屋台のメニュー
タケルは、アスカとフォクラの後をついて歩いている。
すっかり夜になっていたが、所々で篝火が焚かれていたり、道行くエルフの頭上に魔法で作り出した光球が浮かんでいたりして、存外、道は明るかった。
夜空を見上げると月は一つ、日本で見慣れた月影だ。
異世界ものでは、複数の月が浮かんでいて、異世界に来ていることを主人公が実感するというシーンがありがちだが、ここは地球の別世界なのだろうか?
タケルはふとそんなことを思いながら歩みを運んでいると屋台街が見えてきた。
今日、魔獣に襲撃されたというのに、屋台がいくつも出ていて、人々が飲食を楽しんでいる。
フォクラが言うには、救援の戦士たちが急に街に増えたので、食事の提供のためもあって、普段通り屋台が出ているらしい。
東門が破られたとは言え、宿場町ホヤンスクをエルフィニアの軍人が守りを固めているので、魔物への恐怖は鎮まっている。
精一杯戦ったのだから、今日はしっかり食べよう。
そんな冒険者や住民も多いのではないか。
との見立てであった。
広場を囲むように、木造の屋台が20軒ほどあり、真ん中に共用のテーブルや椅子が用意されている。
ショッピングセンターで見かけるフードコートのような場所でと言えよう。
「ここ、麦こがしとピロークが美味しいのよ!」
アスカが嬉しげに案内した屋台は、茶色の温かい飲み物と揚げ物のようなものが売りらしい。
夜中に警備の任務を控えるタケルのことを考えて、酒類と酒肴中心の屋台は避けたのだろう。
そこではたとタケルは気づいたことがあった。
金銭を持っていないことに!
(すっかり忘れていた。自分はこの地の通貨を持っていない。何やってるんだ、自分!)
「アスカ、実は相談が…」
「何?」
改まった表情のタケルにアスカが訊く。
「実はお金持ってないんだ。今、気づいた…」
「そうなの?!」
「残念ながら、そうだよ。もし良かったら貸してくれないか?支度金もらったら返すので」
「仕方ないわね〜。じゃあ今日はあたしの奢りよ。
次はあんたがお酒を奢りなさいよ」
「うん、分かった」
とタケルは申し訳なく頷く。
「誰でも忘れる事はあります。タケルさん、気にしないで。
ここは高い料理、出してないし」
フォクラが慰めるが、
「じゃあ、タケル、あんたがお運び係。注文するからテーブルに持ってきて」
とアスカが言って店主に注文を告げた。
「麦こがし3杯、ピローク6個」
「アスカ、私も払うよ」
とフォクラが銅貨を支払いを済ませたアスカに渡そうとすると、
「あたしの奢りでも良かったけど、じゃ受け取っておくわ」
と言って、タケルに、
「あそこらへんの席を取るから持って来て」
「うん、分かったよ」
と素直に従うタケル。
注文の品を受け取ると、お盆のようなものに載せて、アスカたちがいるテーブルに向かう。
タケルは飲食に期待を覚えつつ、10人がけの共用の横長テーブルにつく。
すでに何人かが飲食を楽しんでいたが、すぐ近くでは、2人連れの男性客が酒をあおっていた。
タケルはアスカとフォクラに向かい合う形で座った。
「じゃあ、タケルさん、アスカ、お疲れ様!」
フォクラがこう言って、軽いお茶会が始まった。
「ここの麦こがし、本格的なのよね」
湯気を立てた茶色い飲み物をアスカが褒めた。
アスカによれば、麦こがしは、アスカの故郷のヒューマニア南部など大陸の南方が本場で、アスカもよく飲む。
北部に位置するエルフィニアの麦こがしは、南部に比べて味は落ちるが、この屋台の麦こがしは本場の味に近いという。
アスカがホヤンスクに滞在して一番嬉しかったのはこの屋台の麦こがしに出会えたことだということだった。
タケルもそのオススメの麦こがしをゆっくり味わってみる。味はコーヒーに似ているが、微妙に違うのは麦を焙煎したものだからだろう。
また、ほんのりと甘いのは、砂糖か何かが加えられているに違いない。
苦味と甘みのバランスが取れていてアスカが言う通り美味しい。
「タケルさん、ここのピロークもいけますよ!」
と言って、フォクラがパイ風の食べ物を頬張った。
タケルも食べてみる。
中には、玉ねぎやニンジン、そして川エビのすり身を細かく切ったようなものが入っている。
魚介類入りパイというかロシアのピロシキの魚介類版というのもいいかもしれない。
フォクラが言うには、ピロークはエルフィニアの名物で各家庭でよく食べられているそうだ。
肉食を避けるエルフィニアでは、具は野菜や魚介類が中心だが、他の地域では、魚介類の代わりに挽肉を入れることも多いとのことだった。
今日の魔獣討伐の話や武具のこと、食べ物の話題、話しは弾んだが、特にアスカたちの冒険の旅の話がタケルにはかなり面白かった。




