5.武道大会
またまたちょびっとシリアスです。
流血表現あり
長期休暇が明けると大きなイベントが三つ続く。まず武道大会。これは男性のみ参加の運動会みたいなもので、剣技、馬上剣技、弓技のいずれかに全男子生徒が参加することになっている。各優秀者は栄誉が贈られ、卒業後の就職先にも影響するので皆真剣だ。ゲームの中では攻略対象者達の見せ場になる。
別名スチル集ともいう。もちろんヒロインの行動次第でそれぞれの好感度が上がり下がりするようになってもいた。
次に文化発表会。これは男女とも参加することに決まっていて、クラスごとに音楽、演劇、朗読のいずれかの発表を行うもので、まあいわゆる文化祭だ。
ちなみに乙女ゲームでは、ジャックかディアの好感度が高ければ演劇でヒロインが主役を張る。王子やその他の好感度が高ければ音楽で、ヒロインが歌を歌うのよね。
演劇も歌もミニゲームになっていて、クリアすると好感度が上がるのよ。
そして三つ目のイベントは大舞踏会だ。国王ご夫妻やその他の高位貴族も参加するものだ。これは実質一年生の社交界デビューの場となっていて、ヒロインはその時一番好感度の高い人から最後の曲のダンスを申し込まれるのよね。
「ルナとディアは武道大会の種目は決まったのか?」
「俺は馬上剣技にする。馬術は得意だからな」
「僕は弓技にするよ。剣とか重くて持てないし……」
ルナ様が下がり眉でそう言った。そうですよね。無骨な剣なんてルナ様に不似合いです!
まあルナ様は騎士団や軍に入ることはあり得ないので、あまり頑張りすぎないでくださいね。頑張るルナ様ももちろん可愛くて応援したくなりますが!
「文化発表会の準備もあるし、この季節は忙しいよな」
ジャックが溜息をついた。ジャックは騎士志望なので武道大会では優秀者にならないとね。まあ、ほっといてもなるだろうけど。確か乙女ゲームでは剣技で優勝してたはず。
「文化発表会か。最悪だよな。俺ら」
「……うん」
ディアとルナ様の顔色が悪くなった。そうなんです。なんとうちのクラスは演劇に決まりました。しかも主役はディアで、ヒロインはルナ様です。解せぬ。
一部の女子がルナ様とディアを主演にして劇をやりたいと強行し、当人の反論も許されぬうちに決定してしまいました。
「アリス、変わってやろうか。主役」
「えっ何でですか。私女ですよ。何で男役を代わりにするんですか」
「ルナが女役なんだから男女逆転でちょうどいいだろ」
「あっそれいいな。やれよ、アリス。お前の男装見たいわ」
「もう二人とも止めてよ!」
ルナ様が珍しくプンプン丸になった。何これ可愛い!
あーうちのルナ様には本当に癒されるわ。ルナ様のメイド見習いになってもうすぐ半年になるけど、本当に良い職場、良い主様だわ。
というわけで、武道大会の日がやってきました。
私は宰相と奥様と一緒にルナ様の応援です。まあルナ様の出番は午後からなので、午前はルナ様やジャックも一緒にディアの馬上剣技を観覧します。
ディアは馬術が得意と言うだけあって、なかなかいい線までいったけど、三回戦で敗退。残念。
武道大会は大きなイベントの一つで、学外からも多くの人が訪れる。生徒の家族がメインだけど、貴族ならほぼ制限なく入場できる。なぜならこっそり賭けが行われているからだそうだ。貴族のお遊びなので、それほど深刻なものではないのだけどね。
今日はハッター侯爵家の執事長やメイド長も来ていて、学園内の指定場所にテントを張りだし、ご家族でランチを摂られことになっている。でもルナ様は食べすぎると午後の弓技に影響が出るかもしれないので、軽食にとどめている。
ジャックとディアも今日ばかりはそれぞれの家族と一緒に過ごしている。
私も今日はメイドに徹するはずだったのだけど奥様の是非にというお言葉に押されてなぜか侯爵家ご一家様と同席させていただくことになってしまった。緊張で食べものの味がわからないんだけど……。
「この雰囲気懐かしいわあ~。私もルーイ様の弓技を観覧しましたもの」
ルーイ様というのは宰相のことです。念のため。ちなみに夫人のお名前はレイア様だ
「あの時は君が見てくれていると思ったら、なぜか心が落ち着いて、普段よりも良い結果が残せたな。ありがとう、レイア」
「まあ」
なんだかよくわかりませんが、仲睦まじいようで何よりです。ルナ様の顔色が普段よりも白くなったような気がしますのでそろそろお二人もこちらの世界に戻ってきてください。
昼食も終わり、いよいよ弓技が始まる。私たちは会場に急いだ。
侯爵夫妻は観覧席に直行し、私はルナ様に付き添って選手控室前迄やって来た。ディアも来ていたので、後をお願いして観覧席に下がる。女性は控室に入ることはできないからね。
侯爵夫妻の横に行き、ルナ様の登場を心待ちにしている。
弓技は的に向かって三本の矢を射て、その正確さで順位が決まる。
最高点が複数以上いたら、失敗するまでサドンデス状態で射ていくのだ。
ルナ様は三列目ね。がんばれ~!
いつになく凛々しいお姿のルナ様が現れた。三本の矢を次々と射ていく。なんとすべて中央に命中し、最高点者に並んだ!すごい!こんな特技があったのね!
全参加者が射終わり、いよいよ最高得点者五人のサドンデスが始まる。
うわードキドキしてきた!私には祈るしかできないのがもどかしいですが、全身全霊でパワーを送りますね!
一射目は全員成功だった。異変は二射目で起こった。遠目にルナ様の弓の弦が赤く光ったように見えた。あっと思うともう跳ねた弦と弓がルナ様を傷つけ、赤いものが噴出していた!悲鳴が上がり、会場がパニック状態になった。
私は観覧席から飛び降り、ルナ様の元に駆け付けた。嫌!死なないで!
到着するとディアが必死に治癒魔法をかけてくれていた。それでもなかなか血が止まらない。私も泣きながら必死に治癒魔法をかけて、血をハンカチで抑えた。ダメダメ死んじゃヤダ!二人がかりの治癒魔法のお陰か血が止まった。でも流れ出た血が多かったせいかルナ様は意識を失ってしまっている。担架に乗せられ、救護室に連れて行かれるルナ様に今度は回復の魔法をかける。輸血がないこの世界では命をつなぐためにこれが大事なのだ。
「うっ」
ルナ様が意識を戻されたようだ。
「ルナ様……。ルナ様……」
私は壊れたオルゴールのようにそれしか口から発せられなかった。良かった!もう大丈夫!
「……アリス?」
ルナ様が手を差し出す。私は両手でそれを握った。ああ神様、この方を守ってくださってありがとうございます!