馬車の中で
ホヤンスクの西門は、荷車や荷馬車が頻繁に行き来していた。
特に前日に討ち取られた魔獣の大量の毛皮や皮、角などを隣接するビザウム帝国領の領邦に移送するためである。
また、武器や資材もかの国から大量に運び込まれようとしていた。
また、簡素な乗合場所も多数城門のそばに乗り付けていた。
多くは二頭立ての四輪馬車だった。
魔獣襲撃を受けて、嘆きの崖に行く東部方面へ向かう街道の通行は止められており、巡礼者の多くは、危険も予想されるホヤンスクから出ようとしていたのだった。
そのため、この日は定員が埋まるとすぐに西の宿場町ユジノへと次々乗合馬車が出発した。
ある乗合馬車の定員を埋める最後の乗客がやって来た。
巡礼者がよく纏う上下白の服にフードを被っている。
身体の線から女性の可能性が高かったが、フードを深く被りどんな人物かは分からない。
しかしながら、これは取り立てて珍しくはない。
巡礼の旅では不測の事態に備えて、女性は肌を人目に触れないように気をつけるのである。
厳格なイスラム教徒国の女性のように、ベールをすっぽり被り、出しているのは両眼だけという場合もあった。
この馬車の中の客の半分が白い巡礼服を纏っていた。
昨日こそ襲撃を恐れて宿に閉じこもっていた巡礼者たちであるが、この日は外に出て今後のために各自が行動を思案したようだった。
タケルの襲撃から一時間弱は、まだ西門の検問は緩やかだった。
普段よりチェックが甘かったのは、物資の輸送が捌き切れないという判断が先に立っていたからだろう。
乗客の身元のチェックもなく、馬車が出発し、西への街道を進んで行く。
最後に乗り込んだ客はやはり女性だった。
…もしも追っ手が来ても、返り討ちにして、馬車ごと焼いてしまえば、まぁそれで問題ないわ。
さっき見かけた宝剣を持つ男は要注意ね。
あの町でアレク様が万が一手こずるとしたらあの剣士。
ハイエルフの武人の女も弱くはなさそうだわ。
アレク様は、ただ『様子を見て参れ』とおっしゃってたけど、あたしが、ハイエルフどもと戦っても良かったのに…
彼女はここ数日のことを振り返った。
忠誠を誓う、いや愛情を捧げるといった方が正確であろうが、その対象のアレクサンドルの命で、魔獣襲撃の様子とホヤンスクの状況を見にきていたのである。
今次の襲撃は、アレクサンドルによれば、小手調べという位置付けだった。
当初はゴブリンの群れも加える予定だったが、ボブゴブリンが何者かに討たれ、計画に変更が生じたが、位置付けは変わらなかった。
エルフィニア北部の防衛力や武人の質を見積もり、次へ生かす参考にするという。
ハイエルフを手にかけるのは魔獣に任せず、アレクサンドル自身がしたい宿願だという。
もしもこれでホヤンスクが落ちたらそれでよし。
ここを魔獣の巣窟にして、ハイエルフたちを苦しめる算段だった。
偵察を任された彼女は、巡礼者姿で町に滞在し、ここ数日城壁の中や町の周辺を歩き回っていたのである。
惜しまれるのは、飛び抜けて強いはずの虐殺トカゲが討たれる場面に出会えなかったことだ。
アレクサンドルに今回は魔獣襲撃を手助けする必要はないと言われていたので、極力参画は避けていた。
それでも魔獣が東門に殺到した際、守備兵を後ろから撃ち、魔獣が門を破壊するのは助けた。
巡礼服姿は戦闘の場では目立つので、その場からすぐに立ち去り、北門に向かったが、その後、虐殺トカゲがタケルという武人に討ち取られたと聞いた。
その様子を見られなかったことが少し悔やまれたが、きっとあの宝剣を持つ男がタケルなる者だろう。
ヒューマンでしかも若い。
また、ホヤンスクは予想以上に防衛力が高いのは意外だった。
ハイエルフの軍人の戦闘力はもちろん侮れないが、冒険者たちも多く、町全体の防御力は弱くない。
これはレベルの高い冒険者が嘆きの崖への物見遊山を兼ねて、この町に立ち寄っているからだろう。
それらを知れただけでも偵察に来た意味があったかも知れない…。
長い耳と黒みがちの肌を持つ女性、ダークエルフのヤン・カレーニナは、窓の外の景色を見ながらそんなことを思っていたのであった。




