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Blending the Will  作者: 冬長
一章
7/21

7 合流

 自身の靴音と、荒い息遣いが耳朶を打つ。心臓が早鐘を打っていて、まるで鼓膜のすぐ横で鼓動しているかのような錯覚に陥る。

 何度も角を曲がり、ただひたすらに走る。視界を滑るように流れていく景色は、どれも同じようなものに見えてきていた。生まれ育った街のはずなのに、足を踏み入れる機会のなかった区域ということもあってか、現在地はさっぱりと分からなかった。


「っ……」


 足がもつれそうになり、手近な壁に手をついてミストは動きを止めた。長いこと走り続けていたため、足は痛みを訴えており、肺も悲鳴を上げている。体力には自信のある方だが、限界に近くなってきていた。

 今日も止むことのない風が、彼女の亜麻色の髪を揺らす。何度か深呼吸をすると、少しだけ体が楽になったような気がした。琥珀色の瞳が、まっすぐに前を見つめる。


「行かないと」


 肩から下がっているポシェットを確かめるように握りしめ、一度だけ彼女は振り返った。そうして周囲に人気がないことを確認すると、再び走り出した。






 リバートの北東部は、一見すると利津が危惧していたような場所ではなかった。かつて東部も被害を受けたという内乱の爪痕なのか、人為的に破壊されたような廃屋などは見られたものの、日中の静かな路地裏といったところだ。建物の乱立から薄暗い印象はあるものの、それ自体は情報屋『フォン』の周囲と大差ないように思われた。


「利津、あんまりキョロキョロしながら歩かないでよね。危ないから」


 軽く服を引かれるようにして秋霖に注意され、無意識に周囲を見回していた利津は慌てて前を向いた。とはいえ、利津には周囲に人がいるようには感じられなかった。


「その……誰かいる、のか?」

「この辺にはあんまり。でも建物内にはいるからね」

「浮浪者が多いのは、もうちょい西側だからなぁ」


 秋霖がこちらにちらりと視線を向けつつ述べ、一は前を向いたまま呑気に笑う。どちらも不穏な内容ではあるが、要領を得なかった利津は眉根を寄せた。


「要は余計なものを見ないようにしろってこと。今はミストを捜してる最中だから、別件抱え込みたくないし」


 利津の様子に気付いた秋霖が補足する。


「でも、そのミストを捜せないんじゃ」


 それでも、周囲を見て回らないことには彼女を見つけることも出来ない。そう危惧する利津に、秋霖は首を横に振った。


「大丈夫、いっちゃんが大体把握してるみたいだから」


 そう言われて、利津は前を歩く一の背へと視線を向ける。彼は背後の会話を気にする様子もなく、迷いない足取りで進んでいた。


「でも……」


 信憑性の薄い話に、利津が眉根を寄せる。


「平気、平気。そもそも、あのミストをそう簡単にどうにか出来るとは、とてもじゃないけど思えないし」

「それって、どういう……」


 利津が秋霖へと訝しむような視線を向けたのと、唐突に一が立ち止まったのはほぼ同時だった。


「いっちゃん?」


 ぶつかりそうになって足踏みしている利津の横で、素早く立ち止まった秋霖が不思議そうに声をかける。


 次の瞬間、三人が進んでいた方角から、何かがぶつかったかのような大きな音が聞こえてきた。目を丸くする利津の横で、秋霖の顔が険しいものに変わる。


「いっちゃん!」

「おう。急いだ方がいいな」


 一の言葉を聞くと同時に、秋霖が走り出す。一も彼女と並んで駆け出し、利津も慌てて二人の後を追った。






 耳のすぐ横を、空気を咲く鋭い音が駆け抜けていく。

 舌打ちしたい思いに駆られつつ、ミストはとにかく足を動かすことに専念した。耳元で切りそろえられた亜麻色の髪が跳ね、肩にかかっているポシェットが大きく揺れる。向かう先も分からぬままに角を曲がると、視界一面に灰色が広がった。


「っ……!」


 小さく息を呑み、よろけるようにしてその灰色へと手をつく。手のひらから伝わってくる、ざらざらとした冷たい感触。三方を壁に囲まれたその光景は、袋小路に追い込まれたことを意味していた。


 疲労から震える足に力を入れ、手のひらで壁を押し返すようにして振り返る。瞬間、風を切る音と、右耳の横で何かが弾けるような音が響いた。

 わずかに首を動かして音の出所を確認すると、顔のすぐ横の壁が一部崩れている。その丸くえぐれたような跡を見て、ミストは目を見開いた。


「腰を抜かさないのはさすがだよな」


 壁に手をついたまま振り返ると、曲がり角の所に金髪の少年が立っている。ミストとさほど歳の変わらないと思われる、十代半ばほどの少年だ。重力に逆らうようにして立っているくすんだ金の髪が特徴的な彼だが、それ以上に目を引くところがあった。


「……マント?」


 一瞬だけ状況も忘れたように、ミストが呆気にとられた表情で首を傾げる。


 ミストの呟き通り、少年が身に着けているのは黒のマントだった。留め具代わりに使われている銀メッキの施されたバッジが、胸元で鈍く輝いている。百年単位でお目にかからなくなったような格好に、ミストは思わず彼を上から下まで見つめていた。


「マントは男の浪漫だ!」


 その視線をどう感じたのか、少年が何故か胸を張った。バサリと、無意味にマントを大きく翻す。


 そんな彼を見ながら、ミストは少し遠い目になった。こうも必死に走る原因の一つとなったのが、目の前のマント――もとい少年であると思うと、悲しくなってきたからだ。


「というか、むしろ変質者ですよね」

「誰がだっ!!」


 ぽつりと漏れた言葉を耳ざとく聞きつけたようで、少年が即座に怒鳴った。


「いえ、マント……ではなくて、あなたが」

「おいこら!」


 他に誰がと言わんばかりに目を細めて告げるミストに、少年は激昂したようだった。


「いいか、よく聞け! 俺はレイヴン=クローだっ!」


 胸を張り、人差し指を突き付けるようにして、少年は高らかに名乗りを上げる。


「はぁ」


 対するミストの反応は冷え切ったもので、生返事と共に頷いたのみだった。無意味に突き出された人差し指の先を、部屋の隅にある埃を見つけてしまったような顔で眺めていた。


「とにかくだ。俺と一緒に来てもらうぞ」

「嫌です」


 即答だった。


 だが次の瞬間、先ほどと同じ風を切るような音が、続いて壁に穴の開く音が響く。音の出所を再び確認すると、先ほどの穴がさらに深くなっていた。巻き込まれて切れた亜麻色の髪が数本、崩れた破片に混ざって地面へと落ちる。

 まるで透明な弾丸を撃ち込まれたかのような状況だが、ミストはその現象に心当たりがあった。


「スピリット・パワー……風使い、ですね」


 確かめるようにして呟く彼女に、レイヴンはニッと笑った。


 この世界には、“魂の力スピリット・パワー”と呼ばれる能力がある。それは自然界の力――地水火風の四元のいずれかを操れるとされるものだ。

 レイヴンと名乗った少年は、恐らく風属性の能力者なのだろう。


「さぁて、どうする?」


 レイヴンがにやりと笑ったまま、一歩を踏み出す。


 スピリット・パワーを扱えるかどうかは、生まれ持つ資質に由来する。驚異的な身体能力を持つ者が、あるいは絶対音感と呼ばれる認識力を持つ者が、あるいは瞬時に物事を記憶することが出来る者がいるように、能力の有無は生まれついてのものだ。


 そしてミストは能力を有していない。目の前の少年も、恐らくそれを知っているのだろう。強気な態度を崩そうとしない。

 能力を持たざる者は、このような状況において能力を有する者より圧倒的に不利になる。それが、この世界のいわば常識でもあった。


「知っていますか?」


 だが、尋ねるミストの声は静かなものだった。

 目線だけで左右を見渡してから、彼女はレイヴンへと視線を向ける。すでに呼吸は落ち着いており、口元には薄く笑みが浮かんでいた。


「常識は、破るためにあるんです!」


 薄手のカーディガンの下から彼女が取りだしたのは、小型の拳銃だった。それだけでも驚愕しているレイヴンへと素早く照準を合わせ、彼女は迷いなく引き金を引いた。


「んな――――!?」


 銃口が巨大な水の塊を吐き出したのを見て、レイヴンが悲鳴を上げる。人間の一人や二人、軽く呑みこんでしまいそうな水の塊が、圧で押し出されたかのように、もしくは水そのものが意思を持っているかのように、レイヴンへと襲い掛かる。


「なんだってんだ――!?」


 悲鳴を上げて回避行動に移るレイヴンの横をすり抜け、ミストは反対方向へと駆け出す。周囲に人の気配は感じられず、彼は単独で追ってきていたようだった。


 先ほど通って来たと思われる道を逆走し、ミストはその場から逃げ出した。

 背後からは、どうも避け損ねたらしいレイヴンの叫び声が聞こえてきたが、そちらを振り返ることはしなかった。そうして、二つほど角を曲がったとき。


「おっ?」


 目の前に人影が現れ、ミストはたたらを踏むようにして立ち止まった。相手も驚いたらしく、気の抜けた声を上げる。聞き覚えのあるその声に、ミストは目を見張った。


「わわっ、ちょっと、いっちゃ……あいったぁ!?」

「うわわわわっ」


 さらに聞き覚えのある声が続いて、ミストは呆然と前を見つめる。


「ちょっと利津、ちゃんと止まってよね!」

「そんなこと言われてもっ……」


 後ろから利津にぶつかられた秋霖が、指を突き付けて怒っている。対する利津は、うろたえながらも気弱な反論をしていた。


「おー。ミスト、大丈夫か?」


 ミストとぶつかりかけた一が、へらりと笑って片手を挙げる。あまりにいつもどおりの様子に、ミストは二度ほど瞬きをして彼を見返した。


「一君、秋霖。利津君も」

「おう。捜しに来たぞ」


 三人を代表するかのように、一があっけらかんと笑って告げる。ひとまず怒りの冷めた秋霖も、それに頷いた。


「そうそう。リタンさんも心配してたよ」

「無事で良かった」


 利津もミストの顔を確認して、安堵したように告げる。

 ミストがそんな三人の言葉に応えようと、口を開こうとしたときだった。


「待ちやがれー!」


 背後から再び怒鳴り声が聞こえてきて、ミストはうんざりした表情で振り返る。『TWINKLE』の三人も、何事かと声の主に視線を向けた。


 そこには、水を滴らせながら走ってくるレイヴンの姿があった。黒マントは水を吸い込んでさらに濃い色となり、彼の体にまとわりついている。そうなっても、彼の中にマントを脱ぐという選択肢はないらしい。逆立つようにして立っていた髪も、一部は濡れて張り付いているが、大半はそのままなのが不思議だった。


「俺の一張羅がびしょびしょじゃねぇか!」

「え、そこなんですか?」


 指を突き付けるようにして怒鳴る彼に、ミストは思わず首を傾げてしまった。どうにも、追いかける理由が怒りで変わってしまっているようだった。


「えーっと」


 軽く頬を掻いた秋霖が、その指でレイヴンを指し示す。


「ミスト、アレ、何?」


 不可思議なものを見るように眉根を寄せている秋霖に、ミストもさらに首を傾げた。


「黒マント、ですかね?」

「レイヴン=クローだっ!!」


 肩を怒らせて叫ぶレイヴンに、少女二人は顔を見合わせると、似たような仕草で肩をすくめた。


 利津は何となくその声を聞いた事のある気がしたが、思い出せず口元に手を当てる。何より、彼が口を挟めるような状況でもなかった。


「とにかくっ、ミスト=ローネ。来てもらうぞ!」

「あー、うん。台詞がベタすぎてツッコミを入れたくもないけど、誘拐犯の一味なワケね?」


 秋霖が腕を組んで頷くと、レイヴンは何故か胸を張った。


「一味じゃねぇよ」

「は?」


 予想外の答えに目を見開く秋霖に、レイヴンはぐっと拳を握りしめる。しかし、全身びしょ濡れのため、まったく様になっていなかった。


「あいつらなんか踏み台だっ。俺は大物になる!!」


 何故か意気揚々と宣言した彼を、三人はぽかんと眺めた。一だけが、何故か「ほー」と肯定なのか否定なのか分からない声を上げている。


「どうしよう、ばかだ」


 秋霖が表情を変えぬまま、単調な声で呟く。利津は何も述べることが出来なかった。


「そういうことで、来てもらうぞ!」

「えーっと、何がそういうことなんでしょうか」


 ミストがどうしたらいいんだろうとばかりに呟く。


 そんな中、一がレイヴンへと一歩踏み出した。


「とりあえず、ミストを連れて行くつもりなんだな?」

「おう。そう言われてるからな」


 何故か胸を張ったまま、レイヴンが頷く。「思いっきり小物の台詞じゃん」という秋霖の呟きは聞こえなかったようだ。


「うん、分かった」

「一!?」


 こっくりと頷いた一に、利津が驚いたのも束の間のことだった。


「却下な」


 普段通りの口調で述べたのと同時に、彼の足下が盛り上がる。表面の砂利を飲み込むかのように、地面が隆起してきていた。


「んなっ……」


 目を見開くレイヴンの前で、それは自身の意思を持ったかのように、一つの形を成していく。


「いっくぞー」


 現れたのは、砂利交じりの土で創られた、大人の背丈ほどもある巨大な拳だった。


「“親父の鉄拳”!」


 気の抜けた掛け声と共に、巨大な拳がレイヴンへと襲い掛かる。


「うおおっ!?」


 慌ててレイヴンが風を放つが、巨大な拳の表面に穴を空けた程度だ。その穴も、すぐに盛り上がる地面によって修復されてしまう。


「ちょっ、待っ……」


 目の前まで迫った“親父の鉄拳”に身をひるがえそうとするも、時すでに遅し。


「ぎゃ――――!!」


 “親父の鉄拳”が大きな動作で振るわれ、哀れレイヴンは全身を壁へと叩きつけられた。


「うわ……」


 その容赦ない様子に、利津が顔を引きつらせる。


「やー、久しぶりに見たね、親父の鉄拳」

「そうですね。何が親父で、何が鉄拳なのかはよく分からないですけど」


 少女二人は見覚えがあるのか、慣れた様子で頷きあっている。


「今のは……“地”属性?」

「おう、そうだぞ?」


 呆然と尋ねる利津に、一はあっさりと頷く。


 彼が扱ってみせたのは大地――その様子からしても、本人の反応からしても、それは間違いないだろう。だが、扱いが難しいとされる“地”の属性を、ここまで軽々と扱っているのを見たのは、利津にとって初めてのことだった。


「あれ? 利津、知らなかったっけ」

「本当、どういう仕事の仕方をしてきたんですか、秋霖」


 「今さら?」とばかりに指をくるくると回す秋霖に、ミストが呆れた表情になる。


「それじゃ、“大地の声”っていうのは」

「うん? うーん、俺が“地”の使い手だからかどうかは分かんないけど、昔っからなんとなく聴こえるんだ。能力使うときに伝えると反応してくれるから、俺は大地って思ってるけど」


 さらりと笑って一は述べるが、利津には納得がいかなかった。


「そんな話、聞いたことないぞ……」

「そうか? うーん、そうかもしんないけど、俺はそう思ってるし」


 まったく説明になっていない一の言葉に、利津は渋面になる。そんな彼に、一はいつものようにへらりと笑った。


「それに、ほら。スピリット・パワーってさ、自然の力を操るものだって思ってる人が多いけど」

「違う、のか?」


 スピリット・パワーは自然界の力を扱うもの。一人一人に属性があり、基本は地水火風のどれかを操れる能力。利津はそう教えられてきたし、そう理解してきた。


 それも間違いじゃないけど、と首を振り、一は笑った。力の抜けた、自然な笑みが浮かぶ。


「俺たちの方が、力を借りるんだ。それぞれの持つ波長に、自分の波長を同調させる。そうすることによって、自分のやりたいことを伝えて、それを実現してもらうんだ」


 間延びしたような口調はそのままに、けれど穏やかな様子で一が滔々と語る。滅多にないことだが、長い話をするときに一はよくこうした顔をする。利津にとって、その姿は不思議なものでもあった。


「一君って、たまに真面目なことを言いますよね」


 感心していると受け取って良いのかどうか判断に困ることを、ミストが感嘆した表情で呟く。けれどその言葉は、利津の心中に近しいものでもあった。


「ところで、いっちゃん」


 友人の言い様に複雑そうな表情を見せたのも一瞬で、秋霖はかすかなため息と共に一へと視線を向けた。


「のんびりしている場合じゃなさそうだよ」

「おう、だな」


 彼女の言葉を予期していたかのように、一がしたり顔で頷く。


「囲まれてるもんなぁ」

「え」


 呆けた声を上げたのは利津だけで、少女二人はすでに周囲を警戒している。

 どうやら、受難はまだまだ続くようだった。




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