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グリムハンズ ~彩桜高校童話研究会活動録~  作者: 澤松那函(なはこ)
第五章:ヘンゼルとグレーテル
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四頁:関係

 エリカ達は、現場から歩いて十五分の所にあるエリカのアパートに身を隠している。

 警察が巡回してくる可能性も考慮して、三人は、灯りを消して息を潜めていた。


 薫と涼葉は、外の様子に耳をそばだてつつ、物珍しそうにエリカの部屋を眺めている。

 壊れかけた座卓とリサイクルショップで買った、タダ同然のテレビしかない六畳間。

 それ以外の物と言えば、学生鞄が床に投げ出されているぐらいだ。


 薫と涼葉にすれば、年頃の女子高生の住んでいる部屋とは信じられないのだろう。

 沈黙しているのは、潜伏しているからというだけではない。

 エリカに掛けてよい言葉を選んでいる証拠だ。


「ごめんね。何にもなくて」


 だからエリカは、あえて自分から口にした。

 二人が気を使わなくて済むように。


「必要なかったの。今までは」


 一人で生きてきた時間の象徴。

 今過ごしている得難い幸福とは、正反対の世界。


「だから嫌だったんだ」


 最高の日々をくれた人が、自分を突き放すのが悲しかった。


「せっかく居場所と友達が出来たのに、追い出されたから。きっかけくれた人なのに」


 エリカの強張った心を解すかのように、涼葉の腕の温もりがエリカを包み込んだ。


「寂しいわよね」


 涼葉は、エリカの頭を撫でてから身体を離すと、笑みを浮かべた。


「大丈夫よ。私と亀城君が傍にいるわ」

「そうですね。まぁ僕たちの場合、友情っていうより、腐れ縁って感じですけど」

「確かに、そうかもしれないわね」

「二人とも酷い!」

「ごめんなさい……うっ!」


 突如、涼葉が呻き声を上げた。


「悠木先輩、大丈夫ですか?」

「涼葉さんどうしたの?」

親指姫サンベリーナが……」


 四島通りから退避する直前、涼葉は、親指姫サンベリーナを下水道に送り込んでいた。

 今は、二体のワードを追って下水道を捜索しているのだが、


「匂いがものすごくきついの……それに足跡を追ってるけど、追いつけないかもしれないわ」


 親指姫サンベリーナ発動中は、全ての感覚が共有される。

 視覚と聴覚だけでなく、痛覚や嗅覚もだ。

 共有の度合いは、ある程度操作出来るが、特定の感覚を遮断する事は出来ない。

 嗅覚は、親指姫サンベリーナの能力上、狭い場所への潜入が常なので、ポジティブに活用される事は少なかった。


「薫君は?」

「僕のはリアルタイムで確認出来ないんだ。帰ってきたら分かるけど」


 薫が言い終えるや、玄関のドアがコツコツと小さくノックされる。


「お、来た」


 薫がドアを開けるとそこには、


「よう、お前等」


一羽のカラスを胸に抱き、皮肉の色を含んで微笑む正太郎の姿があった。


「やっぱり首を突っ込みやがったな。この悪ガキどもめ」

「なんで……ここが?」


 薫が尋ねると、正太郎は、抱いていたカラスを手渡した。


「町の至る所、カラスが大量に飛び過ぎだ。偵察なら、もうちょっと抑えてやれ」

「……ごめん沙月さん」


 正太郎は、玄関口に入ると、ドアを閉めてエリカを見つめたが、対するエリカは視線を合わせようとしない。

 けれど、構わずに正太郎は言った。


「首突っ込むなって言っただろ?」

「だって……」

「すねようが何しようが、はっきり言っとくぞ。俺が首を突っ込むなと言ったら突っ込むな。それが守れないなら童話研究会をやめてもらう」


 今のエリカにぶつけるには、最悪の言葉。

 そう理解した涼葉と薫がなだめる間もなく、エリカは、正太郎に飛び掛かってジャケットの襟を掴み上げた。


「そこまで決める権限、あんたにないでしょ!!」

「あるに決まってんだろ。俺が顧問なんだ」

「なにそれ! 居場所だって……ずっと一緒って言ってくれたのに!」

「ルールを守るならだ。無法にやるなら、んなもん追い出されて当然だろ。俺は、無秩序を許すつもりはねぇよ」


 感情でモノを言っても正太郎には、響かないし、折れてもくれない。

 反論の言葉を失い、凍り付いたエリカの手を涼葉が正太郎のジャケットから優しく引き離した。

 涼葉は、エリカの両肩に手を置いて一歩下がらせ、正太郎との間に割って入った。


「先生のおっしゃる事は正論です。言い返す余地はない。でも先生の言い方も良くないと思います」

「言い方?」

「あんな言い方をされて素直に言う事聞くと思いますか? 私達にだって人格があります。酷い言葉を吐いた事を棚に上げて私達を責めるのは、卑怯です。それこそ秩序なんかありません」

「さっきから何の事を――」

「仲間じゃないって言った事だよ!」


 エリカの怒声に、正太郎はしばし呆然とした。


「悪かった……」


舌を打ちながら、正太郎は両手で顔を擦った。


「今回の事件は、あまり詳しく話して巻き込みたくなかったんだけどな」

「さすがに僕も気になってきた。ここまで来たら話してくれよ先生」


 薫が尋ねると、正太郎は、ドアに背を預けて腕を組んだ。

 ここに至って尚、事情を話す事を躊躇ためらっているようだが、諦めたように正太郎の口が開かれる。


「これは、警察の依頼なんだ。お前達ぐらいの年頃、政府と一緒に仕事してたんだよ。その縁で時々な。だから、これは俺個人への依頼で、お前達は関係ないんだ」

「そういう言い方がムカつくの!!」

「エリカちゃん、落ち着いて」

「嫌だ!」

「涼葉。好きにさせてやれ」


 涼葉が正太郎の前から退くと、エリカはすぐさま正太郎の懐に飛び込み、胸倉を両手で掴んだ。


「関係ないとか、仲間じゃないとか……私は、先生にとってのなんなの!?」

「大事だから巻きこみたくないんだ」

「答えになってない! 関係なくて仲間じゃないなら……私は、先生にとってなんなの? 答えてよ!!」

「教師と生徒。師匠で弟子。そういう関係じゃねぇか? 言い方は、なんにせよ、繋がりである事に違いねぇだろ?」

「結局うまい事言ってエリカちゃんを煙に撒いてませんか? どうして逃げるのか、理由を聞きたいところですね」


 涼葉の追及を正太郎は、曖昧な笑みで受け流した。


「大人の事情って事で察してくんねぇか? あんまり話したくねぇんだ」


 正太郎は、エリカの肩を軽く叩いてからしゃがみこみ、涙で輝く瞳を仰いだ。


「エリカ。ひどい事言って悪かった。それについては、本当にすまん」


 しゃがんだまま正太郎は俯いてしまった。表情を見られる事を拒んでいるようだ。

 今エリカは、正太郎の触れてはいけない部分に触れてしまっている。

 でなければ普段軽口ばかりの人が、こうはならないだろう。

 今どんな顔をしているのか。きっとその表情は見てはならないもので、エリカがわきまえなくてはいけない部分だ。


「けどな、政府からの依頼は、今までとはわけが違う。危険なんだ。これからもお前達を参加させない事もあるが分かってくれ」


 正太郎は、一つ大きな息を吐き出してから立つと、いつもの飄々とした顔に戻っていた。


「いざという時、俺が守れる範疇に、お前達を置いておきたいんだよ」


 正太郎の過去をエリカは聞いた事がない。本人も話したくないという。

 エリカは、薫と初めて出会った日の、薫を慰める正太郎の言葉を思い返した。


『グリムハンズやワードのなんて得体の知れないもんがある世界だ。きっと天国だってあるさ。長生きして、土産話たらふく持って会いに行けばいいさ』


 あの時の言葉は、正太郎自身にも言い聞かせているように思えた。

 今までたくさん大切なモノをなくしてきた人間でなければ、あの台詞は言えない。

 許したわけではないけれど、このまま関係が終わってしまうのは嫌だ。

 今の沙月エリカを与えてくれた大切な人だから。


「分かった。許してないけど、話はしてあげる」

「ありがとな。じゃあお前ら今更ながらに関わるか?」

「言ってる事がさっきまでと違くない!?」


 エリカの指摘に、正太郎は乾いた笑いを浮かべた。


「今回の事件調べがついてな。さほど危険な案件じゃねぇって分かったんだ」


 あのワード達が危険じゃない?

 ベテランの正太郎が言うのなら嘘はないだろう。

 しかしエリカ達が戦った二体の戦闘能力は、今まで相手にしてきたワードの中でも頂点と呼ぶにふさわしかった。


「でもすごく強いワードだったよ」

「戦ったのか?」

「うん。二体も居て、鎧みたいな体で……あと炎を出してさ」

「……なるほどね。そういうわけか。それも込みで解決済みだ。どうする? ついてくるか?」


 解決済みとは言っても、ついてくるかと問うという事は、あのワードをまだ倒してはいないのだろう。

 だが、あれは明らかに正太郎の言う危険な仕事である。

 正太郎の茨姫リトルブライアローズでは、歯が立たないように思えるが、対抗策があるのか?

 とは言え、せっかく誘われたのだから断る理由もなく、


「行く」

「私も行きます」

「じゃあ僕も」

「よっしゃ。ついてこい」


 エリカ達は、正太郎と共に行く事となった。

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