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1.メイドになってしまいました。

※本日三話投稿予定です。明日から1話ずつ投稿します。



 私は今、王立学園の前で固まっている。

 私は貧乏男爵令嬢だ。だが、すべての貴族が十六歳になったら通うことになっているこの学園に今日から入学することになっている。正直お金もないのでさっさと働きに出たいくらいなのだが、ここを卒業しないと高位貴族のメイドの仕事にも付けないのでしょうがない。この世界では貧乏貴族女性の働き口と言えば、メイドか家庭教師、よくて宮廷女官ぐらい。基本的に女性は学園を卒業したらどこかに嫁ぐのが一般的。


 で、学園の門の前に来たわけだが、そこではたと気付いてしまった。

 あれ、この門って見覚えあるよね。もっとイラストちっくな感じだったけど……、と思ったところで、怒涛の記憶がよみがえる。私は前世日本という国の会社員でこの世界をゲームとして体験したことを。そして私、アリス・キャロルがそのゲームのヒロインだったことを……。


 学園の門で固まっていたこと数分間、私は八時を知らせる鐘の音に慌てて門をくぐったが、心臓の鼓動はうるさいほどだった。


 ワンダーラブマジック~アゲイン~は再会がテーマの乙女ゲームだ。

 ヒロインは以前に出会ったことがある男性たちと学園で再会する。そしてゲームが始まるのだ。まず、幼い時に森で助けた妖精のように美しい子供が実はこの国の王子様だったり、町で出会った元気な男の子が騎士の卵だったり、教会で出会った暗い男の子が天才少年魔導士だったりする。それから橋の下でパンをあげた男の子が裏組織の暗殺者だったり、教会で本を読んでくださった憧れのお兄さんが、学園の教師だったりするのだ。入院した病院で隣のベッドだった可愛い男の子が後輩として入学してくるパターンもあったわね。


 というわけで、私はこれから私の恋愛対象になるであろう男性たちのことを期せずして知ってしまったわけだが、今壮絶に気が重い。


 乙女ゲームってね、選択間違うとバッドエンドなのよ。

 このゲームも各種バッドエンドが用意されている。その中には命を失うものもあれば、追放、監禁エンドと冗談でもそんな目に会いたくないことばかりだ。


 それにこのゲームにはいわゆる悪役令嬢っぽい人は出てこないが、でも現実問題、複数の男に近づいたら周囲の女性陣から嫌われるのは自明の理。できれば避けたい。


 あと、悪役令息は出てくるのよね。

 彼も子供の時に出会っているのよ。でもゲームでは最後までヒロインはそれを思い出さない。そのせいでストーカーと化して、ヒロインに執着し、攻略キャラ達との恋のスパイスとして活躍するありがちなキャラだ。後半相当ヤバい奴になるのだけど、元々、大人しくて気弱な感じの子なのよね。幼少期に他の貴族からいじめにあっていたし。悪役令息に関しては無神経なヒロインと、リア充攻略キャラ達にないがしろにされすぎて、ちょっと同情したわ。


 正直、前世の記憶を得た今の私はテンプレキラキラ攻略者達に魅力を感じるほどお子様ではない。現世の記憶を思い起こし、すでに出会っている攻略キャラ達を思い出しても同様だ。ここはフラグを避け切って、ゲームを友情エンド、所謂ノーマルエンドで終了し、当たり障りなく学園を卒業することを狙おう。そして無事にメイドとして高位貴族のお宅に就職しガッツリ稼ぐぞ!

 うちの弟、妹たちのためにも、私に恋愛エンドは必要ないのだ。



 というわけで、入学式です。ここで注意しなければいけないのは悪役令息との再会です。

 実はヒロインが落としたハンカチを悪役令息が拾います。でも気が弱くて声をかけてもどもるばかりで、ヒロインは不審に思いながらもハンカチに気付かず行っちゃうの。結局悪役令息がずっとそのハンカチを持ち続け、思いを拗らせる原因になるのよね。それにハンカチを失くしたことに気付かず水場で手を洗い、困っていると王子にハンカチを差し出されるという再会その一につながるし。

 

 とりあえず、ハンカチを落とさないようにポケットじゃなく手に握りしめて移動する。ハンカチを拾われないのが一番だ。……と思ってたら、誰かの肩が後ろからぶつかって、転んで派手に土に手をついてしまった。恥ずかしい!あわてて立ち上がり、手についた砂を払う。相手は急いでいたようで、ゴメンと言いながらもどこかに走り去ってしまった。


「あの~」 

 小さな声にドキリとする。見ると細身で小柄な気の弱そうな男の子が立っていた。来た!悪役令息 ルナ・ハッタ―!


「あっ、ハンカチ拾ってくださったんですね。ありがとうございます!」

 先手を打って、ハンカチに言及してみた。ルナはヒロインになかなか認識されず思いを拗らせるので、再会してしまったら逆にさっさとお友達になるに限るよね。前世で培ったスキル、「男友達との付き合い方」が役に立つといいのだけど。


 ルナはおずおずとハンカチを差し出してくれて、私はそれを受け取った。

「私は1年生のアリス・キャロルです。どうぞよろしくお願いします。」

「ぼ、僕も1年生のル、ルナ・ハッタ―です。……」

 ルナは顔を赤くしながら、一生懸命そう言った。……ちょっと可愛いんだけど。あれね、心はアラフォーの母性本能をくすぐるわ。


 私は会釈してその場を去った。オドオドしたルナが気になったけど、とりあえず適度に距離を保たないとね。男子と仲良くなるよりもまずは女性陣の輪の中に入らないと!

 

 その後、入学式は滞りなく行われ、教室に移動した。私は顔見知りの令嬢を見つけ、当たり障りないお話をしながらも同じクラスのメンバーのチェックを行った。攻略対象者で同じクラスなのは騎士の卵と魔導士だけで、王子は先輩だ。先生も担任ではないのよね。


 ちなみにルナも同じクラスだ。あとは男子生徒には顔見知りはいないようだ。

 女性陣は顔見知りの令嬢が何人かいるので、なるべく彼女たちと仲良くできるよう、同じく前世で培ったスキル「女子トーク」を駆使する。

 女性と会話する時のポイントは自分の興味のある話題ではなくて、なるべく皆共通の当たり障りのない話題を振り、聞き役八割、通常会話一割、自己開示一割を織り交ぜることだ。

 人間は共通項を見つけたり、秘密を共有することで親近感を覚える。

 他人と仲良くなりたいなら、ある程度の自己開示は必須である。そして、他人を否定する言葉を発しない。本当の友達なら苦言を呈することも時には必要だが、ほどよい距離を保ちたいなら、絶対避けるべきである。

 まあ、これを守れば大体の女子の輪からはみ出すことはない。注意しなければならないのは一対一などで深入りする時だ。本当に気が合って仲が良いなら別だが、このスキルを使って、仲良くなった人と表面的に付き合っても、依存される可能性が高いだけなので、距離をある程度空けることが重要である。なので、気が合わなさそうな人とは二人きりになることを避けるのが大事。そして、さっさと本当に気の合う人を見つけることだ。


 幸い、一番最初に声をかけた子爵令嬢のロリーナ・リデルと席が隣になった男爵令嬢のメアリ・イーディスは馬が合う気がする。二人とも以前にお茶会で会ったことがあったし、気心が知れている。


「貴女方と同じクラスで良かったわ。私、人見知りだから、学園で上手くやれるか心配しておりましたの」

 色白でふっくらとした頬のあどけない顔をしたロリーナがそう言った。私とメアリも頷く。

「本当に!どうか二年間よろしくお願いしますね」

「「こちらこそ!」」


 教室は男女が右半分、左半分に分かれて座る。担任の教師が挨拶をし、順番に自己紹介を行った。騎士の卵 ジャック・スペードは騎士団長スペード伯爵の息子。元気と正義感に溢れている感じね。


 天才魔導士 ディア・クロウリーは魔導士団長クロウリー伯爵の息子。クールで斜に構えた感じ。


 そして悪役令息、ルナ・ハッター!彼は宰相であるハッター侯爵の嫡男なんだけど、未来の宰相、侯爵になるというにはオドオドしすぎて心配になるレベルだわ。……本当に大丈夫かしら?

 ゲームの中では私にとち狂って人生踏み誤るので、現実ではしっかり立派な大人になってもらいたいわね。うん。


 明日からの授業についての説明と教材の配布が終わって今日は終了。私はメアリと教室を出た。ロリーナは委員になったので残ることになった。


「今日はアリスさんはこれからどうなさいますの?」

「私は図書館に寄って調べたいことがありますの。予習もしておきたいですし」

「まあ、勉強熱心ね」

 

 しばらく他愛ない話をしながら一緒に歩き、途中でメアリと別れて図書館に向かった。図書館の中はまばらに人がいるが、私は人の少ない奥の方に移動して席に着き、ノートを取り出しゲームのフラグを書き出していった。


 一番危ない悪役令息ルナのフラグを思い出そうとしたところで、ハタと気が付いた。ルナは途中で闇落ちして、気の弱い性格から悪逆非道な悪役に豹変するんだけど、その理由の一つにいじめがある。確か入学式の後に最初のいじめがあったはず!

 私はノートをカバンに入れると慌てて図書館を後にした。

 

 いじめと言えば裏庭よね。ということで裏庭目指して走る。でもここは貴族の集う学園なのであまりスピードは出せない。もどかしい気持ちでいるところに最悪なタイミングで、出会ってしまった。……そう攻略対象者、ジャック・スペードと。


「アリス・キャロル?そんなに急いでどこ行くんだい?」

 なぜか嬉しそうなジャックにちょっとイラっとする。

「すみません。ちょっと急いでいて……」

会釈をしてそのまま去ろうとするとなぜかジャックも着いて来た。


「俺、前に君に会ったことがあるんだけど覚えない?」

「……どこかでお会いしましたか?」

 本当はどこであったか覚えていたけど知らないふりをした。友達ルートに進むための会話、うろ覚えだけどここは知らないふりが正解だったはず。


「子供の時に、王都の少年団に一度弟と来てただろ?俺、少年団にいたんだ」

 少年団と言うのは騎士団に入りたい七歳以上の男児が入る、プレ騎士団のようなものだ。確かに私は彼とそこで会っているが、思い出そうとするふりをしてから頭を振った。

「……弟は確かに少年団に入ろうとしましたが、スペード様のことは覚えておりません。ごめんなさい」

 ジャックは肩をすくめた。

「そうか。……ジャックでいいよ。同級生だし。これからよろしく」

「こちらこそよろしくお願いいたします。ジャック様」


 そうこうしているうちに裏庭に到着する。誰かの笑い声が聞こえる。

 数人の男子生徒が固まって何かしている。見ると、怯えた顔をしたルナが囲まれているのが見えた。


「なんだあいつら……。おい!そこで何している!」

 私が反応するより早く、ジャックが声をかけた。

 男子生徒たちが振り返る。あっ、あの人貴族名鑑で見たわ。確か侯爵令息のピーター・マルスだ。マルス侯爵はハッター侯爵の対立派閥の貴族だ。


「……ジャック・スペードか。何の用だ」

「マルス殿じゃないですか。彼は俺の同級生ですが。何か御用ですか?」

「……同じ侯爵家同士挨拶をしていただけさ。おい行くぞ」

 マルスはそう言うと取り巻き達を連れて去って行った。


「どうして……?」

 ルナが私たちを見て、呟いた。私は走りながら考えていた言い訳を応えた。

「今朝この辺りで落とし物をしてしまって、……大丈夫ですか?お顔色が優れないようですが」

「……大丈夫です」

「ハッター殿、送迎場までお送りします」

 私は徒歩だが、高位貴族の皆さんはほとんど馬車で通学しているので、専用の送迎場がある。私とジャックはルナに付き添って送迎場まで歩いた。


「……マルス殿はなんと?」

 ジャックがルナに声をかける。

「……別に、ただ挨拶だと言っていました」

 ルナがか細い声で応えた。どうみてもただの挨拶に見えなかったけどね!

「マルス侯爵家は白の派閥だ。宰相とは対立関係にありますね。何か嫌がらせをされているのではないですか?我がスペード家は赤の派閥です。助けが必要ならご遠慮なくおっしゃってください」


 白や赤の派閥というのは、この国を大きくわける貴族のルーツによるものだ。

 この国には300年ほど前に双子の王子が生まれた。王子たちには白い薔薇と赤い薔薇の紋章がそれぞれに与えられた。彼らは王にはならずそれぞれ公爵位を与えられた。

 それが現在白や赤と呼ばれる派閥に繋がっている。現在の王妃様は赤の派閥で、王太子妃は白の派閥である。宰相のハッター侯爵も赤だし、騎士団長も魔導士団長も赤の派閥だ。

 マルス侯爵は王太子妃のご実家のラトウィジ公爵家に連なる家系だ。バリバリの白の派閥よね。だからピーター・マルスはルナをいじめているんだろうな。


「……ありがとうございます」

 ルナは暗い顔をして頷いた。

 送迎場に着いて、ハッター家の馬車を回してもらう。侍従がやってきて一礼してルナを連れて帰った。


「……で、アリスは落とし物はいいのか?」

「……‼(忘れてた)……だ、大丈夫です。勘違いだったみたいで……」

「フハッ!お前、相変わらずボーッとしてるな。」

「相変わらず⁉」

「そうだよ、初めて会った時も、弟をどっかに置いて来てあわてて探してたじゃないか」

 そうなのよ。私、弟を少年団に連れて来たのはいいけど、途中ではぐれて探してた時にジャックに会ったのよね。で、一緒に探してくれたのだった。

「そんなことありましたっけ……?」

 知らないふりを押し通します!

「そうだよ。まあ随分前のことだから忘れるのも仕方がないか」

 ジャックはそう言ったが、その顔は少し寂しそうだった。


 翌日の放課後、なぜか私とジャックはハッター侯爵家で宰相と会うことになった。

 ルナがマルスに絡まれていたことが、スペード伯爵経由で耳に入ったようなのだが、なぜか私まで呼び出された。

 いや私関係ないよね?


「昨日は愚息が、君たちに助けられたそうだな。礼を言う」

 一通り挨拶を終え、宰相が切り出した。

「いえ、当然のことをしたまでです」

 キリっという擬音が聞こえそうな姿でジャックが言った。こういうところはさすが騎士の卵ね。

「あの、私はたまたまその場に居合わせただけで、何もしていないです」

 私は慌ててそう言った。


「いや、アリス・キャロル嬢、君にはルナが子供の時に参加したお茶会でも助けてもらったことがあると、家内から聞いている。改めて礼を言うよ」

 げっ宰相に迄バレてた!そうなのよ。私が初めて参加したお茶会で、やはり昨日と同じようにルナが絡まれていて、私が助けたのよね。


「あっ、あの時の方がルナ様だったのですか」

 私は今気付いたというような顔をした。


「ああ。一度ならず二度まで助けられたのだ。なにかお礼をしたいと家内も言っている」

 お礼‼ここで私はやめておけばいいのに欲を出してしまった。

「あの、お礼は結構です。でももしよかったら、私卒業後の奉公先を探しておりまして……」

 宰相なら宮廷女官とかどっかの高位貴族のメイドとか紹介してもらえないかしら!

「奉公先か……、ああもしよければうちのメイドにならないかね?」

 侯爵家のメイド!奉公先としては申し分ないわ!

「いいんですか?ぜひお願いします!」

「じゃあ、提案なんだが、今すぐ契約して、在学中はメイド見習いということでどうかね?週末に来てメイドとして昼間のみ勤めて、あと学園で息子の様子を気にかけてくれるとありがたい。もちろん給金は弾むよ」

「ありがたいです!うちは裕福ではないので……。一生懸命頑張ります!」

 なんだかフラグ回避どころかフラグに突っ込んでる気もするけど、背に腹は代えられない。不確かな未来より、目の前の現金収入のほうが大事!

 こうなったら、お側でお仕えして全力でルナ・ハッターの闇落ち回避に挑むわ!


 というわけで、私はなぜかルナ付きのメイド見習いになることになった。

 ジャックも学友としてルナをマルスたちから守ることを宰相に誓って、奇しくも私たちゲームの登場人物三人はこれから学園で密に過ごすようになる。


いつも誤字報告等でお助け下さってありがとうございます。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m

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