第百二話・危機一髪、ものは相談(妖魔襲撃)
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スキー学習。
北海道の高校では、場所によってアルペンスキーだったりスケートだったりするのだが、うちの高校は選択式でどれか一つを選択することになる。
まあ、スキー組の目的地は、毎年恒例のニセコひらふスキー場。
リフト横にあるグランスコッチホテルが毎年恒例の宿であり、そこで二泊三日のスキー学習が行われる。
そして現在、俺たちはのんびりとバスの旅。
貸切バスでの、のんびりとした旅行気分。
「うん、まあ、席順は名簿順だよな、だからと言って、これはないよなぁ」
「それは俺の台詞だ。なんで俺がお前と一緒なんだよ?」
俺の横には、織田が座っております。
アイウエオ順なので、織田の次が乙葉でな、なんでやと思ったがこればかりは仕方ないか。
「それじゃあ乙葉、俺とスキー勝負だ。俺が勝ったら、俺に魔術を教えろよ」
「嫌だよ。スキー学習の時ぐらいは、魔法の話抜きにしろよ」
「それもそうだな……」
椅子を回転させて四人でトランプを楽しんだり、お菓子の奪い合いやらキノコタケノコ紛争が勃発したりと、実に有意義な時間である。
新山さんは女子で集まって話ししているところだし、今回のスキー学習では救護班としても仕事を仰せつかったらしい。
あまり新山さんの魔法を頼りにされても困るんだけどさ、新山さんも練習になるし、みんなの役に立つのならって引き受けたんだよ。
まあ、彼女がやる気十分なのは俺としても嬉しいけどね。
因みに祐太郎は最後尾席で女子と楽しく過ごしていますが何か?
そんなのんびりとした時間を過ごしていたら。
──キキィィィィィィッ
峠を降る道中、突然のブレーキ。
思わずバランスを崩して吹っ飛びそうになったんだけど、祐太郎が立ち上がって後ろから走ってきた!
「オトヤン、妖魔だ‼︎」
「なんだとぉ、何処だよ」
祐太郎が指さした先。
そこには別のクラスのバスが走っていた。
その前方フロントガラスあたりが真っ赤に染まって、バスが蛇行運転していた。
「このタイミングかよ、運転手さんドア開けてくれ‼︎」
「オトヤン走行中は無理だ、インターロックがあるから走っている最中は開かない‼︎」
「それなら一度止めてくれ、あのままだとバスが危ない‼︎」
──キィィィィッ……ドンガラガッシャーーン
俺が叫ぶのと、バスが勢いよく道路から飛び出して崖を下り始めたのは同時。
よりによってガードレールに突っ込んだだけじゃなく、まさかのオーバーラン。
──キィィィィ
そして俺たちの乗っていたバスも停車すると、俺と祐太郎はバスから飛び出す‼︎
「オトヤンはバスを、妖魔は俺が引き受ける‼︎」
「分かった頼む‼︎」
すぐさま魔法の箒を引っ張り出して飛び乗ると、バスを追いかけて一気に加速‼︎
幸いなことに途中で止まっているものの横倒しになっているし、雪が積もっているのでいつまた横滑りで斜面を落ちていくか分かったものじゃない。
真っ直ぐにバスの上空まで飛んで行ったが、中は酷い事になっていた。
「取り敢えずバスを固定する、それまで絶対に動くなよ‼︎」
斜面側に飛んでいき、魔法でバスを固定したい……んだけど、位置固定はバスほど大きなものには効果がない。
実は、位置固定の威力や荷重は俺の指輪によるブーストの効果を発揮しないんだ。
「枚数ブースト‼︎ 125式屈強な石壁っっ」
──ドドドドドドドドドド
地面が隆起して、バスを抑えるように巨大な壁が作り出される。
これの効果時間は5分、余剰魔力を注いで安定度と効果時間を延長する。
残念だが、これは精神集中が必要なので俺はここで動けなくなる。
「俺がバスを抑えているから、今のうちにバスから出てください‼︎」
「怪我人の救護に来ました!」
俺が叫ぶのと同時に、新山さんも魔法の絨毯でやって来た。ナイスだ新山さん。
絨毯には力自慢の男子も数人乗って来ており、次々とバスに飛び乗っては生徒たちを引き出している。
そして怪我人には新山さんが直接バスに入って行って治療を施しているらしい。
「怪我人はもういませんか? あとは大丈夫ですか‼︎ 無事な方はバスの外に出てください、もうバスが持ちそうにありません」
「いえーす、俺様、魔力、エンプティ……」
「乙葉ぁ、あと三人だ、持ち堪えろ!」
「よっしゃあ、パンパカパーン、魔力回復薬〜」
織田の声が聞こえてきたので、咄嗟に魔力回復薬をカナン魔導商会から購入して一気に飲み干す。
これであと二十分は戦える。
意外と効果時間の延長って魔力食らうのよ。
兎にも角にも、俺の魔力がまだあるうちに、早くみんな出してくれぇ‼︎
………
……
…
バスが崖から落ちた時。
その近くには巻き込まれないようにバスから飛び出した妖魔が一体、ニヤニヤと笑いながら立っていた。
オトヤンはみんなを助けに行って貰ったので、ここは俺が相手する。
──クッチャクッチャ
全身毛だらけの妖魔。
見た感じだとイエティが近いが、目が三つあり耳元まで裂けた口からは血が滴り落ちている。
「喰ったな……てめぇ、あの運転手を喰ったろう‼︎」
「骨と筋ばかりで不味い。食うなら子供がいい。肉が柔らかい子供がいい……次は女だ、汚れのない女が良い……」
──ペッ‼︎
吐き捨てるようにそう呟くと、口の中からグチャグチャに折れ曲った眼鏡を吐き出した。
「そのバスから、良い匂いがするなぁ」
「行かせるかよ……」
イエティもどきに向かって走り出すと、素早く右腕を構えた。
「ブライガァァァァァ‼︎」
──シャキーン
真っ黒な魔導闘衣に両腕にブライガーの籠手。
肩には肩当てが新しく追加されている。
装備を換装すると同時に、バスとイエティもどきのあいだに潜り込んで構えた。
「ほう、闘気使いか。まだ人間世界にも残っていたのかぁ……」
──ブゥン‼︎
右手拳を握り込んでの、大きくぶん回すように殴りかかってくる。
それを左手で受け流したまま、反動をつけて身体を捻り右後ろ回し蹴りを顔面目掛けて叩きつける。
──ドゴォッ
綺麗に顔面に蹴りが入ると、頬をざっくりと抉り取った。
「グゥぁぁぁぁぁ、なんだこの闘気は、こんなの聞いていないぞ」
「聞いていない? なんのことだ?」
「うるさいうるさいうるさいうるさい、お前を食らう、そのあとはあの魔術師、そして治療師の女だぁ‼︎ 食らう食らう食らう食らう‼︎」
ドンドンと地団駄を踏んで暴れると、俺に向かって突進して来た。
右肩を前に突き出すような、ショルダーチャージ。
普通の人間だったら、吹っ飛んだ時に全身の骨が砕けたかもしれない。
けれど、これを避けるとバスに直撃する。
「やるっきゃ騎士だな。機甲拳、伍の型、地対地・対艦誘導拳っ‼︎」
──ゴン‼︎
闘気を右拳の籠手に集める。
そしてイエティもどきの右肩に向かって叩きつけた時、籠手の各部がスリット状に開いた。
──ドッゴォォォォォォン
そして拳から打ち出される闘気。
その威力に腕が吹き飛ばないように、スリットからも闘気が噴出する。
闘気が籠手の中で凝縮し、砲弾のように形成されたものを打ち出した。
たった一撃。
これでイエティもどきの右肩から右半身が吹き飛び、その場に崩れ落ちた。
「ガバァッ‼︎」
口から血を吹き出し、その場に転がるイエティもどきだが、まだその眼は戦闘狂の如く輝いている。
「まだ切り札があるのか?」
「あ……あああァァァァァ‼︎」
全身の毛が輝くと、それが全周囲に射出された。
避けようにも、あまりにも密度の濃い毛針が襲いかかってくるので、両腕で頭を守るのが精一杯……。
──ブゥン!
その頭の前で交差した籠手から、透明な防御膜が広がる。それによって俺の体には毛針が突き刺さる事はなかった。
バスにも届いたが、距離があった為かバスのボディを突き抜ける事はなかった。
「グッグッグッ……ここまでか」
──ブワサッ‼︎
静かに塵のように散っていくイェティもどき。
対艦誘導拳の衝撃が奴の魔人核を掠めたのだろう。
ニヤニヤと笑いつつ、やがてイェティもどきは蒸散していった。
「……何か腑に落ちない。なんだろう?」
奴は『聞いてない』と叫んだ。
つまり、俺たちのことを誰かから聞いていた?
そして俺たちを襲った?
黒幕が存在するのか?
考えても情報が少なすぎる。
「いや、あとだ。今はみんなの安全を確認して……」
バスの方を振り向くと、クラスメイトたちも流石に自分たちも狙われたことに気がついたのだろう。
要先生がみんなを庇うように立っていたので、取り敢えずは無事な事は理解した。
「あとはオトヤンの方か……」
──ドサッ急いで崖下に向かおうとしたんだが、崩れるようにその場に座り込んでしまった。
ああ、闘気が限界まで消費されているのか。
まだ機甲拳は使いこなせていないなぁ。
…….
…
崖下に落ちそうなバスは固定した。
あとはJAFのお仕事なので、ここはこのままにしておいて、急いでこの場から移動したほうがいい。
道路に戻ったら祐太郎が座り込んでいたが、どうやら無事のようで何より。
「乙葉君、治療できる人は終わらせてあるけど、どこかで休んだほうがいいと思うの」
「同感。とはいえ、バスは壊れて崖の中腹だし、山頂近くにある峠の茶屋まで避難した方がいいね」
「残ったバスに便乗して移動してもらうか。妖魔以外なら俺たちの出番はないし、祐太郎もエンプティみたいだから」
──ヒョィ
カナン魔導商会から回復薬を購入して祐太郎に差し出す。
魔力も回復するなら、闘気も回復するんじゃね? って思ったんだけど。
「オトヤン、サンキュー。ゴクッゴクッ……ぷはー」
「ファイト〜」
「いっぱぁぁぁぁあっ‼︎」
よし、回復したみたいだ。
「鷲のマークのショッカーの提供か」
「違うから。鷲のマークの薬屋さんだから。でも、それは別だからな」
「分かってるって、取り敢えず、妖魔はどうにかしたからな」
「ああ、あんがとさん。バスは壊れてダメだ。怪我人は新山さんが全員治療したから、これは新山さんに」
当然、新山さんにも回復薬を渡す。
それを嬉しそうに飲んでいると、どうやら残りのバスに全員が便乗したので一路、峠の茶屋へと向かった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
ニセコひらふ、グランスコッチホテル。
はい、スキー学習は中止になりました。
その代わり、生徒の慰安も兼ねて、希望者は温泉地で身体を休める事になりました。
但し、被害を受けたバスに乗っていたクラスだけは、もう一度病院で検査を受ける必要があるので札幌へUターン。
後日、別のスケジュールで再度、スキー学習のためにニセコに向かう事になるそうです。
一泊二日だけど、みんなでのんびりと温泉に浸かり、スキーを堪能してまずまずの旅行となりましたとさ。
まあ、あの事故を目の当たりにして、トラウマにならないようにと旅行に切り替えたうちの学校も大したものだよ。
……
…
温泉。
露天風呂とかではないけれど、身体を休められる。
昼間はかなりの無茶をしました。
骨折、内臓破裂などの治療も全て魔法で行い、その後のパニック状態を落ち着かせるために診断という魔法でもう一度みんなをチェック、沈静化という魔法で落ち着かせることもできました。
少しずつではありますが、魔法が上手く使えるようになったのを実感しています。
「あれ? 小春、何処かにぶつけたの?」
「え? 何かある?」
「背中のほう、腰のあたりに痣があるよ?」
「えええ? ちょっと待って……診断……」
『ピッ、打ち身です』
あ、何処かにぶつけたみたいですね。
慌てていたので、気がつかなかったようですが、魔法で診断したので間違いはないですよね。
「何処かにぶつけたみたい。お風呂に浸かっていたら治るから大丈夫だよ」
「へぇ、自分には回復魔法は使わないの?」
「酷かったら使うけど、できる限り自然治癒に任せたいかな。今日みたいに命の危険があるときは別だけどね」
ふぅんと納得してくれたようですし、あとはのんびりとすることにしましょう。
明日の午後には学校に戻るのですから。
……
…
「うぉぉぉぉぉ、筋肉痛ぅぅぅぅ」
風呂上がりの祐太郎の絶叫。
右腕が上がらないらしい。
「治療薬飲む? 新山さんに直してもらう?」
「いや、機甲拳の反作用で経絡が開きっぱなしになっているだけだから。それで神経が過敏になっているだけだから」
「そっかそっか。まあ、心配だから鑑定してあげよう……魔障中毒ナシ‼︎」
新山さんは自己チェックで問題なかったようだし、俺はまあ、魔力がガッツリ減ってるけど魔力酔いの症状もないから。
それよりも、今日の俺たちの活躍を見て、また魔法を教えて欲しいとか弟子にしてほしいっていうお願いが再燃したのはどうよ?
それを聞いて、『乙葉浩介の弟子になりたかったら、まず、俺を倒す事だ』って腕を組んで偉そうな織田は無視。
そもそも、誰も弟子になんてとらないから。
……
…
「オトヤン、今日の事故だが、妖魔が絡んでいたのはわかるよな?」
「まあな。背後にどこかの組織でもついてたのか?」
「察しがいいな。あの妖魔の断末魔だけど、『聞いていない』って叫んでいた。後ろで何者かが、この、事故を引き起こすように妖魔を操っていたと思うが」
「その背後関係はわからずか。いい加減、百道烈士が戯れてきて配下にこの事故を起こすようにでも命じたのかも」
そうしてバレた場合、俺が妖魔特区に殴り込みをかけるだろうと予測しているのかもしれない。
それとも、また別の妖魔が動いたのか、国会で我が物顔で座っている人魔議員が後ろで動いたのか。
予想すればするほど、絞り切れていない。
ただ、それでも、今回の事件のターゲットが俺たちで、クラスメイトが巻き添えを食ったという可能性が高いのは否めない。
狙うなら、堂々と俺を狙えって言いたいところだ。
「現状は、あまり良いとはいえないな。今回のように旅行中に襲われたのはまだ良い、最悪、学校が襲撃される可能性がある」
「それだけは避けたいが、俺たちを狙っている存在の心当たりが多すぎるんだよ。まあ、要先生からも報告は入っているだろうから、その返答待ちをするしかないか」
思い出しても腹が立つ。
でも、こっちに新山さんがいることを理解しているのなら、多少の怪我人なら魔法で回復してしまうことも理解しているだろう。
それを知らない組織や妖魔の可能性が高いと言うことか?
いずれにしても、これまで以上に周辺警戒を行わなくてはならないようだなぁ……。
俺の薔薇色の高校生活を返せって言いたいよね。
誤字脱字は都度修正しますので。
その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。