魔獣の襲撃
それにしても疾い。
エリカは折々横を走るペガサス に振り向いた。
タケルを乗せたこの黒馬は、風を切って進んでいる。
エリカの乗る愛馬スナリャートは、警備局でも馬脚はかなり速い方だが、油断するとすぐ追い越されてしまいそうだ。
2人は、「門」に続く直線の大道を駆けていた。
エルフの国であるエルフィニアは大部分が森林に覆われている。
その中でも大切な5つの広大な森をそれぞれ強い結界で囲み、原則的にエルフとハーフエルフのみが住める場所としている。
一方、結界外の区域は農場や牧場や開放都市や軍事演習場の土地に当てている。
開放都市とは、エルフ以外の種族も自由に滞在できる町で、今、2人が向かっている宿場町ホヤンスクもそうだ。
この町は、結界内の森林地域と外界の出入り口に当たる「門」からさほど離れていない場所にあった。
住人は千人にも満たないが、結界内のエルフとの交易目的で訪れる者も多く、名所のルートにもあたるため、人口の割りに結構賑わっていた。
冒険者ギルドの小さな支部も置かれている。
この町が今、魔獣の大群に襲われているのである。
エリカは、この報せを受けた時に、驚かないわけにはいかなかった。
あの門の周辺はずっと平穏だったからだ。
年に数匹くらいは魔獣を見かけることはあったかもしれないが、経験の浅い冒険者でも討ち取れる弱いレベルのものである。
魔術に長けたエルフが手こずるものは、ここ何年も出現していなかった。
先ほどミハイルから聞いたところによれば、略奪トカゲ、邪悪ウルフが大挙として、町に押し寄せているらしい。
どちらの魔獣も中級以上の冒険者でなければ、倒せない。
単体なら純粋エルフであれば、魔法で撃退できようが、複数同時だと苦戦を強いられよう。
どちらもエルフの大結界を破るほどの力はない筈だが、ホヤンスクの防御壁は打ち破ってしまうかもしれない。
また、エルフの結界を破りうる強力な魔物が後ろに控えているとしたら深刻な脅威だ。
そんなことをエリナが考えていると前方に石造りの門が望まれた。
武装者たちが大勢集まっていた。
***
「グサッ」
アスカの槍に手応えが伝わった。
「ギュオーン」
こう叫んで、邪悪ウルフが防護壁から倒れ落ちた。
それは人より大きな体、額に生えた1本の短い角、凶暴そうな赤い眼、6本の脚。
これで何匹、人に仇なすこの獣を殺しただろう。
アスカは防護壁の上を行き交い、登り切ろうとする、魔獣を槍で屠っていた。
セピア色の戦闘服にセピア色のスカート、タイツは黒だが、ブーツもセピア色。
赤くて長い量の多い髪が際立つヒューマン。
ここで侵入を許したら、町が蹂躙されてしまう。
アスカは必死だった。
彼女は同じ冒険者チームのメンバーと観光地でもある「嘆きの崖」へ向かう予定だった。
道中、ホヤンスクに投宿していたところ、魔獣の急襲に遭い、他のメンバーと共に町を守るべく武器を取っていたのである。
「ギャウー」
地面から邪悪ウルフが踊りかかってくる。
アスカは直ぐに槍撃で応じた。
「そりゃー」
「ブサリ」と的確に刺さる武具。
「ギュオーン」
この時アスカは槍を抜こうとしたが、なぜか抜けずに焦る。
なっ!
魔獣の重みで平衡を崩し、防御壁の外に落ちてしまう。
直ぐに立ち上がり、槍を獲物から引き抜く。
刺突した邪悪ウルフは死んでいたが、新た3匹に囲まれた。
やばっ!
左右から2匹が同時に襲いかかる。
一の槍で素早く1匹を仕留めだが、返す二の槍は、ウルフに刃先を咥えられ、攻撃が止まった。
しまった…。
残りの3匹目が飛びかかる。
あたしの人生ってこれで終わり?
そう諦めかけたとき、
「ズバッ」
という音と共に魔獣が真っ二つになって弾け飛んだ。
「え?」
「ズバッ」
そして、アスカの槍を咥えていたもう1匹も後ろの半身が切り離されて崩れ落ちる。
魔獣は即死して鳴き声すら上げられなかった。
アスカは全身の力が抜けて手と膝をついた。
馬の誇らしい鼻息が聞こえる。
アスカが見上げると、夕日を背に黒馬に乗っていたのは、長い刀剣を持つ黒髪の男子だった。




