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Blending the Will  作者: 冬長
一章
5/21

5 少女失踪

 クード滞在四日目の朝。『TWINKLE』の三人がいつものように発掘現場を訪れると、普段とは違う慌ただしい空気が流れていた。張りつめたような活気に満ちた慌ただしさではなく、混乱しているような様子に、三人は顔を見合わせた。


「どうしたんだろ?」

「何かあったのかな」


 首を傾げる秋霖に、様子を窺うように周囲を見回していた利津も答える。そんな二人の間を抜けるようにして、一は発掘現場へと足を踏み入れた。


 相談し合うようにして話しこんでいる調査員たちの横を通り、一はそのままテントの方を目指して歩いていく。秋霖はすぐに、利津は少し遅れて彼の後を追った。


「リタンさん」


 テントの傍では、発掘現場責任者であるリタンが幾人かと話し込んでいた。一が声をかけると、彼はようやく三人が来たことに気付いたようだった。


「何かあったのか?」


 一がそう問いかけたのは、周囲の様子だけでなくリタンの表情を見たからだろう。この四日間、どんなに忙しそうにしていても身なりはきちんとしていた彼だが、髪は乱れており、目の下にもクマが出来ている。顔色も悪く、きちんと睡眠がとれていないようだった。


「ああ、一君。……そうだ、君たちはミストを見ていないかい?」

「ミスト?」


 『TWINLE』の三人は顔を見合わせる。


 観光地ではないクードには、元々の宿泊施設が少ない。国境線でもあるメフェル樹海と隣接するため、防衛等の関係で訪れる者が主という程度だ。そのため、『TWINKLE』の三人が利用している宿も、ローネ親子と同じ簡易の宿泊施設となっていた。もっとも、今回は彼らが依頼者であるため、必要経費として提供を受けていたからでもあるが。

 そうした事情もあり、『TWINKLE』の三人はローネ親子と食卓を囲むことも多々あったが、昨夜は別々だった。三人が引き上げる時間になっても、リタンはテントにこもっていたし、ミストも作業が残っていると話していた。以降に彼女の元を三人が訪ねることはなく、その逆もしかりだ。個人的にミストと親しい秋霖も、連絡は取っていなかった。


 三人を代表して秋霖がそう伝えると、リタンは肩を落とした。


「そうか……君たちも知らないか」

「リタンさん。ミスト、帰ってないの?」


 秋霖が訪ねると、ああ、とリタンは頷いた。


「昨夜から戻らないんだ。てっきり、残って調べものでもしているのかと思っていて……」


 研究熱心な彼女の帰りが遅くなることは、そう珍しい事でもない。だが、朝になっても姿を見せない娘に、リタンもようやく異変に気付いた。


「テントで休んでいた形跡も?」

「見当たらないんだ」


 研究に熱中しすぎてテントでそのまま休んではないかと尋ねた秋霖に、リタンは力なく首を振る。むしろ、リタンもそう思っていたからこそ、今の今まで気付かなかったのだろう。


「んむぅ。ミストに何かできる人が、そうそういるとは思えないけど」


 秋霖は眉根を寄せて腕を組み、何かしら考え込んでいるようだった。その隣で、利津はおろおろと視線をさまよわせながら状況を見守っている。

 そんな二人を見てから、一がリタンへと一歩踏み出した。


「リタンさん。この件、どう扱うんだ?」


 珍しくはっきりとした物言いをする一に、利津が目を丸くして彼を見やる。


「自警団に、ひとまず相談してみるけど……」

「そうだね。何にしても、それはしておいた方がいいよね」


 秋霖が腕を組んだまま頷く。利津もその意見には同感だった。


 自警団という名称ではあるが、彼らはウィルステルにおける治安維持の役割を担う行政機関だ。かつて大戦が起こった頃、組織として機能しなくなっていた当時の治安維持機構に対して立ち上げられたのが前身とされており、現在の呼称はその名残であるとされている。

 事件性があるかどうかは別としても、ミストが失踪状態なのは事実だ。もしものときのためにも、相談実績は作っておいた方がいいと秋霖は述べた。


「問題は、どうしていなくなったかだよね」

「おう」


 秋霖の呟きに頷いて、一はリタンをまっすぐに見た。


「リタンさん。この件、俺達にも手伝わせてくれないか?」

「一!?」


 ぎょっとして叫ぶ利津に視線を向けることなく、一はリタンを見据えていた。


「成功報酬で構わないし、額も言い値でいいよ」

「そうだね」


 さらに無茶苦茶な条件に、利津は目を白黒させる。だが、止めるかと思われた秋霖は賛成の意を示した。


「これが一見のお客さんなら、依頼料まで提示させてもらうけど。二人はお得意様だし、ミストは友達だしね」

「だな」


 秋霖の同意をもらい、一は改めてリタンを見やる。


「リタンさん。ミストの捜索、なんでも屋『TWINKLE』にも手伝わせてほしい」


 その言葉に、リタンはしばらく考え込んでいた。娘と同じ琥珀色の瞳が苦渋に揺れ、眉間にしわが刻まれる。普段は青年のように見える彼が、年相応のような顔をしているところを利津は初めて見たように感じた。


 やがて、リタンは深く息を吐き出した。


「分かった。君達に娘の、ミスト=ローネの捜索を依頼する」

「了解っ」


 一がニッと笑って頷く。


「じゃあ、早速だけど。リタンさん、一応聞くけど、心当たりは?」


 実務的な話になったと見て、秋霖が口を開く。依頼者からの情報収集は、基本的に彼女が担当していた。単純に、他の二人には任せにくいためであるが。


「正直……さっぱり見当がつかない」


 リタンが苦い顔で、疲れたように笑う。だよね、と頷いて、秋霖は言葉を重ねた。


「じゃあ、ミストがいなくなる前後で、変わったことは?」

「変わったこと?」

「なんでもいいよ。ミストや他の人の持ち物でなくなっているものはないかとか、周囲でいつもと違うことはなかったかとか、調査資料は全部揃っているかとか」


 リタンと利津が、驚いたように秋霖を見る。


「今の時点だと、まだ何にも判明していない。ミストが自分の意思でいなくなったのか、そうじゃないのか、理由は何か、行き先はどこか。それらを明らかにするためにも、とにかく何か変わったことがないか、確認して。関係なさそうに思うようなことでも、気付いたことなら何でもいいから」

「分かった」


 神妙な顔で答えるリタンに頷いて、秋霖は利津へと視線を向けた。


「そんなわけで利津、リタンさんから話を聞いといて」

「へ!?」


 急に役割を振られ、利津は頭の中が真っ白になった。だが、秋霖は容赦なく続ける。


「知らない人より、少しでも面識のある人の方が聞きやすいでしょ。まとめ作っといてね」

「え、ちょっ」

「あたしといっちゃんは、外の聞き込みに行ってくるから。いっちゃん!」


 秋霖の視線を受け、一は特に表情を変えることなく頷いた。


「おう。俺は発掘現場周辺を担当する。いつもと違う“声”がないかも確認が出来るし」


 慌てふためいている利津に対し、一は心得た様子で応じる。幼馴染という付き合いの長さと、共に仕事をしてきた実績は伊達ではないようだった。


「うん、よろしく。あたしは町中の方の担当ね。あと、情報収集の依頼もしとくから」

「おう、頼んだ」


 二人はさくさくと互いの役割を決めると、揃ってリタンの方へと向き直った。


「じゃあリタンさん、あたしたちは調査に行ってくるので、利津をお願いします。まだ新人で心配なあるけど、割と出来る子なんで」

「子って……!」


 何気なく子供のような扱いをされ、利津がかすれ声でうめく。ちなみに、『TWINKLE』の三人組は全員同い年であり、生まれ月もひと月ほどしか違わない。


「大丈夫大丈夫。利津、人探しの経験あるし、それを思い出しながらやってもらえば」


 実に適当なことを言われ、利津はぱくぱくと口を開け閉めする。抗議したいところだが、依頼人の手前、文句も出てこなかった。


 秋霖が言っているのは、利津が双子の兄を探していたときのことだろう。しかし、そのときとは状況も違えば、重要性も違う。


「それじゃあ、調査が終わったらいったんテントに集合な。利津、よろしくー」


 そんな利津の心情など読み取るはずもなく、一は号令をかけるとそのままテントを出て行った。秋霖も一礼し、その後に続く。


「……えぇと」


 取り残された利津は二人が出て行った入り口をしばらく見てから、リタンへと向き直った。

 何にしても、腹を括る以外にないようだ。


「……では、お話をお伺いしてもよろしいでしょうか」


 振り返った先で見たリタンは、発掘調査中の彼とは打って変わって意気消沈していた。


「すまないね、利津君」

「いいえ。……俺も、ミストのことは心配ですから」


 まだ出会って四日目だが、不思議と接しやすかった少女を思い出し、利津は首を振る。

 彼女を捜すためにも、目の前の彼のためにも、まずは原因を探らなくてはならない。なんでも屋という職業を選んだのも、自分自身だ。不安だからといって、立ち止まっているわけにはいかない。


 そう心が定まると、不思議と気持ちも落ち着いてきた。


「ではまず、ミストがいなくなったときのことから教えてください」


 常に携帯しているメモ帳と愛用の筆記具を取りだすと、利津は真っ直ぐにリタンへと向き直った。






 『TWINKLE』の三人が再びテントへと揃ったのは、二時間後のことだった。


「おまたせ、どうだった!?」


 最後に秋霖が息を切らせながら駆け込んできてから、三人は情報交換を始めた。


 利津がリタンから聞き、共に確認をしたところでは、ミストが持参した衣類等を持ち出した形跡はなかった。彼女自身の所持品でなくなっていたのは、失踪時に身に着けていた衣類と、普段から持ち歩いているポシェット。そして、その中に入っている貴重品やノート、筆記具といったものくらいだった。


「それと、秋霖が言っていた調査関係の資料だけど、これといって紛失している物は見当たらなかった。ただ……」

「ただ?」

「ミストが書いたはずの、失踪当日の記録が見当たらないんだ」


 リタンから聞いた話では、研究者たちが各人で書いている日誌のようなものらしい。だが、重要な資料というわけでもないし、持ち帰って書いてくることも多々あるため、見つからずとも不思議な事ではないとのことだった。


「ふぅむ。単に鞄に入ったままって可能性もあるわけね」

「ああ」


 秋霖の指摘に利津は頷く。実際、リタンはそう思っているようで、さほど重要視してはいないようだった。


「こっちはこれくらいかな。二人は?」

「おう。ミストはとりあえず、クードにはいないな」


 一がさらりと重要事項を告げる。利津は一瞬固まり、次いで一へと疑うような視線を向けた。


「……根拠は?」

「“大地の声”がそう言ってる」


 まったくもって根拠にならないことを平然と述べる一に、利津の片眉が跳ねた。


「それが理由にっ……」

「まぁまぁ、利津」


 声を荒げた利津と、特に表情を変えることのない一の間へと、秋霖が割って入る。


「いっちゃんの言う“大地の声”は、あながち馬鹿に出来ないよ」

「だからって」

「もちろん、それだけじゃ情報が足りない。ということで、あたしが得てきた情報をひとつ。始発の列車に乗り込むミストの姿を、駅員が目撃してる」


 小さく息を呑み、利津は秋霖を凝視した。


「買っていた切符と、乗り込んだ列車からすると、行き先はおそらくリバートだね」


 乗り換えをしていなければね、と肩をすくめる秋霖を、利津は呆然と眺めた。


「じゃあ、単純に家に戻ったとか……?」


 リバートは『TWINKLE』にとっても、そしてミストにとっても家がある街だ。だからこそ、希望的観測も込めて呟いた利津だったが、秋霖はすぐさまそれを否定した。


「もしそうなら、ミストの性格からしてリタンさんに黙って行くはずがないよ。何より、あの考古学命の発掘大好きなミストが、楽しみにしていた調査の途中で帰るなんてありえない」

「……それは確かに」


 生き生きと語っていたミストを思い出し、利津も首肯する。何かしらの理由もなく、彼女がこの現場を離れるとは考えにくかった。


「それと、もうひとつ。昨夜、誰かがこの現場に入り込んでる」


 はいっと軽く手を挙げて、一がまたもとんでもないことを言った。


「……あんまり聞きたくないけど、根拠は?」

「“大地の声”」

「おいっ」


 懲りずに先ほどと同じことを述べる一に、利津が眉を吊り上げる。


「いっちゃん、目撃情報としては?」


 秋霖は彼を特に諌めようとはせず、事実確認に専念することにしたようだった。


「証言としては、特には。でも、見覚えのない“臨時雇用者”が夕方にいたっていう話は挙がってる」


 人手が必要な発掘調査においては、現地で人を雇うことも多い。証言をした研究者は、そうした一人だと思ったようだ。


「それ、リタンさんは」

「聞いた。雇った人の中にはいないってさ」

「じゃあ」


 利津は険しい顔で二人を見る。秋霖も珍しく真顔で頷いた。


「ミストの持ち物がほとんど残っているところを見ると、クードを出たのは突発的なことだった可能性が高いね。その部外者と接触したとか、何かしら起きたと考えた方がしっくりくるかな」

「あとは、その理由……」

「うん。そこも気になるけど、まずはミスト本人を見つけた方がいいかな。安全確保のためにも」


 そこまで述べて、秋霖はため息を吐いた。


「いろんな意味で」

「え?」


 ぽつりと落ちた呟きを聞き取れず、利津は不思議そうに秋霖を見る。


「なんでもない」


 秋霖は首を振ると、真剣な表情で二人を見た。


「現時点での情報はひとまず出揃ったかな」

「おう。方針は決まったな」


 一人だけ気負いのない顔をした一は、明るい褐色の瞳を和ませるようにして告げた。


「戻るぞ。リバートに」





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