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剣は人を守るためにある

(めーん)


幼い声が道場に響く。


「タケル、踏み込みが甘い」


祖父の竹刀が頭の防具を小突く。


(めーん)


祖父はタケルが力を込めた打ち込みを簡単にいなし、


バシーン!


祖父は弱く打ったつもりではあったが、8歳に対しては強めの打撃であったのだろう。

タケルは板葺きの床に尻餅をついた。


祖父は笑って

「手加減したつもりじゃが…。まぁ、ちょっと休むか」


祖父はタケルの防具を外させ、縁側に移って並んで座る。

心地よい春の昼下がりだった。ソメイヨシノがちらほら咲いている。


子供用の面を外したタケルは空気をゆっくりと吸っていた。


「タケルはまだまだ強くなるぞ。タケル、何のために強くなるか、分かるか?」


「う〜ん、立派な男子になるためかな」


「結構、いい線いってるのぉ」


と祖父はほほ笑む。


「立派な男子になるためももちろんある。じゃが、強くなるのは」


「強くなるのは?」


「人を守るためじゃ」


「人を守るため?」


「そうじゃ」


こう言って、祖父は幼いタケルの瞳を見つめて続けた。剣術の名門、神刀一乗(しんとういちじょう)流の総代の眼差しであった。


「剣は人を守るためにある。お前が剣を学ぶのは、人を守る心と技を養うためだ。特に大切な人を守るための」


「ふーん。そうなんだね〜。剣は人を守るため…か。うん、分かった」


「そうか、分かったか」


そう言った祖父の表情はいつになく優しげだった。



***********************

「突き!」


バスッという音とともに対戦相手が後ろに飛ぶように倒れ込んだ。


ズシーン


タケルの一本勝ちだった。高校最後のインターハイでタケルはついに個人戦で日本一に輝いたのである。

亡き祖父も喜んでくれるだろう。

こもごもの思いが極まってタケルは男の涙を流した。


しかし、程なくして、嫌な予感がよぎった。

対戦相手が立ち上がらないのだ。医務班が担架で選手を運んでいく。


準優勝者がいない表彰式となった。


その後、分かったのは、対戦相手がタケルの鋭い突きで倒れた際に打ち所が悪く、体に麻痺が残ったこと。長いリハビリが必要になったということだった。


正々堂々試合をした上での不運な結果であり、タケルに過失はない。相手が不運という声はあったが、タケルを責める声はほとんど無かった。


対戦相手の長柄(ながら)(たもつ)を病院に見舞ったときも保は、


試合の上でのことだ、

恨みはない、

気にするな、

リハビリを頑張るから、また試合をしよう


と逆に気遣ってくれた。


武人のごとき心を持った保をタケルはありがたくも思った。


しかし、タケルは自責の念に苦しんだ。

祖父の言葉を噛み締めていた。


剣は人を守るためにある。


対戦相手の未来に傷を負わせた自分は、人を守るどころか傷つけたのである。


ここ数年の自分は思えば奢っていた。

平成の沖田総司などとちやほやされて、自分でもまんざらでもないと自惚れていた。


剣の心構えを忘れ、ただ、勝ちたいだけだったのではないか?

試合で相手を思いやることもできなかった。


祖父が生きていたら、最近の自分を見て、きっと嘆かわしく思ったことだろう。


このまま剣道や剣術を続けていく資格はあるのか?


そんな自問自答から、タケルは剣道や剣術から離れ、剣道の活躍でほぼ内定していた名門大学の推薦も断り、一般受験で中堅の大学に進んだのであった。


タケルの高校時代の活躍を耳にした剣道部や剣術同好からが強い誘いがあったけれども、それを断り、ただ漠然と一回生の秋を迎えていたのである。


その時、持ち上がったのが、妹、舞姫(まき)の霊夢の件だった。

9月の下旬、タケルは、行き慣れた多家良神社へ舞姫と赴いた。

参道を挟む鎮守の杜の様子がなぜか目に浮かぶ。

桜、楓、栗、小楢、落葉広葉樹が多い森。

木々によっては、葉の彩りが赤や黄色に変わり始めているものもある。


その鎮守の杜が不意に光に包まれて…。


眩しく感じたタケルは目を覚ました。

すると、見知らぬ森で出会った少女、エルゼの可憐な顔ばせがあった。

今回はタケルの現世での回想シーンを挟みました。

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