閑話 ルナ・ハッタ―の事情 その2
ルナ視点です。
長期休暇に入ってディアや殿下と僕の領地でマジックアイテム開発をすることになり、今までにないほど三人で語らう時間が増えた。僕は学園に入学する以前は殿下ぐらいしか友人と言える人がいなかったし、以前の僕は殿下に気を遣わせて話しかけて頂くばかりで僕から何かを語るということはなかったので、新鮮で毎日がとても楽しい。
そんなある日、ディアが爆弾を投下した。
「で、ルナとアリスはどこまでいったんだ?」
僕はお茶を吹き出しそうになった。幸いなんとか堪えられたけど、鼻の奥がヒリヒリする。
今この場にアリスがいなくてよかった。アリスはこの時間はディナーの準備で忙しい。
「そうだね。僕も気になっていたんだ。あのアリスのルナに向ける笑顔と他者に対する扱いの違いはすごいよね」
殿下もディアも僕やジャックと同じように幼い日にアリスと出会ってたことが判明していた。
二人はそれぞれそのことについて僕の目の前でアリスに尋ねていたけど、アリスはまったく覚えていない様子で、二人は少しがっかりしたようだった。
「ルナが言っていた忘れられない女の子って、アリスのことだったんでしょ。じゃあ、両想いじゃないか」
殿下がクッキーをつまみながらからかうようにそう言った。僕は顔が熱くなるのを感じた。
「アリスはメイドとして責任感が強いだけで、別に僕を好きとかじゃないと思います……」
僕は本心からそう思う。アリスが僕を見る目は僕の乳母のとそっくりだ。
「メイドだからっていうだけじゃない特別な感情があると思うけどな」
ディアも面白そうにそう言った。くそっ他人事だと思って。
「明日はアリスも休みなんだろ?船遊びしようぜ。そこでアリスの気持ちを確認しろ」
領地内に風光明媚な湖がある。侯爵家所有の大きな船で遊覧ができるのだ。
僕はそんなことできる訳がないと思いながら曖昧に笑った。僕だってアリスの気持ちを聞きたい気持ちはある!……でもそれ以上に知るのが怖い。僕は出会ってからずっと一つもアリスに恰好いい所を見せられたことがない。いつも守ってもらってばかりだし。
悶々とした気持ちでいるとあっという間に翌日になり、問答無用でもう船の上だ。
甲板に一人でいるアリスに声をかけてこいと、ディアと殿下に命じられて、船室から追い出された。
僕がドキドキしながら近づくとすぐに気付いたアリスが柔らかく笑いかけてくれた。
「ルナ様、今日はお誘いくださってありがとうございます!」
「こちらこそ、ごめんね。毎日頑張ってもらっているのにこんなことしかできなくて」
「いえいえ、私はルナ様のお顔を拝見できるだけで毎日楽しいですので、謝らないでください」
僕は顔を真っ赤にして押し黙ってしまった。そんなこと言われたら期待してしまう!
そんな時、突然魔法の気配がした。強力な魔法の攻撃がどこからか飛んできたのた。殿下の護衛がカウンターを打ち、魔法を弾き飛ばす。アリスは何もできない僕を守るように抱きしめると片手で陣を作り短く詠唱した。たちまち光魔法が付与された水のベールが船を包む。
敵は直接船を攻撃できなくなったため、周りの水面を狙ってきて、船が大きく揺れた。僕がまだ固まっているとアリスが僕の手を両手で握り締め、力強い声で言った。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫!ルナ様深呼吸してください。」
僕はハッとしてあわてて深呼吸をする。アリスは僕の手を掴んで船室に連れて行ってくれた。ディアが言っていた。ディアが初めて魔法を暴発させて周囲を傷つけ落ち込んで、教会で座り込んでいた時にアリスと出会ったのだと。そして、その時に心を落ち着ける魔法の言葉を習ったのだと。
『自分の望みを三回口に出して唱えると願いが叶うのよ!あなたは二度と人を傷つけない。あなたは二度と人を傷つけない。あなたは二度と人を傷つけない!もう大丈夫!』
アリスはそう言って笑ったという。ああ、君は本当にすごい。僕は今絶対大丈夫だという自信に満ち溢れている。
「ディア、魔法攻撃だ!」
「そのようだな。ルナ、敵の位置を特定してルートを作ってくれ、俺が風で相手を切り裂く」
「わかった!」
僕は陣を結び、敵に繋げる亜空間を生み出した。相手の魔法の残滓を辿り敵にたどり着く。そこにディアがすかさず風魔法をぶち込んだ。
亜空間から敵が風魔法をまともに食らった衝撃が伝わった。その後、敵の攻撃は一瞬にして止んだ。
ディアが風魔法で気配察知を行い、相手が逃げたことがわかった。
船は無事に岸に着き、幸いこちらの乗船者に怪我人は一人もいなかった。
「さすがに超級が三人も揃うと鮮やかですね」
王子の護衛の騎士が感心したようにそう呟いた。
アリスの水と光の複合魔法による防御は特に素晴らしかった。通常光魔法で他の魔法を一つ一つ打ち消すことはしても、水で作った防御壁に光魔法を付与し、敵の攻撃を一切通さないというのは、超級の魔力量ならではだ。
「アリス、ありがとう」
「ルナ様こそ、ありがとうございました!すごい魔法でしたね!」
僕は少しぐらい恰好いい所を見せられたのだろうか?いや、アリスの恰好よさの前では霞みまくりの気がするけど。
僕はいかにして、アリスに恰好いい所を見せられるかを考えた。そのチャンスの一つ、学園の武道大会がもうすぐ開催される。
僕は、剣は苦手だけど、弓の名手だった父上に習っており、小さな頃から弓だけは得意だ。
迷わず弓技にエントリーして、それから毎日自宅で弓の技を磨いた。
的を正確に射ることに集中するうちに、精神も鍛えられたのか、闇魔法の精度も上がって行った。
闇魔法は別次元への干渉を行う魔術だ。亜空間だけではなく精神世界も含まれる。駆使することで、ある程度の過去視も可能になる。残照を捕らえるものなので、理論的に未来視はできないのだが。
侯爵家遊覧船襲撃事件の状況について俯瞰的に過去視してみることができた。船の進行方向の右方向から魔法攻撃がされている。数名の魔導士が岸辺から攻撃しているのだ。ディアの攻撃が魔導士たちを襲い、鮮血が見えた。軽傷の魔導士が仲間を連れて転移する。僕はその魔導士に意識を集中し、転移先に過去視を移す。すると見覚えのある紋章が見えた。あいにく過去視はそこまでしかできなかった。
しかし、なぜあの紋章が?一体誰が何のために襲撃したのか。
僕が過去視の内容を殿下に伝えると、殿下も渋い顔をしてみせた。周辺の調査でその紋章の馬車が目撃されていたことが早い段階でわかっていたらしい。でも相手が悪すぎてこれ以上の追求はできないそうだ。過去視の内容も証拠にはなり得ないのでもどかしい。
結局、殿下を狙ったのか、侯爵家を狙ったのか、僕や、ディア個人を狙ったのかそれもわからない。いくら派閥間で争いがあるとはいえ、過去このような直接的な攻撃を耳にしたことはなかった。
もっと何か特別な理由があるのかもしれない。犯人の意図が分からない限り今後も同様の事件が起こる可能性を否定できない。
僕は暗澹たる気持ちになった。でもアリスの言葉を思い出し、決意する。僕は絶対に彼女を守るのだと。
そして武道大会当日がやって来た。
僕の弓技は午後からで、昼食を両親とアリスと四人で摂ることになった。アリスは緊張しているようだけど父上と母上は嬉しそうだった。特に母上はアリスがお気に入りで、週末も母上がアリスを独り占めすることもよくあった。
僕は、午後からの弓技でアリスに勝利を捧げたかったので、そちらに意識を集中していた。
時間が来たので、選手控室に向かった。アリスが付き添ってくれたが、中には女性は入ることができない。ディアがすでに来ていて激励してくれた。アリスは両親と観覧席から応援してくれると戻って行った。
弓技は的に向かって三本の矢を射て、その正確さで順位が決まる。僕は三列目だ。深呼吸して、順番を待つ。
僕の番だ。いつになく神経が研ぎ澄まされ、三本の矢を次々と射た。矢は吸い込まれるようにすべて中央に収まった。
全参加者が射終わり、僕を含めた最高得点者五人のサドンデスが始まった。
一射目は全員成功だった。異変は二射目で起こった。弓の弦が赤く燃えた。あっと思うともう弦と弓と矢が跳ね上がった。僕はそこで意識を失った。
目が覚めると、アリスが泣いていた。ああ僕はまた格好悪い所を彼女に見せてしまったようだ。