなのか?」
「まさか。受け取ったものの資質により変化し、そのものにとって必要なものを習得するための試練のようなものじゃ」
ナイスだ祐太郎、その質問を俺もしたかったんだ。
え? それってさ、属性融合術を俺が必要になるっていうことなのか?
思わず祐太郎を見ると、やれやれと半ば諦め顔。
「では、お主たちの望む退魔法具を授かるとしよう。何が望みだ」
「五芒星封印宝珠を頼む」
「それを求めたのは、君たちで二人目じゃな。まさかこの短時間で、二人も来るとは思わなかったぞ」
「「 え? 」」
ちょいと待て、それってまさか忍冬師範が俺たちよりも先に来たのか?
しかも先に持って帰った?
「マジかぁぁぁぁ」
「ほれ、此れがお前たちの望む『五芒星封印宝珠』だ。受け取れたなら、持って帰るが良い」
そう説明してから、ヒョイと小さな宝珠を俺たちに向かって投げてくる。
それを慌て受け取ろうとするが、宝珠は手に触れた瞬間に俺の手をすり抜けて地面に落ちた。
「あ、あの、受け取れないんだけど?」
「では、其方らはそれを使えないだけじゃなぁ」
ニマニマと笑いながら俺たちを見るカエル侍。
よし、上等だ。
「オトヤン、生命体は通り抜けるパターンか?」
「もしくは魔力を持つもの、だろうなぁ」
──ブゥン
俺の右手に魔力を込めてから、宝珠を拾おうとするが、手が近づいた瞬間に宝珠が熱を帯び始めた。
これはやばいと思って、すぐさま手を戻すけど、魔力じゃないのか。
「魔力じゃダメか」
「それなら闘気か?」
今度は祐太郎が闘気を纏って宝珠を掴もうとする。
だが、手が宝珠に近寄ると、宝珠周囲の気温が一気に低下し、祐太郎の手が凍りつき始める。
「ダメだ、どうすりゃいいんだよ」
「何かヒントがある……オトヤンは熱で、俺が冷気……お、そういう事か」
「ユータロ、何が分かった?」
「属性融合術だ。とは言え、俺とオトヤンの術式を合わせる必要があるのか? 単独で変換させないと不味くないか?」
「おーけーおーけ。俺も思い出したわ、マスター・羅睺との特訓の日々を‼︎」
マスター羅睺は話していたよな。
魔力変異で己の体内の魔力を自在に切り替えることができるのが、俺のマスターした魔導体術だって。
俺はそれを左右の手でしか制御できなかったけど、それぞれの手で『魔力中和術式』と『闘気中和術式』が使えるようになった。
それなら、この属性融合術で、俺の魔導体術は完成するんじゃないのか?
──スーハースーハー
呼吸を整える。
両手を前に差し出し、右手と左手を合わせる。
この時、普通にではなく上下を違い違いに、手の中の『金星帯』を魔力を注ぎつつ、右手の水星丘を左手の木星丘に合わさるように組む。
ここからゆっくりと両手を普通に合わせるように回転させるが、ここで両手の中に魔力溜まりが生み出されるので、右手の魔力と左手の闘気を融合するイメージでゆっくりと回転させる。
──シュゥゥゥゥ
そして、両手の中に流れている二つの力が渦を巻いて混ざり始めると、両手を左右に開く‼︎
──ギィン‼︎
すると、両手の中には魔力と闘気が融合して変異した『妖力』が生み出され、俺の体内を目まぐるしく駆け抜けた。
「見事なり、それぞ属性融合術。さあ、その手で勝利を掴み取るが良いぞ」
俺の手には、闘気と魔力の融合で生まれた妖力が纏わりついている。
そのままソッと宝珠に手を伸ばすと、今度は何も抵抗がなく拾い上げることができた。
「これが、五芒星封印宝珠か」
「左様。先に訪れた男は、これを欲していたが手に取ることはできず、他の禁忌宝具を受け取っていった」
「そうなのか? 忍冬師範やるなぁ」
「忍冬師範? 違うぞ」
「「 え? 」」
それじゃあ、誰が持っていったんだ?
まさか妖魔?
「その禁忌宝具を持っていった男は誰なのですか?」
「あの体から発する未熟な魔力波長から察するに、魔導商人かチベット系秘術師と言ったところかな?」
「「 ジェラールかよ 」」
そう叫んだ瞬間に、俺は膝から崩れ落ちた。
いかん、そもそも魔力が枯渇していたのに、さらにこんな上級術式なんか使った日には、コンディションは最悪だわ。
「オトヤン、このままいくのか?」
「いや、一度体を休めるわ。こんな状態で五芒星封印宝珠なんか起動したら、一発で魔力酔い起こすどころか、起動するかもわからんから」
ということで、俺たちは先に瀬川先輩に連絡した。
今日は体を休めるので、明日の朝イチで妖魔特区に向かうと。
そしてその夜。
新山さんが攫われた。
……
…
「え? 先輩、それってどういう事ですか?」
『落ち着いて乙葉君。私も彼女のお母さんから連絡を貰ったばかりなのよ、いま、私は新山さんの家に向かっているから、乙葉君はいつでも動けるように準備していて』
「わ、分かりました。それで、攫われたって言うことは、攫われた瞬間をお母さんは見ていたのですよね?」
『話では、こう、目の前でスッと消えたって言っていたわ。恐らくは妖魔の手口だと思うから』
早すぎる、なんでこのタイミングで仕掛けてくるんだ?
新山さんが巫女として選ばれ、贄となるタイミングが今なのか?
冗談じゃない、それなら攫われた新山さんがどこに向かったかなんて一箇所しか無いじゃないか?
「先輩、俺、転移門に向かいます‼︎」
『待って乙葉君……まだ』
──プツッ
急がないと、新山さんに何かあったら……。
速攻で窓を開くと、俺は魔法の箒で空高く舞い上がった。
目指す場所は、妖魔特区・転移門。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
・今回のわかりづらいネタ
ネタ振る余裕もない……orz