嘆きの崖
「アスカ殿の一行、騒がしかったが楽しそうな人たちだったよ」
エリナが笑顔を浮かべながら、タケルとエルゼの前を行く。今、冒険者や武人がよく使う店に向かっていた。
「確かに…。愉快な人たちですね。
ところで、エリナさん、あの人たちが目指す『嘆きの崖』というところはどんなところなんですか。
聖地とは聞いているのですが…」
「聖地でもあるし、観光の名所でもある。宝嶺島に住む者が一度は訪れたい場所だよ」
この後、エリナやエルゼが、代わる代わる嘆きの崖について話し始めた。
遥かなる昔、宝嶺島は魔族と魔獣、天使、妖精だけが生きていた。
やがてこの地の森林にエルフが生まれ、そして西側にヒューマンが流れ着き、時を同じくして獣人たちも現れて、強大な力を有する魔族に抗いながら根付いていった。
魔族が優勢であったが、勇者スサーノが現れ、魔族を統べる魔王と激闘を繰り広げ、勝敗がつかなかった。
そこで魔王は勇者の健闘を称え、島の西側を魔族以外の土地として譲り、相互不可侵を誓い合った。
その際、島の東半分は、数千メートルの切り立った崖のように隆起し、魔族の住むデーモニアとなったのである。
エルフやヒューマン、獣人のほとんどは西半分に住んでいた。
分断の周知期間もあったが、いろいろな事情で島の東半分にいた者は取り残されたという。
数千メートルの崖を下ることはほぼ不可能で、境界には石ころ一つ通さない、強い結界が張られ、デーモニアに残された者はほとんど西側に帰ることができなかった。
またデーモニアは濃厚な魔素の影響で魔族以外は生息ができない。
おそらく残った者は命を落としたことだろう。
東に取り残された者に縁ある者は、種族を問わず、分断された崖を訪れて、嘆いたという。
それが嘆きの崖である。
「エルフの森林は東側にも続いていたので、エルフの犠牲者も少なくなかったらしいです。
また、デーモニアで生き残った者は真性ダークエルフになったとも」
エルゼが少し真剣な面持ちで語った。
「実はダークエルフと呼ばれる種族は、ニゲル川以南の森林地帯でも暮らしているんだ。
その種族は分断から久しくして、ニゲル川の断崖を下って西側に逃げてきたと伝えられているよ」
「ダークエルフですか…。僕はまだ会ったことがありませんね」
「そうだろうね。
ダークエルフはニゲル川以南の大森林とエルフィニア南部に多くが住んでいるので」
「ダークエルフの人たちは、水車や小屋などの建築技術に秀でているんです。
大きな建築工事の際は、北部でもたまに見かけますよ。
嘆きの崖を訪れたら、まず会うこともあると思います。あそこはダークエルフにとって大切な場所ですから。
白衣を纏った巡礼者の中にもいますよ」
「そうなのですか。そう言えば、この町でも上下白衣の人を見かけますね。嘆きの崖を目指す人たちなんですね」
タケルは四国のお遍路さん巡りのことを思い出した。
上下白衣に菅笠、金剛杖の姿で祖父と祖母が四国を回っている写真を見たことがある。
白衣は人を厳かな気持ちにするのだろう。
「ちょっと不思議に思ったのですが、崖が全土にあるはずですが、嘆きの崖が特に有名なのはどうしてなんでしょうか?」
「安全でかつ行きやすいからだよ。南部では崖はだいたい滝になっていて深い谷川になっている。
北部も滝があったり、魔獣がよく出るところが多い。
ちょうど嘆きの崖付近が、安全で滝の飛沫を浴びずに崖に触れられるんだ」
エリナに続いてエルゼが説明を加える。
「嘆きの崖は景色も本当に素敵です。嘆きの崖そのものは乾いているんですが、その左右には、大きな滝があって、それを眺められるんです。
宝嶺島三景にも入る雄大な風景ですよ!
私も行ったことがありますが、感動の一言でした」
「僕も行ってみたいですね!」
「うん、タケル殿、いいところだよ」
「わたしもお勧めします!」
目指す店が近づいた頃には、通行人はだいぶ減っていた。
上下白衣で杖を持つ巡礼者とタケルはすれ違った。
(なんという魔力かしら。この男が持つ刀剣は…。
アレク様の計画の邪魔になるかもしれない)
すれ違った者が一瞬後ろを振り返ってタケルの背中に視線を向けた。
やおら呪文をつぶやくと、手に黒い炎の塊を作り出した。
タケルとは10メートルほど隔たっている。
「タケル殿、危ない、伏せて」
声とほぼ同時に女がタケルに黒い炎弾を放ったのだった。




