オズの魔王
「武力ー!おい!ぶーりーきー」
下校時間、家に帰る途中の校庭で絡まれ、しまったと思った時には遅かった。
男子がバタバタと走って近寄り走ってきたままの勢いで後頭部をラリアットされて前に倒れこみ、砂と土の混じった校庭におもいきり膝をついて血が流れる。
「おっま、マジどんくせーなぁー!」
ラリアットしたのは佐々木だ。
こいつ死ねばいいのにと思う。
ゲラゲラと嗤い声が響く中で、リーダー格の小津は悠々と歩いてきて様子を眺めて目を細める、楽しんでるのであろうその態度に苛々と憎しみがわく。
「デブリキの癖にスカートなんかはいてくるから怪我すんだろ!」
小津の取り巻き佐々木、小心者なのに小津がいると強気な屑。膝をついていた所にランドセルをドンと蹴られドシャと潰れる。
「そのまま相撲の稽古でもしてろよー!デブリキ!」
振り返ると恩田がいた。
ランドセルを蹴ったのはこいつ、佐々木よりもぶったり蹴ったりしてくる、そのくせ罪悪感なのか気持ちが揺れて視線を下げる。
3人の中で恩田が一番嫌いだった、恩田は悪い事をしてる自覚があって虐めてくる。
誰よりも、罪深い。
「塾に遅れる、行こーぜー」
「だな!」
「死ね!デブリキ!」
最後にドンと蹴られる、ゲラゲラ嗤いながら離れて行こうとするその時。
地面は、轟音と光と熱を放ち私達を飲み込んだ。
※※※※
「ステータスオープン!」
部屋に少年達の声が響く。
皆、作ったばかりのステータスカードをいじっている。
「嘘だろ!やっべー!俺が勇者だってよ!」
佐々木は狂喜乱舞した。
「俺は魔術師だな・・」
小津は憮然とした表情でステータスカードをみる。
佐々木は冴えない表情の恩田に聞く。
「恩田は?」
「・・聖職者」
「はあー?格闘家とかじゃねーのー?」
「僧侶だよ!」
「んだよ、聞いただけでキレんなよ!」
佐々木は恩田とじゃれはじめ、小津はひとり離れた場所で自分の職業について考える。
数時間前、校庭でデブリキを虐めていた。
デブリキ虐めにも飽きて帰ろうとした時、足元が赤く光り、気がつけば石作りの部屋にいた。
パニックになってぎゃあぎゃあ叫んでる佐々木と、怯えてしゃがみこんだ恩田、小津は冷静に周りを観察する。
「佐々木落ち着けよ・・」
正直、五月蝿くて気が散ると小声で呟く小津。
かちんときた佐々木が小津に噛みつく。
「はぁ?これが落ち着いてられるかよ!俺達きっと召喚されたんだぜ!」
「お前の好きなラノベか?」
「そうだよ!!俺達きっと勇者だぜ!すげーよ!」
「まぁ、そうだとしても少し落ち着けって」
「んだよ!いいじゃねーか!」
「・・勝手にしろ」
少し低い声で突き放すと、佐々木はすぐに小津に追従する。
「んだよ、少し騒いだくらいで・・」
口では文句を言うが、佐々木は黙って辺りを見る。
静かになったタイミングで部屋の扉が開き、豪華な衣装に身を包んだ男が部屋に現れた。
「ようこそ、ダナル王国へ。私はダナル王国の東アガルサスを拝領している、ノイエ・ダマクスク・アウド辺境伯だ」
ぽかんとしてる子供と泣きそうな子供、冷静に見つめてくる子供、できうるならば冷静に状況判断している子供が勇者であればと願いながらノイエは子供達に話しかける。
「ここは君たち愛し子のいた世界でない、もっと過酷な世界だ」
「!」
「やった!やっぱり異世界転移じゃん!」
「・・・・」
「さあ、こちらへ」
石作りの部屋から階段を上がり、広い部屋に案内し三人を座らせると、ノイエ辺境伯は用意していた地図を広げる。
地図のど真ん中に小さくダナル王国があり人属が治めている。
元々はこの大陸半分を制覇した大国だったのだが、とある戦争で全てを失ったのだという。
上は草原と農業の国があり亜人属が治めている。
下は険しい山々が連なり、牧畜が盛んで乳製品が有名な国で獣人属が治めている。
左は海があり漁業が盛んで魚人属が国を治めている。
右は森が広がり魔人属がいる、魔人達は一番強い者を王として後は自由気ままに過ごしている。
そして東アガルサスの真横は森。
今この小さな国はまた昔の大国に成りたいのだ、東西南北の要の領で勇者を召喚し周りの国を平定するようにと王から勅命が出たのは半年前の事。
「と言う事で、なんとか今いる魔王を倒し、魔人達を掌握して頂きたい」
こいつらがやろうとしているのはただの略奪だろう。
この国は侵略して奪いたいのだ。
子供の自分でも分かるような事なのに、何故この大人はその略奪を正義だと思えるのだろうか?
なんて馬鹿な国なのだ、そんな糞のような理由で異世界召喚という名で誘拐されたのだ。
小津は冷静に状況判断をする。ここは1つ佐々木をけしかけてみるか。声音を怯えたように変えて辺境伯に質問する。
「あの」
「ん?なんだね?」
「何故、勇者召喚なんですか?」
「勇者召喚こそ正義だからだよ」
「それって・・僕達は・・」
「帰れないってことか?!」
途中から佐々木が割り込んできた、小津はそんな!と言って俯く。思ったとおり佐々木が動いてくれたよ・・。
小津の口角が少しだけ上がる。
「我等の望みが叶った時、元の世界へお返ししよう」
(お前らなんて侵略する為の捨て石だ、帰り道なんざあるわけがない)
「帰れる!」
佐々木が喜んでいる。
小津の加護が発動した。
(え?)
言葉が二重に響く。
「ご安心めされよ」
(馬鹿め、死んで還るのさ)
思わず辺境伯を見てしまった。
その目を・・。
この目は知ってる、俺達がデブリキをみる目と同じだった。
目を逸らし、教えられた通りステータスを確認する。
名前 小津 努路士 (オズ ツヨシ)
年齢 11
HP 20/50(-50% 怨)
MP 55/110(-50% 怨)
SP 5/10(-50% 怨)
職業 魔法使い/1※
加護 螺旋の耳※
その他 怨により経験値取得-50%
※魔法使い 攻撃魔法を使用出来る、レベルが上がると使用出来る攻撃魔法が増える 現在レベル1
※螺旋の耳 対象の真実の音が聞こえる
「これはまた・・この年で相当恨まれてますねぇ」
ギクリと体が強張る。
身に覚えがありすぎる、デブリキだけじゃない、俺達はもっと幼い時から他人を痛め付けていたのだから。
「この怨のマークは呪いのマークですよ、分かります?ステータスがマイナス固定のロックが掛かっているんですよ・・いやぁ酷い-80%とはね」
辺境伯が見ているのは、恩田のステータスだ。
俺は-50%、佐々木は-60%、恩田が-80%で一番酷かった。
「さあ、皆さん少し疲れたでしょう、お部屋へ案内しますよ」
(外れのようだな、従順な子供が良いかと思ったが・・さて次を喚ぶか)
佐々木は勇者、恩田は僧侶、俺は魔法使い。
だから、魔王討伐に必要のない俺は魔属領へ捨てられた。
休むようにとメイドに案内されたのは、狭くて暗い部屋だった、佐々木や恩田と別の部屋にされて、気にはなったが疲れていたのでそのまま寝てしまった。
※※※※
パンパンと誰かが顔を軽く叩いている、無理やり覚醒させられ低い声が聞こえる。
「坊主、こんなところで寝てると死ぬぞ」
重い瞼を開けて、俺の顔を叩いていた奴をみる。
黒くてゴツくてでかいトカゲ男。
は?
飛び起きる、辺りを確認すると道の往来のようだ。
そしてまたトカゲ男を見る。
何故トカゲ?
辺境伯の城じゃないのか?
というかもう魔王討伐にでのか?
疑問ばかりの俺の顔をみたトカゲ男はあぁと何か理解したようで、すぐに憐れんでこっちを見る。
「お前、捨てられたな」
(可哀想にな)
「え?」
また、加護が勝手に発動してトカゲ男の声が二重に聞こえる。
「たまに人属が飛ばされてくるんだが・・今回はまた小さいな」
(懲りずにまた召喚してきたか)
「そんな・・」
「ここは魔属領だぞ」
「なっ!・・え!」
「まぁ、ここで寝てると危ないから、こっちきな」
ひょいとトカゲ男に担がれ道端に降ろされる。
「俺はグイド、坊主行くところがないのか?」
呆然としながら頷いた。
「参ったな・・俺は今から仕事で旅に出るし」
グイドは少し考えてから、自分の腕の鱗を1枚むしりとり俺に渡す。
「城で兵士を募集してるから、これを門兵に見せろ。採用されるかは坊主次第だけどな。とりあえず新米兵士なら飯と寝床だけは確保出来る」
ぽんぽんと頭を撫でられ、グイドはそれじゃ頑張れよと立ち去っていった。俺はぼんやりしながらグイドを見送る。
段々と状況が理解出来てくると、自分に何が起こったのか分かってきた。
体の怠さや睡眠の深さを考えると、夕食に薬を盛られて寝てる間に転移魔法でも使われて魔属領に飛ばされたのだろう。
着の身着のまま無一文だ。
もっとちゃんとグイドにお礼をすれば良かったと、後で気がついて後悔する。何故ならグイドがこの世界で初めて何もない俺に無償で優しくしてくれたのだから。
他人に優しくされて変わろうと思ったのに、俺はあっさり死んでしまった。
魔獣に喰われたとか、事件に巻き込まれたなんて事はない、流行り病であっさりだった。
雇って貰った先で元々あまり食生活も良くなかったし、体力も落ちてたから。
暗くなる意識が、何かに吸い込まれる感覚もしたが、もはやそんなことどうでもいい。
※※※※
激痛で覚醒した。
俺、実は死んでなかった?って思ったけど、確実に死んでた。
何でわかるかって?いやだって今、生まれ変わったから。
ゴブリンに。
産道って・・あれはキツい、人間は生まれる記憶がなくて正解だ。
茶色の肌に膨らんだ腹、顔の半分の大きさの突出した眼球、ピコピコと尖った小さい耳、髪の毛なんて使い古した筆のようにぱさぱさと数本これなら無いほうがましってやつ。
枯れ木みたいな小さな小さな指は、ぐーに握られていて俺は腹の底から泣きわめく。
何故か、母親はこの世界の人間だった。
孕み腹ってことで、拐われてきた少女だった。
頭の中は、俺。
人間の理性を持った、醜悪なゴブリンに生まれかわる。
母親の少女は、俺を見た瞬間発狂する。
その瞬間、俺の母親をぶっ壊したゴブリンを憎んだ。
でも、俺もゴブリンなんだ。
俺はゴブリンの中でも異質の存在になった、人間の思考を持つゴブリン。
ゴブリンなのにゴブリン嫌い。
そのせいなのか、他のゴブリンから嫌われた。
姿かたちは同じでも中身が違う俺。
人間や獣の肉をそのまま食べる事が、どうしても出来なかった、木の実ばかり食べていたので体も小さく同族からは馬鹿にされ、最下層の位置づけだ。
ある日、肉や魚は生では無理だが焼いたら食べれるのではと思い、なんとか火を使えないか試行錯誤していた時、火魔法を使って獣の肉を焼いた瞬間ゴブリンシャーマンにクラスチェンジした。
見た目は何も変わっていないのに、頭の中に魔法の知識が流れ込んでくる。
人間だった頃の理解力がチートと呼ばれるのかは解らないが、力を手に入れた瞬間だ。
どうしようか、皆殺しにしてやろうか、服従させてやろうか、ふと頭の中の知識の中に『進化』というワードがあった。
成る程、ゴブリン嫌いな俺にピッタリだなと思った。
そんな時、ゴブリンファイター達が遠征から帰ってきた。
そろそろゴブリンの繁殖期が近づいてきたので、近隣から女を拐ってきたのだ。
女達を縛りあげてゴブリンファイターどもは、土牢に女達を押し込めると俺に命令する。
「グガー!ギャギヤ」
言われなくても、ちゃんと見張ってるさ。
ファイターどもは、これから宴の準備なのだろう楽しげに戻っていった。女達を見れば、皆ガタガタと震えている。
いや?一人だけ震えてもいないし、泣いてもいない。
うっすらと見覚えのある女だが、俺はこの世界の人間で女の知り合いはいない。その女は、土牢の奥から暗い目をして俺を見ている。
黒目、黒髪にあまり凹凸のない顔立ち・・そうだ!
そうだ、そうだ!
この顔立ちは日本人じゃないか?
目を会わせ、ちょいちょいと女を手招きする。
警戒していて近寄らない、仕方ないので俺の大事なイチゴモドキを差し出してみる。
腹が減ってるのだろう、女はスッと立ち上がり、牢の手前まで来た。
イチゴモドキを渡してから、女の興味を引くように、そこら辺に落ちてた棒で、地面にガリガリと文字を書く。
『おまえ、日本人か?』
『言葉はわかる、人間と喉の構造が違うから発音が出来ない』
「に、日本人だよ・・え?日本人?」
女は、まじまじと俺を見る。
俺はふいっと目を逸らすとまた地面に書き始める。
『俺は生まれ変わったゴブリンだ、前は人間だった』
「転生!え?君も日本人なの?記憶はあるの?」
『そんなことより、ここから逃げたくないか?』
「逃げたい!」
ガリガリガリ
『逃がしてやるが、条件は俺に名前をつけてくれ』
「そんな事でいいの?」
『早くしろ』
「えっと・・」
ドロシー
俺は、その瞬間『オーガ』という種族に進化した。
あれから何年たっただろう、俺はあれからオーガからオーガキングに進化し気がついたら大勢の部下を従える魔王になっていた。
オーガの見た目は人間と殆どかわりない、唯一の違いは髪の生え際に角が生えてるくらい。
俺はゴブリンに転生する前の姿に戻っていた。
俺がいたゴブリンの巣は、あの日地上から消えた。
今でもゴブリンを見ると、辺り一面の敵味方関係なくぶっ殺したくなるから、部下が気をきかせて見つけ次第潰してる。
こいつの顔を見たら、今までの俺の人生を思い出しちまったじゃねーか、くそが。
「なぁ?ノイエ・ダマクスク・アウド辺境伯よ、俺の事を覚えているか?」
あの時、通された部屋に俺はいる。
真っ青に震える辺境伯は、老人になっていた。
辺境伯に付き従ってた人間は既に居ない、こいつが自分の命の為に犠牲にしたのをずっと見てきた。
愚かで卑怯で弱き者。
全てどうでもよくなり、老人が声を上げる前に指を鳴らす。
老人の足元には赤い召喚紋、何か騒いでいるがどうでもいい。
光が消えると老人も何処かの世界へ吸い込まれていった。
「ドロシー終わったの?」
「あぁ、終わった」
「そう、なら帰ろう?」
「そうだな・・・・帰るか」
あの日、名前をつけてもらった女は巡り合わせなのか、散々虐めていた武力だった。
オーガに進化し人間だった頃の姿になった俺を見て絶叫したのは今も忘れない。
「なあ、おまえは日本に帰っとくか?魔王だし還せるぞ」
「はあ?一生かけて私に謝罪するって言ったのは誰よ?」
「ん・・・・俺」
「だったら、変なこと言わないでよね」
「ん、わかった、ごめん」
武力は、たまに怒りスイッチが入ると、狂ったように俺を責めるし、機嫌が悪いと近寄れない。
俺の傍にいると当時の事を思い出し、怒りで感情をコントロール出来ないとも言われた。
けど、それでも虐めた俺に向き合ってくれている。
俺は、謝罪させてくれる武力に甘える。
いくら謝ったって、それが無かった事になんかならない、だから全て俺の自己満足。
そんな身勝手な俺に、武力は付き合ってくれる。
しょんぼりとした俺を武力が抱きしめる。
それだけで、なにもかも忘れて幸せになる。
俺も武力を抱きしめる。
こんな俺でごめん、ありがとう。
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老人は地平線を見つめてから足元に視線を落とす、赤茶けた砂はグラデーションとなり地平線は真っ赤に染まっている。
見渡す限り何もない、そんな大地に沈みそうな太陽は2つ。
もうすぐ凍える夜がやってくる、老人は絶望した。