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Blending the Will  作者: 冬長
一章
4/21

4 発掘調査仕事中

 現場に入った『TWINKLE』の面々は、それぞれの担当に別れて仕事を始めていた。


 一の担当は発掘現場だ。彼は街中で失せ物探しをしているときと同じように、きょろきょろと周囲を見回していた。


「んー」


 小さく唸るようにして呟きながら、一はひょこひょこと発掘現場の中を歩いていく。


「んー?」


 二、三歩進んでは止まり、小首を傾げ、再び歩き出す。そうかと思えばすぐに立ち止まり、急に引き返しては、また小首を傾げる。

 そうして不審者以外の何者でもない動きを繰り返しているが、周囲で忙しく調査を進めている人たちは気にした風もなく、彼の好きにさせていた。時折、思い出したように一の方を振り返ったりもしているが、声をかけることもなければ、怪訝そうな顔をすることもなかった。


「ん」


 ふいに、一が動きを止めた。トントンとつま先で何度か地面を叩き、じっと見下ろす。


「何かありましたか?」


 調査状況を確認していたリタンが、立ち止まった一に気付いて声をかける。一は地面から視線を逸らさぬまま、小首を傾げた。


「この辺、何かあると思う。少し“声”が変わるんだ」


 屈みこみ、地面を撫でるようにして触れながら一が答える。


「どのようなものか分かりますか?」

「んー。なんか、いまいち掴みにくいかなー」


 うーんと首をひねる一の様子を見て、リタンは穏やかに頷いた。


「分かりました。ここも考慮に入れておきますね」


 不確かな返事にも関わらず、そうして彼は手にしている地図に印をつけた。


「あと、一君。あちらの方もお願いしますね」

「おう。何か気付いたら伝えるなー」


 リタンの言葉に、一は笑って立ち上がる。そのまま、ひらひらと軽い動作で手を振ると、彼の指示した方向へと歩き出した。




 同じころ、秋霖と利津はテントの中でミストを手伝っていた。いわゆる、資料整理である。


「えぇと、ミスト。この書類、まとめてしまっていいんですか?」

「はい、お願いします。あ、機材に関してはこちらで」


 全くの専門外である利津は、一つ一つをミストに確認しながらの作業になる。手伝いになっているのか心配になるところだが、ミストが笑顔で答えてくれるため、どうにか落ち着いて取り組めていた。


「ミスト、こっち分類しとくよー」


 一方、秋霖は慣れた様子でテキパキと整理していく。利津からすると意外な事だが、彼女は内容もある程度は把握しているようだった。


「ところで、ミスト。現場の方はいいの?」

「私は先に来て、ひとまずの調査には参加していますから。こちらを終えてからですね」

「ふぅん」


 他愛のない話をしながらも、二人は資料に目を通していき、手早く分類を進めていく。


「でも本当、これを見る限りだと“空白の時代”の遺跡っぽいね。それも、古い方じゃないかな。もしかすると、神代まで遡れるんじゃない?」

「現時点ではまだ推測の域を出ないので、何とも言えませんが。その可能性はあると思います」


 慎重に言葉を選んで答えながら、ミストが苦笑する。


「本当は、メフェル樹海の方も調査したかったんですけどね」


 ミストが述べたのは、今回の発掘現場からほど近い位置に広がる樹海のことだ。別称で“迷いの森”と呼ばれることもあるその樹海は、方位磁石も使えず、方向感覚すら狂わされるという。手つかずの森に生い茂る木々に遮られ、月や星の明かりすら満足に確認できない。生きては帰れないといわれるほどだ。


「いや、それはさすがに無理っしょ」


 その評判を知っているためか、秋霖がパタパタと手を振る。クードを訪れる前、メフェル樹海についての話を聞いていた利津も同意した。


「そうですよ、さすがに危ないんじゃ」

「ええ。さすがに許可が下りませんでしたよ」


 ミストも分かってはいるのだろうが、残念そうな様子だ。


「そもそも、あの森って隣国テルシアとの国境線でもあるでしょ。そりゃあ無理だよ」

「ああ、そういえば」


 秋霖の言葉を聞いて、利津も思い出したように頷く。

 クードは東の外れ――ウィルステルにおいては、文字通り東端に位置する町だ。そしてメフェル樹海は、隣国との国境線でもある。ただし、樹海を跨いでのものであるため、その境界は非常に曖昧なものとなっている。


「古くから変わらない国境線がある場所でもありますし、手つかずの森ですし、ぜひとも調べたかったんですけどね」


 ミストは諦めたようにため息を吐いた。そうして、苦笑にも似た笑みを浮かべる。


「後は、一君の感覚も参考にしたいところですけどね」

「その……一の感覚って?」


 利津は思わず手を止め、訝しむようにしてミストへと視線を向ける。気付いたミストも手を止め、首を捻りながら秋霖を見た。


「そう、ですね。何と説明をすればいいか……」

「うーん。説明も何も、完全にいっちゃん特有の感覚だからなぁ」


 救援を求められた秋霖ですら、腕を組んで言葉を選んでいるようだった。

 だが、それもわずかの間のことで、すぐに彼女は顔を上げた。


「まぁ、いっちゃん曰く『声が聴こえる』んだって」

「は?」


 怪しい新興宗教などで聞きそうな台詞に、利津は胡乱な目になる。

 そんな反応すると思ったけど、と肩をすくめながらも秋霖は言葉を続けた。


「昔っからそう言うんだよね。いっちゃんに言わせると“大地の声”ってことらしいけど、それが聴こえるって」


 そういえば、と利津も思い出す。


 以前、利津も一たちに助けられた――もっと正確に述べるならば、一と秋霖が発端のいざこざに巻き込まれた――ときも、一はそんなことを言っていた。利津がいる場所を、“大地の声”が教えてくれたのだと。


「実際、そういうときのいっちゃんの勘は当たるんだよ。だからほら、『TWINKLE』には失せ物探しの依頼、そこそこ来るでしょ?」

「ああ、確かに」


 時折舞い込んでくる“落し物さがし”は、必ず一の担当だった。そう思い返して頷く利津に、いつの間にか資料整理を再開していたミストが苦笑する。


「一君に言わせると、なんでも探せるわけじゃないみたいですけどね。落し物も、道や地面はいいけど、家の中だと探しにくいとか。同じ……かどうか分かりませんけれど、発掘でもうまく引っかかるときと、そうでないときがあって」

「強い何かがないと探しにくいっていうよねぇ。その何かっていうのが、よく分かんないけど」


 ミストと秋霖は笑い合うが、利津にはさっぱり意味が分からない。


「なんていうか……変わって、ますよね」


 そのためだろうか。今更すぎると分かっていながらも、利津はそう呟かずにはいられなかった。


「そうですね。そして秋霖もなかなかに強烈ですし、利津君もよく、この“なんでも屋”に加わりましたね?」

「うっ」


 変人二人に挟まれて大丈夫かと、暗にではなく直接的に言われ、利津は小さく呻いた。反論がすぐに浮かんでこないのは、ミストの言っていることが否定できないからだろう。


「ちょっと利津、なんか言いにくそうにしてるけど、それって自虐だからね?」


 言いよどむ利津に、秋霖が目を細めるようにして告げる。


「その“変わってる人”の弟なんだから」


 瞬間、それまで迷いなく資料をめくっていたミストの手が止まる。声さえ出なかったものの、固まるようにして動きを止めた彼女は、そのまま利津を凝視していた。

 その視線が、表情が、説明を求めていた。


「……えーっと」


 返答に詰まり、利津は軽く頬を掻いた。


 どうやらミストは、なんでも屋に人員が一人加わって『TWINKLE』として正式に開業したことは知っていても、そこに至るまでの経緯は聞いていなかったらしい。

 そこまで考え、それもそうか、と利津はため息を吐く。知っていれば、最初に会ったときにもう少し反応をしていただろう。気を遣われた結果かとも思っていたが、本当に知らなかったようだ。


 どう説明しようかと話しあぐねていると、秋霖の方が先に口を開いた。


「利津ってばさぁ、自分の兄のところに、兄弟探しの依頼を持ってきたんだよ」


 あっけらかんと告げられて、利津は二の句が告げられなかった。口元を引きつらせる彼に、ミストはますます訳が分からないという表情になる。


「えっと、つまり?」

「だから、利津はいっちゃんの双子の弟」


 さっくりと秋霖が爆弾を投下する。ついに、ミストはぽかんと口を開けてしまった。


「あー、えぇと。一ヶ月くらい前に、その、双子の兄を探してほしいという依頼を、なんでも屋に持ってきたんです」


 このままでは埒が明かないと、利津は意を決して口を開いた。


「それがその、結果として、俺と一が双子の兄弟だったと……」


 しかし、うまく伝えられずに口ごもる。

 だが、その話の間に、ミストは幾分か気を持ち直したようだった。


「はぁ、ええと。生き別れの双子の弟がいると、一君に聞いた事はありましたけど……」

「そうですね。生みの親がすぐに亡くなって、お互い別々の家に引き取られたらしいので」


 ミストにまじまじと見つめられ、利津は引きつった笑みを浮かべる。

 その表情を観察するように見つめて、ミストはぽつりと呟いた。


「似ていませんね」

「自分でもそう思います」


 双子とはいえ、一と利津はそう似ていない。共通点があるとすれば、髪の色と身長くらいだろうか。秋霖や親しい人間に言わせると、「顔立ちも良く見れば似ている気がする」ということではあるが。

 なお、身長は利津の方が二センチほど高かったりする。


「でも、利津君。そこからどうして、“なんでも屋”で働くことになったんですか?」

「それはまぁ、ちょっと、色々とありまして……」


 うまく説明できる気がしなくて、利津は曖昧に笑って言葉を濁した。


「はぁ。あまり無理はしないよう、気を付けて下さいね?」


 ミストもそれ以上は追及せず、無難な言葉で話を切った。


「ちょっと、ミスト。さっきから失礼じゃない?」

「ただの事実じゃないですか」


 秋霖の文句を視線ひとつ向けることなく受け流して、ミストはファイルを閉じた。いつの間にか、彼女の方の書類整理は終わっていたようだ。


「それでは、私は現場の様子を見てきますね。利津君、分からない部分は秋霖に聞いてください。よろしくお願いします」


 そのままファイルを手に立ち上がると、ミストはにこりと利津に笑いかける。


「ちょっと、ミストー!」


 秋霖の抗議の声は当然の如く無視して、彼女は振り返ることなくテントを出て行った。


「んもう! 人をなんだと思ってるのかなぁっ」

「……」


 先ほど言っていたとおりなのでは、という言葉を利津はかろうじて飲み込んだ。


「昔っからああいうとこ、変わんないんだから。ほら、利津! ちゃきちゃき終わらせよう!」


 早口で文句を言いながらも、資料を読み、仕分ける秋霖の手は緩まない。その様子を見ながら、利津はため息を吐いた。まだまだ分からないことだらけの彼は、怒れる彼女に尋ねながら仕事をこなしていかなくてはならないからだ。


 やるしかないなと腹をくくり、利津は手近な資料を手に取った。




 利津が遺跡発掘調査の依頼で、書類整理に関わったのは初日のみだった。


 二日目からはミストに頼まれ、細かな出土品についている泥や汚れを落とす作業を手伝っていた。刷毛を用いての細やかな作業だが、几帳面な利津の性分には合っていたようだ。慎重な手つきで、一つ一つ丁寧に取り扱う利津に、通りがかったミストがほうっと息を吐いた。


「うまいですね、利津君」

「そうですか?」


 利津は作業の手を止めると、座ったままミストを見上げる。はい、と頷いて、彼女は屈みこんだ。


「というか、神経質ですよね」

「はは……」


 恩師にも言われたなと思い出しながら、利津は曖昧に笑って受け流す。


「本当、一君と似ていませんよね」


 再度しみじみと言われ、利津は苦笑を返した。一応は納得した今でも、あまりの共通点のなさに首を傾げてしまうのは事実だからだ。


「でも、助かります」

「え?」

「一君と秋霖はあれで、それぞれの分野においては優秀ですし、何度か手伝ってもらっていますから仕事としては信頼していますけど。ほら、あの二人にはこういう仕事は任せにくいじゃないですか」


 信頼していないわけではないんですけどね、と付け加えて笑うミストに、利津も言いたいことは察して頷く。


 利津自身、二人と仕事をするようになってまだ一ヶ月だ。しかし、普段の言動はとてつもなくいい加減でも、仕事となると手を抜かずに取り組んでいるのは分かった。ミストも、二人のそういうところを信頼しているからこそ依頼しているのだろう。


 だが、普段の言動を知っているだけに、細かい作業が任せられないと思う気持ちも、利津にはよく分かってしまった。


「その点、利津君は安心できます」

「それはどうも」


 褒められているのかよく分からなかったが、利津はひとまず笑い返しておいた。


「ミスト!」


 ふいに名を呼ばれ、ミストが慌てたように立ち上がる。


「少し、こっちを確認してくれ」


 離れた位置から呼んでいるのは、彼女の父であり、今回の発掘責任者でもあるリタンだった。利津はまだ彼と一日しか一緒に仕事をしていないが、声を張り上げているところは初めて見たように思った。


「はい、今行きます」


 ミストにとっても珍しいことだったのか、彼女は利津に一礼すると、すぐに小走りでリタンの元へと向かう。

 その背を少しの間だけ見守ってから、利津は手元の発掘品へと視線を戻す。そうして細心の注意を払いながら、一つ一つを丁寧に磨いていく。


「おー、利津。がんばってんね!」


 手元に集中していたため、利津は反応が遅れてしまった。慌てて顔を上げると、両手に資料を抱えた秋霖がすぐ近くに立っていた。


「すごい量だな」

「そーぉ? これ、まだまだ少ない方だよ」


 資料の束を抱えたまま、秋霖は明るく笑った。


「でも利津、その細かい作業をよくやるねー」

「はは……」


 先ほどのミストの評価を思い出し、利津は軽く頭を掻いた。なるほど、任せにくいはずだ。


「そっちは資料の?」

「そ、分類と整理、ついでに運び屋。昨日と同じようなもんだね」


 よいしょっと軽く束を持ち直しながら、秋霖は肩をすくめる。


「まぁ、今回の依頼は主にいっちゃん向けだし、仕方ないね」

「ああ、そう……なのか」


 昨日の“大地の声”とやらだろうかと首を傾げる利津に、そうそう、と秋霖は何度か頷いた。


「まぁ、声の件もだし、いっちゃんは発掘作業そのものも手伝えるしね」

「え?」


 利津が首を傾げるが、秋霖がそれに答えるよりも早く。


「樹雨さん!」


 先ほどのミストのように名を呼ばれ、秋霖が顔を上げる。今度は現場で作業をしている調査員が、声を張り上げていた。


「すみません、ちょっと乙さんの話を……」


 言いよどむ若手の調査員だが、秋霖は得心したように手を振った。


「はいはーい、この資料を届けたら行きますのでー」


 それで話は通じたらしく、若い調査員は安堵した表情になった。


「一が何かしたのか?」


 要領を得ず、利津は状況を見ようと周囲を見回す。しかし、何かしら変わった様子は見て取れなかった。


「いや、ほら。いっちゃんの感性って独特だから、どうも意思疎通がうまくいかないことがあってね」

「ああ……」


 確かに、一の持つ感性は特殊なものだ。利津にもそれは分かる。

 しかし同時に、目の前にいる破天荒が人型になったような少女がそれを言うのかと、甚だ疑問を感じてもいた。


「そんなわけで、あたしが間に入ることが多いんだよね」


 幸い、利津の思考は悟られなかったようだ。にこやかに笑った彼女は、それじゃあねーと言い置くと、忙しそうに走り去った。


「……まぁ、いいか」


 思うところは多々あるが、それでうまく仕事が廻っているならいいかと、利津は考えることを放棄した。そうして彼は、先ほどまでと同じように、目の前の作業へと没頭することにした。


 それからしばらくは、三人の役割が変わることはなかった。一は主に現場周り、秋霖は資料や発掘品の分類や整理ついでに一の通訳、利津は発掘品の手入れといったところだ。

 現場での食事は作業員たちに混ざり、滞在している宿ではミストやリタンと食事を共にすることも多かった。


 そうして、クードに滞在しての『TWINKLE』仕事は賑やかに、順調に進んでいき。

 大きな変化を見せたのは、滞在四日目のことだった。




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