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9.マイア祭

 二年生になって一カ月が過ぎた。学園では二年生を対象としたイベントでマイア祭というものがある。マイアと言うのは愛の女神で新芽の象徴だ。また主神であるヴォダールとその妻フレイアの娘であり、マイア祭は要するにヴォダールとフレイアの結婚を祝う祭りで、はっきり言えば婚活パーティーである。マイア祭はこの時期各地で行われていて、男性から女性にプロポーズしたり交際を申し込んだりするイベントとしての色が強い。


 マイア祭でプロポーズされたら一年後の夏至の日迄に結婚すれば幸せになれると言われており、乙女にとって逃せないイベントである。


 マイア祭のこの日、学園でガーデンパーティーが行われ、二年生の女生徒たちがフレイアに扮し、男子生徒がヴォダールに扮する。ヴォダールがフレイアに結婚を申し込んだ伝説にちなんで、花冠を男子生徒が目当ての女生徒に贈るのだ。贈られた花冠を女生徒が受け取って頭に乗せれば、カップル成立である。もちろん貴族のすることなので、本人、家族含めて事前の根回しが必要なのだが、根回しが間に合わない時は花冠ではなく、花のブレスレットを贈る。女性は一旦受取るのがルールで、後日改めて返事をする決まりになっている。


 要するに恋人同士や婚約者同士なら花冠を贈るし、単に告白ならブレスレットを贈るのだ。


 学園側が花冠もブレスレットも用意してくれているが、もちろん自分で用意することも可能だ。


 毎年大体ブレスレットを大量にもらう女生徒が一人や二人いて、後日行われる緑の祭典でマイア役に選ばれることになる。これは出来レースで、誰がなるかは予め打診があるんだけどね!通常侯爵家以上の令嬢がマイア役に選ばれる。京都の葵祭の斎王代みたいなもんだ。


 もちろん全く一輪も花を貰えない女生徒もいるわけだが、その場合も同じく花を渡す予定のない男子生徒と親密になれるチャンスを作ってもらえる。


 壁の花ならぬテーブルの花と呼ばれるイベントで相手のいない男女は交互にテーブルに着席し、気楽な会話を楽しむのだ。席には強制的に案内されるので一人ぼっちになることはない。途中で男性が移動するので、色々な人と話すことができるのもポイントね。


 これらは乙女ゲームのイベントでもあり、ここで前半メンバーの個別ルートに入るかどうかが決まる。ジャックかディアならブレスレットを貰えるし、王子ならなぜかマイア役に選ばれる。この三人の好感度が低ければ、マイア祭では何も起こらず、後半メンバーにストーリーが移る。そうなってしまえば、もう前半メンバーを攻略することは不可能に近いのだ。


 さて、私は今のんびりと会場の端っこで正真正銘の壁の花になっている。

 今回もルナ様にこっそり防御魔法をほどこしている。効果が切れる前にもう一度掛けなおす予定。

ルナ様、ディア、ジャックは三人で何かこそこそとしゃべっている。ジャックの手元に花冠があるのが見えるけど、最近某伯爵令嬢と婚約が決まったらしい。卒業したら騎士団に入るジャックは何かあった時のために早く結婚して後継ぎを作ることが求められているのだ。

 貴族の嫡男が騎士団に入る時はそれがルールの一つになっている。


 魔導士団は死亡率も低いし、そういうルールはない。まあディアはそういう心配してなさそう。


 ジャックが婚約者の所に移動し、花冠を渡した。周囲では歓声が起こり、フラワーシャワーが舞う。ジャックは人気があるので涙目になっている女の子も結構多い。


 それを切っ掛けとしたかどうか知らないが、次々と色々なところで歓声が起こって、フラワーシャワーがどんどん舞っていった。

 恋人たちの幸せそうな笑顔が周囲にも幸福を振りまいているかのようだ。


 私もなんだか暖かい気持ちになった。ディアとルナ様もそのようで、「綺麗だな」と頷きあっていた。


 花吹雪が収まり、人々がテーブルに移動していく。私もノロノロと移動しようとした時、ルナ様が「アリス」と声をかけてくださった。


 周囲にはもうあまり人はいなくて、ディアもいつのまにかいなくなっていた。

 ルナ様の手元には白い花のブレスレットがあった。

「……初めて会った時から君が好きなんだ。結婚を前提に君に交際を申し込みたい」


 私は何を言われたかすぐに飲み込めず固まってしまった。

 ゲームを知っているので、ルナ様が私に好意を持ってくださっているだろうことは何となく判っていた。でも宰相でもあるハッター侯爵の嫡男と貧乏男爵令嬢では身分が違いすぎるから、ルナ様が気持ちを打ち明けて下さることはないだろうと思っていた。ルナ様がご結婚されて、後継ぎを得た時にまだ側にいたなら愛人になるぐらいの話はあるかもしれないなとは思っていた。だって、ゲームのルナ・ハッターのヒロインに対する執着はすさまじかったからね。


 私は気付けばポロポロと涙を流していた。この国の貴族社会では身分差というものが重くのしかかる。平民が貴族の妻になるなんてありえないし、領地もお金もない下位貴族の娘が侯爵以上の高位貴族の正妻になることもありえないのだ。

 物語のようなシンデレラは存在できない。


 乙女ゲームの中でもヒロインは王子ルートやルイスルートで身分差に苦しむ。でもその時は闇落ちした悪役令息の力で滅亡の危機にあった国を救い、聖女としての地位を得て、特別に許される。


 でもルナ様と私の関係では乙女ゲームのようには絶対になりえないのだ。


「身分のことは気にしないで。両親も君との結婚に賛成してくれている」

 そんなことを言われても私は素直に「はい」と言うことはできない。身分不相応は不幸の元だ。私はルナ様のお側にお仕えするだけでよかったのに……。これを断ればもうお側にもいられなくなる。


 ルナ様は何も答えない私の手をそっと取り、花のブレスレットを嵌めて下さった。

「今すぐじゃなくていいから僕のことを考えてみて。……僕のこと嫌いになった?」

 私は首をぶんぶんと横に振った。ルナ様のことを嫌いになんてなるはずはない。私は自分の気持ちにとっくに気付いてしまっている。


 不安そうな顔をしたルナ様の眼を見る。ああ、背が伸びて男性らしくなられたわね。以前の少女のような面差しから、凛々しい少年の顔にすっかり変わっていた。


「アリス、僕は貴女を一目見た日から恋の炎に包まれ、片時も貴女を思わぬ刻はありません。どうかこの僕が永遠に貴女の手を取ることをお許しください。どうか貴女を守る権利を僕に与えてください。そうすれば僕は未来永劫貴女のものとなりましょう!」

 どこかで聞いたようなセリフに思わず笑いが洩れた。

「……あー、くさかったかな……?」

 バツが悪そうなルナ様の顔がどうしようもなく愛しい。ああこの人は本当になんて可愛い人なのだろう。私こそ貴方の手を取り、お側でお守りしたいのに。


 なんだか身分を気にした私が馬鹿馬鹿しく思えた。この方のお気持ちを大切にしたい。

「ルナ様、……私もルナ様が大好きです」

「……!」

 驚き目を瞠るルナ様の手を取った。

「どうか私をルナ様のお側にいさせてください」

「それは……了承ってこと?」

 私の言葉を信じられないような顔をしてルナ様が尋ねた。私は今度こそ頷いた。


 その瞬間遠くから大歓声があがり、大量のフラワーシャワーが舞った。

 ……ちょっとみんなどこで聞いていたのよ。



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