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8.新年

 ルナ様とのダンスは楽しく、あっという間に時間が過ぎた。踊り終わった後、手を離すのが少し名残惜しく感じたけど、結局いつもの通りの主従に戻ってしまった。ルナ様は名門侯爵家の嫡男で、私は貧乏男爵令嬢でただのメイド見習いだ。隣に並ぶには身分不相応だもんね。ちょっと切ないけどいい思い出になったわ。ルナ様もどこかのご令嬢とご結婚なさるだろうし、私は恋にうつつを抜かしている場合ではないのだ。稼がないとね!


 舞踏会が終われば期末試験があり、長い冬期休暇になる。春になったら新年の祭りがあり進級だ。あと一年は何も考えずにお側にお仕えしよう。卒業してしまえば、ルナ様と過ごす時間もほとんどなくなるだろう。きっと領地経営に行くか、魔導士団に行くか、官僚を目指されるかするだろう。私は侯爵家でメイドとして勤めるが、今のようにずっと一緒に過ごすことはできなくなるのだろうから。


 試験も無事に終わり、冬期休暇が始まった。三ヵ月という長い休みの間、私は前回の長期休暇と同じく、メイド見習いとして勤めた。新年のお祝いに向けて準備もあるし、進級に向けて課題も出ている。忙しい日々を過ごす中、ルナ様との関係も特に変化はなかった。 

 ルナ様は今休暇では宮廷の魔導士団に出入りして、ディアと一緒に闇魔法の研究を行ってる。私は宮廷迄ついて行くことはできないので、休み中は結局、あまりお顔を合わせる機会もなくなってしまっていた。学園を卒業したらこれが通常になるのだろうなと覚悟もできた。いくら心配でも四六時中一緒にいることはできない。


 そうこうするうちにもうすぐ新年だ。年末から新年にかけては王都中で社交が行われる。

ハッター侯爵ご夫妻のスケジュールは鬼のように埋まっている。それに合わせて私たちメイドもとても忙しくなる。侯爵家でもパーティーこそ行わないが、新年のお祝いをするためにお料理や贈り物など特別なものを本邸でも、ご領地でも用意する必要があるし、晴れ着も何着も準備している。赤の派閥は大晦日に行われる王妃のご実家の公爵家のパーティーにも参加するので、その時のお祝いの品なども用意しないといけない。


 今回はルナ様もいくつかのパーティーに参加するご予定だ。社交デビューしたからね!

 私は淡々とメイド見習いとしての仕事をこなし、大晦日と年始二日迄お休みをいただけた。家族で過ごすと良いとお気遣いくださって、高位貴族の喧騒から一時的に離れることができた。今回の冬期休暇では王都の侯爵家で寝食していたので、久しぶりの家族水入らずだ。


 私は両親と二つ下の弟のヘンリーと五つ下の妹のハンナの五人家族だ。

 正直私はブラコンであり、シスコンだ。忙しい両親に代わり、ずっと弟、妹の世話をしてきた。優先順位としては弟、妹が第一位と言っても過言ではない。メイド見習いだって弟妹のためにやってるようなものだしね。


「アリス、侯爵家ではどうだい?」

 これは父。

「学園てどんなことするの?」

 これはヘンリー。

「恋人はできた?」

 これはハンナ。


 矢継ぎ早に出てくる質問に適当に答えながら、家事をこなす。

 母も高位貴族のお宅にメイドとしてたまに手伝いに行っているので年越しの準備は私が協力しないと終わらない。

 主に年末年始の伝統料理を仕込むのに時間がかかる。

 肉料理、煮込み料理、焼き菓子、ピクルス……、その他日持ちのするものを色々作り込んで、年末年始の一週間のディナーにする。親類や親しい知人の家に挨拶に行ったり、逆に来られたりするので多めに作る必要がある。花が咲き始める季節なので、こじんまりとしたガーデンパーティーも多く開かれる。うちも明日は家族でお祖父様のお宅のガーデンパーティーに行って、料理をいくつか持ち込む予定だ。


 この国の新年はいわゆる春分だ。新年に合わせて学年も変わる。

 進級すれば、いよいよ乙女ゲームも後半戦だ。

 後半のイベントは新たな攻略キャラの登場。子供の頃に入院した病院で同室だった男の子が後輩として入学してくる。また、どこかで町に出たタイミングでチェシャ猫と会うのだ。


 結局、侯爵家の船や武道大会でルナ様を襲った犯人は捕まっていない。チェシャ猫がそれに関わっているのかどうかもまったく分からない。ゲームのイベントではチェシャ猫が恋愛ルートに入った時に一番好感度の高い攻略対象者が狙われるのよね。友情ルートなら悪役令息ルナ・ハッタ―の悪事を暴くのに活躍する。


 恋愛ルートでは、攻略対象者の命を狙えと誰に依頼されたのかは明かされなかった。

 武道大会は誰でも入場できると言って過言ではないのでチェシャ猫でもおかしくないけど、今の時点でルナ様が狙われる理由がわからない。

 どちらにせよチェシャ猫のイベントは油断できない。死と隣り合わせで、私の死亡エンドに一番繋がり安いルートだ。

 クローバー先生の授業も始まるし、神経すり減るわね。

 二年生の授業は選択制なのでルナ様ともご一緒できないことも多くなるだろうし。


 結局、休みの間中私の気持ちは重いままで、暖かな春の訪れの中、身内と楽しむガーデンパーディーで難しい顔をするのも申し訳ないけど、私の気分が晴れることはなかった。


「アリス、久しぶりだね!」

 新入生の入学式のその日、ルイス・ホワイト子爵令息が声をかけて来た。第五の攻略対象者だ。

「お久しぶりね、ルイス。しばらく見ない間にまた背が伸びたのね」

 ジャックほどではないけどディアや王子ぐらいの身長かしら。クリクリとした目のいたずらっ子のようなイケメンだ。


 ルイスと私は子供の時に病院で出会って以来の幼馴染である。弟とルイスも仲が良いので、うちにもよく来るのだ。

「長期休暇だと思って、アリスの家に会いに行ったら、侯爵家のメイド見習いになったって聞いてびっくりしたよ。結局会えず仕舞いだったし」

 ルイスは拗ねたようにそう言った。私にとってもう一人の弟のようなもので可愛い子である。

 

 ゲーム知識ではルイスは子爵令息だというけど実は公爵家の隠し子なのよね。子爵夫人が公爵の公妾で、ルイスの本当の父親はその公爵なのだ。ルイスルートの後半で公爵家に入ることになったルイスとヒロインはその身分の差に苦しむの。何しろ公爵家には王位継承権が発生するのだ。特にルイスの親はかなり上位に位置していたはず。もちろん現在の私や、私の周囲ではこんなことは誰も知らないはずだ。子爵夫人と公爵の関係は大人たちにさえもう忘れ去られている。


 私は六歳の時に魔力を暴発させて王立治療院に入院した。その時は一週間意識を失っていたらしい。意識が戻った後もしばらくそこで過ごすことになって、その時同じ理由で入院していたのが一つ下のルイスだった。お見舞いに来た私の弟と仲良くなって、私と知り合った。家族と離れて不安な夜は慰めあった。退院後もルイスはうちによく遊びに来て、私たち姉弟にとって大切な友人となった。


 ルイスルートは難しい。ルイスのほうからグイグイ来るので避け難い。他の攻略者の好感度ゲージが高ければあっさり諦めてくれるのだけど、低い状態で友達ルートに入るのは至難の業だ。

 ここは仕事を理由に避けるしかないわね。ルイスルートのバッドエンドはチェシャ猫絡みでなければそうそう酷くないはずだし。私が方針を固めて向き合うと、ルイスはニコニコと私の横に並んで、腕を出した。

「さあ、遅刻しちゃうよ」

 私はわざと腕を取らずに歩きだした。

「えー腕組んでよ」

「馬鹿言ってないでさっさと行くわよ」

 ちょっとツンとしたような顔をしてそう答えると、ルイスはしぶしぶ歩き出した。ルイスの甘い誘いには塩対応が基本なのだ。ここで絆されるとたちまち恋愛ルート一直線だ。


 だって、今のところ身分も合うし、家族とも仲が良いし、幼い頃からよく知っていて安心感もある。求婚されてしまえば、少なくとも私の家族から反対は出ない。とても現実的な恋人候補の一人なのだ。あくまで今の時点ではだけど。


 ゲームでは、学年の途中でプロポーズされて、受けると公爵家から横槍が入る。公爵の嫡男が事故で亡くなって、ルイスを養子に迎えるという話になるのだ。公爵家の跡取りとなったルイスと男爵令嬢のヒロインでは身分が釣り合わず、公爵家から反対されるのよね。

 実の親からの妨害に会いながらもヒロインへの思いを貫こうとするルイスと身を引こうとするヒロインの悲恋パートは涙ものだ。


 思いが通じ合ってからのどんでん返しはルイスルートだけなので、萌えるシチュエーションではある。王子のルートは思いが通じる前は難易度が高いけど、思いが通じる時には身分の障害も同時になくなるのよね。その他のルートはそこまで身分は問題にならないし。


 前半の甘酸っぱさからのシリアス展開で、ゲームの人気投票では二位の人気だった。ちなみに一番人気はディアのルートです。いつの時代もクーデレは人気よね。三位はチェシャ猫ね。これも悲恋の要素があって萌えるのだ。

 ワンダーラブマジックはシリーズものだけど、シリーズ通してハーレムエンドはないのよね。オール友情エンドはあるけど。

 これは特定のキャラの好感度ゲージが一定まで上がると他のキャラのゲージが下がる仕組みになっているからなのだけどさ。


 板挟み展開はルイスとチェシャ猫くらいね。ルイスの場合は可愛いもんだけど。

 他のキャラと仲良くしているとあからさまに拗ねたり、自分の思いをヒロインにぶつけたりするのよね。ヒロインも可愛い弟キャラのルイスに強く出られず、思い悩むという展開になる。しかし、最終的には他キャラとの仲を祝福してくれるのだ。


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