7.近づく二人
……私は今、「好事魔多し」という言葉を実感している。私はなぜ王子の衣装を着て、舞台に立たされているのか。ディアはどうした⁉
クロウリー伯爵の領地で洪水が発生して、その対応にディアが行くことになったと連絡があったのは、劇の開始一時間前のことだった。幸い怪我人はいないとのことだったが、早く処置をしないと二次災害の危険があるとのことで、土魔法も使える超級者のディアが現地に赴くことになったそうだ。
ディアはなぜか代役に私を指名した。私がルナ様の台詞合わせに付き合っていたことがバレていたのだ。衣装はブカブカなので、なんとかマントで胡麻化せとの命令だ。
ジャックというイケメンがいるのになぜ乙女の私がやらなならんのだ。
そう言うとジャックは「台詞を覚えてるやつがお前しかいないんだからしょうがないだろ」ともっともらしく言い返しやがった。
クラスの女生徒たちは私が王子役をやることになって、さぞ不満だろうと思っていたら、何故かキャーキャー喜ばれた。解せぬ。
とにかく私は九十分やり切った。開き直ってノリノリでやったのが良かったのか、最後は大きな拍手喝采に包まれ、その日から何故か女子生徒から「お友達になってください」とたくさんの手紙をもらうようになってしまった。何だこれ。乙女ゲームだよね?宝〇じゃないはずですけど!
「お前、男前すぎだろ」とジャックに腹を抱えて笑われたので腹いせに、翌日のランチでジャックのお皿に大量の唐辛子を入れたことは内緒だ。
まあルナ様があまりにも可愛かったので真近でお姿を見られたのは役得だったけどね!
文化発表会が終われば大舞踏会だ。舞踏会と言っても、いわゆるミキサーと呼ばれる相手が次々と入れ替わるタイプがメインイベントだ。
アイリッシュミュージックのような軽快な音楽で次々とパートナーが入れ替わる。
これを国王ご夫妻の前で学園の生徒全員で踊り、一年生は社交デビューとなる。
女性は白いドレス、男性は茶色のチュニックと決まっている。
ミキサーが終わると普通のペアダンスが好きに踊れるので、カップルがとても楽しみにしているイベントでもあるし、好きな人と踊るチャンスでもあり、この大舞踏会でカップルが成立することも多い。
私も入学に合わせて、白のドレスを作ってもらっている。基本的に全員同じ形なので気が楽だわ。その分、髪形をみんな工夫する。編み込みしたり花をつけたりね。リボンは白しかダメだけど、飾りは自由なので結構バリエーションは豊富。私も編み込みして祖母からいただいた髪飾りをつける予定だ。銀細工の蔓草のモチーフに私の眼の色と同じ青い宝石がちりばめられている大きめのコームだ。
「やあ、妖精みたいだね!」
なぜか第一声はエース殿下だった。
「うむ馬子にも衣装だな」
「お前はチュニック着るべきだろ」
「アリス、とても似合っていて綺麗だよ」
ディア、喧嘩なら買うわよ。ジャック、あんたまた唐辛子攻撃受けたいようね。ルナ様、ルナ様も素敵です!という気持ちを抑えて、私はニッコリ笑顔で応える。
「殿下もルナ様もとても素敵ですわ」
ジャックとディアは無視だ無視。
さすがに全校生徒は壮観だ。大体一学年六十名だから百二十名ぐらいね。ここまで人が多いとルナ様がまた狙われるのではないかと心配になる。私も四六時中ついていることができないし。
こっそりルナ様のチュニックに防護魔法をかける。魔法攻撃を無効化するもので、一度しか効力はないけどね。一時間ぐらいしか効かないからミキサーが終わったらすぐルナ様の隣にいかないと。
一年生から順に男女が並んで会場入りする。それに合わせて生徒の名前も読み上げられ、入場者は国王ご夫妻に向かって一礼する決まり。並び順は名前順と昔から決まっている。私の横は同じクラスのあまりしゃべったことのない男子だ。ルナ様の横はやはり同じクラスの女子だけど、私から少し後方で間が空いてしまった。
男子が後ろに下がっていってペアが切り替わるので、ミキサーで私とルナ様が踊ることはないだろう。
ゲーム通りなら、攻略対象者では王子とだけ踊るはず。その後、ペアダンスになってから一番好感度の高い攻略対象者からラストダンスを誘われるのよ。
などと考えていると、王子と踊る番になった。
さすがの王子様は大変華麗なステップで感心するわ。結構テンポが速くて大変なのだけど、王子様は息の上がった様子もない。
でもミキサーなのでそれも一瞬。ゲームの中では結構な長さに感じたけど、現実はめまぐるしくペアが変わっていく。それから数名ペアが変わり、ミキサーが終わった。
場内は大歓声に包まれた。来賓は国王夫妻以外にも生徒の家族を含め大勢が来ている。
この後は音楽が変わり、飲食や歓談を楽しむ。ペアダンスを楽しむカップルたちや、目当ての人をダンスに誘う人たちも出てくる。
婚活の場でもあるので、結構皆必死!特に女子生徒!
女性は二十歳までに婚約者がいないと肩身が狭い。私のようにメイドで働きたいとかない限り、あまり女性が働けるような職場がないので、できれば学園を卒業するまでに婚約者を見つけたいのだ。役人や魔導士団、騎士団も女性の採用はないと言って過言ではない。女性が働けるのはせいぜい女官やメイドぐらいで、そもそも高位貴族の女性が働くという選択肢は最初からないのだ。
学園で見つけることができなければ、親が決めた相手と結婚することになる。でも学園在学中なら、もしかしたら自分の好きな相手と恋愛結婚できる可能性もなきにしもあらずだもんね。
この舞踏会には卒業生で未婚の男性も来賓に含まれており、学園の生徒以外との出会いも可能なので、女性陣は張り切らざるを得ないのだ。割とあからさまな婚活パーティーである。
私は、働き口が決まっているし、結婚も当分する気はないので余裕である。というわけで現在ルナ様の横にピッタリとついています。あっルナ様が女性を誘ったり、誘われたりしやすいように少し後ろに下がっておりますよ!
でも、目の前ではルナ様とディアが何事かコソコソと話している。また魔法談義だろうか。それともどの娘が好みか話し合っているのだろうか。そんなお二人を女生徒たちは遠巻きに見て、何故かうっとりとした顔をしている。
ジャックと王子はたくさんの女性たちに囲まれ、次々とダンスに誘われ大忙しだ。
結局、ルナ様とディアは誰とも踊ることはなかった。和やかな曲が続く中、いよいよ次で最後である。そんな時ルナ様が私をダンスに誘ってくださった。
「アリス、もう最後の曲のようだし、よかったら僕と踊ってくれる?」
はにかむように言うルナ様が可愛らしくて少し胸がキュンと鳴った。
「……喜んで!」
私はルナ様の手を取った。