危機の中で
松明の火が前後左右からから近づいて来た。ゴブリンたちがタケルとエルゼを取り囲みつつあった。
全部合わせて50体以上はくだらないだろう。
「エルゼさん、どの方向に逃げたら安全ですか?」
「あっちです。エルフの森の結界があります。ゴブリンは結界を抜けられません」
青ざめたエルゼは光球が照らす前方を指差した。こちらを目指して駆けてくるゴブリンたちの姿も見える。
「分かりました。僕が突破口を開きます。一緒について来てください」
タケルは太刀を鞘から抜いて、長い鞘をチノパンの背中側のベルトに挿し込んだ。
右手に太刀を握りしめて
「では、走りますよ!」
タケルは駆け出し、エルゼも背後に続く。
十数秒後に斧や槍を持つゴブリンたちと衝突、戦いの口火が切られた。
「ウリャー」
タケルは長刀を手にして吼える。
峰打ちではない、相手を屠る斬撃。
ゴブリンたちの腕が、首が、骨も断ち切られ、次々飛んでいく。
生きとし生けるものの命は大切だ。
しかし、あくまでも自分の命を保っての上で言えることだ。
切り捨てなければ、災いをもたらす命も時にはある。
もはや躊躇いはない。
縦に斬り伏せられた者、胴を切断された者、斜めに裂かれた者、全て致命傷だった。
その度にタケルのジャケットやシャツにゴブリンの青い血が飛び跳ねた。
エルゼは戦闘は得意ではないようだが、折々光の玉で前方のゴブリンたちに目くらましを見舞い、タケルを助けた。
大木の木陰から不意にゴブリンたちが現れる。槍を突いてきたり、斧を振り回したり。
その度にタケルは防いで見せる。太刀が自分で意思を持つかのようにタケルを導くのである。
そして、不思議なくらい切れ味が良い。
聖剣とは、このようなものを言うのだろう。
タケルは切り進んでいくが速度が落ちていたので、後ろから追ってきたゴブリンたちにやがて追いつかれそうだった。
しかし、タケルの八面六臂の活躍で、ゴブリンの体の一部が次々と切り飛ばされ続けた。
服もズボンも小鬼たちの血でいっそう青く染まっていた。
エルゼはまだマシだったが、白いタイツは彩りを変じていた。
森が薄くなり、前方の視界が開け始めるとエルゼが告げる。
「タケルさん、もうすぐです。もうすぐ結界が見えます。あの石柱です」
木がまばらになった空間を出ると星空が天を覆っている。
大きな石柱のようなものが100メートルも行かない先に立っている。
前方にはゴブリンが絶えた。
しかし、タケルの足腰は限界を迎えつつあった。切り伏せながらの走行は体力を削っていたのだった。
エルゼの足取りにも疲れが見える。
そう思った瞬間、タケルは右太腿の後部に強い痛みを覚え立ち止まる。
ゴブリンが投げはなった槍が腿をっかすめたのである。刺さりはしなかったが出血が激しくなっていた。
(このままでは追いつかれる)
「エルゼさん、全力で結界まで走って。僕がここでこいつらを食い止めます!」
「そんな、いや! タケルさんも一緒に」
エルザが肩を貸してタケルを連れて行こうとするが、タケルは彼女を押し返し、こう告げた。
「このままじゃ2人ともやられてしまう。僕は大丈夫だから、エルゼさん、結界に入って欲しい」
「でも…」
「早く結界へ入って助けを呼んできてほしい、お願いだ、エルゼさん!」
これは自分を逃がすための方便だとエルゼには分かっていた。
でも、タケルを見捨てるわけにはいかない。
「エルゼさん、僕は必ず生きてまた会うよ。約束する。だから結界へ走って」
そう言って、瞳を見据えるタケルにエルゼは頷き、
「約束ですよ」
「うん、必ず。さあ、行って!」
エルゼは未練を断って駆け出した、石柱を目指して。
タケルは追いついたゴブリンたちを睨んだ。
数え切れない数になっている。
どんどん集まっているのだろう。
槍を持つ者、斧を携える者、石刃を握る者、松明を持つ者が視界に入った。
森の中と違って見晴らしが良いのは好材料だったが、槍が何本も飛んで来る。
ガシャーン、ガシャーン、ガシャーン
数本の槍を叩き落とす。足の負傷で動きづらくはなっていたが、腕はまだまだ動く。
そうこうしているうちについにゴブリンの群れに囲まれた。
エルゼはもう結界に入ったことだろう。
タケルは両手で太刀を握り直す。
すると不意に神の御名が胸に萌した。
口にしたことのない、三柱の御名が。
「武甕槌神、経津主神、八幡神、我に強さを!」
こう唱えると太刀の輝きが一層強くなっていく。ゴブリンたちが一瞬たじろいだように思えた。
タケルは猛き心を抱いて、ゴブリンの群れに切り込んだ。




