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11.赤と白

 翌週、ジャックと婚約者の伯爵令嬢フランシス・サウジー様の婚約披露パーティーがスペード伯爵邸で開かれた。ルナ様、ディア、エース殿下、そして私も招待された。

 サウジー伯爵は中立派なので、このパーティーには赤の派閥だけではなく、白の派閥も中立派も招待されている。赤と白の対立は、例えばハッター家とマルス家のように役職を巡ってライバル関係がある場合でもない限り、それほど大きな問題が起こることはない。

 王室との婚姻についても、赤の派閥、白の派閥、中立派がそれぞれ持ち回りのように、王妃候補を出すことになっている。

 

 今の王妃は赤薔薇の末裔で、王太子妃は白薔薇の末裔だ。お二人の仲もお茶会の噂で聞く限り良好のようだ。


「ジャック、婚約おめでとう!」

「ジャック様、フランシス様、ご婚約おめでとうございます」

 ルナ様と私は主役のお二人にご挨拶した。フランシス嬢は柔らかなブルネットとエメラルドの瞳を持った女性らしく、美しい方だ。クラスは違うけど学園でもお見かけしたことがあった。

「ありがとう。ルナ、アリス。次はそちらの番だな」

「そうですわ。私、実はルナ様の恋の成就を応援する会の会員ですの。学園でも本当に多くの生徒がルナ様とアリスさんの恋が成就したことを喜んでおりますのよ!」

 えっ、いつの間にそんな会ができていたの!?ルナ様も知らなかったようで、驚愕しつつ首まで真っ赤にしている。

 ディアやエース殿下はうんうんと頷いているので、二人とも知っていたみたいだ。


「……今日は僕たちのことより、君たちが主役だろう!二人は幼馴染なんだよね」

「そうだな。親同士が王立学園で同級だったから、小さな頃はよく一緒に遊んでいたな」

「そうですわね。でもまさか、ジャックと結婚することになるなんて夢にも思いませんでしたけど。どちらかといえば親類のような気安さがありましたので」

 それでも二人はとても幸せそうに微笑み合っていた。お互いをとても信頼していることがわかる。


「フランシス嬢と言えば、社交界の独身男性の間でも人気だったからね。何しろ僕の婚約者候補に名前が挙がっていたほどの淑女だしね」

 エース殿下が少し恨めしそうにそう言った。もしかして殿下も狙っていたのかしら。そう言えばまだ婚約者がいらっしゃらないものね。


 主役二人は、他の招待客の所に引き続き挨拶回りに行くことになり、私たちは庭側の片隅のテーブルで軽く食事を取ることにした。


 初夏の日差しは穏やかで、豊かな草木が優しい影を落としている。

 スペード伯爵邸の庭は、奥様のご趣味らしく大きな薔薇園があり、色とりどりの薔薇が美しく咲き誇っている。

 カナッペをいただき、談笑していると、突然室内の方から大きな音と叫び声が聞こえて来た。

 私たちが駆け付けると、ピーター・マルスがうつろな顔をして、風魔法を暴走させていた。何かブツブツ唱えているがよく聞こえない。

 室内は嵐が吹き荒れているようにめちゃくちゃになり、多くの人たちが逃げまどっていた。

 シャンデリアが大きく揺れ、今にも落ちてきそうだ。


「ルナ!マルスを抑えて!俺は風を抑える!」

「わかった!」

 ディアとルナ様がすぐ動いた。

 ルナ様がマルスに向けて手をかざすと、たちまちマルスは昏倒した。でも風は一向に収まる気配がない。マルスの影響下から離れて暴走している。

 ディアが風魔法を展開した。風の流れを変えて、部屋から外に突風を流す。そのまま空に向けて風は竜巻のように舞い上がって行ったが、薔薇の花を一輪も落とすことなく、なんとか収まった。


 室内にも静寂が戻ったが、その有様は惨憺たるものだった。まだ死人が出なかっただけマシだろうが、多くの人が怪我を負っている。私とディアは治癒魔法を重傷者から順番にかけていった。幸い、フランシス様にお怪我はなかった。ジャックが身を挺して庇ったようで、彼自身は額を切っていた。ディアがすぐに治癒を施したので、痕は残らないだろう。

 ピーター・マルスは殿下が自身の護衛騎士たちに引き渡した。闇落ちが確認されたので、魔力封じを施されて治療院に隔離されることになるだろう。


 結局、ピーター・マルスがなぜこのようなことをしたのか公表されることはなかった。フランシス嬢の求婚者のひとりだったので、それが原因ではないかとは噂されていたが、確たる証拠はなかった。

 マルス侯爵家からはスペード伯爵や招待客たちに賠償がなされたが、この事件は貴族間の派閥の対立を煽るきっかけとなってしまった。


 学園も長期休暇に入り、夏の社交界シーズンが始まると、王宮や舞踏会では赤の派閥が白の派閥を口汚く罵ったり、逆に白の派閥が赤の派閥の横暴を糾弾したり一触即発の事態が多発するようになった。

 

 これを重く見た王宮は、赤と白の対立を治めようと、王妃様と王太子妃様主催で大々的なお茶会を催すことにした。


 私もルナ様の婚約者として招待された。フランシス様も一緒なので心強い。今回のお茶会は女性だけではなく男性も招待されていて、その顔触れは大変豪華だ。何しろ、赤と白の派閥に属する公爵家、侯爵家、伯爵家が勢揃いだ。もちろん中立派の方も来ているけどね。王都のすべての伯爵家以上の家長、あるいは嫡男とその配偶者や婚約者たちが来ていることになる。


 そんな中、私はなぜか王妃様と王太子妃様の間にフランシス様と一緒に座らせられることになった。これは一体どういうことなの?

 王太子妃様の右隣には数人のご令嬢たちがすでに座っていた。貴族名鑑を思い出す限り、全員白の派閥のご令嬢ばかりだと思う。王妃様の左隣にはこれまた赤の派閥のご婦人たちが数人。怖いよ、この席!


 私が恐る恐る着席すると王妃様が口を開いた。

「まあまあ。貴女がアリス・キャロルさんね。私、貴女が幼い時にお会いしているのよ。覚えているかしら?」

 私はびっくりした。そんなことあったかしら?あっでも私の母が通っているお屋敷って、確か王妃様の実家のご縁戚だったような。

「貴女のお母様は、私が王宮に嫁ぐまで私の侍女だったの。だから一度私が領地の別荘にエースを連れて行った時に貴女たち母娘を誘ったのよ。あの時は迷子のエースを貴女に助けてもらったわね。エースの命の恩人ね」

 思い出した!それって私がエース殿下と森で会った時のことだ。そっか。あれって王妃様の別荘だったのね。

「まあ、そうでしたね。その節は親子ともども大変お世話になりました。王妃様のご招待に預かるなんて本当に光栄至極にございます」

 私は慌ててお礼を言う。そっか、母様って王妃様の侍女だったのか知らんかったわ。


「まあ、アリスさんは王妃様とそんなに近しい関係だったのですね」

「王妃様の侍女だった方のお嬢さんなら、気心も許せますわね」

「ええ、アリスさんの母君のシャーロットは私にとって、本当の姉妹のように大切な人なのよ。今では気安く会えなくなってしまったけど、手紙でよく相談しているわ」

 えっ母様、凄すぎない?王妃様の相談役かよ。乙女ゲームでエース殿下ルートの時、確かに王妃様の後押しがあったのよね。それにはこんな裏があったのか。なるほど。


「そんな風に言っていただけるなんて、勿体のうございます」

「アリスさん、この度はハッター侯爵のご子息とのご婚約おめでとうございます。身分のことでどうこう言う者がいるかもしれませんが、貴女のことは私が後ろ盾になりますわ。どうかご安心なさってね」

 えっ、王妃様からの後ろ盾ゲットしちゃったよ。


「まあ、ではよろしければアリスさんとフランシスさんには新たに私の『話し相手』に加わっていただけないかしら」

 王太子妃様が宣った。「話し相手」とは殿下たちの側近のことで、相談役という意味だ。

「それはいいわね。ではそうしましょう。皆さん、どうか王太子妃の所だけではなく私の所にも遊びにいらしてね」

「ええ、またご一緒にお茶会を開きましょう。お義母様」


 こうして王妃様と王太子妃様の仲の良さをアピールし、「王妃様のお気に入り」の私、アリスと今回の被害者フランシス様が王太子妃様の相談役に新たに加わり、また他の白派閥のご令嬢もまとめて、今後も王妃様とも交流する機会が確約されたことで、赤と白の対立は収束するに至った。


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