15.そして、旅立つ
「愛しの婚約者殿が君を迎えに来たようだよ、アリス。……さあ、入りたまえ!」
扉が開いて、ルナ様とディアが入って来た。
途端に部屋ごと亜空間に切り離されて扉が無くなった。
「……アリスを離してください」
「君たちが私の仲間になってくれると快諾してくれるなら、喜んで解放するよ」
クローバーは愉快そうに笑ってそう答えた。
「僕たちに何をさせたいと言うのですか」
「私はね、この国の在り方を変えたいのだよ。知っているかい?私の父は前王だ。私は王弟なんだよ。だけど母の身分が低かったばっかりに、生まれるとすぐに養子に出された。王位を簒奪しないよう、この学園に押し込められたんだ。……私は超級者だ。私を殺すことは難しい。それは彼らもよくわかっていたようでね。最初は魔力制御の処置が施されたけど、制御するより上手に飼いならして国の役に立てようと思ったようだよ」
ルナ様もディアもクローバーの告白に押し黙っていた。
「ウィリアム・ラスキンとは学園の同級生でね。彼は私の事情を知って酷く同情してくれたんだ。彼は真剣に私こそが王位に相応しいと信じてくれていたよ。……残念なことになったがね」
デイアが動こうとしたところを、すぐにクローバーの魔力が捕らえた。
「クッ!」
「ディア!」
ルナ様が解除しようとするが、闇魔法では解くことができない光魔法を纏ったロープだった。ディアの力もクローバーの魔力には及ばないようだ。
「大人しくしてくれたら危害を加えないよ。湖ではね、エースを殺して君たち三人を手に入れるつもりだったが失敗した。マルスをコントロールして、エースをもう一度殺そうとしたけど、あれも失敗に終わった。だから、今回は君たち三人を先に手に入れることにしたんだよ。さあ、ルナ・ハッター、遊びの時間は終わりだ。私と契約を結ぼう!」
クローバーの手から光と闇がとぐろを巻いたリングが現れる。あれは従属の魔法だ。光で相手の精神を殺す魔法。闇で相手をコントロールする魔法。
「君は攻撃する術はないだろう?無駄な抵抗はやめて、私の下僕になれ!」
しかし、そう言ってクローバーが放ったリングを、ルナ様の右手が易々と受け止めてその中で消し去った。
クローバーの顔に焦りの色が浮かぶ。そうよね。クローバーではルナ様に敵わない。ルナ様の魔力はゲーム通りなら私の十割増し、クローバーは二割増しぐらいなので、クローバーがルナ様を魔力で捕らえられるわけがない。だってゲームでは闇落ちしたルナ様を三人がかりで抑えるのよ。
ゲームのラスボスのルナ・ハッターは、その強大な魔力で王都を亜空間に引きずり込む人間ブラックホールと化すのだ。
「闇魔法は確かに攻撃には向きません。でも応用すれば何とでもなるんですよ」
「!?」
ルナ様が手かざすと、大きな亜空間がクローバーの頭の上に開き、そこからジャックが現れた。
「ぐあっ!」
ジャックの下敷きになり、蛙が潰れたような声をあげ、クローバーは昏倒した。
「キャアー!!!」
私の入った水晶玉はクローバーの手から転げ落ちた。割れたら私どうなるの!?
「アリス!」
私は恐怖で目をつむった。でも衝撃は一向にやってこない。代わりに身体が暖かな手で包まれているのを感じた。
「アリス、大丈夫?怪我はない?」
「ルナ様……」
目を開けると私はルナ様にお姫様抱っこされていた。
「ごめんね。怖かったね。泣かないで」
私がルナ様の首に抱きついた瞬間、ディアが「アリス、先に俺を助けろ」と言いやがった。全く、馬に蹴られればいいのに!
私はディアを解放し、ルナ様が部屋の亜空間状態を解除してくれた。
扉を開けると、エース殿下と近衛兵たちが駆け付けてくれていた。何とか入ろうと試みたが、どうしても開かなかったらしい。中の様子はルナ様たちがこっそり通信鏡を持ってたのでわかったみたい。
「クラブ・クローバーがウィリアム・ラスキンの仲間でした」
そう言って、ディアとジャックが抱えていたクローバーを近衛兵に引き渡した。厳重な魔力制御が施され、気絶したままクローバーは連れて行かれた。
あれだけの魔力保持者だ。目が覚める前に毒杯を煽らされることだろう。私は優しかったクローバー先生を思い返して静かに涙した。
後日、私たちは王宮でエース殿下から事の顛末の説明を受けた。
「結局さ、クローバーとウィリアムは実力よりも身分がまず第一義であるこの体制を変えたかったようなんだ。クローバーが町の孤児たちの教育にも熱心に力を入れていたのは知っているだろうアリス」
私は頷いた。
「彼らは僕たち現王家を倒して自分が新王になり、この国の根本を変えようとしたんだ。でもまあ、確かに実力のある者に機会を与えるのも、子供に教育を施すのも国としてとても大事なことだからね。僕たちも彼らの意を汲んで、教育体制と登用姿勢を変えていくつもりだよ。……手始めに、アリス、君を王国初の女性宮廷魔導士に登用することになったから、卒業したらよろしく」
えっ何それ、そんなこと初耳なんですが!?私は焦ってルナ様の顔を見た。ルナ様は優しく微笑んで頷いてくれた。
「アリス、僕も卒業したら宮廷に出仕するから、一緒に頑張ろう」
「ルナ様……。でもお家のこととかいいのでしょうか?」
「大丈夫!父と母も賛成してくれているし、家のことはまだまだ母が元気にやるさ」
私は心が温かくなるのを感じて、ルナ様を見つめた。なんて素敵な旦那様だろう!この国で貴族女性が働く道を開いてくれた!
私はエース殿下に向き直って言った。
「謹んでお受けいたします!」
「おー!頑張れよ!俺達が付いてるからな!」
「俺はもう少し研究室に残る予定だけど、何年かしたら行くからそれまで頼むぞ!先輩!」
「ありがとうございます。お二方!頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします!」
ジャックとディアのいつもの揶揄うような励ましも気に障らないぐらい幸せだった。
王立学園は数年以内に貴族専用から、平民でも実力のあるものを登用するよう制度を変えることになった。また官僚の登用も生まれよりも実力を重視するという方針が打ち出された。
国を良いように変えていこうという動きが加速していく。
孤児たちにもきちんとした戸籍と待遇をということで、孤児院とその後の自立支援が見直された。
そんなある日、トムが私に会いに来た。
「よお」
「よお、じゃないわよ。あのカード何だったの?クローバー先生のこと知ってたの?」
私の矢継ぎ早の質問にトムはタジタジになりながらも答えてくれた。
「クラブ先生は、俺の恩人の一人なんだ。先生の頼みなら今まで何でもしてたけど、アリスが危ない目に会うのは嫌だったからさ」
聞けば、教会に保護されたトムは、クラブ先生のために孤児たちの組織を作り、色々活動していたらしい。うわ!これ私、聞かなきゃ良かったパターンじゃない?
「もう俺たちはこの国から出て、どっかの国の冒険者になるよ。お前とも会うのはこれが最後だ。ヘンリーにもよろしく伝えてくれ」
「ちょっと待ちなさいよ!」
私の叫びも空しく、トムはまた一瞬で消え去った。本当に不思議の国のアリスのチェシャ猫みたいね!
◇◇◇
ついに卒業する日がやって来た。ルナ様が答辞を読み上げ、式が厳かに終わった。
講堂を出て門を潜ればもうこの学園ともお別れ、いよいよ旅立ちの時だ。
門を出ようとした時に、ルナ様が繋いでいた私の手を両手で覆った。
向き合って、見つめ合い、数秒の沈黙が訪れる。
「……ねえ、アリス。改めまして僕と結婚してください」
「……はい!喜んで!」
結婚式は夏至の日までにあげましょう。末永く幸せであるように!
完
お陰様で無事完結となりました。
沢山の方にお読みいただき光栄です。
作者マイページの活動報告にて本作のあとがきのようなものを記載しております。
ご興味ある方はチェックしてみてください。
今後ともどうぞよろしくお願い致します。




