幻影魔法
フードを被った泥棒は駆け去っていこうとしていた。
「狐火!」
声と同時にフォクラが魔杖を振ると一塊の炎が猛スピード飛び出してそのまま走る盗人に直撃した。
倒れ込んで悶える盗人。
タケルとエリナ、エルゼが急ぎ足で向かうと、
「熱い、熱い、熱い」
フードが外れ顔を露わにした男は、苦しんでいた。
炎は消えて燃えている気配は全くない。
買い物客が気味悪がっている。
「火もないのにどうして?」
「幻影魔法だよ、タケル殿。狐人族の種族魔法。
あの男にだけ炎が見え、実際に焼かれている錯覚に陥る」
フォクラが市場の警備人を連れてやってきた。
「八尾の白き狐神よ、幻を解き給え」
魔杖を振るうと、男の悶えは止み、警備人が縄で縛り上げた。
「本当にありがとうございました。大切なものが入っていました」
鞄をひったくられた老女がフォクラに礼を言って、地面に落ちた革の鞄を受け取った。
「大切なものが戻って良かったですね」
フォクラの声は優しげに響いた。
アスカとドゼルもやって来て、
「タケル、フォクラの魔法、結構すごいでしょう?」
「うん、すごい。幻影を見て悶えるなんて!」
「わたしなんかはまだまだですよ〜。故郷に戻ったらもっと凄い使い手がいます」
「いや、たいしたものだよ」
エリナが話に加わる。
「短縮詠唱で即座に幻影魔法を打てるなんて。
エルフィニアでもこんなことが出来る魔法師は少ないと思う」
「タケルさん、魔法に詳しくないかもしれないので、わたしが少し解説すると…」
こう言ってエルゼが説明するには、魔法は呪文をゆっくり正確に唱え、また効果についてしっかりしたイメージを込めるほど正確な起動ができるらしい。
魔法の種類にもよるが、短縮詠唱は上級のスキルだ。
まして、種族特性があるとは言え、指定の相手だけに幻影を見せるだけでなく、実際の苦しみを与えられる魔法はかなり難度が高い。
難度の高い魔法の短縮詠法。同じく魔法を得意とするエリナが感嘆するのも当然なのだという。
(こんな魔法が打てるなら、昨日の酔っ払いぐらい、フォクラさんは難なくあしらえたかもしれない。
自分の行動はちょっと勇み足だったかな…)
タケルが苦笑いをしていると、エルゼはアスカのそばに歩んで、
「あ、そう言えば、アスカさん、こんにちは。昨日は姿を見ましたが、挨拶の機会がなくて」
エルゼの言葉にアスカは、
「あ、こんにちは。昨日の夕方、会ったわね。
タケルやエリナ大尉から聞いてるかもしれないけど、あたしは、冒険者で、嘆きの崖に行く途中でホヤンスクに来てるわ。
あたしは、アスカと呼んでくれていいわ。よろしくね」
「はい、よろしく」
エルゼが軽くお辞儀をした。
「人助けもしたし、拙者らもでは、行くか」
「あっ、ドルゼ、ちょっと待って。タケルに話が」
アスカがタケルの元に歩み寄って、
「あたしたち、明日から5日間ぐらいビザウム帝国領に行くわ。邪悪ウルフの毛皮を運ぶ隊商の護衛をすることになったの。
だから食事は、来週にね」
「うん、了解した」
「アスカ、タケル殿は両手に花でここに来てるのじゃから、そういう話は帰ってきてからでいいのにのう」
「ドゼル、なに言ってるのよ! 昨日、タケルとは、約束したんだから」
「胸の大きな御仁お二人がタケル殿には付いておろう。
特に姉君の方は大したものじゃ。アスカは到底及ばぬ」
「なっ」
エリナやエルゼの表情が反応した。
「このHトカゲめ!」
アスカは品が入った買い物袋でドゼルの頭を叩く。
「許せ、許せ」
ついタケルは笑ってしまっていた。
「ドゼルさん、アスカは日程ですれ違わないように言ってくれたんだと思います。親切で」
「そうじゃろうな。
痛た、た。
アスカ、冗談だから、やめよ」
「フォクラ、狐火をこの錯乱坊にかまして!」
フォクラはあきれ顔だった。
タケルは「錯乱坊」という呼び名をツンデレ元祖の名作マンガかどこかで聞いたことがあるような気がしたが、強いて意味を訊くこともなかった。
この3人が属するパーティーはきっと楽しいんだろうと思った。
「あ〜もう袋を振り回してるの疲れたわ。
フォクラ、もうドゼルをほっといて買い物をちゃちゃっと済ませよう。
護衛用の保存食用意しないとね。
じゃ、また」
「では、気をつけて。
みなさんの無事をお祈りします」
「そちらさんもなぁ」
置いていかれそうなドゼルが別れの挨拶がわりに錫杖を振った。
「タケルさん、エリナさん、エルゼさん、また!」
フォクラは魔杖を揺らし、エリナもエルゼも手を振って、タケルたちとアスカたちは逆方向に歩みを進めるのであった。




