ゴルビーの話
「タケル殿、初めまして。ぼ〜くは、ゴルビー・ミラージ・インナ・スーメルキ。
エルフィニアの軍に属する魔法師です」
「ご挨拶ありがとうございます。
私は一乗タケルと申します。ご推察どおり、7日ほど前にエルフィニアに転移してきた者です。
剣術を教える家門の出ですので、剣術を一応身につけてはおります。
ゴルビーさんは、エルフィニアの大魔法師と伺いました」
「そうリス。ゴルビー様は偉大なる魔法師なり〜。
魔法ならなんでもできるなり」
栗鼠顔の少女の声は少しだみ声だった。
「ハハ、リズ、会話への割り込みは注意事項だよ」
リズという獣人はちょっぴり残念そうな表情を浮かべた。
ゴルビーは続けて、
「それとリズ、
なんでもは、できないよ。
できる魔法だけ」
このゴルビーの言葉を耳にした時、タケルは怪異現象を扱う或る物語と或るセリフを思い出した。
吸血鬼に噛まれた主人公を慕うクラスメートの女の子。
容姿もよく勉強もでき、特に知識が豊かでいろいろなことを知っていた。
有名な歌誌と同じ音の苗字をもつ主人公が「何でも知っているな」と指摘すると、
なんでも知っているわけでは無い、知っていることだけ
という意味のセリフを常に返すのであった。
タケルはそのセリフに何か奥ゆかしいものを感じ、そして、その少女を愛らしくも思っていたのであった。
実は眼鏡っ娘で巨きい胸部を有する点も惹かれていた理由だが…。
ゴルビーの言葉をきっかけにして、猫の物の怪に苛まされた、その非実在少女を久しぶりに思い出したのは、タケルには嬉しいことだった。
タケルの面輪には、けだし微笑が浮かんでいたことだろう。
ゴルビーがタケルに向き直って、
「タケル殿はやはりマレビトですか…。
この時期にマレビトとは、興味深いですね〜。
危機を察して神霊や精霊がこの地に呼び寄せたのか?
それともタケル殿の転移で、世界の平衡が崩れたのか?
清浄な宝剣を持っていることを思うと、前者の可能性が高いですが」
「それはどういうことでしょうか?」
「異世界から転移する者のほとんどは、何かの使命や因果を背負っています。
また、使命や因果を持たぬ異世界からの転移者が存在するということは、やはり異常な事態なので、この世界の安定が揺らぎ、それをなんらかの形で補正しようと世界の理が働くのです。
通常は召喚や使命なしに転移者がやってくると大きな地震が起きたり、海や地が割れたり、気象が変動したり、土地が転移したり、何らかの変異が生じます。
魔獣の大量の発生もあり得ます」
ゴルビーは、いったん口を休めて、
「しかし、今回の魔獣の南下は何かの意図を感じます。
ホヤンスクだけを襲撃するのは、それこそ世界の理に反します。
自然の現象なら、無秩序に手当たり次第に襲撃を行っているはずです。
無使命の転移者出現による、世界の補正では無いでしょう。
今回は魔獣襲来の真の要因を探りにやってきたところもあるんですよ」
タケルは少しホッとしていた。
もしも自分が転移したことが原因で魔獣の襲来が起きたのなら、被害者に申し訳が立たない。
もしかしたら、この大魔法師の見立ては、タケルを気遣ってのことなのかもしれないが、大魔法師であるからこそ、世界の理にはあらずと判断できるのだろう。
魔獣襲来は果たして誰のどんな意図があるのか?
闇魔法で襲ってきたダークエルフが何かを知っている可能性が大きい。
タケルがそんなことを考えていると、
「ゴルビー様、ちょっといいですか?」
「ラビーネ、どうしたんだい?」
兎耳の手弱女が耳をピンと立てて答える。
「北北東の方角から変な音が聞こえてくるんです。
少しずつ近づいてきます」
「そうかい。
実は僕も嫌な予感がしてたんだ。
タケル殿、ちょっと待ってて下さい」
ゴルビーは突然魔杖を掲げると、
「森の精霊よ。我らが御祖よ。
敵を探すべき御力を我に授けたたまえ。
それは網のごとく広がり、疾風のごとく教うる御業」
吟じるような太く重い響き。
会話での軽妙さが嘘のようである。
魔杖の先の宝玉のようなものが輝き、その強いは一瞬に四方へ広がった。
ゴルビーは頷くと再びタケルに向き直り、
「タケル殿と転移の話を続けていたかったのですが、それも望めなくなりました。
毒虫どもがいっぱい飛んでくるようだ。
ホヤンスクが危ない」




