閑話・ある企業の物語
『ネット通販で始める、現代の魔術師』の更新は、毎週日曜日と火曜日、金曜日を目安に頑張っています。
朝。
いつも同じ時間に起き、食事を取って身支度を整えて、今も同じ時間に家を出る。
通勤客でごった返している満員電車に揺られ、いつも同じ時間に会社に到着する。
部署に向かう途中で自販機で缶コーヒーを買い、そして机に向かって一息入れる。
いつもと同じデスクワーク、経理の仕事を一年も続けると、作業全てがルーチンワークのようになり、極めて効率よく、かつ、心穏やかに作業が進んでいく。
昼。
社食で日替わりセットを購入、今日のルーチンはC定食。
食堂のテレビでは、連日、現代の魔法使いについての特集が報道されている。
野党は、彼の存在自体が危険である、魔法は法律によって取り締まり、国家で管理するものであるという意見を、声高らかに叫んでいる。
国会でも、中継のある日は、まるでマスコミを通じてアピールするかのように、与党をヒステリー気味に叩きまくる。
全く、そんなことをしていてなんになるというのかさっぱりわからん。
個人のスキルを国会が管理する?
アホか?
おまえたちは、自分たちに取って都合の良い手駒が欲しいだけじゃないのか?
マスコミもそうだ。
与党を叩く報道さえしていれば、興味を持って人が見ると思っていやがる。
日本国内、民放や公共放送を含めて、まともな神経をしている奴はほんのごく少数じゃないか。
いや、それよりも、今の社会にまともな考えを持っている奴がいるのか?
頭をよぎるのは、そんなことばかり。
午後の仕事。
いつものルーチンワーク。
自分の作業内容は全て理解している。
特に問題もなく、あと30分で定時。
「向田くん、すまないが、この書類を今日中に頼めるか?」
「無理です」
「……急ぎなんだが?」
「だから、無理です。この内容ですと、作業時間的に三時間は必要ですよね? 無理ですね」
「君、仕事なのだよ?」
「だったら、貴方がやればよろしいのでは? 私は、私がやるべき作業を、全て効率よく終わらせています。それは、仕事が定時で終われるようにですが」
ほら。
また係長の無理難題が始まった。
そもそもだよ、俺に仕事を押し付けるのなら、一日の半分をタバコを吸ってコーヒー飲んで、のんびりと椅子に座っているあんたがやれば良いんじゃないのか?
監督業務が仕事だとかいうけどさ、あんた、何もしていないじゃないか。
喫煙室に半日ぐらいいるあんたの、どこに監督している態度があるのか教えてくれよ。
「向田くん、そんな態度だとね、査定に響くよ?」
「質問ですが、与えられた仕事を全て定時にこなし、かつ、余計な残業を増やし会社に対しての損失を与えたこともない私の、どこに査定が下げられるいわれがあるのか、教えて欲しいのですが?」
「簡単だよ。君は、社内の『和』を乱しているんだよ? 他の社員たちは残業してまで仕事をしているのにもかかわらず、君だけは毎日、定時で帰っているじゃないか?」
はぁ、そんなの、周りの奴らが無能だからだろう?
訂正、適当に仕事して残業代を稼ぎつつ、自分の時間を確保しようとしている分だけ、賢いとも言えるか。
「定時で帰って、何か問題でも?」
「他の社員は、まだ働いているんだよ? そんなところで、一人で先に帰って、悪いと思わないのか?」
「思いません。私は、私のやるべき部分はしっかりと終わらせてあります。自分なりに仕事のルーチンワークを組み立て、かつ、効率よく仕事をしているのですから」
「その態度もダメだね。年長者に対しての敬意が、全く感じられない。いいか、ここは会社なのだよ? 上司の命令には従い給え」
まただよ。
最後には、上司の命令と来たものだ。
「……ちなみに、係長のこのあとの仕事はなんですか?」
「私か? 私は自宅で用事があってだな、このあとは定時で上がるのだが」
「私も、この後は自宅で用事がありますので、定時で上がります」
「ふざけるな。君の用事など、たいしたものじゃないのだろうが……」
「偏見ですね。係長に、私のプライベートの何がわかるというのですか?」
「五月蝿い、いいから、黙ってこの仕事を明日まで終わらせろ、これは業務命令だからな‼︎」
理不尽極まりない。
それだけを叫んで、上司はとっとと退社した。
今の様子は、廊下の向こうを『偶然』通っていた部長の耳に届いていることを、知らないのか。
パワハラ、モラハラについては、昨年から禁止されているにもかかわらず、人目のないところで続けていた係長の査定が限界まで落ち込んでいるのを、知らないのだろうか。
………
……
…
夜、十九時。
アホ係長のおかげで、やりたくない残業をやらされていたものの、どうにか仕事は終わった。
さて、残業で仕上げた書類についてだけど、部門長のチェックののちに、明日の朝一番で提出になっている。
まあ、俺は知らんわ。
俺は仕上げるだけ仕上げた。
書類ができた時に係長にも電話した。
ヘベレケに酔っ払っている係長、電話の向こうが騒がしく、居酒屋で飲んでいるのはすぐに理解した。
俺が話をしていると、突然不機嫌になって電話を切りやがった。
まあ、あの書類のチェックには、一時間は掛かるだろうからな。
そして、ノーチェックで提出でもしたら、午後の会議でどうなるかわかったものじゃない。
まあ、俺は知らんわ。
「はぁ……転職でもするかなぁ」
「うわわわ、ごめんなさ〜い‼︎」
「急いでいるんで、失礼‼︎」
ふと、星空を見上げると、俺の頭上を箒にまたがった魔法使いたちが飛んでいった。
なにか急ぎの用事なのか?
そういえば、妖魔特区とかいう場所で、転移門が発生したんだったよな。
なんか、高校生で魔法使いって凄いよなぁ。
俺も、昔は、そういうのに憧れていてんだよなぁ。
映画を見てさ、いつか魔法が使えたらなぁって思っていたよ。
でも、現実世界では、魔法なんてないってわかっていたからさぁ。
「魔法、使えるようになったら、すごいよなぁ」
星空に手を伸ばす。
まぁ、星に手が届くはずはないけど、魔法ぐらいなら、手が届きそうだよなぁ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
翌朝。
いつものようにルーチンワークをこなして出社する。
係長の机の上には、昨日仕上げた書類と重要事項をまとめたメモ、朝イチでチェックして課長に提出することなどを全て書いてある。
そして、係長はいない。
「あと30分で提出なんだけどなぁ。係長、こねぇし」
そして始業時間のギリギリに、係長はやってきた。
机の上の書類を見て、真っ青になっている。
「向田、これはどういう事だ‼︎」
「どうにもこうにも、昨日残業して、書類を仕上げてから、係長に電話しましたけど?」
「聞いてないぞ、これはお前のミスじゃないのか? お前が、俺に連絡をし忘れた、そうだな?」
「ええっとですね、昨日、係長に電話した時の録音は取ってありますから。その上で、俺に仕事のミスを押し付けるのでしたらご自由に。終業時間三〇分前に、残業させようと書類を持ってきた時の音声データもしっかりとありますから」
はい、係長が真っ赤になりましたよ。
「消せ、そのデータは全て消せ‼︎ いいな、業務命令だからな」
「お断りしますよ。今の言葉だって、パワハラですよね?」
「五月蝿いだまれ、いいな、今日の仕事のミスは、全て向田のミスだ。こいつが!俺に連絡をよこさなかった、そうだな?」
同じ課の社員にたいして、恫喝するように叫ぶ。
あ〜。
声が大きすぎて、また課長が偶然廊下を通っているじゃないですか。
今日の午後の会議が、楽しみですね、係長。
「このミスは、取り返しがつかないと思い給え。いいな、どうしても挽回したければ、データを全て処分して、課長の元に謝罪に向かい給え」
「はて? 私がなんのミスをしたと?」
「君のミスは、ここの全員が見ていたんだよ。良いな? 今期の査定がどうなっても良いのなら、向田につけば良い。ただし、そのあとで、この会社でまともな役職につけると思うなよ?」
はい、脅迫も確定。
全く。
廊下の向こうで、課長がメモを続けつつ、ニマニマと笑っているじゃないですか。
俺は、係長の恫喝など無視して机に戻った。
ほら、俺を恫喝なんかしているから、チェック時間も無くなったじゃないですか。
慌てて書類を手に、係長は課長の元に向かっていく。
うん、隣の部屋では、係長が必死に弁護しているよ、俺の名前も出して、俺のミスを庇うかのようにね。
向田の連絡ミスにより、まだチェックが終わっていないと。
彼自身、何か悩みがあったようで、私にチェックをするべきところを失念していたと。
部下の悩みに気づかない、私の責任であると。
さすがは、パワハラとゴマスリの名人。
もしも彼を処分するのなら、私を処分しろと。
そして、課長もノリノリかよ。
「わかった、なら、君に責任をとってもらう」
うん。
係長は呆然としているね。
「あの、課長、今の言葉の真意は?」
「真意もなにも、君が責任取ると言った、だから、君に責任をとってもらうだけだが?」
「向田の処分は?」
「ない。君がいったのではないか。部下の責任は私の責任。部下を処分するのなら、代わりに私をと。君、来月から支社に転勤ね」
その後は、何か必死に自己答弁しているようだけどさ、もう課長は聞く耳持ってないよ。
そのあとで部長の元にもいったらしい。
まあ、さすがに階が変わると、声も聞こえなくなるわ。
そして、がっくりと肩を落として係長が戻ってきたよ。
おつかれさま、パワハラ疑惑で何人もの部下を辞職まで追い込んだ無能な係長さん。
俺は、あんたを限界まで追い詰めて欲しいって依頼を受けて、ここにいるだけだからね。
これで、この案件もおしまい。
ようやく、この会社からもおさらばできるよ。
全く。
いくら俺が人魔だからって、人使いが悪すぎるよ、俺の本当の上司さんは。
「さて、この会社の仕事は終わり……と、次の仕事は、なんだろうなぁ」
………
……
…
人魔だけで構成された、有限会社『マルチワーク』。
迷子の子犬の捜索から、浮気調査からはたまたライバル企業の参入調査まで、当社は手広く扱っております。
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魔法使い抹殺、引き抜き以外でしたらなんでもこなします。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。




