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Blending the Will  作者: 冬長
一章
8/21

8 “炎”覚醒

 取り囲んでいた一人より放たれた炎が、戦闘開始の合図となった。


 向かってくる炎の塊に息を呑む利津をしり目に、一が真っ先に動いた。素早くかがみこむようにして地面に手を着く――それだけの動作で、周囲の地面が盛り上がった。“親父の鉄拳”もあっという間にその中へと取り込まれ、防壁の一部と化した。


「うわ……」


 初めて見る光景の連続に、利津は呆然とした様子で呟く。そうしている間にも、一が作った土壁へと攻撃のぶつかる音が響いていた。


「結構な人数が集まってるね。体の良い囮で使われたんだろうなぁ、あのマント」


 壁に寄りかかるようにして倒れている黒マント、もといレイヴンを一瞥して秋霖がため息を吐く。


「アキ、逃がせそうか?」


 攻撃を浴びるたびに土壁を修復しながら、一が秋霖に尋ねる。


「近くに先生の持ち家があることは確認してる。利津!」

「は、はいっ」


 自分に指示が来るとは思っていなかった利津は、裏返った声を返す。明らかに戸惑っている彼の様子に少し心配になりながらも、秋霖は早口で続けた。


「左に三回、右に二回、左に二回。木造二階建て、目印は緑の窓枠。いいね!」


 言いながら、秋霖は上着の内ポケットから取り出した鍵を利津に投げ渡す。慌てて手を伸ばし、取り落としそうになりながら受け取った利津は、困惑したように目を瞬かせた。


「それって」

「“先生”の、ですか」


 戸惑う利津を差し置き、意味を察したらしいミストが心得た様子で頷く。


「分かりました。そういうことなら」

「うん。ミスト、利津をお願いね」

「頼んだぞー」


 一にまで言われて、利津はがっくりと肩を落とした。立場が逆ではないかという想いと、争い事はさっぱりだという事実がぐるりと脳内を一周する。


 だが、ゆっくりと思考に浸っている場合でもない。


「と、とにかく、そこに行けばいいんだよ、な?」


 自信なさそうに利津が訪ねると、一と秋霖が揃って頷いた。


「“先生”の持ち家の一つだからね。この街の人間なら、まず手は出さないよ」

「わ、分かった」


 秋霖の言う“先生”が誰なのかは分からないが、とにもかくにも行くしかないだろう。そう腹を括り、利津は頷いた。


「おう。じゃあ、道は作るからな。アキ」

「任せといて!」


 気楽に笑いかけてくる一へと、秋霖が強気に胸を張る。それが合図だったのだろう。


 次の瞬間、一が取り囲むように作っていた土壁の一部が崩れた。利津がびくりと肩を震わせ、ミストが反射的に身構える。だが、その場所に攻撃が来た様子はなく、一が意図的に崩したようだった。


「利津、早く!」


 秋霖に急かされ、利津はようやく意図を悟った。ここから逃げろ、ということなのだろう。

 反射的にミストを見ると、彼女はしっかりと頷きを返した。


「行きましょう」

「は、はいっ」


 ミストに促されるようにして、利津は慌てて走り出した。

 駆け出した二人の背をちらりと見てから、秋霖は手のひらに拳を打ち付けた。


「さぁて、防戦一方っていうのは性に合わないよねっ」

「アキ。八人だぞ」


 好戦的な台詞を述べる幼馴染に、一はやはりのんびりとした様子で告げる。


「多いのか少ないのか、ビミョーな数だね」

「ま、こっちに引き付けておきたいよな」


 会話があまり噛み合っていないが、お互いの言いたいことは伝わっているためか、どちらも気にした様子はなかった。


「じゃ、いっちゃん」

「ん、行くかー」


 近所へ買い物に行くような気楽さで、二人は声を掛けあう。

 次の瞬間、二人を覆っていた土壁が全て崩された。同時に、一と秋霖は前へと飛び出していた。






「えぇと、まず左に三回……」


 走りながら、利津は先ほど秋霖に教えられた道順を呟く。その声を追いかけるように、背後から大きな音が響いた。

 思わず振り返ろうとした利津だが、隣を走るミストから袖を引っ張られ、慌てて前を向いた。


「二人なら大丈夫です。それより、一つ目の角ですよ」

「あ、うん」


 息を切らせながら頷くと、ミストもわずかに表情を緩ませた。


 その後は特に会話もなく、二人はひたすらに走った。そうして入り組んだ路地を進んでいるうちに、方角はさっぱりと分からなくなった。


(元からか)


 ミストに会う前、一たちについて歩いているときからそうだったことを思い出し、利津はわずかに自嘲した。元より迷子の身なのだ、考えても仕方がない。


 そうは思っていても、分かれ道を曲がるたびに不安は襲ってくる。入り組んだ構造からして当たり前の事だが、道はまっすぐには造られていない。細い分岐点が見えるたび、本当にこの道で正しいのかという疑問ばかりが浮かんでは消えていく。


 三度目の分かれ道で思わず足を止めかけた利津は、ミストに強く袖を引っ張られた。


「次から、右です」

「う、うん」


 動揺ひとつ見せることなく告げる彼女に頷き、利津は思わずその横顔を見つめた。


 その迷いのなさは元来の性格なのか、それとも一たちへの信頼からのものなのか。ほんの数日、一緒に作業をしただけの利津には窺い知れない。けれど、その姿には頼もしさと、同時に自身の不甲斐なさを覚えていた。


 そうして息を切らせながら走り、五度目の分かれ道を右に曲がったときだった。


「利津君!」


 突如、ミストが切迫した声を上げた。驚いた利津がたたらを踏みながらも立ち止まる。

 どうしたんだ――そう聞こうとした利津だったが、足先の地面が抉れたのを見て凍りついた。


「走って!」


 ミストに腕を引っ張られて我に返り、慌てて物陰へと逃げ込もうとした。だが、ミストの動きもそこで止まった。


「ここまでだ」


 逃げ込もうとした先には、フードをかぶった男の姿があった。胸の高さに掲げられた右手の先には、脅しの為か揺らめく炎が浮かんでいた。


 動きを止めた二人の背後で、砂利を踏むような音が響いた。利津が恐る恐る振り返ると、そちらにも若い男の姿があった。三十手前と思しき、体格の良い茶髪の男だ。彼はにやりと笑うと、立ちふさがるようにして片手を広げた。


「っ……」


 立ちすくむ利津を一瞥して、ミストは二人の動きを探るように視線を走らせた。


「利津君。私が片方に向けて撃ちます。その隙に逃げてください」

「なっ……」


 耳打ちするような小声で言われ、利津は息を呑んだ。

 現状、追われているのはミストのはずだ。この場合、逃げるべきは彼女だろうという想いと、自身では何もできないだろうという事実が利津の脳裏で交錯する。


「早く!」


 ミストが叫ぶと同時に、銃口をフードの男へと向けようとした、その瞬間。


「あぐっ!」


 唐突に左腕へと走った熱に、利津が悲鳴を上げた。

 彼らが動こうとするタイミングを計っていたかのように、フードの男が動いたのだ。彼が掲げた掌の上に浮かんでいた炎は消え、次の瞬間には利津の腕を焼くものへと変化していた。


「利津君!」


 一拍遅れて気付いたミストが叫ぶ。焦げるような臭いが、周囲に広がっていた。


「うぐっ……うう……」


 火傷を負った左腕を押さえ、利津はうめき声を漏らしながら歯を食いしばる。火にあぶられたのは一瞬とはいえ、じくじくとした痛みが思考を遮る。


「下手な動きはしないこったな、嬢ちゃん。そっちの坊ちゃんが大変なことになるぜ」


 茶髪の男がニヤニヤと笑いながら告げる。獲物を甚振って楽しんでいるような様子に、利津は汗を浮かべながら唇を噛みしめた。


「――分かりました」


 唐突に声を上げたミストを、利津は瞠目して見つめる。彼女はフードの男をまっすぐに見つめ、決意したように口を開いた。


「あなたたちに同行します。ですからこれ以上、彼には手を出さないでください。彼はただ、発掘の手伝

いに来てくれたにすぎません」

「っ……ミスト!」


 利津は叫ぶようにして彼女の名を呼んだ。


 一たちと別れてから最も不安に思っていた、恐れていたことが現実になろうとしている。けれど、状況は利津に干渉を許してはくれない。


「いいだろう」


 フードの男が鷹揚に頷く。茶髪の男が肩をすくめてみせた。


「大丈夫ですよ、利津君。きっと、危害は加えられませんから」


 利津へと視線を向けたミストが、困ったような微笑を浮かべる。


「二人に、よろしく伝えてください」

「っ……」


 二人――それが一と秋霖を指すものだと気付いて、利津は顔を歪めた。


 彼女はあくまで、この場を切り抜ける止めに彼らに従おうとしている。それは何より、利津の安全を気遣ってのことだ。そしてその先に、友人である一や秋霖からの助けがあるだろうという信頼があるからこその決断だろう。

 その中に、利津は入っていない。冷静に考えれば当然のことで、利津自身も心のどこかが彼女の判断に従うべきだと告げている。


 けれども。


「駄目だ、ミストっ!」


 視線をフードの男へと戻し、一歩を踏み出そうとしていたミストの手を利津は咄嗟に掴んでいた。

 驚いたように、彼女の琥珀色の瞳が揺れる。そして次の瞬間、それが朱に染まった。


「――っ!!」


 同時に、左腕へと走る強い熱と痛みに、利津の喉から悲鳴が迸る。


「利津君!」


 左腕を焼く炎と、それに付随する音や匂いが、近くで悲鳴を上げるミストの声すら掻き消す。


「馬鹿なガキだ。大人しくしておけば良かったものを」


 男の嘲るような声が鼓膜を震わせても、利津の意識には届かない。

 激しい熱と苦痛の向こうから、この場にはいない人物の声が脳裏に流れてくる。



 ――スピリット・パワーは自然を操る地からだと思っている人が多いけど、それは違う。俺たちの方が、力を借りるんだ。



 それは、しばらく前に聞いた一の言葉。

 どうしてこんな状況で、彼の言葉を思い出しているのかは分からない。それでも、流れ出した声は止まらなかった。



 ――自然の“声”に、“波長”に耳を傾けて、自分の感覚と近づける。

 ――自分の意思を近づけて、伝えるんだ。



 びりびりと皮膚を焼く感覚。むせ返るような、嫌な臭い。

 けれど、そこに何かを感じる。

 自分とは違う、異質な――けれど近しい、何かを。



 ――自分の感覚と、近づけて、



 肌を焼く気配が消え、同じ気配が無意識に延ばした右手の先へと集まる。



 ――意思を、伝える!



 それは向けられた元の場所へと返すかのように、利津の指先から一気に放たれていった。


 何が起きたのか、利津自身を含めて誰も理解していなかった。

 呻きながら地面へと伏した利津に手を伸ばしていたミストにも、利津へ炎を放ったフードの男にも、笑いながら状況を見ていた茶髪の男にも。


 利津の左腕をあぶるように揺れていた炎が唐突に消え、その炎が伸ばされた彼の右手の先へと現れる。そしてそれは、驚愕の表情を浮かべたフードの男へと一直線に放たれた。


「なっ!?」


 予想外の反撃に、男が慌てたように炎を放ち相殺する。

 その光景を唖然とした表情で見つめていたミストは、すぐ我に返るとフードの男へと照準を合わせ、引き金を引いた。


「ぐああっ!?」


 進みながら威力を増していく風の塊に、フードの男が後方へと吹き飛ばされた。


「こいつっ……!?」


 さらに振り返りざまに、茶髪の男へも続けて三回引き金を引いた。二発目までは能力が飛来することを見越して水を、三発目には吹き飛ばしを兼ねて風を。


「うおおおっ!?」


 放った水を相殺され、茶髪の男はミストの狙い通り吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。そのまま地面へと崩れ落ち、呻き声を上げている。


 二人の男がすぐには動けなさそうなことを確認してから、ミストは座り込んだままの利津へと視線を向けた。


「利津君!」

「うっ……」


 左腕を押さえ、利津は恐る恐るといった様子で顔を上げる。本人はどこか呆然とした表情を浮かべていたが、ミストとしてはそれどころではなかった。


「大丈夫ですか!?」


 水ぶくれの出来ている腕を見て、ミストは血相を変える。幸い、焼かれた衣服は肌に張り付いてはいないが、あまり良い状態ではない。


「っ……なにが、どうなって……」


 痛みに顔を顰めながらも、利津は状況が理解できていないように呆然としたままだ。それに何と答えようかと、ミストが逡巡していたとき。


「くそっ、ガキ共がっ……!」


 背後から聞こえた声に、ミストが慌てて振り返る。視界の端で、こちらへと水を放とうとしている茶髪の男を捉えた。


「しまっ……」


 自身の迂闊さに歯噛みしつつ、ミストは銃を向けようとする。そうしながらも、相手の攻撃に間に合わないことも理解していた。


「てぇいっ!」


 だが、衝撃に身構えようとしたミストの耳に届いたのは、場違いなほど明るい声だった。覚えのあるその声に、利津とミストが揃って目を見開く。そんな彼らの視線の先で、茶髪の男が潰れたような悲鳴と共に地面へと突っ伏した。


「やー、ごめんごめん。遅くなったわー」


 倒れ伏した男の向こうでは、ポニーテールにしたオレンジの髪を揺らしながら、秋霖が快活に笑う。飛び蹴りで男を地に沈めた彼女は、その相手は全く気に留めていない様子で利津たちへと小首を傾げた。


「おー、利津、ミスト。大丈夫かー?」


 その後ろには、呑気に手を振りつつ歩いてくる一の姿もある。そんな変わらない二人の様子に、ミスト

はゆっくりと肩の力を抜き、利津は安堵したように詰めていた息を吐き出した。




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