2.メイド生活がはじまりました。
本日二話目投稿です。
夜にもう一話投稿します。
「おはようございます。ルナ様」
「……おはようございます。アリスさん」
「呼び捨てで結構です。ルナ様。私は昨日付でルナ様付きのメイド見習いとなりましたので」
姿勢正しくメイド然として頭を下げる。ロリーナとメアリには朝一番にルナ様付きのメイド見習いになったことを伝えてあるが、他の生徒たちにも知っておいてもらう必要があるので、他人に聞こえるように言ってみた。
侯爵家のメイドになってしまえば、多少私が男性と話してもメイド然とした態度を崩さなければ、攻略対象者狙いの女性陣から恨まれる可能性も、絡まれる可能性も減るからね!
白派閥には嫌がらせされるかもだけど、それはあまり心配してない。
「学園にご滞在中は私がお世話させていただきますので、何なりとおっしゃってくださいね」
「……」
私の渾身の笑顔に、ルナ様は居心地が悪そうに苦笑いした。
「ハッタ―殿、おはようございます」
ジャックがやってきた。宰相に直接頼まれ張り切っているようだ。
ルナ様も「おはようございます」と小声で返す。
「おはようございます。スペード様」
「おはよう、アリス。……ジャックでいいと言っただろう」
そんな!女生徒から大人気のジャックを名前で呼んだら、虐められるじゃないですか!
私は曖昧に笑って、応えずに下がった。
先生が来たので、ルナ様に一礼して席に戻る。
午前の講義は魔法学だ。「ワンダーラブマジック」というだけあって、この世界はがっつり魔法が使える。魔導士団なんてあるのだから、そりゃそうよね。
今日は各自の適性を調べて、それぞれ振り分けられる。
この世界の魔法は四大元素と光と闇の六種類に大きく適性が分けられる。闇は精神系や空間系の魔法で光は治癒や無効化ね。あとは複合魔法や非常に珍しい特殊魔法なんていうのもある。転移なんかは闇が得意とする魔法で、マジックアイテムの魔法袋なんかは闇魔法でできている。特殊魔法では「緑の手」や「獣王」と呼ばれる植物や動物を自由にコントロールするものや、「クリエイター」と呼ばれる無から有を生み出すまさしく神の御業的なものまである。だって疑似生命も生み出せるのよ。ホムンクルスとか。
錬金術は別にあるけど、これは四大元素適性者が得意とするところ。突き詰めれば化学だからね。原子の融合と分裂を行うには、風、火、水、土のいずれかの適性があればだいたいできちゃう。でも半端ない魔力が必要なので、鉛から金を作るより、金を買った方が安いのよ。だって、超級の魔力保持者が1年かけて金貨1枚ほどができるかできないかなのよ。
その間に使用する魔力を使って、別の仕事で稼げば、金貨が何千枚も稼げるのに、そっちのほうがいいわよね。
さて、魔力の適性は一人一つあればいいほう。基礎魔力があれば生活魔法は問題なく使えるので、特段の魔力適性がない人もいれば、四大元素すべてに適性があるチートな人もいる。それでも結局魔力量の過多のほうが重要なので、適性はまあ、知ってその方面を伸ばしましょうというのが授業の趣旨だ。
ちなみに私は水と光に適性があって、魔力量は超級である。さすがヒロイン!光適性はそう珍しくもないのだけど、魔力量超級が激レアだからね。生き抜くためにもチートがあるに越したことないわ。
皆順番に前に出て適性をチェックしていく。魔力適性の判断の方法は、先生が生徒に魔力を流しそれに反応した生徒の魔力の色で判断される。
水は青、火は赤、風は白、土は黄色、光は金色で、闇は黒だ。
このクラスでは特殊魔法適性者はおらず、天才魔導士のディア・クロウリーが六種類全部に適性があった。ジャックは火で、ルナは闇ね。これらは全てゲームの通りだわ。
あら、メアリは光で、ロリーナは水ね。よかった演習、一緒にできそう!
この後、適性ごとに席替えが行われた。複数適性のある者はコントロールが苦手なものか特に伸ばしたいものを優先して選ぶ。私は水魔法を選んだ。光魔法はわりと単純でコントロールは難しくないのだ。水魔法のほうが応用が利くので、いろいろ学んでおきたい。
「ロリーナさん、私も水魔法を選択します。よろしくお願いいたします」
「まあ、アリスさんもご一緒だと心強いわ!どうぞよろしく」
ルナ様とディアとが並んで座った。闇魔法は奥が深いしコントロールが難しいので、ディアも闇魔法を優先したようだ。観察していると二人は二言三言交わしている。ルナ様も特に嫌そうではなかった。よかった。クラス内ではルナ様、何とか平穏に過ごしていただけそう!
魔力量は、中級、上級、超級に分けられる。超級の中でもピンキリだけど、このクラスには私の他に、ディア、ルナ様だけが超級だった。他は中級がほとんどで、ジャックも中級。騎士の家系だから当然といえば当然なんだけど。
授業は何事もなく終わり、お昼休みになった。今日から私がルナ様となぜかジャックのお昼を用意することになったので、ルナ様とジャックには二人で先に中庭の予約してある四阿に移動してもらった。
私は食堂に行って食器類を借り、持ってきたバスケットの中からお昼ご飯を取り出しサーブを始めた。今日のメニューはミモザサラダ、鶏胸肉のロースト・オレンジソース掛け、ミネストローネ、バゲットだ。水魔法を使って、胸肉とミネストローネを温める。デザートにはババロアもあるよ!
ルナ様育成プロジェクトということで、まずは食から!タンパク質とビタミン、カルシウムを効率よく取れるメニューを考えて来た。
宰相のお宅でメイド見習いの契約を結んだとき、ルナ様の偏食と食の細さについて相談されたので、私がルナ様の好物をメインにしたランチを用意することを提案したのだ。侯爵家の料理長とも相談し、学校のメニューでは対応できないような野菜の切り方の好みも取り入れることになった。なぜかジャックが、自分も食べたいと言い出すと、旦那様が私とジャックの分の材料費も負担してくださるということで、今日から三人で昼食を摂ることになった。
四阿に着くと、ジャックとルナ様が楽しそうに談笑していた。
いつのまにかお互い敬語が取れて名前呼びになってるし、微笑ましいわ。
ジャックって、世話焼きのいい奴よね。私が弟とはぐれた時もそうだったけど、困ってる人をほっとけないタイプなのね。ゲームの中では接点がなかった二人だけど、こうしてみるといい友人になれそうで良かった。
「お待たせいたしました。ご昼食をお持ちしました」
四阿には真新しいテーブルクロスが敷かれている。学園では予約をすれば、このようにセッティングいただけるのでありがたい。カトラリーと料理を並べ、私もルナ様の横に着いた。
「ありがとうございます。あ……アリス」
ルナ様が一生懸命な様子で言葉をかけてくださった。可愛い‼庇護欲をそそるわ!
「「「では恵みに感謝して、いただきます」」」
おずおずと、食べはじめたルナ様の様子をしばらく眺めていると、味を気に入ってくださったようで、笑みを浮かべながらもぐもぐと口を動かし始めた。よかった。料理には自信があったけど、初めて食べていただく時って緊張するわね。
「ごちそうさま!すごいアリスって料理上手なんだね!」
「ああ、確かにうまかった。ごちそうさま!」
二人とも喜色満面でこちらまで嬉しくなる。
「デザートもありますよ。お茶をすぐにお淹れいたしますね」
デザートも含めて栄養考えているからね!ルナ様、健やかにお育ちくださいね!
それから和やかな時を過ごして、お昼休みが終わった。もっぱら喋るのはジャックで、ルナ様は相槌を打ったり、質問に答えたりするだけなのだが、この短時間で随分打ち解けたようだ。こうして二人が仲良くなってくださったら、ルナ様の闇落ちフラグも折れやすくなるからいい傾向だわ!
午後の授業は歴史学で、眠気を誘うが何とか持ちこたえる。授業が終われば、ルナ様を送迎場までお送りして今日の任務は完了!
私のメイド見習い第一日目はこうして無事に終わった。
その後も週末まで無事にやりすごし、いよいよ今日は侯爵邸でお勤めを果たす日だ。侯爵邸からは迎えの馬車が来てくださった。私の家は王立学園のすぐそばにある貴族街の貴族専用テラスハウスにある。侯爵邸は王都郊外の広い邸宅になっているので、歩いていくのはちょっと無理。というわけで、週末の仕事の時には送迎してもらえることになっている。
侯爵邸で雇われることが決まって、うちの両親は大変喜んでくれた。宰相とのつながりができるからというより純粋に家計が助かるからだけど。侯爵ご一家にくれぐれもよろしく頼むと手紙迄託された。この国では成人は十六歳なので、私が侯爵と雇用契約を結ぶのに親の許可は必要ない。が、やはり親からの挨拶状くらいは礼儀として必要だもんね。
侯爵邸に着くと、前回お会いした執事長のマクドナルドさんが迎えてくださった。今日は宰相は不在らしく、侯爵夫人にまずご挨拶することになった。
侯爵夫人はまだ三十代前半の美しい小柄な女性で、淡い金髪がルナ様とよく似た優しそうな方だった。
「あなたがアリスさんね!ずっと会いたいと思っていたのよ。こんなに可愛らしい方だなんて嬉しいわ」
私の両手を握り、本当に嬉しそうに仰る奥様。そんなに喜んでもらえて嬉しいですが、距離が近すぎる気がします!
「息子が小さな時に助けてくださったお嬢さんがいたことをずっと覚えていてね。ぜひお礼を言いたかったのよ。本当にありがとう。そして今度もまた、息子を助けてくださって……。これからもどうぞあの子を支えてやってくださいね」
後半涙ながらにそう仰る奥様にややもらい泣きしそうになりながらもなんとかこらえる。奥様、私全力で御子息をお守りいたしますね!
「あの子はね、生まれた時から病弱で、体もなかなか育たなくて、私もずっと気に病んでいたの。でもあなたがメイド見習いになった日から、とても様子が明るくて、学校も楽しそうで……」
「それは、私ではなく、ジャック・スペード様や他のご学友の皆様のお陰だと思いますわ。ルナ様、学園で、同じクラスの皆様ととても仲良く過ごしていらっしゃいますよ」
これは事実だ。ルナ様とジャックが一緒に過ごすようになって、他の生徒たちもルナ様に声をかけるようになった。ディアとも気が合うようで、二人で闇魔法について談義していることも多い。
「そうなのね。本当によかったわ。学園でちゃんとやっていけるか心配していたのだけど、あの子立派にやっているのね」
奥様は、さめざめと嬉し涙を流された。メイド長のマリスさんがやってきて、奥様を奥に連れて行った。私は私の指導員になってくださる先輩メイドのロレーヌさんに屋敷の中を案内してもらい、いよいよメイド勤務をスタートすることになった。
頑張るぞ!
メイドには大きく三種類ある。家事全般を行うハウスメイド、厨房を担うコック、そして女主人や令嬢に直接付くレディースメイド、いわゆる侍女だ。それぞれ人事権が分かれていて、ハウスメイドはメイド長に、コックは料理長に、侍女は奥様に人事権がある。また、メイド長や料理長に対する人事権は執事長にある。
またハウスメイドやコックも業務が細かく分かれており、下位貴族の娘の場合、侍女か、チェインバーと呼ばれるルームキーパー、スティルルームメイドと呼ばれるお茶菓子担当、給仕を担当するパーラーメイド、あとは子供の相手をするナースメイドのどれかになるのが通常だ。
しかし、メイドである限り、オールワークと言ってすべてをこなせるスキルを持つことが基本である。主人に付き従って遠地に行くときに、すべての業務を一人でこなさなくてはいけない時もあるからだ。
屋敷の案内の後、私のスキルを一通りチェックしてくださって、掃除、洗濯、ベッドメイキング、お菓子の選び方、お茶の淹れ方、給仕の仕方、花の活け方までいずれも合格点をもらえた。それから改めて料理長に料理スキルをチェックしてもらい、これも合格点がもらえた。
「すごいわね!見習いじゃなくて、今すぐフルで働いてもらいたいぐらいだわ」
貧乏貴族ですからね。うちの家事は母がすべてやっていましたが、母も元高位貴族のメイドでかなりスキルが高い。その母からの直伝なので、即戦力になる自信はあったよ!
とりあえず、侯爵家の使用人の皆さんからも大歓迎されたようで良かった!皆さん立派な方ばかりだし、ここで働けることになって本当にラッキー!
週が明けて、学校が始まり、今日も優雅に四阿で三人でランチをしていたところ、嫌な奴がこっちに来るのが見えた。横を見れば、ルナ様のお顔が青くなり、それに気付いたジャックが振り返り、眉根を寄せた。ピーター・マルスがしょうこりもなく取り巻きを連れてやってきたのだ。
私は気付かないふりをして密かに仕掛けていた陣を発動させる。
すると突然、土砂降りの雨になった。かわいそうにマルスと取り巻きたちはびしょ濡れになって、慌てて校舎に戻って行った。私たちは四阿にいたので、もちろんまったく濡れていない。
「なんだこりゃ?」
ジャックが不思議そうに首をかしげ、ルナ様が驚いたように私の顔を見る。
「さ、お料理が冷めますよ♪」と渾身の笑顔を向けたが、ルナ様はなぜか苦笑いになった。解せぬ。
水魔法って便利よね。どこでも水が出せるし、お湯も沸かせるし、局地的に雨を降らせることもできる。水を生き物のように操ることもできるし、ウォーターカッターとして刃物のように扱うこともできる。防御壁にもなるし、火属性の魔法にも強い。
水蒸気を含めても水が少ない所では大したこともできないし、コントロールには鍛錬が必要だし、魔力量で強弱が変わるから万能ではないけど、六属性の中で一番便利だと思う。
だってね、生命ってほとんど水でできてるのよ。これって水魔法が操れたら、簡単に人の命を握ることができるということなのよね。風魔法でも火魔法でも同じだし、魔力持ち同士なら抵抗されるから、特別でもないし、簡単というのも語弊があるかもだけどさ。
そんなこんなで、学園での生活は順調だった。乙女ゲームのイベントもしばらくはないはずだしね。問題と言えば、最近、ルナ様が私に随分心を開いてくださって、私が猫可愛がりをしすぎていることぐらい。いや、私だけじゃないわね。なぜかジャックとディアもルナ様を猫可愛がりしているのよ。これが。
ルナ様は髪をすっきり短くカットし、まっすぐ前を見るようになってきた。すると大きな瞳がキラキラと輝き、女の子のように白い肌と相まってとても可愛らしく見えるのよね。その愛らしさに皆気付いたようで、クラスでも皆から好かれている。闇落ちフラグが折れそうで良かったけど、ちょっと複雑な気分なのはなぜだろう。