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閑話 ルナ・ハッタ―の事情 その1

ルナ視点です。




 僕は小さな時に出会った少女が忘れられない。

 あれは七歳になって間もない頃、僕はある貴族のお茶会に呼ばれた。初めてのお茶会という訳ではなかったけど、子供が多くいる集まりだったので、母が僕をお茶会に慣れさせるために連れて行ってくれたのだ。


 そこには僕が普段接しない、白の派閥と呼ばれる貴族の子弟も多くいた。母が友人たちとの会話に夢中な間に僕は白の派閥の子供たち何人かに囲まれて、庭園の端のほうに連れて行かれた。


 僕より体の大きな奴らに囲まれ、僕は泣きそうになった。いや、声は出なかったけど泣いていた。

 すると、女の子の声が聞こえて来た。

「お父様!こちらのお花がとても美しいわ。行ってみましょう!」

 女の子の声は徐々に近づいてくるようだった。

 僕を囲んでいた奴らは、慌てて逃げるようにその場を去った。


「大丈夫?」

見るとピンクブロンドの可愛らしい女の子が青い大きな目で僕のことを心配そうにのぞき込んだ。「お父様」は近くにおらず、彼女だけが立っていた。


 「はい。どうぞ」と差し出されたハンカチには名前の刺繍がしてあった。

 「……ありがとう」と僕はハンカチを借りると涙をぬぐった。洗って返すと言ったけど、彼女は持っていないと怒られるからとハンカチをすぐに自分のポケットにしまった。


「落ち着いたら行きましょう。もうすぐアイスクリームが出るのですって」

 彼女はそう嬉しそうに言った。しばらくすると拍手と歓声が聞こえた。アイスクリームは初夏のお茶会ではメインイベントの一つだ。美しく飾り立てたアイスクリームはシェフの腕の見せ所だからだ。


 少女は、あっと声を上げて、瞬く間に走り去った。僕は母の元に戻って、今あったことを伝えた。少女にもう一度お礼を言いたかったのだ。

 でも帰ってしまったのか、少女を再び見つけることはできなかった。


 そして、十六歳になった僕は運命の再会を果たす。

 入学式に向かう途中、女の子が転んでハンカチを落とした。僕はそれを拾うと目を見張った。だってあの時と同じ刺繍がしてあったから。


 喉の奥がチリチリと焼けそうな感覚があったけど、なんとか振り絞る。

「あの~」 

 落とし主の少女が僕の方を見た。あの子だ!ピンクブロンドと青い瞳の少女はとてつもなく可愛く成長していた。それは僕が言葉を失うのに十分なほどに。


「あっ、ハンカチ拾ってくださったんですね。ありがとうございます!」

 彼女は恥ずかしそうに頭を下げると手を出した。僕はおずおずとハンカチを差し出して、彼女はそれを受け取った。そして天使の笑顔で名前を告げた。

「私は一年生のアリス・キャロルです。どうぞよろしくお願いします。」

 アリス・キャロル、僕はその名を一生忘れないと思った。


 アリスとはなんと同じクラスになった。気さくな彼女はすぐに何人かの女生徒と楽しそうに話をしていた。自己紹介の時、あの美しい声音をもう一度聞けて僕は天にも昇りそうな心地になった。そうして浮かれて教室を出たのが悪かったのかもしれない。僕はまた白の奴らに囲まれ連れて行かれる羽目になった。


 ピーター・マルスはあのお茶会の時から何かと言えば僕に嫌がらせをしてくる。聞こえるように嫌味を言ったり、笑ったり、転ばされそうになったことや服を汚されたことも何度もあった。でも僕も警戒していて、白の奴らに囲まれることなんてあの時以来なかったのだ。


 僕は何をされるのかとビクビクしながらついて行った。殴られたりするのも恐ろしいけど、魔法で何かされたらどうしようと思った。僕の力は強すぎて、感情が高ぶるとコントロールが効かなくなるのだ。一度家の中でだけど、闇魔法が暴発したようになって部屋をめちゃくちゃにしてしまったことがあった。もし魔法で攻撃されたら僕はきっととんでもないことを引き起こしてしまう。


「このチビのルナ・ハッター、なんでお前は男の制服を着てるんだ?お前みたいなチビは女生徒の制服のほうがぴったりだろう」

「随分浮かれているようだが、俺たちがお前の学園生活をもっと楽しくしてやるよ。一日で学園はもう十分だと思うほどにな……」

 僕は恐怖で固まった。どうしよう。魔法を使えばこいつらを簡単に排除できる。でも下手をすれば命も奪ってしまう。


「おい!そこで何している!」

 叱責するような声が聞こえて来た。見ると、同じクラスのジャック・スペードとなぜかアリスが二人でこちらに向かってきた。なんであの二人がこんなところに?


「……ジャック・スペードか。何の用だ」

「マルス殿じゃないですか。彼は俺の同級生ですが。何か御用ですか?」

「……同じ侯爵家同士挨拶をしていただけさ。おい行くぞ」

 マルスはそう言うと取り巻き達を連れて去って行った。


「どうして……?」

 僕は茫然と呟いた。どうして二人は一緒にいるの?どうしてこんな情けない所を僕は見られているの?でもどうして君はまた僕を助けてくれたの?

「今朝この辺りで落とし物をしてしまって、……大丈夫ですか?お顔色が優れないようですが」

「……大丈夫です」

「ハッター殿、送迎場までお送りします」

 ジャックがそう言うと僕を促した。僕は重い足取りで従った。


「……マルス殿はなんと?」

「……別に、ただ挨拶だと言っていました」

 ジャックの問いにそう答えると、彼は少し訝し気に眉根を寄せた。

「マルス侯爵家は白の派閥だ。宰相とは対立関係にありますね。何か嫌がらせをされているのではないですか?我がスペード家は赤の派閥です。助けが必要ならご遠慮なく仰ってください」


 僕の父、宰相であるハッター侯爵は赤の派閥だ。ジャックの父であり、騎士団長であるスペード伯爵も確かにそうだと聞いている。


「……ありがとうございます」

 僕はただ頷いた。ずっと憧れていた、いや大好きな女の子にまた情けない姿を見せたことがショックすぎて。


 送迎場に着いて、ハッター家の馬車を回してもらうとすぐ侍従がやってきて僕は馬車に乗った。ため息が出たけど、アリスの顔を思い出すと自然と顔が赤くなるのがわかった。

 ああ、あの夢にまで見た少女がすぐ手の届くところに現れたのだから。


 結局、その日の僕はまた恋の熱に浮かされていたようで、すぐに母上に何があったのか問い質された。母上にはお茶会の少女を僕が忘れられなかったことがバレているのですぐに話が通じた。母上は自分のことのように喜んでくれて、応援すると言ってくれたけど、まさかあんなことになるなんて思わなかったんだ。僕は母上を甘く見すぎていた……。


 翌日、僕はエース殿下に誘われて王宮に寄っていたので家に帰るのが遅くなった。すると母上がとても嬉しそうにしていて、父上の所に行ってらっしゃいと言われた。


 僕が父上の所に行くと、とんでもないことを言われた。

 なんと、アリス・キャロルを僕付きのメイド見習いとして雇い入れたと言うのだ。

 父上は母上から僕がアリスに恋していることを聞いていた。「がんばれよ」とニヤリと笑われた。

 いや、好きな子がメイドになって、どう頑張れと言うのさ!


 僕が暗澹たる気持ちで学園に行くと、アリスが笑顔で話しかけてくれた。

「おはようございます。ルナ様」

「……おはようございます。アリスさん」

 やっぱり今日も天使のように可愛かった。


「呼び捨てで結構です。ルナ様。私は昨日付でルナ様付きのメイド見習いとなりましたので」

 姿勢正しくメイド然として頭を下げるアリスに僕は少し悲しい気持ちになった。

 なんだか入学式の時よりも壁ができた感じだ。様なんてつけてほしくないし、ルナと呼んでほしいのに、使用人ではそうお願いすることもできない。


「学園にご滞在中は私がお世話させていただきますので、何なりと仰ってくださいね」

「……」

 アリスのまぶしいばかりの笑顔に、僕は心中複雑ながらも笑い返すしかなかった。

「ハッター殿、おはようございます」

 ジャックがやってきた。父上が僕と学友として仲良くしてくれるよう頼んだと聞いている。でも騎士志望の長身で精悍なイケメンに気後れしてしまう。「おはようございます」と小声で返すのが精一杯だった。


「おはようございます。スペード様」

「おはよう、アリス。……ジャックでいいと言っただろう」

 この二人はやはり付き合っているのだろうか。美男美女で確かにお似合いだけど、僕は何も伝えないまま失恋してしまうのだろうか。

 そんな風に思っていると担任がやってきて、授業が始まった。


 魔法学の第一回目は適性分けだ。僕は闇属性で、六属性持ちで天才と名高いディアと隣同士になった。ディア・クロウリーは赤の派閥のクロウリー伯爵の第二子だ。話しかけ辛い雰囲気だったけど、魔術に対して真摯に向き合い、同じ超級の魔力量ということで、コントロールについての悩みを聞いてもらえた。ディアも小さいころ魔力を暴発させ大騒ぎになったらしい。それで落ち込んでいた時にある人から、心を落ち着ける「魔法の言葉」を教えてもらい、それ以来飛躍的にコントロールできるようになったそうだ。


 僕はこの時ディアから闇魔法の持つ可能性についても教えてもらい、自分の魔力に自信がつくきっかけになった。彼とはこの日以降、親友と呼べるほどの関係を築いていくこととなる。


 昼休みになって、ランチはアリスの手料理が食べられるとなって、僕は初めて父上がアリスを僕のメイド見習いにしてくれたことを感謝した。


 ジャックと一緒に待っている間、気になっていた二人の関係を聞いてみることにした。

「スペード殿は、アリスと仲が良いですね。お知り合いなんですか」

「ジャックで結構ですよ。アリスとは子供の頃に出会っているのですが、彼女は覚えてなかったので、ほぼ初対面ですね。俺よりもルナ様のことは覚えてましたよ。彼女」

「えっアリスが!?スペード殿、いや、ジャック。じゃあ僕のこともルナと呼んで。敬語もいいです。それより彼女はなんて言ってたの!?」


 ジャックもアリスのことを知ってたのか。まあ貴族社会は狭いから当然と言えば当然だけど。それにしてもジャックのことを覚えていなかったのに、アリスが僕のことは覚えていたと聞いてちょっと優越感を抱いてしまった。


 ジャックは気さくでとても会話も上手で、本当にいい奴であることがすぐにわかった。

 アリスが料理を持ってやって来る頃には僕たちは随分打ち解けていた。ちゃんと先日助けてもらったお礼も言うことができた。


 アリスやジャックと過ごすようになって、僕の毎日は本当に明るく楽しいものになった。ディアとも魔術談義を交わし、勉強も充実した。


 ピーター・マルスたちが僕に嫌がらせをしようと近づいて来ても、アリスやジャックがさりげなく庇ってくれるのが少し情けない気持ちにさせたけど、成績も誇れるような結果を出し、魔法学の課題のお陰で王宮から直々に依頼までもらえるようになった。


 そして、その開発のために長期休暇をディアと領地で過ごすことになったのだけど、一つ問題があった。長期休暇の間はアリスが一日中ずっと付いていてくれるのだ。

 そう朝から晩まで!


 どこの世界に好きな子が一日中横にいて冷静でいられる十代男子がいると言うのか?いないよね。


 恐ろしいことにアリスは湯あみや着替えの世話までしようとしたがそれは断固断った。不服そうだったけど、何とか納得してもらえたようでほっとする。

 それでもアリスの「おやすみなさいませ」と「おはようございます」は僕を天国に直行させるだけの破壊力があった。ああ僕いつ死んでも悔いはないです。はい。


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