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二頁:学ぶべき事

 沙月エリカは、正太郎の買ってきたメロンパンをもさもさとかじりながら黒板を見つめている。

 試験の成績は、学年でも上の下のエリカだったが、勉強はあまり好きではなかった。

 何時間も勉強に費やして高得点を取るより、覚えている範囲で無理せず平均点より上が取れればいい。


 これが沙月エリカの勉学に対する思想である。

 だが今回ばかりは、エリカ自身の人生を大きく左右するグリムハンズの講義。

 真面目に聞かなければならないプレッシャーが、却ってエリカのやる気を削いでいた。


「エリカ、聞いてんのか」

「聞いてるよ……」

「俺にモーション掛けてくる割に、授業は聞きたくねぇんだな」

「女は、好きな人のする事なら何でも受け入れられるとか男の妄想ですし」

「ドMがどうこうより、よっぽど健全だけどな、勉学は」


 視線こそ正太郎に向いているが、長机に寄り掛かり、右手でメロンパンを持ち、左手でにゃん子と戯れている姿にやる気や覇気の類は、微塵も感じられない。

 正太郎は重い溜息を吐いてから、エリカ以上に気だるげな態度で講義を続けた。


「グリムハンズやワードには、無数の種類があるんだが、大きくカテゴリ分けする事が出来る。題名級タイトルクラス主演級メインクラス悪役級ヴィランクラス助演級サブクラス単語級ワードクラスの五つだ」

灰かぶり姫(シンデレラ)茨姫リトルブライアローズは、題名級?」

「そうだ」

「じゃあ珍しいの?」

「いや。題名級だから珍しいとか、無条件に強い力を持つってわけじゃない。題名級よりも強い能力の助演級や単語級も存在する。まぁ基本的には、題名級や主演級の方が強いけどな」


 エリカは、メロンパンの最後の一口を放り込むと、にゃん子の前足を軽くつまんで正太郎に向けた。


「疑問なんだけどさ。こんな不思議な力があるなら、どうしてそれが今まで表舞台に出てこなかったわけ? テレビの超能力特集とか、それこそ戦争とかさ」

「大まかに三つ。一つは、多くの人間に認知されると、力を増すワードの存在を秘匿しとかないとまずいから、各国政府が情報統制している。二つ目が人間の記憶を改ざん出来るグリムハンズが居て、彼等がワードの目撃者の記憶を操作している。そして三つ目。表舞台に出ない一番の理由は――」

「理由は?」

「グリムハンズにも意志はある。彼等は利己的な人間には寄り付かないし、過度な我欲のために使おうとすれば、主を見限り離れていく」


 正太郎が、右手の人差し指の付け根を犬歯で噛み切ると、傷口から赤黒いイバラが一本(おど)り出て、正太郎の腕に絡み付いた。


「大きな戦争の中で、幾人いくにんものグリムハンズが力を失った」


 ふっと一息、正太郎がイバラに息を吹きかけると、イバラは大気に溶け出していくかのように消え失せた。


「戦争のために使ったからじゃない。使おうとしただけで離れていったのさ。ああいう時代は大勢が力を失い、利用せんとした為政者は悲願を果たす前に時代という名の波に飲まれた」


 正太郎の語り口は、徐々に熱を帯びていった。


「どんな力が働いたのかは分からない。あるいは、揺蕩たゆたう力を残した者の意志がそうさせたのか――」

「ふーん」


 しかしエリカの態度は変わらない。変わらず平静のままだ。

 ようやく本調子になってきた正太郎の勢いだったが、エリカのペースに巻き込まれ空転している。

 またも重い溜息を吐いて、正太郎はエリカを睨んだ。


「お前ちゃんと覚えてるか?」

「もちろん」

「メモも取らずに猫と遊んでいてか?」

「記憶力はいいの」

「じゃあさっき教えたやつ。グリムハンズとワードには、何クラスがあるか言ってみろ」

「題名級、主演級、悪役級、助演級、単語級の五つ」

「……正解」

「ね? 記憶力いいでしょ? 褒めて!」

「記憶力の問題じゃねぇ!! 真面目さに欠けてるって話をだな」


 正太郎は、エリカが背筋を伸ばすまで態度を変えないだろう。

 対するエリカもこの態度を崩すつもりはなかった。

 どうせ互いに折れないのなら、この話題を続ける事自体が不毛な時間の浪費に過ぎない。

 話題を変えてしまうのが、最も無難な解決法だろう。


「じゃあ聞きたいんだけどさ。もう二つぐらい」

「お、いい心がけだ。じゃんじゃん聞け」

「まず一つ目。なんでグリムハンズっていうの? どういう意味?」

「最初に生まれたグリムハンズに、グリム童話を模した能力が多かったからだそうだ。ハンズってのは、グリム童話の力をこの手の中に、てとこから来てるらしい」

「ふーん」

「聞いた割に興味なさげだな、お前」


 正太郎は、エリカの反応の薄さに呆れ果てているが、エリカの立場からすると、大した理由でなくて拍子抜けさせられたのだ。

 もう一つ二つ、深いエピソードがあると思っていたのに。

 とは言え、命名エピソードなんて、往々にして単純だったりするものだ。

 一先ずこちらは置いておいて、もう一つの関心事を尋ねる。


「じゃあもう一つ。さっきの話と被るけど、グリムハンズの存在って政府は、知ってるんだよね?」


 自分が異能の力を持つ恐怖。真の意味で分かり合える友が殆ど居ない寂しさ。

 一般には知られていなくとも国家という強大なバックアップがあるのなら、それらの感情をほんの少しでも安心に変えられる気がした。

 そんなエリカの心中の悟ったのか、正太郎の声に穏やかさが混じった。


「一部はな」

「一部って、総理大臣とか?」

「長期政権の場合はな」


 短期間での政権交代、総辞職の際に、全ての閣僚にグリムハンズとワードに関する知識を教えても、いたずらに認知認識する人間を増やすだけというわけだ。


「政治家の場合は、キャリアが長く信頼に足る一部議員に留まる。グリムハンズ事情に明るいのは、官僚の方だな。俺の知り合いのもみ消し役も警察の偉いさんだ」


 国という単位を動かしている人々の一部と言えど、グリムハンズやワードについての詳細を知っている。

 その事実が僅かばかりの安堵をエリカに与えたが、同時により大きく膨らんだのは不満であった。


「どうかしたか?」


 正太郎に問われ、エリカは、心情を素直に吐露する事にした。

 身勝手な不満であるのは分かっている。

 けれど正太郎には、隠し事をしたくないし、沈黙を貫いて彼の不安を煽りたくもない。


「責任押し付けるわけじゃないんだけどさ……私のこと知ってたなら、もっと早く対応して欲しかったなって」


 政府が、もっと早くエリカの事をグリムハンズだと把握していれば、両親は犠牲にならずにすんだかもしれない。

 仮にそれが止められなかったとしても、伯母夫婦や保護施設の人々は、助かった可能性もある。


 責任を転嫁するつもりはないし、いくら嘆いても過去は変えられない。

 エリカが背負うべき罪であり、いつでも償う覚悟はある。

 それでももっと早く知ってくれていれば、犠牲を僅かでも少なく出来た可能性があったならと、思わずにはいられなかった。


「お前には可哀そうな話だが、政府もお前の存在を一年前まで知らなかったんだよ」


 正太郎は、エリカから視線を逸らした。

 罪悪感に炙られ、耐えかねるように。


「自分がグリムハンズと知らない人間は案外いるし、政府が保護しようにも事情通は、極一部の政治家と官僚のみ。当然彼等が使える手駒も厳選せにゃならん」


 無駄に人手を増やしては、一般社会に存在を秘匿している意味が薄れるし、情報とは何処から漏れるか分からない。

 ワードの存在が世間に広まらないようにするには、多少の犠牲を甘んじるのが、ベストではなくともベターだ。


「まぁグリムハンズが生まれやすい家系なら楽なんだけどな」

「家系? そういうのあるんだ」

「その場合は、親が子供に事情を教えてやれっけど、俺やお前みたいに血筋じゃないのに異能グリムハンズを持って生まれるパターンは、見落とされる事も少なくねぇんだ」

「先生も、見落とされたの?」

「いや。俺は、幸運にも知り合いに事情通が居てな」


 正太郎の顔に、一層暗く影が落ちた。

 自分の境遇がエリカとは正反対に恵まれているからこそ、こうも申し訳なくしているのだろう。


「お前の件は、灰かぶり猫のゼゾッラの存在が分かって事実関係を整理した一年前に、ようやく可能性として浮上したんだ。それから調査やらなんやらで、お前がグリムハンズだって結論付けるのに、ずいぶん時間が掛かっちまった」


 大人の側にも事情がある。

 国の側にも理由はある。

 言い訳がましくも聞こえる正太郎の言に対して、エリカは不快感を抱かなかった。

 グリムハンズの事が世界中に知れてしまったら、ワードの存在も露呈し、世は混迷に陥る。


 灰かぶり姫(シンデレラ)の暴発で犠牲にしてしまった人々への贖罪は、エリカが背負うべき事だ。

 責任は政府にも正太郎にもないし、発見が遅れたのも、どうにも出来ない仕方のない事だったのだと。

 正太郎との出会いが、過去と罪を受け入れられる余地を与えてくれた。


「だけど、お前からすればそんな事情は関係ないよな。悪い事したと思ってる。本当にすまん」

「いいんだよ先生。今は見つけて貰ったから。それだけでいい」


 この話題をこれ以上続けると、正太郎を苦しめてしまう。

 そう思ってエリカは、もう一つの関心事を尋ねる事にした。


「で? イケメン亀城君とは、いつ会えるの?」

「急に話を変えたな」

「だって気になるもん」


 亀城薫の事もエリカにとって、重大である。

 同世代のグリムハンズが同じクラスに居るというのに、まだ話も出来ていない。

 このところずっと欠席で学校に来ておらず、エリカが入部してから一週間経つのに、まだ挨拶すら出来ていないのが現状だ。


「学校にも部活にも来ないし。何かあったの?」

「そのうち来るだろ」


 正太郎は、またも視線を逸らした。

 だが先程とは違う。罪悪感に真摯であったさっきと異なり、子供っぽく口元を結んでいる。

 やましい隠し事がある反応だろう。


「なんで来ないの?」


 問い詰めてみるも、また反応はない。

 本棚を眺めて黄昏ている。


「先生!」

「喧嘩したんだよ!」

「……一回りも年下と?」

「一回ってない! ギリギリ一回転してない! 俺は、今年で二十六だ!」

「よく十歳も年下の相手と対等に喧嘩出来るね。ある意味才能かも……」

「やかましい!」

「子供っぽいんだ。ずっと童話ばっか読んでるから」


 わざとらしく軽蔑の目を向けると、正太郎は眉尻を震わせた。


「な!? 童話は大人の鑑賞にも耐えうる! そういう偏見と無用な大人の気遣いで、原典から内容が抜粋され、作家の伝えたかった本質が抜け落ちていくんだ!」

「それで仲直りは? 立派な大人さん」


 間髪入れずに放たれた二の矢に、正太郎は背を向ける。


「色々と事情が複雑で、なかなか上手く行かないっつーか……」

「向こうが折れるの待ってるとか? どこが大人よ」

「うるさい! そういう事じゃない!」

「じゃあ喧嘩の原因は、何ですか?」


 正太郎は、唇を結んで沈黙してしまった。

なんだかんだと頑固な性格は、エリカと似た者同士かもしれない。

 自分との共通点を嬉しく思い、にゃん子の背を撫でていたが、


「復讐だよ」


 全く想定しなかった台詞に、エリカの意識を凍結させた。

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