ロベスティーヌへの思い
西暦1789年7月14日、パリのバスティーユ監獄が市民に襲撃された。
平民たちの旧制度への怒りが暴発し、混乱が全土に広がった。
国民議会は人権宣言、封建的特権の廃止を宣言し、人類史に特筆される革命が進展していくのであった。
その男も革命の申し子であった。
彼は啓蒙思想を信じ、ルソーに傾倒し、人間の理性を絶対視した。
共和政支持の左派の論客として台頭した彼は共和政への移行とともに力を強め、1793年7月からは政府の首班となる。
同年9月事実上の独裁権を得てからは、外憂内患の多難の中、彼は自己の信じる革命の進捗を願い、政敵を次々とギロチン台に送って粛清していくのであった。
いわゆる恐怖政治である。
しかし、その独裁は長くは続かなかった。
翌年7月、独善と横暴が目立った彼は、反対派のクーデターにあい、ギロチン台で命を散らしたのである。
これを熱月9日の反動と言う。
エルゼが吟じた詩篇に触れたタケルの頬には、なぜか涙が流れていた。
詩篇の言葉は、賢者の前世が誰であるかを物語っているようにタケルには思えた。
タケルはフランス革命を思った。
そして、ギロチン台に命を終えた、高潔で残酷な独裁者を思い出していた。
無産市民と小農民を基礎とする共和制国家を目指した男。
その名はロベスピエール。
キリスト教を否定し、理性を崇敬する彼が最高存在の祭典を挙行した際に民衆は彼を称賛した。
その約2ヶ月後、彼がギロチン刑に処せられると民衆は喝采の声をあげた。
人心は移ろいやすい。
そんな例の一つだと高校世界史の教師獅子王が説明していたことがやけにタケルには印象深かったのであった。
フランス革命中、ギロチン台で露と消えた彼は、二度目の生をこの宝嶺島に受けたのだ、少女の姿で。
そして、この島で、彼はいや彼女はやり直したのだ、自分の命を。
そして、明かりを灯したのだ、賢者として。
こんな命の在り方があるのか?
彼はいや彼女は救われたのか?
おそらく救われたのではないだろうか。
彼女は彼女のし得る業で、幸ある国を別天地に築こうと目指したことだろう。
「タケルさん、どうしましたか?涙して…」
「詩編が胸にしみこんできました。
切ない気分というか…。
エルゼさんの声がすごくしっくりきたからでしょう」
これは正直な言葉だった。
エルゼの銀鈴のような澄んだ声が、この詩編に本当にふさわしく思われた。
彼女の声でなかったら、目頭から涙の雫は零れ落ちなかったに違いない。
「え、そんなことありませんよ。わたしの声は普通です。
タケルさんって、感じやすいんですね!」
「うん、私もそう思うなぁ~」
エリナも同調した。
「感じやすくないですよ〜。ところで、ロべスティーヌ様は、数字のほかにどんな貢献をしたのですか?」
タケルは手で涙を拭った。
「ほかに度量衡を整えましたよ。長さや重さや嵩の単位について画期的な仕組みを提案したんです。
今、賢者ロベスティーヌの『度量衡』と呼ばれています」
「それはどんなものですか?」
「勇者グラン=カールの聖剣とされる剣を基準に1エペという長さを決めました。
その100分の1の長さを1セントエペ。
1セントエペを1辺とするさいころ状の形を1キューブ、1キューブの水の重さを1ポアとしました」
(フランス革命の時に生まれたメートル法の考え方に近いな…。
国や宗教、民族にかかわらず、普遍性を追求した単位、メートル法。
子午線弧の長さの1000万分の1を1メートルとしたんだっけ。
おそらく、
1エペ≒1メートル
1ポア≒1グラム
1キューブ≒1立方センチメートル
と見ておいていいかもしれない。
聖剣を基準にして1エペという単位を決めたのはどうしてか?
フランス革命の理念を信じていたなら、合理性の薄いものは避けたかったはず。
聖なるものの恩寵を感じたのだろうか?
宝嶺島で権威のあるものを基準にして人々に受け入れやすくしたんだろうか?
どっちにしてもこの世界の度量衡の合理性は、近世の欧州や日本を超えていることだろうな)
タケルは耳を傾ける。
「この体系がまずヴァロア王国の聖職者、数学者、科学者、から軍人、仕立て屋、商人に広がっていきました。
とても実用的なことが分かり、宝嶺島全土でだんだん使われるようになったんです。
クロイツ教会でも積極的に採用してました」
「タケル殿、各国の軍人も度量衡を使ってるよ。いろいろ便利だから。
刃渡り90セントエペの両刃剣を10振り頼む、そんな風にどの国でも頼めたりできるしね〜」
「エルフィニアでは昔からの単位も残っていますが、研究や数字や金銭に関わる人々は、だいたい度量衡を使っているんです。
もちろん賢者様の『真数字』はそれ以上に普及していますよ〜」
(数字が使えるのはありがたい。
こちらの世界の文明は案外、異世界から伝来するのかもしれないな。
もしかしたら、地球もそうなのかな? 神話では、人間が神々からいろいろ授かるが、
もしや異世界から?)
タケルはそんなことを考えた。




