6.攻略対象者
ルナ様が目を覚ましたと聞いて、ハッター侯爵夫妻がやってきた。奥様の顔は涙に濡れ、宰相の顔も青白く血の気がなかった。
お二人と一緒に入って来た教師を見ると知人だった。
「クローバー先生……」
クラブ・クローバー、四人目の攻略対象者だ。
ゲームの中ではルナ様が一番魔力量が多いのだが、その次はクローバー先生だった。ちなみに私は上から四番目。クローバー先生は適性も複数持ちで、出生の秘密もあるチートなキャラだ。
現実の私にとっては、幼い時からお世話になっているよく見知ったお兄さんなのだけど。
「クロウリー君、キャロル君、ハッター君については後はこちらで対応するから、君たちはもう帰って休むといい。随分魔力を使っただろう」
クローバー先生がそう言って、ルナ様の横に移った。
「ディア君、アリス本当にありがとう。君たちは息子の命の恩人だ」
宰相もそう言ってくださったので、私とディアは救護室を出ることにした。
「……弦が突然燃えた。松脂で燃えやすいと言っても、自然発火はあり得ない」
ディアがこちらを見ずに独り言のように口にした。
「誰がこんなことをしたのでしょうか」
絶対に許せない。ルナ様の傷は頸動脈に達していた。私たち、二人の光属性持ちの超級者がいなければ危なかっただろう。
「……湖の事件の時と同じ犯人かもな」
ディアはそう言うと押し黙った。私も応えるべき言葉が見つからず、結局その日はそのまま別れてそれぞれ自宅に戻った。
六人いる攻略対象者の中で、「覚えてません戦略」が通用するのはジャック、ディア、王子の三名のみだ。あとの二人は子供の時から継続して知り合いだし、もう一人は「覚えていない」と言うと恋愛ルートに入ってしまうので注意が必要なのだ。
その知り合いの内の一人がクラブ・クローバー先生。二年生の複合魔法講義の担当教諭だ。
クローバー先生は私が子供の時からずっと通っている教会にボランティアで来ているので継続して面識がある。覚えている、いないのレベルではない。クローバー先生ルートに入るには私が積極的にアプローチしなければいけないので、あまり心配していない。そもそもクローバー先生のバッドエンドは単なる失恋のみで、命に関わることはない。
私は、六人目の攻略対象者チェシャ猫について考えた。これらの襲撃は本当に彼が関わっているのだろうか。チェシャ猫は超級者であるだけでなく、インビジブルという特殊魔法も使える。自分の姿を自由に消せるのだ。彼なら誰にも姿を見られずに、学園に入り込み、ルナ様を襲撃することも確かに可能だ。
ルナ様の弓弦に火をつける。それはあまりに小さな魔法だったので、残滓を追うことも難しいだろう。
魔法を発動すると、魔導士と対象の間に魔力の残滓が漂う。それを追えば誰が発した者かわかるようになっている。しかし、使用された魔力が小さければ小さいほど残滓が消え去るのも早い。
私はギリと唇を咬んだ。ルナ様が死ぬかもという絶望を思い出す。同時に無事だったことに感極まる。私の中でいつの間にか主の存在はかけがえのないものに変わっているのだ。
今更失うなんて考えられない。例え最強の暗殺者が相手でも必ず守り通してみせるわ!
それから休日を挟んで三日間ルナ様は侯爵邸で療養された。私も願い出てお側でお仕えした。ルナ様は少し落ち込んでらっしゃったけど、見舞いに来てくれたディアやジャックと話すとすぐに元気になった。
ジャックは剣技でゲームの通り優勝を飾ったが、ルナ様の危機を助けられなかったと落ち込み、ルナ様は皆に心配と迷惑をかけたと落ち込み、ディアがそんな二人を茶化して結局笑いに変わった。男の友情って良いわね!
犯人については結局何もわからなかった。ピーター・マルスはジャックと同じく剣技の試合に出ていたので、アリバイがある。取り巻きたちも剣技の会場にいたそうだ。
じゃあ一体誰がルナ様の命を狙うというのだろう。私たちは誰もその答えを見つけることができなかった。
武道大会が終わり、今度は文化発表会の準備だ。ルナ様は療養の初日にディアから脚本を渡されていた。私は台詞合わせに付き合った。恋愛ものなので気恥ずかしいけど、男役だったので、後半は開き直って大袈裟なくらいノリノリになった。
私が大袈裟に台詞を言えば、ルナ様が笑ってくれるのでそれが嬉しかったのもある。
ルナ様が学園に復帰した初日のお昼、いつもの四阿で食後のお茶を楽しんでいると王子がやって来た。ルナ様の体調を確認するとすぐに帰って行ったが、「今回の事件について、任せてほしい」と言い残していった。
王子は何かを掴んでいるのかもしれない。
文化発表会の準備は着々と進み、ディアとルナ様の衣装も仕上がった。
衣装合わせでは頑なに拒むルナ様にクラスの女性陣が押さえつけて化粧を施し、完璧な美少女に仕上げた。ディアもさすがイケメン!ビラビラした衣装がよく似合っていた。
二人が並ぶと完璧すぎて溜息が出てしまう。
物語はオペラのトゥーランドットのようなストーリーで、冷酷な王女が、隣国の王子の愛によって、凍った心を溶かされるというもので、王子の派手な口説き文句が売りだった。
ディアはキャラじゃないと思っていたけど、なかなか堂に入ってたわ。
乙女ゲームでは攻略対象者があたかもヒロインを本当に口説いているかのような錯覚ができて、とても人気の高いイベントだった。
それにしても完成度が高いわ。この調子だと最優秀賞を狙えるのではないかしら!