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10.婚約

 週末、侯爵家ご夫妻と私の両親に婚約の報告を行った。あらかじめ伝えてはいたけど、うちの家族、特に父親はややパニック状態になった。母や弟妹たちは驚いた様子ながらも素直におめでとうと言ってくれたのだけれど、父親は私がそんなに早く結婚を決めると思っていなかったようで、随分落ち込んでいた。


「心から歓迎するよ。息子をどうぞよろしく」

「本当に、貴女が娘になるなんて、なんて喜ばしいこと!」

 侯爵ご夫妻からはルナ様の言葉通り心から歓迎された。元々私を雇ったのもルナ様と上手く行くことを願ってのことだったと言われて驚いたけどね。

 私はメイド見習いの契約を卒業まで継続したかったけど、それは外聞が悪いということで、残念ながら契約解除となった。その代わり、侯爵邸には婚約者として行儀見習いに通うことになり、契約期間分の報酬の代わりに支度金として結納が支払われた。

 実際、報酬以上の結納額に恐縮してしまうが、貴族の結婚なら当然のことと言えばそうなので、ありがたくいただくことにした。


 メイド長のマリスさんを始めとしたメイド仲間たちからも祝福されたのは本当に嬉しい。

 一年という短い間だったけど、本当に良くしていただいた、尊敬すべき先輩方だ。

 その皆からも、最初からルナ様の花嫁候補だと知っていたと言われて、今更ながら恥ずかしくなってしまった。だって、全然そんな素振り見せなかったくせに!


「ルナ様のプロポーズが上手く行くか使用人の間で賭けをしたのだけど、全員上手く行く方に賭けようとしたせいで、成立しなかったのよね」

 ロレーヌさんが衝撃の事実を告げる。

 私がルナ様を好きだということはとっくの昔に使用人の間で共通認識になっていたらしい。

 なんで?私って、そんなに分かりやすい?と聞くと、皆が大きく頷いた。解せぬ……。

 

 翌週末からはマリスさんからの行儀見習いという名の教育が始まった。実際、以前からマリスさんや侯爵夫人から指示されてきたことはこの教育の一環だったのだなとわかる。

 将来の侯爵家の女主人として必要な知識をこの一年さりげなく叩きこまれていたのだ。

 侯爵家の交友関係もいつの間にかほぼ理解できていたし、大事なお客様のお好みも覚えていた。調度品や絵画、宝石類についてもどれが家宝で、どれぐらいの価値があるのかも伝えられていた。思えば、ただのメイド見習いには過ぎた知識だったに違いない。

 

 学園では今まで通りの態度でルナ様に接した。だっていきなり婚約者です!という顔なんてできないでしょ!どちらにしろ二年生になってから授業もバラバラでお昼休憩と放課後にしか顔を合わせていないのだ。

 その代わりと言ってはなんだが、ルイスがやたらと引っ付いてくる。

 朝は門で待ち構えているし、授業の合間にもわざわざ来て声をかけてくる。

 極めつけは「アリスが婚約なんて、僕は認めないからね!」と面と向かって言われた。それもルナ様の前で。


「アリス、あいつをどうにかしろよ。鬱陶しい」

 苦虫を噛み潰した顔でディアが言う。ごめん、私も鬱陶しいと思ってるし結構はっきり言ってるんだけどね……。

「アリス、大丈夫だよ。僕は気にしてないし」

 ルナ様が優しくそう言ってくださるので、余計に申し訳ない。


 ルイスにはかなりの塩対応をしているのだけど、まったく通用しない。弟からもルイスを諫めてもらったけど効果なし。

「彼はアリスの弟みたいな子なんでしょ?僕もできれば仲良くなりたいと思ってるんだけど何か機会があればよいね」

 ルナ様がそう言って下さったので、一度ルイスをランチに誘ってみたのだけど、二人きりじゃないなら行かないと駄々を捏ねられてしまった……。

 あー、鬱陶しい。今度はルイスが悪役令息になりそうな気がしてきたわ……。

 

 そうこうしている内にルナ様の誕生日が近づいてきた。ルナ様は夏至の前日が誕生日なのだ。去年は使用人として細やかにお菓子をご用意させていただいたけど、今年はちゃんとしたプレゼントを贈りたい。

 というわけで、ある放課後に弟を連れ出して街に買い物に出ることにした。

 去年もこの時期にルナ様とディアの課題で、皆で街に行ったわね。

 私が懐かしく思っていると、弟が誰かと楽しそうに話している。


「アリス、この人誰か覚えてる⁉」

 見るとそこにチェシャ猫が立っていた。そろそろだと思っていたけど、ついに来たわね。私は慎重に言葉を紡ぐ。

「……どこかで会ったかしら?」

「昔、橋の下であんた達姉弟に助けてもらったんだ」

 ここで間違えてはいけない。

「ああ、あの時の!」

 そう言うとチェシャ猫は嬉しそうに笑った。


「俺はトムって言うんだ。何かあったら、あんたらが教えてくれた教会に伝言してくれ、必ず助けるから」

 それからしばらく、弟とトムはあれからどうしたとか楽しそうにしゃべっていた。

 トムは、私たち姉弟が持っていたパンを食べて動けるようになった後、教会に行って無事保護されたらしい。


 私たち姉弟は定期的にその教会に行っていたけど、いつも日曜日で、保護された子供たちがいつも支援者回りをする日だったので会えなかったのだろう。

 それにしても何とか友情ルートに持ち込めたみたいで良かった!


 トムと別れて買い物を再開する。男性向けの用品店で、とても素敵な筆記具のセットを見つけたのでそれを包んでもらった。

 帰り道、私と弟の話題は自然にルイスのことになった。

「ルイスの奴、近頃おかしいんだ。俺があいつの家に行っても会ってもくれないし、うちにも来なくなったし」

「そうなのね。私のことであんたたちの仲が拗れてほしくないのだけど……」

 弟とルイスは幼馴染の大親友なのだ。端で見ていて清々しいほど仲が良い。貴族の中では珍しいことなので、お互い大事にしてもらいたかった。


「最後に会った時、顔色が悪かった。あいつ闇落ちしなきゃいいけど……」

 闇落ちか。闇落ちというのは所謂精神異常の状態を指す。「発狂」とか「神経症」というようなものに近く、正常な判断ができず異常行動をしてしまうのだ。


 光魔法は無効化の魔法なので、精神異常の状態を治せそうに思えるが、そう簡単ではない。闇落ちした者に光魔法をかければ、記憶障害なども起こり得てしまうし、最悪の場合は廃人になってしまう。

 闇魔法により精神安定を働きかけることが一番であり、光魔法を使うことは最終手段だとされている。

 不安そうな弟の言葉に、私はただ頷くことしかできなかった。


 ルナ様の誕生日、私たちは放課後にピクニックデートをすることにした。なんと!初めてのデート‼私は張り切ってお菓子とお茶と軽食とプレゼントをバスケットに詰めて、家まで迎えに来てくれたルナ様の馬車に乗り込んだ。

 王都の西にピクニックにピッタリな丘と森がある。景色も良くて、この時期新緑が美しい。明日は夏至だから陽が沈むのも遅いし、ゆっくり過ごせる。

 丘に着くと平日のためか人影はあまりなかった。馬車は時間になったらまた迎えに来てくれるので、本当に二人っきりだよ!


 折り畳み式の椅子とテーブルは馭者さんが用意してくれた。

 私はテーブルクロスを掛けて、バスケットの中身を並べた。この国の夏の日差しは前世の日本ほどきつくはない。梅雨もないし、過ごしやすい国だと思うわ。


「ルナ様、お誕生日おめでとうございます!」

 私はさっそくプレゼントを渡す。

「ありがとう!開けていい?」

「ええどうぞ!」


 プレゼントを開けて、お茶を飲んで、お菓子を食べて、そんな優雅な時間を過ごした後、ルナ様が少し散歩をしようと立ち上がり、私に手を差し伸べた。

 私がそっと手を出すと、ルナ様がそれをキュッと強く握りしめる。


 寄り添って歩けば、だんだん胸がドキドキしてきたわ。ルナ様の顔を見るのが恥ずかしくて、足元に視線を落としたまま、けれどもルナ様の体温を感じながら歩き続ける。


 ルナ様の足が止まり、私は顔を上げた。ルナ様がじっと私の顔を覗き込む。

「アリス……」

「ルナ様……」

 ルナ様の顔が近づいてくる。私はそっと目を伏せた。

 その時、パシッという木が割れるような音とともに、小さな爆発音が響いた。


 音の方を向けば、森から煙が上がっているのが見えた。

「行こう!」

 私たちは走り出した。走りながらルナ様が森に向けて空間を切り離す魔法をかける。私も雨を呼ぶ陣を結び、激しく燃え出した木々の上に雲を作る。自然豊かな森はルナ様の魔法で延焼を免れ、私の降らした雨が瞬く間に火を治めた。


 現地に着くと人影はなかった。ルナ様が陣を結び呪文唱えた。過去視をなさるつもりだろう。

しばらく微動だにしなかったルナ様の顔色が突然変わった。何か視えたのだろうか。

「ルイス・ホワイト……?」

 ルナ様の口から零れ落ちた言葉を私は俄かに理解することができなかった。


 まさかルイスがこれをやったの?

「……ルイスの手が触れた木から発火したのが視えた。彼も火傷を負っていると思う」

 

 私たちは急いでルイスに会いに行った。彼はにこやかに私たちを応対したが、手には特に火傷の跡は見られなかった。でも治癒魔法をかければすぐに治ってしまうので、跡がないから犯人ではないとは言えない。過去視は証拠にはならないので、どちらにしろ私たちはそれ以上追及できずにホワイト子爵邸を後にした。


 森の火災は結局自然発火と言うことで処理されるそうだ。

 もやもやとした気持ちを抱きながらも、これ以上は何もできない。

 私とルナ様はせっかくの誕生日を晴れない気持ちのまま終えることになった。


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