エルゼとタケル
(キレイな人だ…)
タケルは少女の顔ばせを見つめていた。
長い睫毛の下には紫色の瞳。
亜麻色の髪の毛は額と眉毛を隠している。唇も鼻も小ぶりだ。
少女は最初はタケルと目を合わせていたが、タケルが見つめ続けるゆえか、少し恥じらいを見せて視線をずらした。
少女は白いタイツを履き、緑色のピッタリサイズのワンピースのようなものを着ていた。
胸元はそれなりに膨らみを看取できるが、大き過ぎるというわけはない。
彼女が纏う服装は、アニメに出てくるエルフが着るイメージのものだが、とんがった耳ではないから、エルフではないだろう。
自分と同じ人族にも思えるが、瞳の色といい、どこかタケルの世界の人間とは違うような気がする。
「わたし、エルゼと言います。さっきは助けていただいて、本当にありがとうございました」
こう少女はペコリと頭を下げるとタケルは我に返って
「と、当然のことをしたまでですよ。エルゼさん、僕は一乗タケルと言います。よろしく」
「イチジョー、タケル? 苗字をお持ちなんですね。こちらこそよろしくお願いしますね」
「はい、よろしく。それより怪我はありませんか?」
「大丈夫です。かすり傷ぐらいなので」
そうは聞くものの、彼女はきっと拘束具をつけられた時に痛い思いをしたことだろう。
自分が到着する直前に、ゴブリンは悲鳴を嫌って無理やり猿ぐつわをかましたに違いない。
先ほどの恐怖を思い出させることもないと思ったタケル、話題を変えて大事なことを尋ねてみた。
「ここはいったいどこでしょうか?目が覚めたら、この森に倒れていたのです…。僕がいた世界とはどうやら違うようだ」
「そうだったんですね…。ここら辺は、境の森の帯と言います。エルフの森の結界の境目にある森林なんです」
「境の森の帯? エルフの森が近いのですか?」
「近いですよ! ここはエルフの張った結界に近いので、ゴブリンが近寄ることはまずないんですが…。
ゴブリンがいるとは全然思わず、今日は油断してしまって…」
彼女の表情には後悔の色が映っている。
「誰でも不運なときはありますよ〜。
僕も気を失って倒れているときにゴブリンに襲われていたら、どうしようもなかった。
お互いに実は運が良かったということで」
タケルは微笑んでみせた。彼女の表情に明るさが戻る。
「タケルさんは、もしかしたらマレビトかもしれませんね」
「マレビト?」
「マレビトは、別の世界から突然現れた存在のことです。人族が多いんですが、違う種族もたまに現れます」
「マレビトは、この世界で、どんな暮らしをしてますか?」
彼女はしばらく考えて、言葉を継いぐ。
「わたしが伝え聞いているのは、マレビトは特別な力や才能を持ったものが多いから、それを活かして、教育で貢献したり、文明を伝えたり、王族や貴族の守護者になったり。
勇者になったマレビトもいたと聞きます」
「勇者にも? 他に例えば、元の世界に帰ったマレビトはいますか?」
「詳しくは知りませんが、この世界で一生を終えるマレビトもいれば、元の世界に帰るマレビトもいる。そう聞きました」
(元の世界に帰る者もいる?)
タケルは自分の境遇に絶望する必要はないと思った。
いつか帰れるかもしれない。
「エルゼさんは、マレビトに会ったことはありますか?」
「いえ、ありません。でも集落の人で、マレビトに会った人はいますよ」
「集落か…」
タケルはちょっと考えて思い切った。
「エルゼさん、僕を集落に連れて行ってくれないでしょうか? この世界に来たばかりで、何もわからず…」
少女は頷いて
「もちろん、いいですよ。わたしを救ってくれたんですから」
とスマイルを浮かべた表情が、タケルの目には天使のように見えた。
「エルゼさん、ありがとう」
「どういたしまして。では、案内しますね」
こう言うと、彼女は後ろを振り向いて唱えた。
「森の精霊よ、光を授け給えかし」
俄かに数メートル前方に光の玉が浮かび上がり、辺りを照らした。
(これが魔法か!)
タケルは目を見張った。
「あら、何かしら? 向こうに何かが…、まさか」
エルゼの声が急に緊迫を帯びた。
タケルもただならぬ気配を感じ後ろを振り向いた。
薄暗い中、遠目に何かが近づいてくるのが見える。
前にも後ろにも横にも。
「峰打ちは、甘かった。自分は偽善者で愚かものだ…」
タケルは、自分の思慮のなさを悔いた。
峰打ちでゴブリンを逃がしたことがどういう事態を引き起こすのか、想像できなかったのだ。
迫り来るもの、それは、仲間に呼び寄せられたゴブリンの群れであった。




