ストロイカの浴場
深夜の警備の任務は問題なく終わった。
ホヤンスクの城外に横たわっていた魔獣の死骸はほとんど消え、ごくたまにそれらを焼いている炎を見かけるだけだった。
前日と違うのは東門から離れたところにも足を運んだことだった。
警戒の範囲を広げたということだろう。
夜明けが来ると小隊は解散し、タケルは天幕で仮眠をとった。
数時間後、起き出して、冒険者風の服に着替え、太刀を背負って、グスタフに教えてもらった宿ストロイカに徒歩で向かった。
屋台街を通り過ぎて、地図の場所に行くとアスカとフォクラが滞在していた宿泊所だった。
2階建の木造建築だ。
アスカたちへの挨拶は考えなかった。
明日ヒューマニアに出発すると聞いているから、忙しいと思ったこともあるし、昼過ぎにはノルトラント一行のもとを訪ねるから、この宿に長居する事は避けようと思ったのである。
タケルはフロントに行き、蒸し風呂を利用したい旨を告げると、
「いま、9時少し前ですが10から12時は女性利用の時間になります。それでも良いですか?」
「はい、いいですよ」
「武器はこちらで預かります」
「分かりました」
タケルが承諾すると、木の札とタオルを渡され、係員の案内で浴場に向かう。
畳6畳ぐらいの着替え場に通された。
そこには猫型の獣人男性が1人着替えを終えて出ようとしていた。
タケルは直ぐに服を脱いで隣接する浴場に入る。
誰もいない。
全体で10畳ほどの広さだろうか、水が湛えられた浴槽と開き戸で仕切られた蒸し風呂の部屋があった。
タケルは幾つか置かれていた木桶で水を頭から浴びて、蒸し風呂の部屋に入る。
蒸気が立ち込めて、室内は暑く、やはりサウナのようであった。
暖炉のような熱源があり緑色の光を放っている。
魔力道具だろう。
そのすぐ脇に桶とひしゃくが置いてある。
これは適宜この熱源に水をかけろということなのだろう。
タケルが熱源に掬った水をかけると
シュッ~
という音を立てて水蒸気が発生する。
素肌にいいような感じを受ける。
木製の長椅子に座り、タケルは汗が出るに任せた。
夥しい汗が流れて行く。
日本でたまに利用していたスーパー銭湯で楽しんだサウナ風呂を思い出す。
家族で訪れたものだ。
しかし、タケルは家族のことを思うのを打ち切った。
つらくなりそうだから。
今はこの世界のことに気持ちを集中したいと思うから。
室内の暑さに耐えきれなくなると室外に出て浴槽の水をそばにある手桶ですくい頭から浴びる。
爽快だ。
タケルは火照った体を冷やすべく、浴槽の水に浸かる。
小さいプールに入っているかのようである。
するとヒューマン男性が1人浴槽に入ってきた。
タケルよりやや大きい体で筋肉質、髪は短め、背中や肩に傷が浮かんでいる。
きっと冒険者か軍人であろう。
「あんた、タケルだな?」
「そうですよ」
「黒髪、黒い目だから分かった」
タケルは男の顔に視線を与えた。
「あんた有名人だぜ。虐殺トカゲにとどめを刺したとか、ボブゴブリンを切り捨てたとか。
昨日の夜に聞いた話じゃ、剣聖ルートヴィヒともやりあったらしいじゃないか。
俺のダチが西門のそばで見たと言ってたよ」
(噂が伝わるのは、早いものだな)
「ご存知なのですね。ルートヴィヒさんには敵いませんでしたよ」
「当たり前だ。剣聖だからな!
でも結構善戦したと聞いたよ。
そんな細っこい体で剣は強いんだな~」
そういうと男は水に浸かったまま立ち上がり、
「俺は冒険者のジム。斧と短刀使いだ。よろしくな」
と言って太い上腕の右手を差し出してきた。
「一乗タケルです」
タケルが握手を交わしたところ、男は非常に強い力で握ってきた。
タケルの手を握り潰すかのように。
男の目には厳しい感情が見えた。




