賢者の詩篇
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現在の地球で使われている算用数字、つまりアラビア起源のこの記号は、インド由来のゼロの概念と結びついて、数学の世界に大きな影響を及ぼした。
高度な教育を受けなくても簡単に数の概念を扱えるようにした上に、実用的には複雑な計算を可能にしたのである。
異世界ものでは、アラビア数字が存在しない設定が多い。
そして、ゼロの概念もない。
主人公がアラビア数字を教えて、現地の人に感心されるというパターンが散見される。
サラリーマンが女王のお婿さんとして異世界に召喚された物語でもそうだったし、また、テルテル坊主みたいな怪物に男子高校生が男の絶滅した異世界に送り込まれたマンガでもそうだった。
実は、算用数字もゼロの概念もない異世界の状況は江戸時代までの日本も変わらない。
西洋の数学が明治時代に本格的に導入されて、今に至っているのである。
算用数字のシステムは、インドと中近東の歴史が生み出しものを欧州が洗練させた特殊な発明品だったと言えよう。
しかし、この宝嶺島ではどうやらアラビア数字が存在しているらしい。
メニューには、
10
という表示も認められるから、ゼロの概念もある。
なぜなのか?
タケルの興味が高まる。
「その数字の記号は昔からあるのでしょうか?」
「え?」
「タケル殿は面白いことを聞くなぁ。うん、昔からあったよ。
確か賢者の…、何と言ったかな?」
「姉さん、賢者ロベスティーヌ様ですよ。
ロベスティーヌ様が、200年以上前に考案した便利な文字です。
『真数字』と言います。
これで計算がすごく楽になったと聞きました」
「ああ、そうだった、そうだった。エルゼは記憶力がやはりいいなぁ~」
「そのロベスティーヌ様って、どんな人だったんですか?」
「ヴァロア王国の貴族の令嬢で、幼い頃に神の恩寵で突然覚醒し、成長するにつれて、数学や科学のいろいろな面で世の中に貢献したと聞いてますよ〜。
それで、クロイツ教会から賢者の称号を授かった程なんです」
「その人はもしかして、マレビトですか?」
「ちょっと違いますが、異世界からの転生者ではないかと言われています。
本人の書物も残っていますよ~。詩編が有名です」
「異世界からの転生者?!」
「タケル殿、エルゼは各国の詩歌を結構覚えてるんだよ。文学がかなり好きなのでね」
エリナがエルゼに面を向けて、
「エルゼ、タケル殿はロベスティーヌ様に関心があるみたいだから、もし、覚えていたら、かの賢者の詩編を吟じてみたら?」
「え、恥ずかしい~。姉さん、なんでそんなこと言うの。恥ずかしいわ」
「エルゼさん、知りたいです。どんな詩編なんですか?ぜひ吟じてください。ぜひ!」
タケルは食い入るようにエルゼの双眸を見つめた。
エルゼは断れない気分になる。
「…それじゃ、仕方ありませんね。覚え間違いもあるかもしれませんが、吟じてみますね」
「ありがとう、エルゼさん」
エルゼがふーと息を吐き出した後、節回しをつけながら雅語を口ずさみ始めた。
詩編その12 異なる世に命継ぎて
かつて我 神を疑ひ
教会を毀ち
人の全きを讃へたり
人は進みて最高にならん、と
神の代はりに理性を祭り上げたるは
深き迷ひなりき
国の長となりては
仇なす者を送る
断頭台へ
平準を望みては
貴き魂をも送る
断頭台へ
恐怖の政ぞ
恐怖の政ぞ
我一人貴しと思ひ過てり
驕りし我に
過てる我に
つひに天譴下れり
我も消え去りぬ
断頭台に
露のごとく
されど神は見捨て給はず
されど神は見捨て給はず
異なる世に命を継がしめ
のたまはく
かつての過ちを悔い改めて
清らなる乙女となりて
この土地にて新しき明かりをともせ、と
この土地にて縁ある者を救へ、と
世に敵なし
命ある限り
神の慈しみを知らせん
手を携へて
誠の真理を伝へん
全ては神の御心のまにまに




